第二話:呪われた神さま
「光秀。お前本気なのかい? 勘兵衛を救うだって?」
八重が暖簾から顔を出した。
八重が下駄を履く。腕を組んで、じっとオラの顔を見ている。
「や、八重さん!? 聞いてたんですか!?」
梓が驚いて、オラから慌てて離れる。
「ああ。つい、立ち聞きしちまったよ」
八重が肩を竦める。首を横に振る。
八重は椅子に腰を下ろして足を組む。
「いやっ~。お恥ずかしいでござるよっ」
梓が頭の後ろを掻いている。
「勘兵衛が人に戻れば、この町は平和になるはずじゃ」
オラは椅子に座って、饅頭を口にほうばる。
「馬鹿言うんじゃないよ。子供のお前になにができるってんだい?」
八重が腕を組んで、冷たい目でオラを鋭く睨み付ける。
「そうだよ? 銀二もいるんだよ?」
梓が両手に腰を当てて、オラの顔を覗き込む。
「……なにか、情報はないんか? 役立ちそうなやつじゃ」
オラは頼り気に、梓を見上げた。
梓。お前はくノ一じゃろ。
隠密じゃろ。
きっと、あるはずじゃ。
思わぬ掘り出し物がの。
「うーん。なにかあったっけ?」
梓は腕を組んで、頬杖をついている。
真剣に考え込んでいる。
「あたしが聞いた話じゃ。勘兵衛に殺された子供の霊が、勘兵衛の呪いで神さまになって、神社に棲みついてるらしいじゃないか」
八重が頬杖をついて、面白くもなさそうに話す。
「おおっ。それだっ! その噂話、あたいも聞いたよ! 確か、勘兵衛が祭りで遊んでる子供を拉致して、屋敷の地下牢に監禁して、子供の背中に呪いを彫ったんだっけ? それで、子供に食料も与えず、子供はそのまま餓死したんだよね……」
梓が思い出したように指を弾いて頷いた。
話し終わる頃には、梓は嘆いて俯いていた。
「惨い話だよ。子供の両親は捜索願いを出したんだけど、数日後に子供の遺体が川岸に上がったんだ」
八重が同情して、滲んだ涙を手で拭う。
「それで、その子の両親は勘兵衛が殺したとかで訴えちゃって、見せしめで民衆の前で晒し首にされたんですよね……」
梓は俯いたまま。
「……ああ。勘兵衛は子供が死んで神になる呪いを、監禁した子供にかけて、呪いで神に転生した子供が勘兵衛に力を貸す。ってことだろうね」
八重が嘆いて涙声で語る。
「噂じゃ、勘兵衛と銀二は不老不死の力を得たらしいです。勘兵衛の呪いで神になった子供が、勘兵衛に不老不死の力を与えたんだと思います」
梓は俯いたまま、握り拳を作る。
梓も嘆いて拳が震えている。
「すまん。オラは、そんなつもりで訊いたんじゃないけえ……」
オラは惨い話を聞いて、悲しさのあまり俯いた。
「その神さまとやらに頼んでみるのかい? よしとくれよ」
八重が頬杖をついて鼻で笑う。手をひらひらと振った。
「いやぁ。なんといいますかっ、もっとこう、楽しい話はないんですかねぇ。あっはははっ~」
梓が顔を上げて、頭の後ろを掻きながら、苦笑している。
「つまらんわ。ああつまらん。勘兵衛の呪いで死んだ子供の霊が神さまになったじゃと? そげんなおとぎ話、誰が信じるんじゃ」
オラは腕を組んで、鼻で笑った。
つまらないという感じで、そっぽを向いた。
「あっ。でも、でもだよ? あたいは信じてなかったんだけど、神楽が一度神さまに会ったらしいんだよね。神社で」
梓が思い出したように拳を掌で叩いた。恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。
「……梓、それ本当なんか!? なんで黙ってたんね!?」
八重が思わず椅子から立ち上がり、初耳だという感じで目を見開いている。
「あっ。でも、けっこう前の話ですよ? あたい、八重さんに話そうと思って忘れてました」
梓が思い出したように、指を顎に当てている。
梓が「すみませんっ」と言って、八重に会釈する。
「じゃ、神楽に話を訊こうかの。その神さまとやらに、会いたくなったわい」
オラは指を弾いて、椅子から立ち上がる。
「勝手にしなよ。あたしゃ、神さまとか信じないんだ。あんたたちでやりな」
八重が深くため息を零した。
好きにしろというように、手をひらひらと振っている。
「栞ちゃんを見てくるけえ」
八重が暖簾の奥に消えて行った。
梓とオラは顔を見合わせた。
「梓、案内せえ。神楽はどこにおるんじゃ?」
オラは腕を組んで、暖簾の奥を顎でしゃくった。
「ふふふふっ。よおしっ。ご飯の支度も終わったし。神楽に会いに行こうっ!」
梓が片足を上げて、腕を上げた。
梓、お前は喜怒哀楽が激しいの。
でも、それくらいでないとの。
この町は狂っとるけえ。
オラと梓は、暖簾の奥に入る。
「奥はこないなっとるんか」
オラは辺りを見回して感心していた。
暖簾の奥に、二階へ続く立派な大階段がある。
天井が高く、天井の蛍光灯が幻想的に照らしている。
廊下に置かれた行燈が怪しく光る。
大階段の周りに、襖が閉まった部屋や、襖が開いた部屋が幾つかある。
それぞれの襖には、見事な風景の墨絵が描かれている。
廊下の床も、掃除が行き届いて、光が反射されて綺麗だ。
「この店、なんていうんじゃ?」
オラは、廊下に飾られた生け花に心を奪われていた。
「十六夜っていうんだぁ。神楽が店の名をつけたんだよぉ。この店、都の憲兵団長で政宗さんのはからいで建ててくれてねぇ。立派なもんだろぉ?」
梓がターンを決めて、ピースを決める。
「あっ、政宗さんはうちの常連でね。いつもお世話になってるんだ」
梓は、廊下の奥に向けて、背筋を伸ばして敬礼した。
「ふぅん。儲かってるんか?」
オラは生け花を触って、本物か造花かを確かめた。
この生け花、本物じゃ。世話が大変じゃろな。
生け花の香りを鼻で楽しむ。
「いやぁ、それがねぇ……あははっ~、大きい遊女の店ができちゃって。そっちにお客さんが流れちゃってねぇ。今、常連さんしかいないんだ」
梓が頭の後ろを掻いて苦笑いする。
その時、廊下の奥から、三味線の旋律が聞こえてきた。
まるで、別世界に誘うかのように。
「あっ。今、神楽。舞の稽古中かなっ?」
梓が腰に手を当てて、廊下の奥に聞き耳を立てる。
「舞って、なんじゃ?」
オラは腕を組んで考え込んだ。
「ああ。踊るんだよ、お客さんの前で。神楽の舞、綺麗なんだぁ」
梓が鼻歌を歌いながら、舞のお手本を見せた。
「なんじゃ、変な動きして。じゃったら、師匠の舞はこうじゃぞ」
オラも負けじと、梓を真似て舞の動きをしてみる。
ゆうても、舞は知らんがの。
適当に踊ればええんじゃ。こんなもん。
美人が舞をすれば、男は惚れるけえの。
「なにそれっ~。変なのっ」
梓がオラを指さして、お腹を抱えて笑っている。
「しっかし。疲れるのう、舞ちゅうのは」
オラは変な動きをしたので、息が切れた。
「よしっ。じゃ、大広間に行こうか。そこに神楽が居るから」
梓が胸を張って、両手に腰を当てた。
「師匠は先に行ってるけえの」
オラは廊下を走って、奥に向かった。
「こらっ~。廊下を走るなっ~!」
背中で梓の怒鳴り声が聞こえる。
その矢先、滑りやすい床で、オラは盛大に前のめりにこけた。
床との摩擦で、しばらく床を滑った。
「いってぇ。なんじゃ、この床は」
オラは床に座り込んで、膝を擦っていた。
「だから言ったでしょう。もうっ」
梓がオラに歩み寄って、両手に腰を当てて、オラの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
梓が屈んで、心配そうにオラの膝を見ている。
「なんともないわい。子供は怪我がつきものじゃけえの」
オラは立ち上がって、なんともないように歩き出した。
「さっすが、師匠! 頼もしいやっ」
オラの背中で、梓の声が聞こえる。
オラは、大広間らしき襖を前に立ち止った。
「ここか? 大広間ちゅうのは」
オラは襖を指さす。
「そうだよぉ~」
梓が嬉しそうに鼻歌を歌っている。
オラは深呼吸した。
胸を撫で下ろす。
神楽、頼むで。
最高の土産話、訊かせてもらうけえの。
オラは、勢いよく襖を開けた。
「神楽はおるんか!?」
大広間は、とにかく部屋が広かった。
ここで、客とどんちゃん騒ぎでもするんやろか。
大広間には、大きな舞台がある。
ひょっとして、舞台で舞をするんかもしれんの。
それにしても、どんだけ十六夜ちゅう店は大きいんじゃ。
オラには一生かかっても払えん金をかけて、十六夜は建てられたんじゃろな。
都の憲兵団長、政宗か。噂じゃ、相当剣の腕がいいらしいが。
いくら強い奴でも、不老不死の勘兵衛と銀二相手じゃ、なんぼなんでも敵わんで。
噂の神さまの力を借りるしか、残された道はないんじゃろな。
「おや? 光秀じゃないか。どうしたんだい?」
大広間の真ん中で舞の練習をしていた、神楽の動きが止まる。
神楽は、和服に着替えていた。
同時に、三味線を弾いていた女の手が止まる。
女も和服を着ている。
なんじゃ。
三味線弾いとる女も遊女なんか?
まさか、この店のもんは全員くノ一じゃあるまいの。
えらいとこに来てしもうたで。
「神楽、和服に着替えたんか?」
オラは頭の後ろで腕を組んで、神楽に歩み寄った。
「神楽ぁ。遊びに来たよぉ~」
梓が神楽に勢いよく抱き付く。
神楽の豊満な胸に、顔を押し付ける。
「あ、梓。卑怯じゃぞ! 女やからといって、女の胸に飛び込みおって!」
オラは梓が羨ましくて、梓を指さす。
指先が興奮で震えている。
「へっへ~。いいだろっ~」
梓が舌を出す。
「すまんけど、外してくれないかい?」
神楽が扇を畳んで、三味線を弾いていた女に言う。
「はいっ。失礼します」
三味線を弾いていた女が、神楽に会釈して、大広間を出て行った。
「何の用だい? うちは舞の稽古していたんだ」
呆れたように、抱き付く梓を見ている。
「実は、神楽に訊きたいことがあるのだっ! 師匠、お願いっ!」
梓が素早く神楽から離れて、梓が胸を叩く。
梓がオラに会釈する。
「師匠? 光秀がかい?」
神楽は訳がわからずに鼻で笑って、呆然としている。
「か、神楽。お前、神さまに会ったことがあるんじゃろ?」
オラは畳に胡坐をかいた。
神楽の胸の妄想をやめて、咳払いして語る。
オラは神楽を一瞥する。
「うん。うん」
梓が瞼を閉じて、腕を組んで、首を縦に振っている。
「なんだい? 会ったことはあるけど……何を話したか覚えてないんだ」
神楽が畳に正座した。
首を傾げて、天井を仰いだ。
「ええっ~! これじゃ、振り出しだぁ!」
梓が肩を落とした。
梓がこめかみを両手の掌で押さえて、首を横に振った。
「なんじゃ。覚えとらんのか」
オラも肩を落とした。
「力になれなくて、すまないね。でも、それがどうかしたのかい?」
神楽が目をぱちくりさせて、オラと梓を交互に見る。
「それがさぁ。光秀と一緒に勘兵衛を救える方法を考えてたら、神楽が神さまに会ったって言うから」
梓が肩を落としたまま喋る。
その後、ため息を零す。
「そうじゃ。もしかしたら、そこに手がかりがあると思うての。神楽に話を訊こうと思ったんじゃ」
オラも肩を落としたまま喋る。
その後、ため息を零す。
「なかなか面白いことを考えたじゃないか。でも、覚えてないんだ」
神楽が扇を広げて畳んで、扇を畳みの上に置いた。
「それより、梓。光秀を師匠って言ってたけど。あれは、どういう意味だい?」
神楽が懐から煙管とマッチ箱を取り出して、マッチで煙管に火を点ける。
神楽が息を吹きかけて、マッチの火を消す。
使ったマッチをマッチ箱に入れて、畳の上にマッチ箱を置く。
「いや~。色々ありまして。複雑なんですよぉ」
梓が顔を上げて、頭の後ろを掻く。
「あ~あ。面白くないのう」
オラは胡坐をかいたまま、頭の後ろで手を組んだ。
「そや。あんたたち、地下の訓練所で戦ったらどうだい?」
神楽が廊下を顎でしゃくる。
煙管を吸って、煙管の煙を吐く。
「うん? どういうこと? よくわからんぞぉ」
梓が腕を組んで、考え込んだ。
「体を動かして汗を掻けば、少しはいい案が出るかもしれないじゃないか」
神楽が煙管を吸って、煙管の煙を吐いた。
「ああ、なるほどっ。それいいかも」
梓が納得したように、拳を掌で叩いた。
「訓練所じゃと? 十六夜の地下に、そげなもんがあるんか?」
オラは頭の後ろで手を組んだまま、天井を仰いだ。
「ああ。くノ一の訓練所さ。もしかしたら、忍びの素質が光秀にあるかもしれないね」
神楽がオラを、真剣な表情で見つめている。
「またまたぁ。神楽ったら、冗談上手いんだからぁ。光秀、まだ子供だよ?」
梓が両手を腰に当てて、高笑いしている。
「忍び、か。……栞が起きるまで、まだ時間があるじゃろ。梓、訓練所に案内してくれ」
オラは立ち上がった。
「えっ~。光秀、本気なの!? 怪我しても知らないよ?」
梓が慌てて両手を振って、オラを制する。
「梓。こうしている間にも、勘兵衛の手によって死人が出てるんじゃ。それでも、梓は何もしないで黙っておるんか?」
オラは冷たい目で、梓を鋭く睨んだ。
「!? や、やだなぁ。またキッツいお説教ですかぁ?」
梓が頭の後ろを掻いて苦笑する。
梓が俯く。
「やっぱり、光秀は漢だよ。相手してやりな、梓。それが、くノ一の隊長としての義理だろ?」
神楽が腕を組んで、煙管を吸う。
ゆっくりと煙管の煙を吐く。
「そ、そうだね。そうだよね」
梓は俯いて、拳を作った。
「なにしとんじゃ。さっさと案内せえ、梓隊長」
オラは大股で大広間を出て行く。
「よぉし。手加減はしないからねっ!」
梓が俯いたまま、深呼吸する。
顔を上げて、涙を手で拭って、小走りに大広間を出て行く。
梓は腕を振り回した。
「光秀、頼んだよ! お前なら、できるはずだ!」
背中で神楽の大声が、オラの胸に突き刺さる。
オラたちは、廊下の奥に吸い込まれるように消えて行った。
廊下の行き止まりまで、やって来た。
「行き止まりじゃぞ?」
オラは目の前の壁を睨んでから、つまらなそうに梓に振り向く。
「と、思うでしょ? にししし」
梓がなにやら、壁に掛けてある絵を外して、現れた小さなボタンを押した。
すると、目の前の壁が低い音を立ててゆっくり下がり始める。
行き止まりの奥に階段が現れた。
「か、隠し階段か!?」
オラは隠し階段を見て驚いた。
「この隠し階段、政宗さんのアイディアなんだぁ」
梓が隠し階段の前で、手を合わせて目を輝かす。
「ここは忍者屋敷か。他にも仕掛けがあるんじゃなかろうの?」
オラは呆れたように、梓を見る。
「あるよっ。畳の下とか壁の中に、忍びの武器とかね。後は隠し部屋とか、脱出用の隠し階段とか」
梓が不敵な笑みを浮かべる。
「……だと思ったわい」
オラは肩を落として、ため息を零した。
「ほらっ。行こうよっ」
梓がオラの腕に抱き付いて、隠し階段を下りる。
「お、おい。放さんかっ!」
オラは梓から放れようとして、バランスを崩し、盛大に階段から転げ落ちた。
「し、師匠っ~!?」
梓の哀れむ声が虚しく聞こえる。
やれやれ。
廊下で転んだり。
訓練する前に、オラから進んで怪我するわ。
これじゃ、先が思いやられる。
こんなんで訓練できるんかの。
どうも。浜川裕平です。
今回は、早めの更新となりました!
頭で想像しながら、十六夜の雰囲気を書かせていただきました。
なんか、話が膨らんでますが(汗)
気にしない、気にしない。
次は、バトルシーンですね……
バトルシーンを書くのはあまり得意じゃありません(汗)
でも、なんとか頭の中でシーンが出来上がってるので、なんとかなるさ~。
では、またあとがきでお会いしましょう~。




