第四十二話 【オッサン、木霊と対峙する】
俺達はシエラの為に出来る限り弱いモンスターを探しつつ、迷宮を測量していた。
「ひっ、細い蔓がうねうねしてて気持ち悪い……っ」
「ローパースプラウトだ! 剣で蔓を斬りつつ本体を攻撃しろ!」
「は、はいっ!」
モンスターが目の前に現れる度に俺はシエラに指示を出す。
こういった戦い方の知識はダンジリアで冒険者から色々と聞いていた。
草原の迷宮での敵との戦い方は熟知しているつもりだ。
「ああっ! また剣が抜けちゃっ―― あれ?」
「すっぽ抜けた剣が運よく本体に突き刺さってる……だと……?」
まあ、シエラはドジを連発するんだが、なぜか良い方向へと転がるから不思議だ。
これがスキル『幸運』の力なんだろうか……余りにも強すぎる気もするが。
とまあ、こんな風にグリーンマンなどの面倒な敵を避けつつ、俺達は最深部まで到着した。
最深部は中央に大木が生えている広々とした原っぱのような空間。天井は無く、空が見えていた。
少し雲が出てきているな、一雨降りそうな予感だ。早く帰らないと。
「何も居ませんね……最深部には守護者が居るんですよね?」
「いや、隠れているだけだ、シエラ。あまり前に出過ぎるなよ、感知されるぞ」
念の為シエラに釘を刺しておく。恐らくあの不自然に生えている木が今回の守護者だろう。
大木の守護者と言えば"木霊"だろうか。
普通は枯れ木なのが一般的なんだが、その大木は葉が青々と茂っていた。
どちらにせよ、あまり刺激しないようにしなければならない。
俺が帰還の巻物を取り出そうとした、その時である。
「パパッ! モンスターがきてるっ!」
俺が振り向くと、そこにはグリーンマンがこちらへ向かってきてるのが見えた。
全身を蔦で構成された人型のモンスターだ。心臓が脈打つかのようにその蔦も波打っている。
マズいな、帰還魔法を唱えている間に攻撃されてしまうぞ。
「ここは私に任せて下さいっ!」
と、シエラが前に出てグリーンマンに立ち向かう。
「気をつけろシエラ、手強いぞ!」
「はいっ!」
今の彼女を信じて俺は詠唱を始める。
グリーンマンは彼女に向かって勢いよく蔦を伸ばした。
シエラは盾を構え、その蔦を弾き飛ばそうとする。
「旅の神カルーンよ、我を導き給――」
「きゃあっ!?」
しかしそれも束の間、俺の詠唱途中に彼女は危険に陥った。
グリーンマンは彼女の盾を避けて蔦を腕に絡みつかせた。
奴は自在に蔦を操作する事が出来る。全身が関節のような物なのだ。
「やっぱりまだ早いか……ニーナ、これ読んどいてくれ!」
「う、うんっ!」
みるみるうちに雁字搦めにされてしまうシエラ。このままでは絞め殺されてしまう。
俺はナイフを取り出して急いで彼女の救出に向かった。
「あっ、く、るしっ……!」
「シエラ! 少し耐えるんだ!」
グリーンマンが俺をも縛ろうと蔦を飛ばしてくる。
俺は『逃げ足』を発動しそれを避けて宙で切り落とし、シエラの元へとたどり着く。
そして急いでシエラを縛っている蔦を切り、彼女を解放した。
「きゃっ!」
その勢いでどすん、と後方へ尻もちをついて倒れる彼女。
運が悪い事に剣を手放してしまい、その剣は最深部の部屋の中へと転がった。
「たびのかみカルーンよ、われをみちび―― きゃっ!」
刹那、部屋中に響き渡る地響き。
大木の周囲の地面が盛り上がり、根が飛び出して足の代わりとなる。樹皮には顔のような物が浮き出ている。
二足歩行の大木"トレント"は戦闘の騒ぎで目を覚ました。
嗚呼、全くツイていないな、こんな事になるとは。
前門のグリーンマン、後門のトレント。
今使える武器は俺が持っているナイフのみ。絶対絶命の状況だ。
この状況下で取るべき行動は一つ──。
「みんな一度部屋に入るぞ! 今の状況で狭い通路で囲まれたら全滅だ!」
俺達は全員を連れて部屋の中に入る。
部屋の中ではトレントが此方へと近づきつつ、枝から手を形成し始めていた。
まだ攻撃は仕掛けてこないだろう。今の内にショートソードを回収する。
「シエラっ! ニーナを連れて隅に移動してくれ!」
俺は移動しながらシエラにショートソードを手渡した。
「は、はいっ! ジムさんはどうするんですかっ!」
「俺に考えがある! シエラはニーナを守っててくれ!」
そう言うと俺はトレントに向かって唯一の武器のナイフを投げつける。
トレントの注意をこちらに向ける為だ。
ナイフは軽快な音を立ててトレントの樹皮に突き刺さり、奴は激怒した様子で身体を震わせた。
グリーンマンも部屋の中に入って来た。奴の注意もこっちに向けられているようだ。
有難い、最悪グリーンマンに近づいて行かなきゃならなかったからな。
俺は奴らの丁度中間あたりに位置取り、トレントの攻撃を待った。
「来やがれこの野郎ッ!」
手を形成し終えたトレントは俺に向かって思いきり手を叩きつけようと振り下ろす。
俺はそれを横に跳んで回避。グリーンマンはその叩き付けに巻き込まれた。
これで邪魔者は片付いた。次に来るのは地面を巻き込みながらの横薙ぎ。素早く後ろに下がってその攻撃を避け――。
「――!」
俺はある事に気が付き咄嗟に身を屈めた。
鋭くとがった木の枝が頭上を通り過ぎていく。間一髪だった。
手が届く範囲からは離れていたはずだ。考えられるのは後から延びたということ、つまり――
「こいつ、成長しているのかッ!」
こいつは枯れ木じゃないトレント。葉も根も生きていると言う事になる。
おそらく手や足を急成長させる事が可能なんだろう。そう考えると攻撃のリーチはどんどん伸びていく。
次第にニーナ達まで巻き込む程になるかもしれない。
「ニーナっ! 今の内に帰還魔法の巻物を読め! 急いで脱出するんだ!」
「えっ、パパは――」
「俺は大丈夫だから、早くするんだ!」
コイツを何とかした後に自力で脱出するしかない。
俺はニーナに叫ぶと、奴の懐へと潜った。
意思を持った木の枝が俺を串刺しにしようと頭上から襲い掛かってくる。
右へ左へ、俺は木の枝の雨を避けながら奴の周りをグルグルと回り始めた。
これで長くなった手での攻撃はかえってやりにくい。
トレントは足での攻撃に切り替えたようだ、俺を踏みつぶそうと足踏みをする。
俺は前転してそれを避ける――が、振動で足元がおぼつき肩に木の枝の攻撃が掠った。
「パパ……っ! たびのかみカルーンよ、われをみちびきたまえ! リターン!」
ニーナが辛そうに巻物を読むのが聞こえてくる。
ごめんなニーナ、ちょっとだけ心配かけちゃうけど、外で待っててくれよ。
「シエラおねえちゃん! パパをしんじていこうっ!」
「……っ」
「おねえちゃん!」
思った以上に木の枝の雨が激しい。成長しているから残弾には余裕があるのだろう。
こっちに攻撃を集中させているのもあるが、このまま避け続けられるかどうか。
しかし彼女達は何やってるんだ、早く脱出するべきなのに――。
「ニーナちゃんごめんね、すぐ戻るから」
シエラは帰還の魔法陣に入らず、盾と剣を構えてトレントへと立ち向かった。
「何やってるんだシエラ!?」
「やっぱり放っておけません! 私も戦います!」
彼女はトレントにショートソードで斬りかかる。
スパン、と音を立てて足の一部が断ち切られる。
こちらへと意識が向いていたトレントは不意打ちに怯み、バランスを崩した。
「無茶だ! さっさと逃げろ!」
「嫌です! だってきっと、お母さんは……私の憧れの人はッ!」
スパン、スパンと足を切って行くシエラ。
枝の雨が彼女に降り注ぐが、盾でガードしながら股の間をくぐり抜けて回避。
そのまま足によじ登り、トレントの眼に思い切り剣を突き立てた。
「誰かを放って、逃げたりしないッ!」
その姿は、正に歴戦の冒険者さながらだった。
窮地に立たされると人はここまで変わる物なのか―― なんて感心しているのも束の間。
「きゃあっ!」
足を滑らせてそのまま落下するシエラ。
俺は走ってそれを受け止めると、無我夢中で帰還の魔法陣へと走った。
トレントは苦痛で悶えている。今がチャンスだ。
「ニーナ! 急いで魔法陣に飛び乗れ、脱出するぞ!」
「う、うんっ!」
消えかかっている魔法陣に、半ば滑り込む形で入る。
トレントは手を振り回してこちらへ攻撃しようとするが、一歩届かず。
何とか俺たちは無事に脱出する事が出来たのであった。





