第十八話【オッサン、教育する】
獲った鹿は女性陣が目覚めない内に御者さんと共に解体し、空いていた冷蔵樽に肉を入れた。
皮と角は小銭になるのでトランパルまで持っていく。
余った頭は……近くの地面に埋めてやった。
ごめんな、お前の命は無駄にはしないよと手を合わせて死んだ鹿に祈った。
服が少し血生臭くなってしまったので、持ってきていた衣服に着替える。
幸いにも近くに川があるので、そこでちょっと脱いだ服を洗っておく事にしよう。
いくらなんでも、そのままじゃ臭いがこびりついてしまうからな。
御者さんに挨拶して、俺は服を持って川まで歩いてきた。
手を川の水に浸けるとひんやりしていて気持ちがいい。
服を洗う前に気分を変える意味でも顔を洗うかと腕まくりをして、川の水をすくった。
「……パパ」
ごしごしと顔を洗っていると後ろからニーナの声が。
振り向くと、少しだけ暗い表情のニーナが立っていた。
「ニーナ、おはよう。ついてきていたのか」
「うん……こっそり見てたから、パパがもどってくるの」
そう言うと、ちょっと俯き加減で黙り込んでしまうニーナ。
まさか解体する所も見てしまったか? しまったな、流石に九歳児には刺激が強すぎるぞ。
「ニーナ、大丈夫か?」
「……あんまり」
ちょっと気分が悪い様子のニーナ。
そりゃトラウマになりそうだよな、見てて良いもんでもないし。
少しの静寂の後、俺はニーナを何とか元気付けようと声を掛けた。
「ニーナ、今は分からないかもしれないけれど……生きるって事は、何かを犠牲にしなくちゃならない事なんだ。あの鹿さんのお陰で、グリフォンの子供は今日も明日も生き延びられる。またお母さんにも会える可能性だってあるんだ」
ニーナはこちらを向いて、ただ黙って話を聞いていた。
「だからって犠牲になる者の事を蔑ろにしちゃあいけない。食事の時の"いただきます"だってそう言う事さ。……あー、つまり俺が言いたいのは……ええと、なんだ」
「うん、パパ、だいじょうぶ。なんとなくわかったよ」
そう言うとニーナは少しだけ微笑んで。
「ちょっとだけげんきになったよ。ありがと、パパ」
と、言ってくれた。
この子は俺が思っている以上に大人なのかもしれないな。本当にしっかりとした子だ。
先に戻ってるね、とトコトコ帰って行くニーナの後ろ姿を見ながらふっ、と笑うと、服の洗濯を始めた。
◇
俺が戻ると、シエラがグリフォンの子供に鹿肉をあげている最中。
よほどお腹が空いていたのか、凄い勢いで平らげてしまった。
食べ終わる頃には持っていた鹿肉は残っていなく、満足そうにきゅーっと鳴いていた。
「元気になったみたいでよかったな」
「はいっ! ジムさんのおかげですねっ」
ニコリと笑って答えるシエラ。まぁ色々あったが何とかなって良かった。
「この子のお母さん何処にいるんだろうねぇ」
「さあな……とりあえず放っておくわけにもいかないし、ここまで来たら連れて行くしかないだろうな」
グリフォンの頬をかいてやりながら尻尾を揺らしているニャム。
案外気持ちいいようで、眼を瞑りむしろグリフォンの方から指に擦り付けている。
「うーん……」
「どうした、ニーナ?」
「おなまえどうしようかなーって」
確かに、いつまでもグリフォンの子供じゃちょっとアレだな。
「キューちゃんでいいんじゃない?」
安直すぎるなオイ!
ニャムよ、こういうのはちゃんと考えて付けてあげるべき――
「キューちゃん……いいですねっ! ピッタリだと思います!」
「ニャムおねえちゃん、いいなまえだとおもうよっ!」
誰もツッコまねぇのかよ!
「こう……あるだろう他に」
「でもしっくり来ない? ほら、キューちゃんだって嬉しそうに鳴いてるし」
確かに小さな羽を大きく広げ、ちょっと嬉しそうにしているキューちゃん。
俺が……間違ってるのか、これは?
「じゃ、キューちゃんでけってーいっと、よろしくねぇキューちゃん」
「きゅいーっ♪」
こうして、グリフォンの子供改めキューちゃんが俺達の一行に加わった。
釈然としないが、キューちゃんが良いというなら良いのだろう。多分……
簡単に朝食を済ませた後、俺達はテントを片付けて荷台に乗った。
キューちゃんは女性陣に囲まれて遊んでもらっている。
特にニーナと仲が良いようだ。子供同士何か親近感を感じているのだろうか。
俺はそんな様子を何だかんだ微笑ましく思い、ふっと笑った。
◇
――二日後。
俺達は馬車の前方をじいっと見つめていた。
視線の先には十数メートルほど外郭に囲まれた大きな都市。
様々な事がありつつも、俺達はとうとうやってきたのだ。
迷宮の街、トランパルに――。





