第四十三話【オッサン、脱出後】
ぼすんっ、と迷宮の外に落下する俺達。
無事に迷宮から脱出する事が出来たようだ、本当にギリギリだった。
まあ、俺は何故かニーナ達の下敷きになっているのだが。
「な、何とか出られましたね! よかったぁ……」
「ぐすっ……おねえちゃん、けがとかない? だいじょうぶ?」
「きゅー……」
「大丈夫だよニーナちゃんっ、キューちゃんっ、泣かないで? ごめんね心配かけて」
涙声のニーナ達と、それを慰めるシエラ。
まさかシエラが助けてくれるとは思いもよらなかったが、彼女のおかげで無事全員脱出する事が出来た。
彼女には大きな借りが出来たな……それにしてもちょっと重い。
「……話中の所すまないが、そろそろ退いてもらえると助かるんだが」
「はっ、す、すみませんっ!」
急いで退くシエラとニーナ。
俺が立ち上がると、ニーナが足に抱き付いてきた。
「パパもぶじでよかったっ……ぐすっ」
「悪かったなニーナ、怖かったよな」
優しく頭を撫でて彼女を慰めた。
この子にはいつも心配をかけてしまうな、申し訳ない事をした。
今日は彼女の好きな物でも作ってやろう。
「シエラ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「いえっ、私そんな大した事は……結局最後は助けられちゃいましたし」
もじもじと恥ずかしそうに人差し指を合わせるシエラ。
彼女は謙遜しているが、彼女の勇敢な行動で事態が好転したのは事実だ。
『幸運』抜きで、彼女は立派に護衛の責務を果たしていた。
「おねえちゃん、かっこよかったよっ」
俺の足に抱きついたまま、ニーナはシエラに向かって言った。
目はちょっと赤くなっていたが、元気を取り戻した様子でにこりと笑っている。
「ふふっ、ニーナちゃんありがとうっ」
「本当、あの時は別人になったかのようだったな」
「えへへ、ただ単に無我夢中なだけだったんですけどね」
少し照れくさそうな様子で語る彼女。
あんな啖呵を切るシエラを見るのは初めてだった。
流石元冒険者の娘……は関係無いか、彼女は彼女だ。
しかし、彼女をああまでさせるヘレンって一体何者なんだ?
十数年の付き合いだがあいつ、過去の話を全くしてくれないんだよな。
「なあシエラ、ヘレンってどんな冒険者だったんだ? 憧れの人、って言ってたっけか」
「えっ、ジムさん知らないんですか?」
「生憎、聞こうとするといつも有耶無耶にされて終わってたんだよな」
詳しく聞こうとすると、何だか恥ずかしそうにしているヘレンを思い出す。
一体何を隠す必要があるのかは分からなかったが、それ以上聞くのは悪いといつも諦めてたんだよな。
「そうですね……帰りながらお話しましょうか」
とシエラは提案する。
それもそうだなと相槌を打ち、俺達はトランパルへと向かって歩き始めた。
雲が分厚くなってきた、少し急いだほうがよさそうだが……ヘレンの過去について気になってしょうがない。
「で、ヘレンの過去についてなんだが……」
「ああ、えっと……"血の十字架"って聞いた事ありませんか?」
なんか猛烈に痛い名前が出てきたぞ。
「……聞いた事無いな」
「がくっ……あのですねっ、実はお母さんはかつてブラッティ・クロスと呼ばれていたSランク冒険者だったんですっ!」
「ほう」
「あれっ、全然驚かないっ!?」
な、なんだって!? と驚いてやった方が良いのだろうか。
まあ、正直びっくりはした。何となく彼女が只者じゃないとは思ってはいたが、まさかSランク冒険者だったとはな。
「いやまあ内心驚きはしたが……そんなに凄い奴だったんだな」
「ふふん、二刀流の剣士だったお母さんはそれはもう強かったんですよっ! どんな魔物が相手でも向かう所敵なしって感じで!」
誇らしげに、そしてちょっと興奮気味に話すシエラ。
まるで誰かに話したくてしょうがなかったって感じだ。
ヘレンに口止めでもされてたんだろうか。……まあちょっと痛い異名だしな、クククッ。
「その……ブラッティ・クロス、だったか? その異名はどうしてついたんだ?」
「勝った時に剣を十字架の様に掲げてた所から呼ばれるようになったらしいんですっ! かっこいいですよねぇ……!」
うわあ、若気の至りって奴だろうか。
確かに俺にからかわれそうなネタだ、喋りたくないのも頷ける。
「あ、あと決め台詞もあるんですよっ」
「まだあるのかヘレンの黒歴……コホン、武勇伝が」
「はいっ! 十字架を掲げ、倒した相手に向かって言うんです……"アタシに出会った事をあの世で後悔しな"って!」
あーこれは痛い! 痛すぎる!
帰ったら絶対ネタにしてやろう、ブラッティ・クロス。
心の中でそんな意地の悪い事を考えながら、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「かっこいい……!」
「きゅー……!」
子供達には思いの外ウケが良いみたいだ。何となく子供は好きそうだよなそういうの。
「あっ……つい勢いで話しちゃいましたけどお母さんには秘密にしてくださいね?」
「ああ、ああ……約束するよ、ぷふっ」
すまんシエラ、今俺は嘘をついた。守れる気がしない。
何かの拍子に言ってしまいそうだ。いや多分絶対言うなこれ。
そうして楽しく話をしていると、ぽつりぽつりと水滴が頭を打つ。
雲はいつの間にか黒く染まり、今にも大雨が降りだしそうな様だった。
「わっ、雨がふってきたっ!」
「きゅっ!」
ニーナが手の平を上に向けて言う。
キューちゃんは雨を避けようとカバンの中に潜り込んだ。
「まずいな、急ぐか」
「はいっ!」
俺たちはトランパルへと向かって走り始める。
魔法紙は濡れても大丈夫なように加工されているが、俺たちはそうはいかない。
風邪なんて引いた日には面倒な事になる。できれば避けたい所だ。
そんな俺たちを容赦無く雨は襲う。
雨脚も次第に強くなり始め、トランパルに着く頃には土砂降りになっていた。
もう上から下までずぶ濡れだ。全く最後の最後で運が悪い。
「にゃっほ~みんな、酷い雨だねえ。はいタオル」
そんな俺たちをギルドで出迎えてくれたのは、意外にもニャムだった。
人数分のタオルを抱え、手を振って迎えてくれた。
「にゃっほーニャムおねえちゃんっ!……くしっ」
「おっとニーナちゃん風邪引いちゃいそうだねえ、みんな早くお風呂に入ったほうがいいよー」
びしょ濡れのニーナを心配してるのか、それとも気まぐれか。いつもの眠たげな顔を崩さずにニャムは言う。
「店番は大丈夫なのか?」
「店主のお爺ちゃんに任せてるから平気平気。急に雨が降ってきたからおっちゃん達が心配で帰りを待ってたんだよー」
「そうだったのか……ありがとうな、タオル」
「いいのいいの、それより早くお風呂に入ったほうがいいって」
まあ確かに彼女の言う通り、すぐ風呂に入ったほうがいいだろう。
ラルフにトレントの件を報告しないといけないが、びしょ濡れのまま会うのもあれだしな。
「そうだな、そうさせてもらうか」
「おっふろー! パパいっしょにはいろっ!」
「……何度も言うが一人で入れるだろ、ニーナ?」
「ぶー、ケチぃ」
ケチとかそう言う問題じゃないだろう、全く。
この年頃の子供は、まだ一緒に風呂に入りたがるものなんだろうか……俺には分からない。
まあシエラも一緒に居るし一人でも問題は無いだろう。実際、今まで一人で入ってるんだし。
「あっ、シエラちゃん後で迷宮の話聞かせてねぇ」
「もちろんっ」
そういえば、とニャムはシエラに話しかけた。
なんだかんだシエラの事気にかけてたもんな、ニャムの奴。
楽しく話す二人が目に浮かぶな、ふふっ。
◇
そんなこんなで、俺は今一人で風呂に入っている。
風呂の中で俺は、今回の守護者について考えていた。
あの変わったトレント……"変種"とでも名付けるか。
あんなのが発見されれば真っ先に報告されるだろうし、恐らく今回が初の発見だろう。
新種の迷宮のみならず、変わった守護者も出たとなるとまた騒ぎになるだろうな。
新種の迷宮、変種の守護者……一体この世界で何が起きているのだろうか?
何かよくない事の前触れだろうか? いや、新種の迷宮で一気に生活が豊かになったのもまた事実か。
……難しい事考えても俺には分からんな。こういうのは学者の仕事だ。
おっと、そんな事考えてるとのぼせちまうな。
「……にしても、ブラッティ・クロスって何だよ」
あの痛い名前にくすりと笑いつつ、俺は風呂からあがった。





