乙女の悩み?
オラと栞は、甘味処の座敷で甘味を食べておった。
オラは白玉ぜんざいで、栞は串団子と蓬饅頭。
店内は賑わっており、喧騒が聞こえる。
赤い前掛けをした若い娘が、忙しなく店内を動いている。
「みたらし団子、二つね! あいよ!」
赤い前掛けをした若い娘が、紙と鉛筆を手に客から注文を取っている。
客から注文を取った、赤い前掛けをした若い娘が小走りに台所のカウンターに向かう。
それを横目で見るオラ。
小腹が空いておったオラたちは、黙って甘味を食うておった。
栞の席の屏風越しに、後席の客声が聞こえてきた。
「ほんに、この町の遊女は、ええ女がおらんのう」
「都の遊郭には、べっぴんがぎょうさんおるちゅう噂じゃ」
「でも、高いんじゃろ?」
「いい女を抱けるんじゃぞ? 安いもんじゃろ」
「それもそうじゃ」
「わははははっ」
後席で、一斉に机を叩いて笑い出す声。
なんじゃい。
大人の男は、女を抱くことしか考えておらんのか。
まあ、オラも男じゃがの。
茜ちゃん。
将来金に困って、遊郭で働くんやろか。
遊女の仕事で、毎晩、知らん男を抱くんやろか。
「ねぇ、あたしを抱いて?」とかゆうて。
茜ちゃんが、遊郭で知り合った男と寝るんやろか。
オラの妄想が膨らんでゆく。
オラは首を横に振る。
そげんなこと、オラがさせんけえの。
茜ちゃんは、オラが守るんじゃ。
オラは握り拳を作る。
ほいじゃが、茜ちゃんの裸を妄想しているのは、茜ちゃんには内緒じゃ。
茜ちゃんの裸を妄想するなり、鼻血が出そうになり、慌てて鼻を手で押さえる。
茜ちゃん。今頃、宗次郎と剣の稽古でもしてるんかの。
まさか、宗次郎と茜ちゃんは、デキてるんか?
いや、考え過ぎじゃ。
オラは、また首を横に振る。
気になるんなら、直接宗次郎に訊けばええんじゃ。
もうええわ。白玉ぜんざいが不味くなるわ。
「栞。よう食うの」
オラは白玉ぜんざいをすすりながら、向かいの席に座っている栞に言う。
「うん。美味しい」
栞が蓬饅頭をほうばり、茶を両手ですする。
「今日は、栞の誕生日じゃ。たらふく食うんじゃぞ」
オラは机から身を乗り出して、向かいの席に座っている栞の頭を撫でる。
その時、オラの背後の屏風越しに、前席から乱暴に机を叩く音が聞こえ、器が音を立てて揺れる音が聞こえた。
「ちっくしょぉ。なんで仁様は、私の気持ちに気付いてくれないんだよぉ。屋敷で口づけした、私が馬鹿だったよぉ」
酔っぱらった女の声が聞こえる。
続いて、酔っぱらった女のしゃっくりが聞こえた。
「お菊さん。この町で、甘楽の情報を集めないんですか?」
女の冷たい声。
「そんなの後でいいよ。それより、仁様。昼間から辻斬りとかしちゃって、私はみんなにぺこぺこ頭を下げてさぁ。嫌になっちゃうよ。迷惑料も払ったしぃ。お金はあるんだけどさぁ」
酔っぱらった女は愚痴を吐いた後、眠り込んだらしく、いびきが聞こえてきた。
「うわっ。なんじゃ、酒臭いで」
オラは前席から匂ってくる、酒の匂いに鼻がやられた。
オラは鼻を手で摘まんで、匂いを消そうと必死に手を振る。
「兄ちゃん。酒臭い」
栞も、酒の匂いに鼻がやられたらしい。
栞も鼻を手で摘まんで、匂いを消そうと必死に手を振る。
「もう我慢できんわい。オラ、いうてくるけえ」
オラは座布団から立ち上がって、前席に畳を踏み鳴らして大股で行った。
前席の机の前に立って、両手を腰に当てて、仁王立ちした。
オラの右斜めに、振袖を着た女が、オラを冷たい紅い眼で睨んだ。
振袖を着た女の奥に、和服を着た女が、気持ちよさそうに机に突っ伏して、口がにやけて涎を垂らして眠っていた。
こいつらじゃったんか。
昼間から酒飲みおって。しかも、強い酒じゃ。
ますます気に食わんわ。
「おい! おまえら昼間から酒飲んで、こっちとら酒臭くて、甘味が不味くなったわ!」
オラは大声で怒鳴った。
店内の何人かのお客さんが何事かと、こちらを見ている。
そんなの気にせずに、甘味を食べて騒いでいる、お客さんもいる。
その時、オラの右斜めに座っていた振袖女が急に立ち上がり、オラの首を絞めて片手で持ち上げた。
「な、なにするんじゃ! 放さんか!」
オラは苦しくて、足をバタバタさせる。
振袖女の肩を思いっきり蹴ったが、金属のような硬い物を蹴ったような感じで、足の指が痛かった。
さすがに、店内は静まり返った。
お客さんが何事かと囁き合っている。
「あなたから敵意を感じます。抵抗するなら殺します」
振袖女の冷たい声。
振袖女の鋭い紅い眼光が、オラを見上げて睨み付ける。
「あのう、お客様。喧嘩なら、表でやってくんなまし」
いつの間にか、店の店長らしきおやっさんがやって来て、頭を深く下げている。
おやっさんの髷。店長のおやっさんの髪が薄く、頭皮が光っている。
「栞! そこの寝坊助女に、水をぶっかけてやれ!」
オラは、横で心配そうに見上げている栞に言った。
栞は、振袖女と和服女の席の机上に置いていた、ガラスのコップに入った水を、酒が入って気持ちよく寝ている和服女に掛けた。
「うわっ! な、なに!」
和服女が驚いて、上半身を飛び起こす。
何事かと、辺りを見回す。
「なにしとんじゃ! はよう、この振袖女をなんとかせえ!」
オラは、和服女に怒鳴り散らす。
振袖女の上がった腕を両手で掴む。ダメじゃ、力が入らんわい。
「麻里亜、その子を下ろして!」
酒から目が覚めた和服女が、伸ばした腕に掌を広げて、振袖女に怒鳴る。
「了解」
麻里亜と呼ばれた振袖女は、オラの首元から片手を放す。
「げほっ。げほっ」
オラは畳に屈み込み、両膝が畳について、苦しくて咳き込む。
店長のおやっさんが、ぽかんと目を開けて、目をぱちくりしている。
気まずそうに、店長のおやっさんが頭の後ろを掻いている。
「兄ちゃん。大丈夫?」
栞が、優しくオラの背中を擦る。
「だ、大丈夫じゃ」
オラは、栞の頭に手を置く。
「す、すいません! 今すぐ出て行きますから!」
和服女は慌てて顔の前で両手を振り、その場で土下座して謝った。
「もうええわ! おやっさん、会計この女と一緒で頼むで」
オラは栞と手を繋いで、おやっさんに、和服の女を顎でしゃくった。
「は、はあ……」
店長のおやっさんは、頭の後ろを掻いた。
手招きで、前掛けをした若い娘を呼んだ。
オラはそれを見届けると、大股で店を出て行った。
オラは店を出る際に、振袖の女が気になって振り向く。
あの振袖女、人間じゃないじゃろ。
中に誰かはいっとんのとちゃうか。
あんな可愛い顔して、あの怪力じゃ。たまらんで。
しばらく苛立ちが収まらず、オラは大通りを大股で歩く。
飯屋、飲み屋、芝居小屋を通り過ぎ、たすきかけをした若い娘の客呼びの声が聞こえる。
「今日は魚が安いよ! 見て寄っておくんなまし!」
手を叩いて声を張り、通行人に呼びかける、たすきかけをした若い娘。
オラは通行人とすれ違ってゆく。
鍬を担いだ農民、行商人、手を口に添えて笑い合う、二人組の着物を着た若い娘。
「あの振袖女め。もう少しで、殺されるとこじゃったわい。二度と会いたくないわ」
オラは悔しくて地団太を踏む。
悪戯のように砂埃が舞う。
オラと手を繋いでいる栞は、ぽかんと口を開けて、目をぱちくりしている。
小鳥のように小首を傾げて、オラを不思議そうに見上げている。
「そこの坊や! 待って!」
オラの背後で、聞き覚えのある声がした。
嫌な予感がして、オラは振り向く。
「はぁはぁ。やっと追いついた。さっきはごめんね。麻里亜が、坊やの首を絞めて」
さっき甘味処にいた和服女が、屈んで肩で息をしている。
和服女の隣に、オラの首を絞めた、振袖女が立っていた。
振袖女の紅い眼光が、オラを冷たく見下ろしている。
「やっぱりお前か。オラは、この女のせいで、死にかけたんじゃぞ!」
オラは、振袖女を指さした。
振袖女を蹴ってやろうと思ったが、振袖女に何されるかわからないのでやめた。
「ごめんなさい。私が酔っぱらっていたとはいえ……」
和服女が、オラに深く頭を下げる。
「ちょうどええわ。今日、妹の誕生日なんじゃ。迷惑料として、高いもんこうてもらうで」
オラは鼻で笑って、栞の頭の上に手を置いた。
「妹って、この子?」
和服女が屈んで、不思議そうに栞の顔を見つめる。
「そうじゃ。安いもんじゃろ?」
オラは腕を組んで、不敵な笑みを浮かべた。
こいつらに栞の誕生日プレゼントを買わせて、父ちゃんに貰った金は、オラの金にすればええんじゃ。
旨いこと、父ちゃんに誤魔化すんじゃ。我ながら完璧じゃ。
「栞ちゃん。お姉ちゃんが、栞ちゃんの誕生日プレゼント買ってあげるね!」
和服女が、いきなり栞に抱き付いた。
「おい、栞は人見知りなんじゃぞ。気安く、栞に抱き付くな!」
オラは栞に抱き付いた和服女を、栞から放そうとする。
「栞ちゃん、可愛いね。よしよしっ」
和服女が、栞に頬擦りをして、頭を撫でる。
栞は驚いて、目を見開き、目をぱちくりしている。
栞は、そんなに嫌がっている様子ではない。
「栞ちゃん。お姉ちゃんと一緒に行こうっ!」
和服女が腕を上げて、栞と手を繋いで歩き出した。
まあ、栞が懐いているんじゃ。
そんな悪い女でもないじゃろ。
「お、おい! どこ行くんじゃ!」
オラも慌てて、和服女と栞の後を追って歩き出す。
何故かオラの隣を歩く、振袖女。
まさか、この女に、また会うとはの。
この女、なんでオラの隣を歩くんじゃ?
オラは眉間に皺を寄せて、振袖女を上から下へと見る。
この女の可愛さに寄ったが最期じゃ。命取られるわい。
オラの前を楽しそうに話しながら歩く、和服女と手を繋いだ栞。
まるで、はたから見れば、姉と妹じゃな。
一方、暗い気持ちでオラと振袖女は、和服女と栞の後を歩いていた。
こっちは、はたから見れば、姉と弟か?
いや、母と息子ってとこか?
考えたくもないわ。やめじゃやめ。
「なんか話さんのか?」
オラは頭の後ろで手を組んで、和服女と栞を見つめたまま、振袖女に訊いた。
「あなたに話す義務はありません」
振袖女の冷たい声。
振袖女も、和服女と栞を見つめたまま歩いている。
「お前、人間じゃないじゃろ?」
オラは頭の後ろで手を組んだまま歩いて、振袖女を見上げた。
「ワタシは、博士に造られた人造人間です」
振袖女が、歩きながら静かに答える。
人造人間の言葉に反応した通行人が、すれ違いさまに、何人か振り向く。
この国に、人造人間の噂は、あるといえばあるけえのう。
「またまた、冗談が上手いのう。そげな恐ろしいもん、誰が造ったんじゃ。聞いたこともないわい」
オラは頭の後ろで腕を組んだまま歩いて、鼻で笑った。
「木下佑蔵。ワタシの生みの親であり、息子は木下信二」
振袖女が急に立ち止り、オラを冷たい目で見下す。
「前に、木下佑蔵の屋敷が爆発したっちゅう噂を聞いた。そして、木下信二は、憲兵団の護衛任務中に命を落としたと……」
オラも立ち止り、驚いて目を見開いたまま、真っ直ぐ見つめる。
両手に拳を作って。
「木下信二は、死後の世界で死神と契約を交わし、一条仁に生まれ変わりました」
振袖女が歩き出した。
一条仁。
さっき、辻斬りをしておった男。
こいつら、一条仁の仲間なんか?
オラは歩き出した。
「おまえら、一条仁の仲間か?」
オラは歩いたまま俯いた。
拳を握り締める。
「はい。ワタシとお菊は、仁と別行動です」
歩きながら答える、振袖女の冷たい声。
「仁に伝えとけ。今すぐ、国盗りをやめろとっ」
オラは立ち止った。俯いたまま。
歯を食いしばって、握り拳を作る。
「できません。仁の意思です」
振袖女が、オラの横を通り過ぎて立ち止る。
「だったら、オラが止めてやるけえの!」
オラは振袖女の背中に指を差す。
オラの怒鳴り声に、何人かの通行人がすれ違いさま、また振り向く。
ただの独り言じゃ。気にせんでええわ。
振袖女がなにも言わずに歩き出す。
「こらぁ! 二人とも、なにやってんのよ!」
和服女が、オラたちの少し先で立ち止まって振り返る。
オラもなにも言わずに歩き出す。
しばらく、オラと振袖女の間に沈黙が流れた。
その間に、和服女は栞に誕生日プレゼントを買ってやった。
髪飾り。草履。振袖。
どれも高価な物ばかりじゃった。
髪飾りを買った小物屋の店前で、和服女と振袖女との、お別れの時がやってきた。
小物屋の店先には、ビー玉、おはじき、櫛、髪飾り等が並べられている。
店頭のガラス瓶に入れてある風車が、風を受けて気持ちよさそうに回っている。
「はい。大事にするんだよ? 栞ちゃん」
和服女が屈んで、栞の頭を撫でる。
「うんっ!ありがとう!」
栞が誕生日プレゼントを抱いて持ち、嬉しそうに頷く。
感謝を込めて、和服女に深く頭を下げた。
「あ! 光秀! 帰ってこないと思ってたら、こんなところにいた!」
オラたちの前に現れた茜ちゃんは、両手に腰を当てていた。
「あ、茜ちゃん!?」
オラは驚きのあまり、心臓が飛び出しそうじゃった。
思わず後退る。一歩、また一歩と。
しもうたぁ。
思った以上に、時間が掛かったわい。
「誰よ、この人たち。説明してもらうわよ!?」
茜ちゃんが頬を紅く染めて、じりじりとオラに歩み寄る。
オラは、和服女と振袖女を見た。
和服女が、オラの耳元で囁いてきた。
「あの娘恋人? 私たちは、これで帰るね。楽しかったわ、ありがとうっ」
なんとまあ、心地の良いことじゃ。
大人の女も、ええのう。
って、そんな場合ではない。
オラは首を横に振る。
「これにはの、ふかぁい事情があるんじゃ。のう、栞?」
オラはそういうなり、栞の手を繋いで走り出した。
「待てぇ! 光秀の馬鹿ぁ!」
茜ちゃんの声が聞こえる。
まさか、茜ちゃん。妬いてるんか?
頬が紅かったが。
そんなわけないわな。
Twitterしてます!
https://twitter.com/hamakawa20153
よければ、フォローしてね~。




