オーヴの主
☆前回のあらすじ☆
カイトは滝に落ちるが、謎の白色ドラゴンに助けられ命拾いする。
白色ドラゴンが川沿いを飛んでいると、カイトは川岸で倒れているミサを発見。
様子見で旋回している最中、ミサは謎の黒装束に攫われ、黒装束は樹の影に消えた。
カイトはミサを助けようとするが、オーヴの疲労により気絶してしまう。
☆オーヴの力☆
白色ドラゴンは馬鹿にするように鼻と喉を鳴らして笑う。
「オーヴを使ったにしちゃ、よく身体が持ったほうだ。大したもんだよ」
オレはそこで気絶した。
目の前が真っ暗になる。
突然、オレの頭に映像が流れる。
どこか大きなテントの中で、頑丈な檻の中に閉じ込められているのか画面が左右に揺れる。
テントの入り口からちらっと外が見えて、黒装束がライフルを肩に担いで通り過ぎる。
『ねぇ、ネロ。カイトが助けに来てくれるよね?』
ミ、ミサか? なにやってんだよ?
これはミサが見ている映像か? わけわかんねぇ。
なんでオレが夢見ているんだよ。
映像がネロに固定される。
ネロは檻を背に片足の膝を曲げて檻に凭れて座り込み、片足の膝を曲げた膝の上に腕を載せている。
ネロは黒縁メガネの奥で遠くを見つめている。
やがて黒縁メガネをゆっくり外して、ジャケットの内ポケットから取り出した布でメガネのレンズを拭いている。
ネロはジャケットの内ポケットに布を突っ込み、黒縁メガネを片手で掛ける。
『ボクとしたことが油断した。ミサの魔法が消えて、敵の野営地に落ちるとは。カイト、お前が頼りだ』
ネロは顔を上げて後ろ頭を檻に凭れ、物思いに耽って何故か鼻で笑った。
映像は雑音とともにそこで途切れた。
どれくらい時間が経っただろう。
ふとオレの鼻腔をいい匂いがくすぐる。
なんだ? いい匂いがする。オレは匂いを嗅ぐ。
匂いに釣られて、オレは瞼をゆっくりと開ける。
オレの視界に女の顔が揺らいで映る。
辺りを見回すと森の開けた場所だった。
視界が揺らいで気持ち悪い。
オレは女に視線を戻す。
女は髪が雪の様に白いミディアムヘアで肩に髪がかかるくらい。
整った目鼻立ちで、瞳は吸い込まれそうなサファイアブルー。
耳に蒼い滴の形をした透明なクリスタルのピアスを付けて、風でピアスが小さく揺れている。
服は長袖の青コットンのロリータクラシックドレスで黒いショートブーツを履いている。
女の髪が風で優しく靡く。
女はオレの顔を不思議そうに覗き込み、両手を腰に当てて不気味に歯を見せて笑った。
「うわっ!」
オレは驚いて慌てて上半身を起こす。葉っぱデザインの薄い毛布がオレの上半身からずり落ちる。
どうやら、オレは大きな切り株の上で寝ていたらしい。木の香りがする。振り向くと木の枕がある。
なんだ、この枕。不思議に思い木の枕を人差指で触ってみると、意外にふわふわで柔らかい。
人差指を離すと風船の様にゆっくりと膨らんで面白い。
その時、頭痛がしてオレは顔をしかめて額を手で押さえる。
「うっ」
気分が悪くて吐きそうだ。
頭痛を訴えるようにオレは女を見上げて睨み据える。
女は腕の前で両手を組み、勝ち誇ったように仁王立ちして喉の奥で笑っている。
「オーヴに選ばれし者にしては、まだまだ力の使い方がなっておらんの。お前はあれから二時間も気を失っておったんじゃ。無理もないわい」
女はやれやれと肩を竦める。
オレ額を手で押さえて顔をしかめながら女を睨み据える。
「あんた誰だよ?」
オレは頭痛で額に変な汗が滲む。
女は馬鹿にしたように胸の前で両手を組んだまま、鼻と喉を鳴らして笑う。
「お前を助けたじゃろ? 忘れたか? フフフフッ」
女は不気味に喉の奥で笑う。
オレは頭痛の痛みを紛らわすために額を掌で叩く。
「……白いドラゴンか? お前、人間に姿を変えたのか? 冗談だろ」
頭痛が治まり、オレは切り株の上に胡坐をかいて、太ももの上に肘を突いて頬杖を突き鼻で笑う。
額を掌で叩きながら。
女は両手を腰に当てて得意げに頷く。
「そうじゃ。それより、切り株ベッドの寝心地はどうじゃ? 木の枕も最高じゃろ?」
女は頭の後ろで手を組んで、木の枕に顎をしゃくる。
オレは腕が痒くなり、腕をぽりぽりと掻く。
ふと腕の掠り傷が治っていることに気付き、腕の掠り傷があったところをまじまじと見つめる。
傷が嘘の様にまるでない。
「あれ、傷が治ってる。どうなってんだ?」
首を傾げて毛布を捲ると、太ももの掠り傷も治っている。
唸りながらシャツを捲って脇腹を見ると、脇腹の傷も治っている。
これも、こいつの力なのか? オレは胸のクリスタルを掌に乗せて、そのままクリスタルを握り締める。
女が俯いて顎に手を当てて顎を擦っている。
「あの子たちのことじゃが……野営地で頑丈な檻に監禁されておる。警備も厳しい。迂闊には手を出せん」
気まずそうに女はオレから顔を背け、オレに横目で瞬きしながら人差指で頬を掻いている。
ま、まさか、ミサとネロのことか? さっき夢で見た。
「な、なんだって!? どういうことだよ!?」
あんたは何もしないで戻って来たのかよ。
こうしている間にもミサとネロはなぁ!
オレは怒りが込み上げ、拳を握り締める。
拳で切り株ベッドを叩き、オレは歯を食いしばって女を睨み据える。
女は頭の後ろで手を組み、木のテーブルの上に乗っている土鍋に顎をしゃくる。
「それより、腹が減っておるじゃろ? キノコカレー食うか? 美味いぞ?」
女は鼻歌を歌いながらオレの傍までやってきて、オレに微笑んで手を差し伸べる。
オレは女の手を払いのけて女の襟首を掴み、女に顔を近づけて女を睨み据える。
「なんでミサとネロを助けなかった!? お前なら助けられただろ!? ミサとネロはな、オレの大事な幼馴染なんだよ!」
その時、オレのお腹の虫が盛大に鳴り、オレは参ったとばかりに腹を手で押さえる。
女も負けじと胸の前で両手を組んでオレを睨み据え、馬鹿にしたように鼻と喉を鳴らして笑う。
「助けてやったのに、その態度はなかろう? それとも、あのままお前は滝に落ちていたらどうなっていた? 言っておくが、わらわはお前をオーヴの主に認めたわけではない。わらわは、お前がオーヴの持ち主に相応しいか試しておるんじゃ。わかるか? そのオーブは使い方を間違えれば世界が滅ぶ品じゃ」
女は挑発するように腕を組んだまま胸のクリスタルを指さす。
オレは乱暴に女の襟首を掴んだ手を離して、女から顔を背けて舌打ちする。
「腹が減った。キノコカレー食わせろ、美味いんだろ? 聞きたいことが山ほどあるんだ。食ったら聞かせてもらうぞ」
オレは切り株ベッドから立ち上がると、両手をポケットに突っこんで大股で木のテーブルに向かう。
女はオレの背後で嬉しそうに咳払いをする。
「わかればよろしい。答えられる範囲で答えようぞ。ではでは、キノコカレー召し上がるとよい」
女は小走りでオレを追い越し、木のテーブルに置いてある土鍋の蓋を両手で取り、蓋を引っくり返して木のテーブルの上に置く。
土鍋の蓋が暑かったのか、「あちぃ!」と叫んで、手首を押さえて掌に息を何度も吹き、手首を振ったり手を必死に冷ましている。
土鍋の傍には木のコップと魔法瓶が置いてる。
土鍋のキノコカレーから湯気が盛大に上がって、美味しそうなキノコカレーの匂いが漂う。
オレは片手の掌を木のテーブルに突いて、キノコカレーの匂いを嗅ぐ。
「おっ、美味そうじゃん」
オレは股を広げて木の丸椅子にどかっと座る。
キノコカレーを見て生唾を飲み込んで喉を鳴らし、口許に垂れた涎を手で拭う。
キノコカレーはジャガイモ、ニンジン、タマネギ、一口サイズの肉? たぶん、これがキノコなんだろ。
さらに挽肉、ナス、トウモロコシ、ルーの上にちょこんと四角いバターが添えられている。
食欲をそそる野菜たっぷりのカレーだ。
「いただきます!」と、オレは手を合わせて、スプーン置きに置かれた木のスプーンを左手で握る。
まずは気になった一口サイズのキノコを木のスプーンに乗せて食べてみる。
キノコは肉厚で弾力があり、少し甘味がある不思議な味だった。肉の食感に似ている。
オレはキノコを飲み込んだ後、あまりの美味さに呻った。
「このキノコうめぇ!」
オレは木のスプーンを忙しなく動かして、キノコカレーを口に運ぶ。
勢いよくキノコカレーを食ったため、ルーを飲み込んだ後に喉を詰まらせ咽る。
女がオレの背中を優しく擦る。
「なんじゃ。もっとゆっくり食べんか。ほれ、これを飲め」
女が魔法瓶を取って木のコップにオレンジ色の液体を注いで、オレにオレンジ色の液体が注がれた木のコップを差し出す。
オレは思わず木のコップの中身を見る。
オレンジ色の液体で、明らかに水じゃなかった。
訝しげに首を傾げるも、オレは眉根を寄せて匂いを嗅いでオレンジ色の液体を恐る恐る口に運ぶ。
喉を鳴らして一口飲む。ん? オレは首を傾げる。
あまりにも冷たくて美味くて、ごくごくと喉を鳴らして飲み干す。
オレは木のコップを勢いよく置く。
「ぷは~! なんだこれ、美味いじゃねぇか! ジュースか?」
オレは口許を手で拭いながら顔を上げて、隣で腰に手を当てて立つ女に訊く。
女が勝ち誇ったように、オレの肩に手を載せる。
「リップルの実の果汁ジュースじゃ。フルーティで甘味と少し酸味があって美味いじゃろ?」
女がポケットからなにやら取り出し、掌に乗った小さなみずみずしい桃色の実を自慢げにオレに見せる。
「これがリップルの実じゃ」と言って、小さな桃色の実をオレに突きつける。
オレは女の掌から乱暴に桃色の実を取って、茎を摘まんでまじまじと見つめる。
「こんなに小さいのか!? リップルの実ってのは」
オレはリップルの実を見ながら感心して頷き、顎に手を当てて擦りながら「なるほど」と呻る。
オレは横目で女を見る。
女は瞼を閉じて人差指を突き出し、人差指を小さく左右に振っている。
「この森は食材が豊富じゃからの。リップルの実は高い樹に実のるんじゃ。栄養もあるから、森の動物たちの好物になっておる」
瞼を開けて、両手を腰に当ててオレに歯を見せて笑う。
オレはリップルの実を木のテーブルの上にそっと置いた。
「なるほどな。それより、お前誰なんだよ? すげぇ今更だけど」
オレは片手で肩を竦めて頬杖を突き、隣の女を見上げながらキノコカレーを口に運ぶ。
咽ないようにゆっくり噛む。
喉が渇いて魔法瓶を取り、木のコップにリップルジュースを注ぎ、ごくごくとリップルジュース飲む。
女はオレを見下ろして胸を張り、片手を腰に当てて拳で胸を叩く。
「わらわはラウル古代遺跡の番人ディーネじゃ。魔力でドラゴンと人の姿に変えることができる。そのオーヴはかつてラウル帝国の古代王が身に着けていた物じゃ。わらわは古代王に仕えておった。この森は遥か昔、ラウル帝国じゃったんじゃ。今となっては呪いですっかり深い森になってしもうたのう」
オレはキノコカレーを食べる手を休めて、木のテーブルに両肘を突いて胸のクリスタルを掌に乗せた。
「ふーん。古代王のオーヴにラウル帝国、おまけに呪いねぇ。なんでオレがオーブの持ち主になったんだよ? こいつは爺ちゃんがラウル古代遺跡で採取したんだぞ」
オレは掌のクリスタルを指さして、ディーネを横目に瞬きする。
ディーネは眉根を寄せて、訝しげに首を傾げて胸の前で腕を組んで唸っている。
「オーヴはラウル古代遺跡の最深部の台座に嵌めてあったはずじゃが……お前の爺さんが持ち去ったのかの。どうも、わらわは長い眠りから覚めたばかりで記憶が曖昧じゃ……それに、なんでわらわは封印されてたんじゃろ? ああもう、訳がわからんわい!」
ディーネはぽかぽかと両手で頭を叩いて、頭を両手でくしゃくしゃとかきむしっている。
もしかして、爺ちゃんは悪い奴らに脅されて、ラウル古代遺跡の最深部からオーブを持ち去ったのか?
なんのために? わからない。ってことは、爺ちゃんはオーブを悪い連中から隠した?
オレは瞼を閉じて首を横に振る。結局、爺ちゃんはオレに何も言わずに逝ってしまった。
オレにどうしろってんだよ。オレは掌のクリスタルを握り締めた。
その時、頭上で卵が割れる様な嫌な音がした。
オレは思わず顔を上げると、気付かなかったが青白いドームの障壁にひび割れが生じている。
結界が張ってあったのか? なんのために? もしかして、オレたちを襲った魔物から守るためか?
どすんと重い地響きが響き、魔法瓶とコップと土鍋が踊った。遠くでキャノン砲を撃つ音が聞こえる。
青白いドームの障壁のひび割れが大きくなってゆく。結界が壊れるのも時間の問題だな。
のんびり飯食ってる場合じゃねぇ。
といいつつも、オレはキノコカレーを食いつつ、リップルジュースを飲みながら、のんびりと結界を見上げる。
今回はのほほんとしてます。
料理を考えたり、ジュースを考えたりで大変でした。