第四十一話【オッサン、草原探索】
トランパル近郊に出てきた俺達は、歩いて数十分の所にある場所まで来ていた。
不自然に出来た生垣のような草の壁と、草と花で出来たアーチが俺達を出迎える。
先日転移してきたばかりの草原の迷宮だ。
転移魔法の痕が無いから、まだ誰も探索はしていないらしい。
「ここが草原の迷宮……ドキドキしますねっ、ジムさん!」
俺が転移魔法の準備をしていると、シエラが迷宮の入口を見上げて目をキラキラとさせていた。
「ああ、だが気をつけろ。内部にはモンスターが居るんだからな」
「任せてくださいっ! 私がこう……ズバーッてやっつけちゃいますから!」
えへんと意気込むシエラだが、正直この元気がいつまで続くか心配だな。
彼女がモンスターを前にして怖気づいてしまうケースも考えて行動しなきゃならない。
楽しそうにしているニーナとシエラを他所に、俺は最悪の事も想定しつつ内部へと入って行った。
◇
内部に入った俺達は、地図を書きながらゆっくりと進んでいた。
草原の迷宮は太陽が差し込む為、昼間に探索する時はカンテラは要らない。
罠も無く通路も複雑ではない為、慣れた冒険者や迷宮測量士にとってはピクニック気分で攻略できる程の簡単な迷宮だ。
だがされど迷宮。油断すればモンスターの餌食になる。
俺は二人と一匹に監視を任せ、物音に注意しつつ慎重に進んでいった。
「き、緊張しますね……どんなモンスターが出てくるんだろう」
シエラは剣と盾を構えて、忙しなく辺りを見回している。
そんなに緊張しなくても大丈夫だが、その初々しい反応にふっと笑いがこみ上げてくる。
俺も昔はああだったな、懐かしいものだ。
「主なモンスターはスライム、ローパースプラウトといった弱い部類の奴らだな。厄介な奴も居るが、それは珍しい部類だ」
「厄介な奴?」
「ああ、"グリーンマン"って呼ばれているモンスターで、人の形をした蔦の塊なんだ。内部に核があって、それを攻撃しないと再生する。スライムの様に核が見えないから、慣れてないと厄介な相手なんだ」
「へえ……流石ジムさん、詳しいんですねっ」
「伊達に長年この仕事やってないからな。草原の迷宮には何度も通ったよ」
初めの頃は物陰から出てきたスライムに襲われて、慌てて逃げ回ってたっけかな。
今考えると滑稽な物だが、当時は必死だったから仕方がない。
シエラはスライムを見たら、どういった反応をするんだろう。
……この子の場合「何だかプルプルしててかわいい」だなんて言いだしそうだな。
「パパ、今のところは何もいなさそうだねっ」
「ああ、でも警戒は怠るなよ?」
「うんっ!」
ニーナはキューちゃんと一緒に見張っている。
彼女達……特にニーナは耳と目が良く、異変に気が付いたらすぐに知らせてくれる。
俺がこうして地図を書くのに専念できるのも、彼女達が居てこそだ。実にありがたい。
しかし今回の草原の迷宮は随分と広々としている印象だ。
ダンジリアでは半日も掛からないくらいで終わってしまう程だったが、今回は少し時間が掛るかもしれない。
地域で迷宮の構造も変わってくるのだろうか? その辺りはデータを調べてみない事には分からないな。
「……っ! パパっ、へんな音がきこえたっ」
「きゅっ!」
小声でそう言うニーナ。キューちゃんも聞こえたようだ。
耳を澄ませてみると、前方からガサガサと草を引きずるような音が聞こえてくる。
この感じ、ローパースプラウトかグリーンマンか。シエラにはちょっと厳しい相手だな。
「迂回しよう、元来た道を戻れば分かれ道があったはずだ」
「は、はいっ」
俺達は来た道を音を立てないように静かに移動した。
彼女の為にも、丁度良くスライムが現れてくれたらいいんだがな。
まあ奴らも奴らで音を立てないから危険なんだよな。急に現れるし。
俺達は分かれ道に戻って右に曲がる。
この道が前方の道に繋がっていればいいが、そうでなければ先ほどの道を戻って戦わざるを得ないだろう。
普段ならここに居るモンスターは総じて動きが緩慢な為、簡単に避けて進む事が出来るが、シエラが居る以上それも難しいだろうな。
っと、そんな事を考えていたら――。
「ひゃっ! ジ、ジムさん! スライムですよスライム!」
シエラが驚いた様子で前方を指差した。
前方の曲がり角から、プルプルとした薄青いゼリー状の物体が顔を覗かせる。
内部には丸く濃い色のコアを持つその物体は、一般的にスライムと呼ばれている生物だ。
地上でも生息していて、本来であれば大人しいモンスターだが……。
そいつはコアをこちらへと向け、俺達を認識した。
地上で大人しい奴らも、迷宮内だと基本的に好戦的だ。
スライムはピョンピョンと跳ねて、俺達を攻撃しようと向かってきた。
「シエラ! 盾で弾き飛ばすんだ!」
「は、はいっ!」
俺が指示すると、シエラは前に出てスライムに立ち向かう。
彼女にとって初めての戦闘だ、上手くできるだろうか?
「やあっ!」
ピョン、と高く飛びあがり襲い掛かるスライムを、彼女は上手く盾で弾いた。
スライムは前方に転がり、少し伸びている。今がチャンスだ。
「よし、剣でコアを攻撃しろ!」
「おねえちゃんがんばれーっ!」
シエラはスライムに駆け寄ると、ショートソードを振り下ろした―― が
「え……あれっ!?」
ショートソードは振り下ろす途中に手からすっぼ抜け、スライムを通り越して遥か先の地面に突き刺さった。
なんてドジをかましてくれたんだこの子は……。
「あ、あわわ……」
「シエラ、一旦逃げろ!」
彼女は両手に盾を持ち、足がすくんでしまっている。
突然の出来事に動けないようだ、マズい事になった。
意識を取り戻したスライムは、にじりにじりとシエラに寄ってきている。
一歩、一歩と後ろに下がり逃げようとするが、スライムの方が早かった。
シエラの顔に目がけて、スライムは飛び掛かった!
「こ、来ないで下さぁいっ!」
それを拒否するが如く、目を瞑りながら両手に持った盾をスライム目掛けて振り下ろす。
ガンッ、とスライムに突き刺さる盾。よく見るとコアを思い切り直撃していた。
スライムは力無くポトリと盾から滑り落ちると、ぶくぶくと泡を立てながら凹んだコアだけを残し消滅してしまった。
……どうやら、運よく倒せたらしい。
これが彼女のスキルの効果なんだろうか……幸運、恐るべし。
「……あれっ?」
盾を両手に持って、キョロキョロと辺りを見回すシエラ。
未だにスライムを倒せた事を理解していない様子だ。
そして自分の足元のコアを見て、やっと状況を理解する。
「たお……せちゃった、んですかね?」
「そうだな、うん。正直予想外だったが――」
そう言うと、シエラはこちらに嬉しそうに駆け寄ってきて俺の手を取った。
「やった、やりましたっ! ジムさんっ! 私モンスターを倒しましたっ!」
「お、おいっ! 落ち付けって……」
子供の様にぴょんぴょん跳ねて喜ぶシエラ。
全くスライム一匹に大袈裟な……なんて思うが、彼女にとっては大きな一歩なのだろう。
「やったね、おねえちゃん! かっこよかったよっ!」
「きゅっきゅー!」
「ふふっ、ありがとう! ニーナちゃん! キューちゃん!」
和気あいあいと喋る二人と一匹。仲良しだなこの子達。
「よーしっ! この調子で、どんどんモンスターを倒しちゃいますよっ!」
調子付いたシエラは自ら先頭を進み、スライムが来た道へと歩き始めた。
……自分が放り投げたショートソードを追い越しつつ。
「剣、忘れるなよ」
「あっ」
慌てながら地面からショートソードをよいしょと引っこ抜く彼女。
やっぱりどこか抜けてるなぁ、この子……。





