第十七話【オッサン、野営する】
俺が馬車に戻るとニャムが荷台から降りておかえりーと手を振っている
ニーナとシエラの姿は荷台にも無い。何処に行ったのやら。
「いやー大変だったねぇ、怪我とかしてない?」
「平気だ平気、なんてことは無いさ。それよりもこの子を手当しないとな」
と、抱きかかえたグリフォンの子供を見せる。
さっきからずっと腕の中でうずくまり、身体を動かさないようにしている。
何処か怪我でもしてるのだろうか、急いで見てやらなきゃならない。
「ジムさんっ、薬草取って来ました!」
「パパ、だいじょうぶ?」
なるほど、心配して薬草を探してきてくれたのか
「俺は平気だがこの子が心配だ、日も傾いてきてるしこの辺りにテントを立てて休む事にしよう」
俺は目の前のニャムにグリフォンの子供を託すと、荷台から野営用のテントを取り出し、御者と一緒に設置を始めた。
その間に三人はグリフォンの子供を見てくれるようだ。大した怪我じゃないといいんだが……。
◇
テントの設置も終わり、日も徐々に落ち始め辺りが暗くなってきた。
俺は枝を集めて簡単に焚火を作り、全員でそれを囲む。
枝集めのついでに猪の方を確認しに行ったが、居なくなっていた。
足跡は俺が戻って来た方向とは別方向に続いていたし、多分今は遠くに居ると思う。
グリフォンの子供の方は、幸いにも後ろ足を擦りむいている程度で大きな怪我は無かったようだ。
薬草を磨り潰して作った薬を塗り包帯もして貰った後、シエラの膝の上ですうすうと眠り始めた。
相当疲れていたんだろう、こちらが会話をしてても起きる様子は無かった。
「この子、何処から来たんでしょうか」
「さあな……この辺りにはグリフォンの巣になるような場所は無いだろうし、誰かが連れてきたのかもしれないな」
グリフォンは本来、山などの高い所に巣を作る。
しかしこの付近は草原や森しかなく、グリフォンが巣を作りそうな山はここから五日はかかる場所にある。
何らかの原因で親が子供を背に乗せて巣を移動する事はあるが、こんな平地に飛んでくる事はまず無いだろう。
以上の事から、恐らく悪い動物商に捕まったのが逃げ出したのではないかと俺は推察した。
グリフォンはペットとして非常に高価で取引される。
聞いた話では、金貨八枚から十数枚というとんでもない値段だ。
ちゃんとしたブリーダーも居るのだが、巣から子供を攫う密猟者も後を絶たない。
故に、野生のグリフォンは年々数を減らしてきている。実に嘆かわしい事だ。
「おっちゃん、その子どうするの? 連れてくにしても食べる物が無いでしょ」
珍しくニャムが真面目に話に加わる。
グリフォンはその見た目に違わず肉食。子供も親から獲物の肉を貰って育つ。
今俺達の荷台にあるのは果物と野菜類のみで、食べさせるものが一切無い。
「狩りをするしかないだろうな」
荷台には弓矢があったはずだ、朝が来たらすぐに行動するしかない。
「パパ、あの子だいじょうぶかな……?」
俺の隣で心配そうにグリフォンの子供を見つめるニーナ。
親からはぐれたという似た境遇のこの子なりに、何か思う所があるんだろうか。
「大丈夫さ、俺達が傍にいるんだ。安心して今日は寝な」
と、頭をぽんぽんと軽く撫でてやると「うん」と小さく頷いてそれ以上は喋らなかった。
ニーナも心配してるし、早いとこ何とかしてやらなきゃな。
その後ニーナを寝かせ、御者さんを含めた四人で交代しながら火の番を行い、俺は朝を待った。
◇
空もだいぶ白んできた頃、俺は目を覚ました。
身体を寝袋から起こすと、御者さんが火の前で何かを手入れしている様子。
傍に寄るとその手には狩猟用の弓が。
「ああ、おはようございますジムさん。狩りの準備、出来てますよ」
「ありがとう、助かるよ」
どうやら道具を準備してくれていたみたいだ。これはありがたい。
俺は御者さんから弓と矢筒を受け取り、まだ小鳥も鳴かない静かな森へと入って行った。
職業柄こういった武器を使わないのではと思うかもしれないが、実は弓を扱った経験は少なくは無い。
駆け出し時代、まだ仕事に慣れていない頃に何回か狩猟パーティに混じって狩猟を行い、肉を分けてもらった事がある。
他にも迷宮で罠の解除や魔物の陽動の為に小さな弓を使ったりもした。最近は荷物がかさばるので全くやっていないが。
鹿や猪等の得物は敏感だ。気配を覚られたら一瞬のうちに逃げてしまう。
息を殺し、出来るだけ音を立てずに接近し、急所を狙って矢を放つ――
こう考えてみると気配を消す、と言うのは迷宮測量士にも繋がる部分があるな。
っと、そんな事を考えている内に鹿が一匹、地面の草を食んでいるのが見えた。
大きく立派な角を持った雄鹿。幸いにもこちらに気が付いていないようだ。
俺は音を立てないように静かに、かつ素早く後方へと回り込む。
そして矢をつがえ、ゆっくりと弓を引いた。
距離は数十メートル。風は無いから俺の匂いで気取られる心配も無い。
高さは…このぐらいか、頭を上げた瞬間に―― 放つッ!
ヒュン、と矢が風を切り獲物へと向かって放たれる。
その音を聞いて驚いた鹿は逃げ出そうとするも遅く、頭を思い切り貫かれた。
どさりとその場で倒れ、幾度か痙攣した後、動かなくなった。
……あまりこの感覚には慣れないな。
猟師に向いているとも言われた事があるが、どうしてもこの命を奪う感覚には慣れなかった。
しかしこれもあの子を生かす為。許せよ、鹿。
俺は鹿に向かって手を合わせると、肩に担いでテントの方まで持っていくことにした。
まだほんのり暖かいそれを感じ取り少し罪悪感を感じるも、これも生きる為なのだと思い直しテントの方へと歩みを進めていった。