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第百十二話【"ただいま"】

――――――


――――


――


 ぼすんっ、と地面に尻餅をつく。

 相変わらず帰還魔法は慣れないもんだと心の中で苦笑いしながら、俺は立ち上がった。


 迷宮の外はすごい賑やかだった。

 先に脱出した四人が、今にも突入しそうだった後続部隊に無事を伝えたのだ。


「あっ、帰ってきましたよ!」

「おっちゃーん、こっちこっちー」


 シエラとニャムが俺を呼んでいる。

 彼女たちの周りには見慣れた顔がたくさん居た。

 そちらに向かうと、それぞれから祝福を受ける。


「ジム……! よく無事で!」


 ラルフが安堵した様子でほほ笑んでいる。

 彼も戦う気だったのだろう、使い古した剣と盾を装備していた。

 元Sランク冒険者だった彼の実力を見ることが出来なかったのは、少し惜しい所。


「うう……っ! 本当に心配したんスよーっ!」


 アルマは少し泣きそうになりながらこちらを見上げていた。

 彼女も戦う気だったのだろうか、背中にはツルハシを持っている。

 どちらかというと非戦闘員な気もするが……まあ、気持ちは受け取っておこう。


「いやぁ、ランパート君が一人で黄金の迷宮に行ったと聞いた時は驚いたよ」

「ほっほっほ、しかし大五神に謁見出来たのは羨ましい、私もぜひお供したかったものですのぉ」


 隣でエレクとヴァールデントさんがにこやかに笑っている。

 二人も俺の帰還を喜んでくれているみたいだ、ありがたい。


 しかし俺の周りにはギルドマスターに商人組合の会長、そして大司教。

 ……なんか、こうも大物に囲まれると、少し緊張してしまうな。


「大人気じゃない、ハンサムさん?」


 後ろから声をかけて来るのはクレア。

 彼女の方を見ると、なんだか嬉しそうに笑っている。

 ちょっとからかい気味なのはまあ、いつも通りか。逆にその方が安心だな。


「ヒュウッ! 俺もモテすぎて辛いぜハンサム……あっ痛い痛いあんまり抱き着かないで」


 その後ろからジョンが女性二人に囲まれてやってきた。

 どうやらナンパに成功したらしい。全くコイツは、帰ってきて早々何やってんだか。

 でもまあ、今回だけは許してやろう。頑張った事は確かなんだから。


「……ふあぁ」

「……? ニャムちゃん、どうかしたの?」

「あふっ、なんでー?」

「いや、ちょっと顔色というか、眼付が鋭かった気がしたから」

「べーつにー」


 ……なぜかニャムが少し不機嫌そうにしていたが。


 他にも、数々の冒険者や迷宮測量士たちから生還を祝う言葉が送られてくる。

 大勢に心配をかけてしまったが、


「おーっほっほっほ!」


 そして遠方から幼い声の高笑いが聞こえてくる。

 そちらを見ると、なんとクロエのみならず、ジルアート一家が大勢の護衛を連れてこちらへと向かってきていた。


「おお、これはなんとも立派な迷宮だ! 家に飾りたいものだが」

「お父さま、めいきゅうはもちかえれませんわ」

「ウム、そうだねクロエ……よし、誰かにスケッチを取らせてミニチュアの模型を作ろう! 誰か! 誰か絵に心得のあるものは居らぬか!」


 ……なんとまあ騒々しいことで。

 ダルパが護衛の中から絵の描ける者を探している最中、クロエがこちらへと走ってやってきた。


「ふう、ふう……ごぶじでなによりですわ、ジムさん!」


 にこりと笑って無事を祝ってくれるクロエ。

 思えば彼女がニーナのプレゼントを教えてくれなかったら、ここまでたどり着けなかったかもしれない。


「……ありがとうクロエ、君のおかげで俺はニーナに会う事が出来たよ」

「おーっほっほっほ! ジムさんにはおせわになりましたもの、気にしないでだいじょうぶなのですわ!」


 すっかり高笑いも板について、なんとも微笑ましいことだ。

 ……成長した時もそのままだったら、少し妙な事になるかもしれないが。


「そういえば、ニーナちゃんはどちらにいますの?」


 キョロキョロとニーナの姿を探すクロエ。

 ニーナもきっと帰ってきているものだと思っているのだろう。

 だが、ニーナは──。


「クロエ、ニーナは親御さんの元へと帰ったんだ」

「ええっ! むかえに行ったのではないんですの!?」

「ああ、ちょっと色々あって……ニーナのお父さんが病気になってしまってね、彼女はその面倒を見る事になったんだよ」


 ニーナの力がカルーンに宿った後、彼は息を吹き返した。

 片腕は黒く染まったままだったが、様態は安定。箱庭の主として機能できる状態まで戻った。

 ……だが、それでもなお厄災の力は凄まじく、気を抜けばニーナの力まで蝕まれかねない。

 カルーンの精神的なケアも含めて、ニーナは神々と共に残る事になったのだ。


 ツァルの件については、地上に伝えない事にした。

 大五神の一人が裏切り、カルーンを殺しかけたなんて……きっと大混乱になるに違いない。

 俺たちはカルーンと謁見して、彼の手助けをして力を蘇らせた、という事だけを地上のみんなに伝えると口裏を合わせていた。


 俺の話を聞いたクロエは、至極残念そうに肩を落とした。


「そうなんですの、ニーナちゃんは自分のお父さまの所へ……」

「ああ、残念だけど……お別れになってしまった」

「……でもいいんですの! ニーナちゃんが本当のお父さまと出会えてよかったのですわ!」


 クロエは悲しそうな様子をかき消すかのように、にこりと笑った。

 そして、何やら決心した様子で強く語るのだ。


「それにわたくし、ニーナちゃんの耳にとどくくらいのぼうけんしゃになるのがゆめになりましたわ! 名声をとどろかせて、ニーナちゃんをくやしがらせてやりますの!」

「……ふふっ、いい夢だなクロエ。叶うように俺も応援するよ」

「ありがとうございますわ! おーっほっほっほ!」


 そう言って高笑いするクロエを見て、俺はなんとなく安堵を覚えた。

 次世代の冒険者筆頭になれば、きっとニーナの耳にも届くだろうか?

 ……届くと良いな。


「……? ねえジム、あれ見て」


 クレアが肩を叩いて俺を呼ぶ。

 彼女が指さす方向を見ると、迷宮の入口付近で何やらモヤのようなものが見えた。

 あれは……帰還魔法? なんでまた──。


 刹那、カッと光を放ち、徐々に人の形を象っていく。

 あれは……あれはまさか!?


「きゃあっ!?」


 ぼすんっ、と尻餅をつくその人影。

 フリルのついた白いワンピース、金色の長い髪がふわりとなびく。

 綺麗な花のブローチと髪飾りを付けたその人物は、まさしく──。


「いったぁ……ほかに方法ないのかなぁ」


 ──"ニーナ"。


「あ……ニーナちゃ……」


 クロエはあまりの衝撃に言葉が出てこない様子だった。

 しかし、身体は自然と動き、気づけばニーナの元へと走っていった。


「よいしょ……あふっ!?」

「ニーナちゃぁぁんっ!」


 そしてニーナに思い切り抱き着いたのだ。

 立ち上がったニーナも突然の出来事に驚きを隠せずにいた。


「えっ、えっ? クロエちゃん、どうしたのそんな……」

「ニーナちゃんのおおばかものっ! 本当にっ……ほんっとうにしんぱいしたのですわあぁっ! わああああんっ!」


 ぎゅううっと抱きしめながら号泣するクロエ。

 そんなクロエを見て、ニーナはなんだかおかしくなったのかほほ笑んで抱きしめ返していた。


「ニーナちゃん!?」

「ありゃ、戻って来ちゃったの」


 シエラもニャムもいまいち状況が理解できていない様子でニーナを見つめていた。


「えっ、何っ!? 嬢ちゃんが戻ってきたって……ああレディたち、ちょっと離して……」


 ジョンはというと、少し強引な女性陣に囲まれて身動きが取れないでいる。


「ニーナちゃん、貴女どうして……お父さんの所に戻ったんじゃないの?」


 駆けつけた仲間たちの中で、真っ先にニーナの元へと向かったのは、クレアだった。

 ニーナは未だに抱き着いてぐずるクロエを他所に、クレアの方へと向いた。


「えへへ、お父さんがね? みんなのそばにいてあげなさいって」

「貴女、力は大丈夫なの?」

「ううん、お父さんにぜんぶあげちゃったから……でも、でもね」


 ニーナはにこりと笑って、はっきりと答えた。


「力がなくても、わたしにはみんながいるから、べつにいいかなっておもったの! みんなのためならわたし、どこまでもがんばれるから!」

「ニーナちゃん……本当に貴女は強い子ね」

「えへへ」


 クレアに褒められ、少し照れ臭そうにしているニーナ。

 みんなの為ならどこまでも頑張れる、か……まったく、クレアの言う通り本当にこの子は強い子だ。

 俺はゆっくりとニーナの元へと向かう。ニーナも、こちらに気が付いた。


「ニーナ」

「パパっ!」


 ぐずっていたクロエも泣き止み、邪魔をしないようニーナの元を離れる。

 ニーナはこちらへゆっくり近づいて、何かを言おうとしている。

 俺はしゃがみ込んで目線を合わせ、ニーナの言葉を待った。


「えっとね、その……うんっ」


 何を言おうか悩んでいる様子だったが、それはすぐに決まったらしい。

 ニーナは俺にぎゅっと抱き着いて。


「ただいまっ!」


 と元気よく、満面の笑みでそう言った。


「……ああ、おかえり。ニーナ」


 俺は彼女を優しく抱きしめて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。

 周りからは歓声があがり、ニーナの帰還と、俺とニーナの再会を祝福してくれたのだった。

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