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第三話:訓練所での特訓


「あたたたっ。腰を痛めたわい」





 オラは腰を擦りながら、階段を下りて行った。


 階下に現れたのは、広い立派な道場だった。





 大したもんじゃ。


 地下に、こげんな部屋があるとは。





「師匠っ~。お爺さんみたいっ! そんなんじゃ、勘兵衛と闘えないよぉ~」


 オラの背後で、梓の暢気な声が聞こえる。





「やかましいわ! 梓は黙っとれ!」


 オラは振り向いて、梓に怒鳴った。


 怒鳴ったら、腰に痛みが走った。





 オラは階段を下りて、ゆっくりと道場に足を踏み入れる。





 道場の壁には、木刀と竹刀が何本か壁に掛けてある。


 その横の掛け軸には、四文字熟語で[風林火山]と達筆な墨字が書いてある。


 天井には蛍光灯が、静かに道場を希望の光で照らしている。


 奥の壁に、[押忍!]と達筆な墨字が書かれた、長方形の額が壁に掛けてある。


 部屋の隅に生け花が飾られてあった。生け花の花が凛と咲いている。


 壁の中に、行燈が置かれている。まるで、行燈の灯す光が魂のようだ。





 また、道場も凝っておるのう。


 たまげたわい。





「どないなっとんじゃ、ここは」


 オラは静まり返った道場を見回す。





 微かに汗の匂いと、花の香りと、涙の匂いがする。


 そんな気がした。





 道場に、神聖な雰囲気を感じる。


 ふと、梓が鍛錬を積み重ねる光景が頭を過る。





 ここで、くノ一が訓練しとんか?


 なんのためにじゃ? 


 勘兵衛を倒すためか?


 それとも、無駄な血と涙を流すためか?





 お前らは、なんのために、ここで訓練しとんじゃ。


 これ以上、オラが無駄な血を流させんけえの。


 必ず、策はあるんじゃ。


 諦めんけえの。町の未来を見つけるまで。





 オラは勘兵衛と闘うで。


 オラは握り拳を作った。





「どう? 立派な道場でしょ?」


 梓が嬉しそうに、両手を広げてターンを決める。





「十六夜は女ばっかじゃが、男はおらんのか?」


 オラは掛け軸を見ながら、梓に訊いた。





「……昔は男の人もいたんだけどね。みんな、勘兵衛に殺されたんだ」


 梓は俯く。


 梓は握り拳を作る。


 顔を上げて、おどけて見せて苦笑いする。頭の後ろを掻いている。





「じゃったら、オラが忍びになるけえ。そうすれば、めでたく男の忍びが復活じゃ」


 オラは壁に掛けてある、木刀を手に取る。





「やめてよ! 光秀に死んで欲しくないんだっ。それに、光秀、まだ子供だよ?」


 梓がオラの元に駆け寄って、屈んでオラに抱き付く。





「死にやせんのじゃ! こうなったら、神頼みじゃけえの。化け物相手に、生身じゃ勝てんわい」


 オラは木刀を片手で握りしめる。





「どうするつもり? 特訓しても、勘兵衛には勝てないよ?」


 梓がオラに抱き付いたまま、震える声でオラに訊く。





「もしかしたら、この特訓を、神さまが見てるかもしれんで」


 オラは両手で木刀を握りしめて、天井を仰ぐ。


 天井を仰いだまま、鼻で笑った。





「え? どういうこと?」


 梓が顔を上げる。


 不思議そうな顔をしている。





「その神さまちゅうのは、勘兵衛に呪いをかけられて神さまになったんじゃろ? じゃったら、オラに希望を感じてるはずじゃ。神さまは、なんでもお見通しじゃけえの」


 オラは天井に向けて、木刀を突き出した。





「あっ、はははっ。そうかもしれないね……よおしっ。特訓始めるかぁ!」


 梓が急に元気になって、オラから離れた。


 ガッツポーズを決めた後、屈伸や伸びをして準備体操を始める。





「オラは素振りじゃ」


 オラは木刀で軽く素振りをする。





「ルールは簡単。あたいに、一回でも攻撃を当てれば合格ね」


 梓が鼻歌を歌いながら、道場の真ん中に移動する。





「ふんっ。簡単じゃわい。見とれよ、梓隊長」


 オラは鼻で笑って、梓を睨む。





 道場の真ん中で向かい合う、オラと梓。


 腕を組んで、不敵な笑みを浮かべる梓。


 オラは、両手で木刀を握り締めて構える。オラの高鳴る鼓動。





「いつでもいいよ!」


 梓が屈伸や伸びをしている。





「いくでぇ!」


 オラは木刀を振り上げた。


 先手必勝じゃ。





「はいっ!」


 梓の掛け声がした。


 梓が一気にオラの懐に入り、梓の前蹴りがオラの腹に入った。





 は、速い。


 まるで、動きが見えんかった。


 さすが忍びじゃ、あっという間じゃ。





「ぐっ」


 オラはよろけて、態勢を崩す。





 まだまだじゃけえの。


 さすが、隊長さんじゃ。


 まるで別人じゃ。あの梓が。





「もういっちょ!」


 オラが態勢を崩した隙に、梓の肘打ちが、オラの腹に思いっきり入る。





「っつ」


 オラは苦しくて、声も出せん。


 腹が痛くて、手で押さえるのがやっと。





 情けないわい。


 こげんに、あっけないんか。


 子供相手に、手加減もないわい。





「まだまだっ!」


 梓の回し蹴りが、オラの横顔にめりこむ。





 梓の攻撃が首に入り、オラの首に変な音がした。


 オラの視界が揺らぐ。目眩と意識が一気に遠のく。


 身体が揺れて、あまりの痛さで、持っていた木刀を落とす。





「ほらほら、どうしたのさあっ!」


 オラがよろけてお腹を押さえている隙に、梓の下段回し蹴りが、オラの足を宙に蹴り上げた。





 オラの体が無様に宙に浮く。


 その隙に、梓は疾風のように、オラの身体を一気に背負い投げた。





 一輪の風が舞った。





 オラの身体は、道場の床に叩きつけられた。


 鈍い音を立てて、身体に電撃のような衝撃が走る。


 気が付けば、道場の床で仰向けに倒れていた。


 静かに瞼を閉じる。息が荒い。





「降参かなぁ?」





 梓の声が、波のように揺れている。





 身体が痛い。汗を掻いている。


 瞼を開けると、梓が不敵な笑みを浮かべていた。


 両手に腰を当てて。





「少し休憩だねぇ。こりゃ」





 オラは薄目で見た。


 梓が肩を竦めて、頭の後ろで手を組み、鼻歌を歌いながらオラから遠のいてゆく。


 オラは梓を見届けてから、悔しくて大の字になる。呆然と天井を見つめる。


 オラの口から白い息が、まるで魂が抜けるように昇ってゆく。





 ダメじゃ。勝てんわい。


 梓は下っ端じゃなかったのう。さすが、くノ一の隊長じゃ。


 多くの仲間の死を乗り越え、死の物狂いで鍛錬してきたんじゃ。


 きっと、ここの遊女も、梓を信じておるんじゃろうな


 オラも、負けてられんわい。





 一回でもいいけえ、梓に攻撃を当てればええんじゃ。


 見極めるんじゃ、梓の攻撃を。そして、梓の隙を見つけるんじゃ。


 そこに、オラの全てを賭ける。





 オラは、落ちている木刀を見つめた。


 始めから強い奴はおらんのじゃ。


 最初は、こんなもんじゃけえ。





 守るだけじゃ、ダメなんじゃ。


 攻めんと。なにがなんでも。


 攻撃は最大の防御。と、ゆうじゃろう。





 しばらく呆然と、天井を見つめた。


 頭の後ろで手を組んで。





 さっきの梓の動きの映像が、頭の中で流れてゆく。


 頭の中で、映像を止めたり、戻したり、再生したりを繰り返す。


 そういえば、宗次郎のいとこの茜に、よう喧嘩の特訓させられたの。


 龍之介を倒す特訓とか、面白半分で茜がぬかしておったわ。


 おもしろおかしく、宗次郎とオラと茜で特訓しておったのう。懐かしいわい。


 あの時は、まだこの町は平和じゃったの……





 梓を見ると、梓は木刀で素振りしていた。


 しばらく、梓の木刀の素振りを見てみる。


 梓は素振りに飽きたのか、蹴りを繰り出したり、木刀を振ったり。


 様々な攻撃を繰り出している。





「ん? どうしたのさ?」


 梓がオラに気付いて動きを止めて、オラを見ている。


 木刀を床に立てて、腰に手を当てている。





 梓、汗を掻いておらん。


 余裕じゃのう。





「面白くなってきたわい」


 オラは梓を見るのをやめる。


 天井を見つめて、小さく呟く。





 梓が首を傾げている。


 また、木刀の素振りを始めた。





 オラは、ゆっくり立ち上がった。


 肩で息をしている。





 思い出すんじゃ。


 これは、茜の特訓と同じ。


 訓練ゆても、所詮喧嘩じゃ。攻撃を一回当てればええんじゃけえ。


 いやちゅうほど、茜と特訓したじゃろ。


 茜も蹴りが得意じゃった。





「あれ? 休憩終わりっすかぁ?」


 梓が、オラに振り向く。





 オラは梓を睨む。


 勝ち誇ったように、オラは鼻で笑う。





 似ておるわい。


 茜と梓の攻撃が。


 攻撃の基本は同じちゅうことか。


 嫌でも重なるで。やっと勝てそうじゃわい。





「休憩じゃないわい。作戦を立てたんじゃ」


 オラはお腹を押さえながら、深呼吸した。





 目が慣れれば、攻撃を避けれるはずじゃ。


 動体視力が、ものをいうんじゃ。


 そうすれば、攻撃のチャンスもあるけえの。





「へぇ~。それは楽しみだっ。うん。じゃ、行きますかっ!」


 梓が鼻歌を歌いながら、木刀を持ったまま肩を回す。


 梓が道場の真ん中に移動する。





 まずは、敵を知るんじゃ。


 避けることに専念するんじゃ。


 梓の攻撃の癖、隙を見つけるんじゃ。





 オラは木刀を拾い上げた。





 さっきは動けんかったけえの。


 いまのところ、梓は蹴りしかしてないけえ。


 きっと、梓は蹴りが得意なんじゃろ。





 また、オラと梓が道場の真ん中で向き合う。


 今度は、梓は木刀を握っている。





「いくぜよっ!」


 梓が掛け声とともに、激しく木刀を振り回してくる。





 今度はおまけで木刀か。そうはいかんけえの!


 オラは梓の木刀の振り。


 梓の木刀が風を切る音を澄まし、オラも負けじと木刀を交える。


 梓の木刀の振りが早くて、オラの防御が遅れ、痛くて声を漏らす。





 カッコつけて木刀持ったとこで、オラには通用せんで!


 オラは、必死で梓の動作を覚えるんじゃけえ。





 しばらく、オラと梓の木刀が激しく交戦する中。


 少しずつ、オラの動体視力が追い付いてゆく。





「!? えっ!? 見切られてる!? うそっ!?」


 梓が驚いて動揺して、梓の動きが止まった。





 梓とオラの木刀がぶつかり合い、お互いの木刀が震えている。


 そして、お互いが同じタイミングで木刀を下ろす。





「どうじゃ? 少しは上達したじゃろ」


 オラは親指を、梓に突き出した。





「なにさぁ。その異様な上達さはっ。なんか、腹立つなぁ」


 梓が頬を膨らませて、木刀を肩に載せて、腰に手を当てている。





「蹴りが得意なんじゃろうが、そうはいかんで」


 オラは拳を作って、木刀を梓に突き出した。





「ふぅん。そう思うんだぁ? そんなこと、一言も言ってないよ?」


 梓が木刀を肩に載せたまま、頭を掻いている。





「今度は、こっちの番じゃけえの」


 オラは木刀を両手で握り締める。





「ほいっ! 作戦変更じゃ!」


 梓が木刀を持ちかえて、刃のようなパンチを繰り出してきた。





 なんじゃと!


 梓のやつ、パンチも得意なんか。





 オラが動揺している隙に、梓の右ストレートが、オラのお腹に入る。





「ぐっ」


 オラは痛さで声を漏らす。





 オラがよろけている隙に、梓の木刀の突きが、オラのお腹を刺した。





「うらぁぁぁぁぁ!」


 梓はオラの腹に木刀を刺したまま、道場の壁まで突進した。





「ぐっ」


 オラは声を漏らす。





 道場の壁にオラの背中が鈍い音を立てて張り付く。


 オラの腹に、梓の木刀が食い込む。


 オラの腹に突き刺さる痛みが走った。


 痛みで、オラの木刀が手から滑り落ちる。





「こ、降参じゃ」


 オラは梓の木刀を両手で掴む。





「にょろ? 手も足もでまい? 余は満足じゃ。わははははっ~」


 梓が木刀を、オラの腹からゆっくり引く。





 オラに背中を向けて、梓は歩いていく。


 梓は木刀を肩に載せて、鼻歌を歌いながら、腕を振ってリズムを取っている。





 オラは、道場の壁伝いに滑り落ちて、床に腰を下ろした。


 オラは悔しくて俯く。曲げた膝に腕を載せて。





 なんぼやっても同じじゃ。


 どうすればええんじゃ。





 ふと、道場を見回す。


 風林火山の四文字熟語が目に止まった。


 風林火山、か。茜の言葉が過る。





『いい? どんな状況でも、必ず勝機はあるのよ!?』





 今まで、道場の真ん中で戦ってきたんか。


 ……そうか。これじゃ、敵に薬をやるようなもんじゃ。


 何も考えずに戦っておったが。梓は動きやすいうえに、のびのび戦ってたわけじゃ。


 なら、今度は梓の動きを狭めればええんじゃ。この道場を利用すればええ。


 じゃが、どうやって、梓の動きを狭めるんじゃ?





 オラは顔を上げて、なんとなく道場を見回す。


 一通り道場を見回した後、道場の端に目を止める。


 待てよ。そうじゃ、道場の端を利用するんじゃ。


 そうすれば、梓の動きを封じれる。





 オラがわざと端に逃げ込めば、梓の攻撃は限られてくる。


 正面か、上か。それしかないけえ。


 よっしゃ、いっちょやったるで。





 オラは木刀を拾って、ゆっくり起き上がる。





「おや? 旦那ぁ、三度目の正直っすか? ぬふふふっ」


 梓が、オラに振り向く。


 口元を掌で押さえて、手をひらひらさせて笑っている。





 オラは無言で、道場の端に移動する。





「あれれ? 敵に背中見せるんですかい?」


 道場の端に移動するオラを見て、梓が肩を竦めてため息を零す。


 木刀を肩に載せて、腰に手を当てて、オラを眼で追っている。





「攻撃は最大の防御なり。そういうことじゃけえ」


 オラは道場の端で、木刀を握り締めて構える。


 オラは鼻で笑った。勝ち誇ったように。





「ん? なんだなんだ? 自分から端に追い詰めれて、どうしちゃったんですかねっ!」


 梓が可笑しいというように、木刀を握り締めて、オラに駆け寄ってくる。





 来るぞ。


 オラは生唾を飲み込む。


 梓の嫌味もここまでじゃ。





 正面に飛び込むか?


 それとも、上か?





 梓が木刀を横に構えて、風のようにオラの懐に飛び込もうとしている。


 梓が歯を見せてオラに笑った。





 正面か!


 今じゃ!





 オラは真っ直ぐ、木刀を突き出した。


 梓のお腹にめがけて。





 次の瞬間、オラの木刀が梓のお腹に食い込んだ。


 オラも歯を見せて、梓に笑った。





「あ、あちゃ~。や、やられちゃったかぁ。参った参った。梓隊長不覚なりっ」


 梓が、オラから一歩引いて、身体がよろけた。


 梓が安堵感からか尻餅をつく。





「攻撃は最大の防御じゃ」


 オラは笑って、親指を梓に突き出した。





 オラは疲労で、床にうつ伏せに倒れた。


 オラは薄目で道場を見て、瞼を閉じた。





「み、光秀!?」





 意識が遠のく中で、梓の声が聞こえる。


 しばらく眠らせてくれ。オラは疲れたで。


 これで、合格じゃろ?


 


どうも。浜川裕平です。


いや~。やっと、三話更新できました!





今回は、戦闘シーンを書くのに時間を掛けたかったので。


自分では、迫力のある戦闘シーンが書けたと思います(笑)


まだまだ勉強不足だぁ(汗)





やっぱり、戦闘シーンを表現するのは難しいっ!


でも、楽しく書かせていただきました!





今後、光秀を忍びとして活躍させてあげねば!

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