第四十四話【"ちょっと、昔話をしよう"】
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「……変種のトレント、か。初遭遇でよく無事で戻ってきたね」
「ちょっと怪我しちゃったけどな」
風呂から出た後、俺はギルドマスターの部屋へと出向き、ラルフに草原の迷宮で起きた事を説明した。
肩の傷は浅く、血も出てないのでそのままにしている。
これくらいの怪我で、わざわざ治癒士を呼んだりポーション飲んだりするのも馬鹿らしいしな。
「これからは、既知の守護者にも注意しなければいけないな……なんにせよ知らせてくれてありがとう」
変種の事を聞いたラルフは深刻そうな顔をしていた。
それもそうだろう、知ってる守護者でも今までの戦法が通用しない可能性が出てくるからな。
そうなると、迷宮攻略を任される冒険者も限られてくる。由々しき事態だ。
「……ああ、忘れる所だったよ。地図の代金を渡そう、銀貨七十枚だ」
考え事をしていたラルフは、思い出したとばかりに銀貨の詰まった袋を用意し、俺に手渡した。
草原の迷宮だしまあ妥当な額だろう。むしろちょっと色が付いているくらいか。
変種についての情報を持ち帰ったのが大きいんだろうな。有難く貰っておこう。
「そういえば、シエラはどうだったかい?」
ふとラルフはシエラについて話題を切り出した。
「まあ色々あったが、大活躍だったよ。変種トレントから逃げきれたのも彼女のおかげなんだ」
「そうか、それは良かった! いやあ、急に"私、冒険者になりますっ! "って言うもんだから心配していたんだが、杞憂だったようだ。よかったよかった」
安堵した様子で彼は語った。
まあ確かに、一日二日前まで受付嬢だった子が急に冒険者になるだなんて、前代未聞すぎる。
しかも古い知り合いの娘ときたもんだ、心配するに決まってるよな。
「しかしそうか……彼女も冒険者になったのか」
感慨深そうに呟くラルフ。
過去に会った事があると言っていたっけか、詳しくはまだ聞いてないよな。
「そういえばどういう関係なんだ、ラルフさんとシエラって」
「そうだな……いい機会だから話そうか」
そう言うと、ラルフは懐かしむ様に語り始めた
「彼女がまだ、そうだな……ニーナちゃんぐらいだった頃に会っていたんだよ、ルナルモアでね」
「トランパルから西にある小さな町、だったか」
「そうだ、よく知ってるね。今から二十年程になるかな」
二十年前か。そういえばシエラの年齢って幾つなんだろうな。見た目は二十代初めって感じだが……。
エルフの見た目と年齢は比例しないからな。よく分からん。ヘレンも二十代後半って感じの見た目だし。
「昔からおっちょこちょいな子だったよ。お茶を入れると言ってポットを持ってきたは良いものの、転んで熱々のお湯を私にかけてしまったり、紅茶に入れる砂糖を塩と間違えたり、何故か気付け薬を紅茶と間違えて出されたり……ふふ、色々あったな」
なんか……大変だったんだな、ラルフ。
「はは……彼女らしい」
俺は幼い彼女が慌てふためく様を想像し、ふっと笑った。
やっぱり昔から抜けてるんだな、それが彼女の魅力でもあるんだろうけど。
「ヘレンの後をいつも付いて回って、彼女の真似事をよくしていたっけ。君とニーナちゃんの関係に似ている、と言えばわかりやすいかな」
「なるほど……まあニーナはちょっとわんぱく過ぎる気もするが」
「ふふ、幼いシエラもそう変わらないさ」
ラルフは遠くを見つめ、懐かしんでいる様子だった。
シエラがまた冒険者を目指した理由って、確かニーナの頑張る姿に影響されたんだよな。
ニーナと幼い頃の自分を重ねたんだろうか。
「彼女はよく"将来はお母さんみたいな人になりたい"と言ってたよ。受付嬢になってもその夢は変わってなかったんだな……ふふっ」
「随分と嬉しそうに見えるな、ラルフさん」
「実の娘の様に可愛がっていたからね、ヘレンにも"アンタは甘やかしすぎだ"ってよく言われてた程だ」
確かにシエラには甘そうだよな、ラルフって。
彼女と再会した時も凄い嬉しそうにしてたしな。
……何だか、孫を甘やかすお爺ちゃんみたいだな、この人。
「彼女が冒険者になれたのも、恐らく君やニーナちゃんの協力があったからだろう? 彼女に代わって礼を言わせてくれ、シエラの夢を叶えてくれてありがとう」
「いや、俺は大した事はしちゃいないさ」
「謙遜しなくも、君達の存在がシエラに大きな影響を与えたんだろうと、私は確信しているよ」
そう言うと微笑んで俺の方を見るラルフ。
参ったな、こうも凄く感謝されると少し照れくさい。
「ヘレンとの関係も詳しく聞きたいな、冒険者時代からの仲だとか言ってたか」
その感謝の言葉から逃れるように、俺は別の話題を切り出した。
「ああ、アイツと出会ったのは今から三十年以上前になる。私が冒険者として新米だった頃――迷宮が出現し始めてまだ間もなく、君のような迷宮測量士という職業も無く、冒険者だけで迷宮を攻略していた頃の時代だ」
これまた懐かしむ様にラルフは語った。
迷宮は俺がまだ赤ん坊の頃に出始めたんだったよな。
「第一印象は"本当にエルフらしくない奴"だったな。魔術や弓術を面倒と一蹴して、二つの剣のみで敵に立ち向かう漢らしい奴、それが彼女だった」
「ああ、悪戯好きで一人で何でもやろうとする変わり者のエルフ」
「ふふ、それに少し気取っていたな。昔の話だがね」
ブラッティ・クロスを思い出して、少し笑ってしまいそうになる。
帰ったら絶対弄ってやろう、俺は再びそう心に誓った。
「変な奴だったが、剣捌きはパーティの中でも抜きん出ていたよ。彼女が突っ込み私がフォローする、後続メンバーはそれに続く。素晴らしいチームワークでランクもどんどん上がっていった」
「最終的には全員Sランクに?」
「ああそうだ、最後は散り散りになってしまったがね……アイツらは今は何をやってるんだろうなァ」
彼は少しだけ寂しそうな表情を見せた。
一体パーティに何があったのだろうか、それは分からない。
だが、何かひと悶着あったのだろうという事は察する事が出来た。
「……おっと、話が逸れてしまった。私とヘレンの事だったね」
はっと気を取り直して、ラルフは語り続ける。
「パーティを解散した後も、私とヘレンは交流を続けていたよ。彼女が結婚すると決まった時には驚いたな、絶対出来ないだろうと思っていたから」
そういえば俺はヘレンの旦那を知らない。詳しくは聞いた事が無かったな。
「どんな相手だったんだ?」
「名はロウ・メル・ルナルモア。気の優しそうな青年だった。照れるヘレンに引っ張られながら式場に連れていかれていたのを覚えているよ。……だが、彼は野生のモンスターに襲われて――」
顔に暗い影を落とすラルフ。
……マズい事を聞いてしまったな、まさかそんな事になっていたとは。
「残されたヘレンのお腹の中にはシエラが居た。彼女は女手一つでシエラを育てないといけなかったんだ……っと、すまない。暗い話になってしまったね」
「いや、話を振ったのは俺の方だ。申し訳ない」
そんな様子を一切見せずに明るく振舞っていたが……ヘレンもだいぶ苦労していたんだな。
「私がギルドマスターとして働き始めてからは、忙しくて暫く手紙だけでの交流になってしまったが……ヘレンもギルドマスターになったと知ったのは、十数年前の話だ」
十数年前、か。
俺はある事を思い出していた。
「そういえばちょうどその頃、君のような迷宮測量士という職業が新しく成立され始めたんだったな」
そう、まだ迷宮測量士という職業自体が認知され始めた頃。
路頭に迷う俺をヘレンが救ってくれた時の事を――俺は思い出していた。
「……ふっ、急に遠くを見てどうしたんだい」
その様子を察したのか、ラルフは俺に語りかける。
「いや、ちょっと昔を思い出していただけさ……ヘレンと出会った時の事を」
「ヘレンと出会った時の事、か。興味があるな、良ければ聞かせて貰えないかい?」
そうだな、特に否定する理由もないだろうし、少し語るとしようか。
これは俺がニーナと出会う前の話。
迷宮測量士ジム・ランパートが生まれた時の他愛も無いお話。
――ちょっと、昔話をしよう。
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