第二十二話【オッサン、準備する】
ミアが去った後、俺達は新種の迷宮について話を聞いていた。
「"海底の迷宮"。その名の通り道に珊瑚が生えていたり、宙に魚が浮いている海底のような場所らしい。初期調査の後、Aランク冒険者一人と迷宮測量士数名を送っているが、まだ戻ってきていない……考えたくはないが失敗した可能性がある」
何? Aランクの冒険者が居て失敗だって?
Sランクより下と言えど、Aランクともなれば大抵の魔物なら一人で倒してしまう戦闘のスペシャリストだ。
「理由を聞いて良いか?」
「"サハギン"という狡猾な魔物が居るのだ。奴らは原始的だが罠を作る知恵があり、恐ろしく鋭い槍を自在に操る亜人。陸上には居ない筈の魔物だが、海底の迷宮内では生息が確認されている」
なるほど、恐らくは魔物の罠にやられたか。
罠を作る魔物となると厄介だな、地図を書いても新たに罠を作られては意味がない。
地図を作りつつ、彼らの作る罠の特性、仕掛ける場所の傾向なども調べなくてはならないだろう。
「来たばかりで申し訳ないのだが、君が良ければすぐにでも出発して欲しい。数々の未踏の迷宮を測量した君なら安心して任せられるからね」
「なるほど……ニーナ、大丈夫か?」
「うんっ!」
元気よく頷いて答えるニーナ。
この様子なら連れて行っても大丈夫だろう。
「流石にキューちゃんは置いていこうな?」
「えー……パパだめ?」
「きゅーん……」
「そんな目で見つめても駄目だぞ、遊びじゃないんだから」
「はーい……」
少しがっかりした様子の一人と一匹。
馬車の中でいつも引っ付いてたから、離れるのが寂しいのだろう。
仲が良いのは良い事だが、流石にまだ幼い子供を迷宮には連れて行けない。
え? それはニーナも同じだろって?……それはまあ、それだ。うん。
「じゃあラルフさん、早速向かうとするよ」
「助かるよ。場所はここから北西にある岩場の洞窟だ。中から少し青白い光を放っているからすぐに分かる」
「頑張ってきてくださいねっ、ジムさん、ニーナちゃんっ」
ファイトっ、と応援してくれるシエラに礼を言うと、俺は外に出て準備を整えに行く。
ニーナは部屋の中でまだ名残惜しそうにキューちゃんを抱いていた……
まあ出発する時にシエラに預けて行かせよう。
◇
ギルドに併設されてる道具屋に行くと、見慣れた顔が見慣れた姿で店番をしていた。
「にゃっほ〜、数時間振りだねぇおっちゃん」
「なんでお前が居るんだよ」
「いやぁ、丁度人員を募集しててさ。ほら、ギルド併設の道具屋って忙しいじゃん?」
お前が言うと忙しそうには思えないんだよな……。
「というわけで、ニャムの道具屋二号店にようこそぉ」
「勝手に二号店にするなよ……」
「細かいことは気にしないの、おっちゃん。それに働きが良いなら店は任せてもいいよって店主のおじいちゃんも言ってたし」
太っ腹すぎるだろそのお爺さん。一体何者なんだよ。
「……まあいいや、魔法紙とインクはあるか?」
「そこの棚から持って来てねぇ」
いつもと変わらないスタンスの彼女に苦笑いしながら、俺は道具を購入する。
本当にニャムに忙しいであろう道具屋は務まるのだろうか……?
そんな不安を考えながら、俺は外に出てニーナを迎えに行った。
◇
ギルドマスターの部屋の前では、ニーナがカバンを背負って待っていた。
キューちゃんは居ない。どうやら自らちゃんと預けて来たらしい。
「ニーナ、カンテラは持ったか?」
「う、うんっ! 大丈夫だよ、パパ!」
……? なんだかちょっと余所余所しいな。
「キューちゃんはちゃんとシエラに預けたのか?」
「もちろんっ! シエラおねーちゃんにあずけたよっ」
「……カバンの中見せなさい」
「それはイヤ」
ああ、うん。なるほどな。
「キューちゃん?」
「きゅーっ」
名前を呼ぶとニーナのカバンの中からくぐもった声が聞こえ、もぞもぞとカバンが動く。
どうやら中にキューちゃんが入っているようだ。
「わっ、あっ、しゃべっちゃだめだよっ」
もはや隠しても遅いのに、焦って自分のカバンに語りかけるニーナ。
どうしても連れて行きたいんだな、この子。
俺がじっと見つめていると、気まずそうにこちらを見返した。
「あ、う……ごめんなさい、パパ。どうしてもいっしょに行きたくて」
「まったく、ちょっと我儘が過ぎるぞニーナ?」
「ごめんなさい……シエラおねえちゃんに渡してくるね」
そう言うと、しょんぼりと肩を落としながら部屋に戻ろうとする。
カバンの中からキューちゃんが顔を出し、慰めるように彼女の頭に頬を擦り付けている。
こんな光景を見せられれば心が動かない筈がない。
「ハア、俺の負けだよ。キューちゃんも連れて行こう」
「……! ほんとっ? ほんとにほんとっ!?」
「ああ、本当だとも。ただし危ないことはさせちゃだめだぞ?」
「やったー! ありがとパパっ! だいすきっ!」
「きゅっきゅー!」
だきっ、と足に抱き付いてくるニーナの頭を優しくぽんぽんとしてやる。キューちゃんも何だか嬉しそうだ。
まあ、面倒を見るのは俺の方になりそうだが、それも仕方がない。
無理に引き離して、落ち込んだ気分のまま迷宮に挑むのも危ないしな。
こうして俺、ニーナ、そしてキューちゃんの二人と一匹はトランパルの北西にあるという海底の迷宮へと向かった。
Aランク冒険者ですら太刀打ちできない迷宮―― 普段以上に気を引き締めて測量しなくちゃいけないな。





