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第三十九話【オッサン、運動神経を見る】

「冒険者になりたいんですっっ!」


 シエラのその言葉に、俺は少し驚愕した。

 こんなか弱い女性が危険と隣り合わせの冒険者になりたいんだって言うもんだから、そりゃ驚く。

 

「……一応、理由を聞いていいか?」


 俺は少し動揺しつつシエラに問う。

 シエラは告白したことでスッキリしたのか、落ち着いた様子でゆっくりと語り始めた。


「えっと私、小さい頃は冒険者に憧れてたんです。お母さんの背中を見て育って、いつか私も凄い冒険者になるぞ! って思ってたんですけど……」


 そこで言葉が詰まるシエラ。俯いて、木剣を持っている手を震わせている。

 ニーナは心配そうに彼女に駆け寄り顔を覗き込んだ。


「シエラおねえちゃん?」

「ぐすっ……わたし、"運動音痴"なんですぅ~っ!」


 こちらを再び見た彼女は涙目であった。

 ああ、こりゃ深刻そうだな……可哀想に。


「お母さんにも"お前は向いてない"って言われて、ちょっと諦めてたんですけどっ……! ぐすっ、ニーナちゃんの、まだ小さいのに一生懸命学ぶ姿を見てたら、やっぱり諦めきれなくって、でも、でも……ううぅ……っ!」

「な、泣くな泣くな! 誰も笑ったり責めたりしないからな? ほら、落ち着いて……」


 俺は今にも大声で泣き出しそうな彼女を必死になだめる。

 しかし大の大人がこんなにもなるとは、それほどまでに冒険者になりたいんだな……。

 何とかしてやりたいものだが、はてさてどうしたものか。


「おねえちゃん、ぼうけんしゃになりたいの?」

「ぐすっ……う、うんっ」

「……わかった! ちょっとまってて!」


 大きく頷いたニーナは、来た道を戻るように走り出した。


「おいニーナ、何処へ行くんだ!」

「パパもまってて! いい人つれてくるっ!」


 そう言うとあっという間に目の前から走り去ってしまった。

 急いで追いかけたいが、この状態のシエラを一人にするわけにもいかない。


「きゅうぅー……」

「ニーナちゃん……ごめんなさい、私のせいで」

「ああよしよし、大丈夫だから。ゆっくり追いかけよう、な?」


 俺はキューちゃんと一緒にシエラをあやしながら、ゆっくりと来た道を戻り始めた。

 ……なんだ、この状況。


                  ◇


「ハローMr.ハンサム! そして麗しきエルフのお嬢さん!」

「……なんでお前が居るんだよ」


 戻り始めて数分経った頃、目の前に現れたのは黒狼の獣人ジョン・ガルフ。

 大袈裟にうやうやしくお辞儀をすると、シエラの前に跪いた。


「ふえ……?」

「嗚呼、貴女との出会いにカルーン様へ最大限の感謝を――」


 ぶん殴って良いか、お前。

 そう口から出て来そうになったがグッと堪えた。


「パパっ!」


 そんなジョンの後ろから、ひょこっと顔を出すニーナ。

 少しだけ息を切らしている様子。結構急いで戻って来たらしい。


「ニーナ! 心配したんだぞ?」

「えへへ、ごめんなさい。でもいい人つれてきたよっ!」

「いい人ってジョンの事か……何処で見つけてきたんだ?」

「さっきこっちにくる時に、あるいてるのが見えたのっ! まにあってよかったっ」


 なるほど、そうだったのか……全然気が付かなかった。

 これはシエラのスキル『幸運』の効果なんだろうか? それともニーナの眼が良かっただけか?

 何にせよ、どうして彼が"いい人"だと思ったのだろうか。


「ニーナちゃん、どうしてこの方がいい人だと思ったの?」


 俺が聞くより先にシエラが先に聞いた。

 まあ確かに今の段階じゃ、ただのナンパ野郎だよなコイツ。


「えっとね、ジョンさんってAランクのぼうけんしゃだから、いい先生になれるとおもったの!」

「えっ、Aランクですか!?」


 ああなるほど、そう言う理由だったんだな。

 確かに言動はアレだが、ジョンは実力のある冒険者だ。

 その冒険者直々教えを乞うというのは、間違いでは無いな。


「イェース、麗しき君よ、謹んで申し上げますとその通りでございます」

「その喋り方何とかならんのかこの野郎」


 流石に二回目は堪え切れなかった。

 

「まあそう苛立つなハンサム……男は誰しも美しい女性を前にしたらこうなってしまうのだ」

「お前ぐらいだよそうなるのは!」


 すっかりシエラの美貌に鼻を伸ばしているジョン。

 本当にこんなので教師が務まるのだろうか……不安に駆られる。


「う、美しいだなんてそんな……えへへ」

「シエラもシエラで照れてんじゃないよ!」


 この子もこの子で天然だって事忘れてたよ畜生!


「麗しき君よ、シエラという名なのでございますね」

「は、はい。シエラ・メル・ルナルモアと言いますっ」

「オウ……月の女神の如き美しき名。畏れ多いですがお許し下さるならばシエラ様、と呼ばせてくださいませ」

「そ、そんな女神様だなんて……照れちゃいますねっ、えへへへ」


 ずっとナンパ調子のジョンに照れるシエラ。

 そして、何故か腕組みをしながらうんうんと頷いてるニーナとキューちゃん。

 ……なんだ、なんなんだ、この空間。


「さあ行きましょうシエラ様、強き冒険者へとなる為に!」

「は、はいっ! よろしくお願いします、先生っ!」


 そう言うとジョンはシエラの手を取り、俺達が居た空き地へと進み始めた。


「二人とも、すっかりなかよしさんだねっ!」

「きゅっきゅー!」


 そしてその後ろをニーナとキューちゃんが付いて行く。

 ……何だか俺、これを纏め上げるのは無理な気がしてきた。


                  ◇


「さあ、まずは基礎能力を見てみましょうか、シエラ様? シャルウィーダァンス?」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 ジョンの謎のナンパ口調はさておき、まずは彼女の現時点での能力を見るらしい。

 確かに今何が秀でてるのか、何が足りないのかを見るのは大切な事だ。

 運動音痴の彼女にとって大変かもしれないが、頑張って欲しいな。


「では、まず武器の使用から! 始めッ!」

「や、やああ~っ!」


 気の抜けた声で剣の素振りを始めるシエラ。

 しかし縦にブンブン振り回しているだけで、さっきと全く変わらない!


「……よし、次ッ! 瞬発力のテスト!」

「は、はいっ! うおぉ~っ!」


 続いては反復横跳びを繰り出すシエラ。

 だがその速度は子供のそれよりも遅い! というか全く跳べてない!


「……次ッ! 判断力のテスト! これは!」

「えっ……? あっ、下! 下です!」

「これ!」

「右っ!」

「これ! これ! これ!」

「左! えっと、右! ええっと……!」


 ジョンが指差す方向を瞬時に答えるテストらしい。

 本当にそれは判断力なのか? とも思ったが、シエラは何とかそれをクリアしていく。

 ……いや、ジョン。お前手抜いてるだろ絶対。

 明らかにシエラの判断スピードに合わせて手の動きもゆっくりになっていっている。このナンパ野郎が……。


「さて次は体力のテスト!」

「はひぃ~っ!」


 こうして、悲鳴をあげつつもテストを次々とこなしていくシエラ。

 ……が、その殆どは全くと言って良いほど成功していない。

 何だか可哀想で涙すら出てきそうな程だ。


「――以上ッ! テスト終わりッ!」

「ひぃっ……ひっ……あ、ありがとう、ございましたぁっ……」


 完全に疲れ切ってひいひい根を上げているシエラ。

 テストでこれじゃあ先が思いやられるな……ジョンも何だかどうしたものかと考えている様子だ。


「て、テストの結果は、どうでしょうかっ……」

「えっ、あ、うーん……そうですね」


 ジョンは若干眼を泳がせつつ、何とか傷つけないよう言葉を選んでいる様子だった。

 そして数分悩んだ後、シエラの肩にポンと手を置いて口を開いた。


「結果よりも、麗しき貴女のひたむきさがとても素晴らしいと感じましたよ……!」


 誤魔化しやがったぞコイツ。

 しかもその誤魔化し方も随分と強引だ……! そんなんじゃ流石のシエラでも気づいて――。


「ほ、本当ですか……!」

「いや気付かねーのかよぉッ!」


 俺の虚しいツッコミが、空き地に木霊した――。

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