カイトとミサ
オレは手を伸ばして掌を広げる。
「ミサ、ネロ……」
オレは小さく呟いた。
ついにミサとネロが点になり、見えなくなった。
オレの身体が急降下してゆく、地上に向けて。
今度ばかりはダメかもな。
オレは涙が滲んでゆっくりと瞼を閉じる。
「こらあああああ! カイトおおおおお! なに諦めてんのよっ! あたしがカイトを助けるんだから! 幼馴染を見捨てたりしないわよ! 今行くから待ってなさいっ!」
ミサの怒声が天から聞こえる。
変だな。これは夢か?
いや、オレはまだ死んでない。
気のせいじゃない。ミサの声が聞こえる。
オレはゆっくりと瞼を開ける。
オレの視界に、ミサがホバーボードの後ろの二本マフラーから激しく火を噴きながら、ホバーボードのエンジン全開でオレを追いかける姿が映る。
ミサの姿を見て、オレは鼻を鳴らし喉の奥で笑う。ミサに見捨てられたかと思ったぜ。
ネロとはぐれちまったな。あいつならなんとかするだろ。
その時、ミサの背後からけたましく鳴きながら 一羽の大鷲の魔物が急降下してくる。
またあいつかよ。諦めてくれそうにないな。
オレは大鷲の魔物を睨む。
「ミサ! 後ろだ! あいつが追いかけてきてるぞ!」
オレは近づいてくるミサの背後を指さす。
ミサは鬱陶しそうに髪を掻き上げ、背後の魔物を無視してオレの降下スピードに追いつく。
「魔物なんかどうでもいいわ! あんたがなんとかしてよ! あたしはあんたを助けるので手一杯なんだから! カイト、手を伸ばして!」
ミサがオレに手を伸ばして掌を広げる
ミサの亜麻色の前髪とポニーテールが風で靡いている。
オレもミサに手を伸ばしながら、腰のホルスターに挿したオートマチック銃の柄に手をかける。
オレは舌打ちした。やっぱ、オレがなんとかしないとな。
大鷲の魔物はミサの背後で羽ばたきながら、長い尻尾の鋭い先端をミサの背中に向ける。
こいつ、あの尻尾でミサを刺そうってか。させるかよ。
オレはミサに手を伸ばしつつ、腰のホルスターに挿したオートマック銃を抜く。
片目を瞑って大鷲の魔物に狙いを定め、オートマチック銃の引き金を引いて二三発撃つ。
三発目に撃った銃弾が大鷲の魔物の腹に命中し、銀色の粘着物が大鷲の魔物の腹にくっついた。
同時に大鷲の魔物の身体を青白い電気が包み込み、大鷲の魔物が麻痺して苦しそうに鳴きながら 逆さまに降下してゆく。
オレは青白い電気を包み込みながら降下してゆく大鷲の魔物を見下ろして口笛を吹いた。
オレはオートマチック銃を握った手で、額の汗を手の甲で拭う。
「ふう。なんとかなったな。それにしても、この銃、なんなんだ?」
オレはまじまじとオートマチック銃を見つめる。
帝国騎士団からくすねた銃だが、騎士団はこんなもん使っているのか。
物騒な世の中になったもんだ。
その時、もう一羽の大鷲の魔物がお腹を向けて急降下して来た。
そして、青白い電気を包み込みながら降下していた大鷲の魔物と接触して空中爆発が起きる。
その衝撃波がオレとミサを襲う。
あとちょっとでオレはミサの手を掴むところだったが、爆風でオレは回転しながら吹っ飛んだ。
「うわっ」
熱気と破片が飛んできて、オレは顔の前を手で遮る。
凶器と化した破片が頬や腕、脇腹や太ももを掠めて皮膚が切れて怪我する。
オレは痛くて、「っつ」と思わず顔をしかめて声を漏らす。
「ああもう! あとちょっとだったのに! 世話が焼ける男ね! こうなったら、魔法しかないわね! ウォーターポール!」
ミサの苛立ちの声が降り、ミサは呪文を詠唱した。
ミサが呪文を詠唱すると、オレの身体がジャンボシャボン玉に包まれ、オレの身体がジャンボシャボン玉の中で浮き上がる。
またこの魔法か、嫌な思い出しかないぜ。オレは顔をしかめ、心で愚痴を零す。
オレはオートマチック銃を腰のホルスターに挿した。
オレは胡坐をかいて、太ももに掌を突く。
「また手抜きじゃねえだろうな!」
ミサを睨んで拳を振り上げる。
ミサが鬱陶しそうに髪を掻き上げ、ホバーボードを飛ばしてオレのジャンボシャボン玉に近づいてくる。
「即席のウォーターボールよ。文句言わないでよ ! あたしの魔力、そんなにないんだから!」
ミサがジャンボシャボン玉の中に手を突っ込んで、オレに手を伸ばす。
「いつまで持つかわからないわよ? また落っこちたい?」と、ミサは顔をしかめて冷たく言い放つ。
自分の手を早く掴めと言わんばかりに、シャボン玉の中に突っ込んだ手の指をひらひらと動かす。
魔法が使えないオレはミサの態度に苛立ち、頭の後ろで手を組む。
「おせえんだよ。待たせやがって」
オレは舌打ちしてから、一安心してため息を零し、仕方なく嫌々ミサに手を伸ばす。
オレがミサの手を掴んだ瞬間、ジャンボシャボン玉が勢いよく弾けた。
ミサはオレの手を掴んだままため息を零す。
「やっと掴んだわよ。邪薩が入ったけど、まあいいわ……」
やれやれという感じで、ミサは瞼を閉じで肩を疎めて首を横に振る。
オレはミサに親指を突き出した。
「オレはミサを信じてたぜ。一時は諦めたけどな」
歯を見せて、オレはミサに笑いかける。
ミサは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにオレから顔を背けた。
「べ、別にっ。ま、まあ、幼馴染だし? ネロに言われたし? それにしても、危機一髪だったわね」
ミサはオレから顔を背けたまま、額の汗を手の甲で拭う。
ミサの汗の粒が風に飛ばされて、オレの頬に張り付く。
「オレを殺す気かよ。ったく」
オレは眉根を寄せてミサを睨み、俯いてため息を零す。
雲を抜け、雲の間から足元に広がる景色に息を呑んだ。
ネロの奴、今頃なにしてんだか。
「ねえ、ネロのこと考えてるの? ネロのことなら心配ないわよ? 後で合流しようって言ってたし。それに、ネロのハイテク装備もあることだし。なにも心配することないわよ」
ミサはオレが考えていることを、さらりとロにした。
やっぱ、ミサはオレの幼馴染だな。オレはミサの顔を見て微笑む。
「そうか、ならいいんだ。ミサを巻き込んで悪かったな。お前、ネロと一緒に王都ガランに行くつもりだったんだろ?」
オレはミサのことはお見通しという感じで、ミサに歯を見せて笑った。
ミサは皮肉たっぷり込めて瞼を閉じて舌を出す。
「そうよ。あんたを放って、王都ガランでネロとデートしようと思ってたのに。デート当日になって、あんたが待ち合わせ場所に来て、禁断の森に行こうとか言い出すし。ほんと信じれない。せっかくお洒落してきたのに。おかげでデートが台無しよ。まさかネロがあたしとのデートをあんたに言ったとはねぇ、迂闊だったわ」
ミサはネロが信じられないという様に、また瞼を閉じて首を横に振る。
オレはミサの顔を見て、生唾を飲み込み喉を鳴らす。
ミサにネロのこと言うべきか、オレは迷った。
「ミサ。ネロはお前のこと……」
言いかけて、オレは言葉を呑んだ。
ネロは、お前のこと幼馴染だと思ってる。
オレは拳を握り締め、俯いて瞼を閉じて首を横に振る。
ミサはデートのこと根に持ってるのか、ミサの盛大なため息が聞こえる。
「ネロがどうした? なによ、気になるじゃない」
ミサの興味津々な声が降ってくる。
オレは俯いたまま、ゆっくりと瞼を開ける。
「なんでもねえよ」
オレは小さく呟き、握り拳に力を入れて拳が震えた。
そのまま、ミサと顔を合わせるのが嫌でオレは俯いたまま。
急にミサが洟をすすって泣いた。
「少しはあたしの恋に協力してくれてもいいじゃない。カイトのバカッ」
ミサが小声でぼそりと呟く。
オレは聞こえないふりをした。
その後、気まずい空気が流れ、オレとミサは黙ったままだった。
その時、ミサのホバーボードのマフラーから空 気が抜けた様な嫌な音を立てた。
「!? な、なんだ!?」
オレは驚いて顔を上げる。
ホバーボードのファンの回転が弱くなる音が聞こえる。
「ね、燃料が切れかかってる!? こんな時に! ?」
ミサがホバーボードの上でバランスを崩すと同時に、ミサは背中のマントを開き滑空する。
ミサの足からホバーボードが離れ、オレは咄嗟 に片方の手でホバーボードを掴む。
ホバーボードの重さにオレは顔をしかめる。
「今度は燃料が足りねえのか。災難続きだな。にしても、このホバーボード重いぞ」
オレはホバーボードを憎たらしく見つめる。機械の塊が生意気だな。
このホバーボード、何かの役に立つかも知れないからな。
ミサは両手でしっかりとオレの手を掴んでいる。
マントを広げたミサは風に任せて、オレたちはゆっくりと優雅に飛んでゆく。
ミサがため息を零すのが聞こえ、オレはミサを見上げた。
お前、ため息が多いな。そんなにネロとデートが出来なかったことが悔しいのかよ。
なんかミサに悪いことしたな。今度、ミサの恋に協力してやるか。
ミサは風で髪をなびかせて、眼下に広がる景色にうっとりして堪能していた。
「あーあ。思った以上に景色が綺麗で、この子の 燃料食っちゃったなあ。反省……ごめんね、ネロ」
ミサはがっくりと肩を落とし、意気消沈して俯く。
おいおい。お前、ホバーボードの名前がネロとか病んでるな。聞いてて寒気がする。
オレはホバーボードでミサを殴ってやろうかと思ったがやめた。
「お前が寄り道してるせいで、オレとネロは大変だったんだからな。ちったぁ反省しやがれ」
ホバーボードを掴むオレの手が怒りと重さで震えている。
その時、急にミサの息が荒くなる。
「はあ、はあ....」
みるみるミサの顔色が悪くなり、ミサの額に汗が滲む。
嫌な予感がして、オレの鼓動が高まる。
「お、おい。ミサ、どうしたんだよ?」
オレはミサが心配で、ミサの顔を覗き込む。
ミサの額は玉のように汗を掻いている。
オレを掴むミサの両手が震えている。
ミサはオレの顔を見て微笑んだ。
「ごめん、カイト。あたし、魔力を消費しちゃったみたい、 後は、お願い、ね....」
ミサは気絶して身体から力が抜け、ミサが落ちてゆく。
ミサはオレを掴んだまま落下する。
オレはミサの体重に引っ張られる。
「ぐっ」
オレはミサの手をしっかりと片手で掴む。
ホバーボードを掴んでいる手を、ホバーボードを持ち上げて脇に挟み、ミサの手を両手で掴む。
「ミサっ!?」
オレは歯を食いしばって力を入れた。
ぜってえ離さねえ。無理しやがって。
ミサのパワーグローブのおかげで、ミサの体重をそんなに感じない。
風の抵抗を受けながら、大地が近づいてくる。
幸いにも、下に大きな川が流れているのが小さく見える。
うまくいけば助かるかもな。川に落ちたとしても、川の深さがわからねえ。
川に飛び込んだ衝撃で、怪我どころじゃねぇな。
下手すりゃ溺れて、オレとミサはお陀仏だ。
どうする。考えろ。