第四十話【オッサン、護衛?される】
「はあ……やっぱり私って才能無いんですかね……」
テストの後、流石にシエラも数分したら気付いたらしく、空き地の隅で縮こまって地面に指でぐるぐると円を描き続けていた。
「ヘイハンサム、謝ってきなよ」
「俺に責任を擦り付けるなよ……」
ジョンはしきりに俺のせいにしたがるし、シエラはいじけてるし、ニーナ達はどうすればいいのか分からずぽけーっとしてるしで、この場は渾沌としていた。
「……あー、ジョン。もっと他の方法はないのか?」
この渾沌とした中を正すべく、一番最初に口を開いた。
誰かが言わなければこのまま平行線だろうからな……。
「オーケイ、そうだな……あまり乗り気はしないがプランBで行こう」
「プランB? プランBって何だ」
「"習うより慣れろ"だ、Mr.ハンサム。彼女を迷宮に放り込む」
はっ!? 迷宮に放り込む、だって?
シエラも流石にびっくりしてびくりと身体を震わせ立ち上がった。
「め、めめっ、迷宮ですかっ!?」
「その通りでございます、シエラ様。わが師となる人物は言いました、"時には戦場で学ぶ事もあろう"と。実際に訓練ではてんで駄目だった冒険者が迷宮に出て一線級の活躍をする、というのも珍しい話ではないのです」
そう言うとシエラに向き直り、再び跪くジョン。
……やっぱり、コイツの敬語は慣れないな。誰だお前ってなるわ。
しかし彼の言う事も一理ある。
実際、ダンジリアでもそう言った冒険者は少なからず居た事を思い出した。
見習い測量士のニーナも"習うより慣れろ"タイプだ。
普通のお勉強よりも、実際に現地に足を運んだ方が覚えるのが早いのだ。
「で、でもいきなり迷宮だなんて私、どうしたらいいんでしょう……! 迷宮の進み方なんて右も左も分からないですしっ!」
「オールライト、心配しないで下さい。ここにいるでしょう、"迷宮探索のプロ"が」
そう言うと、こちらの方をちらりと見るジョン。
……なるほど、つまり俺の出番って訳か。
「彼、Mr.ハンサムの護衛を貴女が買って出るのです、シエラ様。この戦闘力皆無のオッサンを貴女が守るのです!」
「張り倒すぞお前」
色々と殴りたい気持ちを抑えジョンにそう言うと、俺はシエラに向き直った。
木剣を持つ手を震わせ、少し怯えた表情の彼女。不安できっといっぱいなんだろう。
「あー、そのなんだ、気持ちはよく分かる。俺も一番初めの頃は怖くて仕方がなかった」
「ジムさん……」
「でも始めの一歩を踏み出せたから今の俺が居る。シエラも今がその時なんじゃないのか」
上手くは言えないが、冒険者になるからにはいずれ迷宮へ挑まなくてはならない。
ちょっと早いかもしれないが、迷宮を経験するだけでも彼女は大きく変わる筈だ。
「おねえちゃんっ」
ニーナがシエラの方へと向かって歩いて、彼女と眼を合わせる。
「ぼうけんしゃさんになりたいんでしょ? だったら今がんばらなきゃっ!」
「ニーナちゃん……!」
「ふふっ、めいきゅーでおべんきょうするのはたのしいよっ! だから、ねっ?」
シエラに向かって手を伸ばすニーナ。
迷宮で勉強するのは楽しい、か。彼女らしい言葉だなと俺はふっ、と笑った。
「……アハハ、やっぱり私って駄目ですね。小さな子にまで激励されて……でも、お陰で目が覚めました」
「シエラ、じゃあ……」
シエラはニーナの手を取り、すっと背筋を伸ばした。
その表情は先ほどとは違い、自身に満ち溢れている物だった。
「私やりますっ! ジムさんの護衛、任せてください!」
木剣を握りしめ、自信満々の笑顔でそう言う彼女。
この調子なら、冒険者としての第一歩を踏み出せそうで良かった。
「そういえばジョン、お前は来ないのか?」
「俺が行った所で彼女の邪魔にしかならんよ、ハンサム。後は彼女自身の問題さ」
そう言うと彼は自分の役目は終わったとばかりにその場を離れようとする。
「グッドラック、シエラ様。貴女なら立派な冒険者になれると思います」
「は、はいっ! ありがとうございました、先生っ!」
振り返りサムズアップをするジョン。シエラはそれにぺこりと頭を下げる。
ジョンはそのまま空き地を抜け、何処かへと去って行った。
「ではさっそく行きましょうっ!」
「まあ待てシエラ、意気込むのは良いがまずはしっかり休息を取れ。あと色々準備もしないといけないし、日を改めたらどうだ?」
「あう……それもそうですね、しっかり準備しないとっ」
この勢いのまま迷宮に行こうとする彼女を戒める。
彼女が夜勤明けだという事は知っているし、さっきのテストで体力を大きく消耗している筈だ。
それに受付嬢の恰好のまま行って怪我でもしたら大変だ。しっかりと見繕ってやらなきゃな。
「明日から三日間お休みなのでその間に行きましょうっ」
「分かった。一日しっかり休んだ後、武器と防具を買ってその次の日迷宮に挑戦、でどうだ?」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「ああそうそう、冒険者登録も忘れるなよ?」
「あっ……えへへ、分かりましたっ」
この子、登録の事すっかり忘れていたんだな……。
冒険者登録をしないと基本的には冒険者としての活動が出来ない。
このまま彼女を連れて言ったら違法になってしまうからな。しっかりやって貰わないと。
その後の予定を決めつつ、俺達三人は一緒にギルドへと戻った。
帰る途中、シエラは終始嬉しそうにしていた。長年の夢だった冒険者になれるからだろうか。
しかし彼女の運動神経は壊滅的……正直心配だが、上手くフォローして自信を付けさせてやらないとな。
◇
そして二日後の朝――
俺は早めに起きて準備を済ませた後、ニーナ達と共にギルド前で待機していた。
キューちゃんは今日もニーナのカバンの中。頭をひょっこり出してちょっと眠たそうにしている。
朝ギルドの前で集合とはシエラに言ってあるのだが、少し遅いな。どうしたんだろうか。
部屋まで見に行こうかと考え始めた時、バタバタと急いでくる彼女が見えた。
「お、おはようございますっ! すみません、鎧を着るのに手間取っちゃって……!」
綺麗な金色の髪をなびかせて走ってくるシエラ。
動きを阻害しない新品の皮鎧に身を包み、ショートソードを腰に、背に小さな盾を携えている。
見た目は新米冒険者といった所だ。
ちなみに武器や防具は俺が選んだ。だって筋力も無いのに、鋼鉄製の重装鎧を買おうとしたからなこの子。
ショートソードも持てるか心配だったが、秘密の特訓の成果かそこまで苦労はしていない様子だった。
「ちゃんと冒険者登録は済ませたか?」
「勿論ですっ! 冒険者の証もちゃんと貰ったんですよっ」
と、彼女は小さめのカードを見せてくれる。
そこには『Dランク冒険者 シエラ・メル・ルナルモア』と書かれていた。
この小さなカードが冒険者としての証。無くしたらまた手続きをしないといけないから大変だ。
しかし彼女、ちょっとだけ眠たそうにしている。
しっかり休息を取るようにとは言ったんだけどな……。
「シエラどうした、ちゃんと寝たのか?」
「実は今日が楽しみでちょっと寝れなくって……えへへ」
子供かお前は……まあ分からなくもないが。
「にあってるよ、おねえちゃんっ!」
「えへへ、ありがとうニーナちゃん!」
俺がちょっと呆れてる中、二人は仲睦まじく話し始める。
そんな風景を見て、俺もやれやれと少し笑みがこぼれるのだった。
「あっ、そうだ! 今日はどんな迷宮に行くんですか?」
「"草原の迷宮"だ。罠が無くモンスターも初心者向け、難しくない所だから安心していいぞ」
「はい、分かりましたっ!」
元気よく返事をするシエラ。
先ほどの眠気は何処へやら、相当楽しみらしいな。
俺達は早速、興奮気味の彼女を連れて迷宮へと向かった。





