第二話:栞と葛城とカイト
オラの記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
父ちゃんのようなアルガスタ親衛隊を志していたこと。
ルエラ姫との出会い。盗賊との戦い。ジンとの出会い。
射撃訓練は成績が悪かった。ジンとの剣術の稽古。初めてのルエラ姫の護衛任務。
お忍びでルエラ姫と一緒に城下町に出掛けたこと。
ルエラ姫との淡い思い出。
そっと瞼を開ける。
オラは断崖絶壁を急降下しているわけではなかった。
何故か蒼い空を仰向けに急降下していた。
手にはしっかりと天生牙を抱き締めている。
風が冷たくて心地いい。
綿あめの様な雲をすり抜けてゆく。
オラは身体を捻じって、うつ伏せになり両手足を伸ばし空を泳ぐ。
オラは生きてるんか?
自分の身体を見ると、何故か身体が半透明になり始める。
眼下に大地が広がり、見たこともない建物が建っているのが小さく見える。
ここは天国か?
その時、オラの傍らに、箒に跨った女の子が寄って来た。
箒に跨った女の子は、黒いとんがり帽子を被り、帽子の先がくるんと曲がっている。
髪は淡いピンクのストレートヘア。髪の先っちょを紅く染めている。
前髪にハートのヘアピンを留め、左の瞳が澄んだ蒼色で、右の瞳がエメラルドグリーン。
耳にはハートのピアスをつけ、首にはハートのネックレス。
黒いワンピースを着て、胸に小さな紅いリボンをつけ、右手首にブレスレットを嵌めている。
お尻の辺りに大きな紅いリボンが付いて、縞のニーソックスを穿き、黒いリボンパンプス。
箒の先端の小さな穴に、ハートのキーホルダーが付けてあり、背中に小さなくまのぬいぐるみを背負っている。
女の子は微笑んでオラに手を振った。
「あれ? キミもユニフォンに来たの? アリスはアルガスタから転移してきましたぁ。アリスはね、アルガスタに転生した魔王様を探さなきゃならないのです。アリスね、初めてユニフォンに来ちゃった。もともと、アルガスタとユニフォンは一つの世界だったらしいよぉ。せっかく、ユニフォンに来たんだし、ついでに観光しよっと。それじゃ、まったね~」
少女はオラに手を振ると、ウィンクと投げキッスを同時にして、箒で急降下していった。
さっきの女、なんじゃったんじゃ?
ひょっとして、オラにお迎えが来たんか?
オラは首を横に振る。
眼下に大地が迫り、見たこともない建物が大きくなる。
「まずいで! オラはまだ死にたくないんじゃ!」
オラは手足を必死に動かす。
重力に逆らうことはできず、オラの身体は虚しく落ちてゆく。
このままじゃと、地面に激突じゃぞ。
なんとかせえ、オラの天生牙。
オラは祈るように天生牙を天に翳した。
その時、陽光を浴びた天生牙が眩く青白く煌めく。
強烈な青白い光が、オラの身体を包み込む。
眼下に建物が迫る。
瓦屋根に激突しそうになり、オラは思わず顔の前で手を覆い目を瞑った。
もうダメじゃ。
次の瞬間、身体に痛みを感じた。
オラは瞼を開けると、階段を転げ落ちていた。
オラは階段下まで転がり落ち、胡坐をかいて頭の後ろを擦る。
「いててて」
上半身がすぅっとして違和感を感じ、自分の身体を見ると何故か安物の着物を着ていた。
恰好は白いシャツに藍染着物、下は皺だらけの野袴を穿いて素足だった。
オラは腕を組んで考え込み、首を傾げた。
な、なんでオラが着物着てるんじゃ?
アルガスタの軍服を着とったのに。
それに、オラの身体は半透明になってたはずじゃ。
どうなってるんじゃ?
オラは顔を上げて、辺りを見回した。
それにしても、ここはどこじゃ?
天井が高く、階段上の窓からは陽が差し込み、階段上の二階の廊下越しに閉まっている襖が見える。
一階は長い廊下が続き、閉まっている襖が何室かある。壁には虎の墨絵や風景の墨絵が飾ってある。
小鳥の囀りが聞こえ、家の造りは喉かな日本家屋だった。
その時、オラの目の前に半透明の男が現れた。
格好はオラと同じで、オラと顔がそっくりじゃった。
もう一人のオラは、頭の後ろで髪を小さく結えている。
オラは思わず自分ともう一人の自分を見比べて、オラは唸って腕を組んで首を傾げる。
「お前がカイトじゃな?」
もう一人のオラは両手に腰を当てて、オラに訊いた。
オラは、もう一人の自分に向かって黙って頷く。
もう一人のオラは、腕を組んで微笑んだ。
「オラの身体、大事にせえよ。栞を頼むで……」
もう一人のオラは天を仰ぐと、身体が光の玉となって静かに天に昇った。
オラはあんぐりと口を開けて顔を上げ、もう一人の自分を黙って見送っていた。
オラは眼を擦って、もう一人の自分が消えた方を見上げる。眼を細める。
さっきのは、ゆ、幽霊か?
オラはここにおるで?
やっぱ、オラは死んだんか?
オラは、もう一人のオラが消えた方に向かって、瞼を閉じて黙って手を合わせた。
何があったか知らんが成仏せえよ。オラのそっくりさんよ。
オラは腕を組んで首を傾げた。なんじゃったんじゃ?
その時、一階の廊下の奥から小走りに走ってくる可愛らしい音が聞こえた。
やがて、オラの前で小走りの音が止やんで、床が軋む。
廊下の奥から小走りしてきたのは、肩までのミディアムヘアで花の簪をつけた、和服を着た小さな女の子だった。
小さな女の子は後ろ手に小首を傾げ、不思議そうに眼をぱちくりさせてオラを見下ろしている。
「兄ちゃん、大丈夫?」
小さな女の子が心配そうに、オラに訊いてくる。
「だ、誰じゃ!? お前は!?」
オラは見知らぬ女の子を前にして、思わず後退る。
この子、誰じゃ?
人間みたいじゃが。
何されるかわからんで。
逃げようにも力が入らんわい。
オラの大声に驚いたのか、小さな女の子は眼をぱちくりしている。
そうじゃ、ルエラ姫はどうなったんじゃ。
あの女にルエラ姫は攫われたが、この子なら何か知ってるかもしれん。
もしかしたら、あの女が魔法でオラをアルガスタのどっかに飛ばしたかもしれん。
生きてるちゅうことは、ここはアルガスタのどっかなんじゃろ。
それに、オラの天生牙が見当たらん。どこいったんじゃ?
「おい。お前、ルエラ姫を知らんか!? ルエラ姫は攫われたんじゃ、なんか知らんか!? ここはどこなんじゃ!?」
オラは立ち上がり、小さな女の子身体を揺らす。
小さな女の子を責めるのが馬鹿らしくなり、オラは小さな女の子から手を離してため息を零した。
こんな小さな女の子に責めてどうするんじゃ。
ここがどこか知らんが、とにかく事情を知ってる人を探さんと。
「栞の知らない人。兄ちゃん、誰?」
小さな女の子は、腕を組んで小首を傾げている。
「オラはカイトじゃ。栞、じゃったの。誰か呼んできてくれんか? できれば大人がええんじゃが……」
オラは屈み込んで、小さな女の子の両肩に手を置いて、小さな女の子の顔を覗き込む。
その時、廊下の奥から足音が聞こえた。
足音は栞の後ろで止まった。
オラは思わず栞から顔を上げる。
栞の後ろに立つ男。
頭に白いタオルを巻き、丸メガネを掛け、蒼い作務衣に身を包んだ男が腕を組んで立っていた。
「光秀。さっき大きな音がしたが、また階段から転げ落ちたのか? この寝坊助め」
男はオラを見下ろして、鼻を鳴らして笑っている。
小さな女の子は踵を返して、男の後ろに隠れるように男の脚にすがりついた。
オラはおもむろに立ち上がって栞を見送った。
「ん? 栞、どした? 光秀が怖いのか?」
男は栞の頭を撫でて、栞の顔を覗き込んでいる。
「栞の知らない人。栞の兄ちゃんじゃない」
栞は首を横に振って、男の脚に顔を埋めた。
男が栞と手を繋いで、顎に手を当てて唸りながら、舐めまわすようにオラを上から下まで見る。
「うーん……確かに、見た感じは光秀じゃないな。顔は似てるけど……あれ? そのブレスレット、ひょっとしてアルガスタの物だろう? ユニフォンじゃ見かけないしな、ブレスレットなんて。……そうか、キミが私の先祖、カイトくんだね? カイトくんのことは、お婆によく聞かされたよ。英雄伝としてね。そうか、この日が来たか。ようこそ、ユニフォンへ。僕は未来のアルガスタからこっち(ユニフォン)に移住してきた、佐藤葛城だ。ああ、アルガスタでの名前はアランだ。アルガスタでは刀鍛冶を営んでいてね、僕の技術をこっちに売りにきたんだ」
男は、オラの左手首に付けている白色のブレスレットに目が止まり、男はオラに訊いた。
その後、男は面白くもなくまくしたてた。
男が信じがたいことを言うので、オラは苛立って眉間に皺を寄せた。
オラは口を尖らせて腕を組み、人差指が上下に動いていた。
「オラの先祖じゃと!? アルガスタの未来人じゃと!? オラが英雄じゃと!? 訳がわからんわい。おい、あんた。誰か知らんが、とにかく説明せい! ここがどこで、オラは誰で、どうしてこうなったんじゃ!? さっきから嘘言いおって、なんなんじゃ!」
オラは葛城の上着の裾を掴み、拳を振り上げた。
オラは頭のモヤモヤを掻き消すように、頭をくしゃくしゃにした。
「まあまあ、落ち着いて。信じられないのもわかるよ。栞も怖がってるし、お茶でも飲みながら話そうじゃないか。あっ、そうそう。家系図を持ってくるよ。それで、カイトくんが僕の先祖だってことが証明されると思うから」
葛城は栞と手を繋いだままオラの肩に手を置いて、葛城はオラに優しく微笑む。
「勝手にせい。あんた、何か知ってそうじゃけえの。訊かせてもらうで」
オラは葛城の腕を振り払い、腕を組み、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ああ。カイトくんが納得するまで、僕は話すよ。さてとっ、客間に案内しよう。美味しい茶菓子でも食べようじゃないか」
葛城は栞の頭を撫でて、栞と手を繋いだまま踵を返し、廊下の奥に向かって歩いてゆく。
栞が後ろを振り向く。オラが気になるんじゃろか?
「なんでこげなことになっとんじゃ」
オラはぶつぶつ文句を言いながら、頭の後ろで手を組んで、葛城の背中を大股で追いかける。
試しにオラの頬を思いっきり摘まんでみる。
「いてっ」
じんと頬が痛んで、頬を摘まんだ手を離した。
オラは両手の掌を広げ、自分の掌を見つめる。
やっぱ、夢じゃないわい。
なんでオラは生きとるんじゃ?
アルガスタはどうなったんじゃ?
ルエラ姫、無事でいてくれよ。
オラは両手を握り締める。
オラは真っ直ぐ前を向いた。
葛城は廊下沿いの襖を開けて、オラを手招きした。
栞は葛城の後ろに隠れて、顔をちょこんと覗かせている。
オラが近づくと、栞は恥ずかしそうに葛城の脚に顔を埋める。
「この部屋で待っててくれるかい? 今、茶と茶菓子を用意してくるから」
葛城はにっこりとオラに笑いかける。
「罠とかじゃないじゃろな?」
オラは鼻を鳴らして、恐る恐る客間に足を踏み入れた。
「はっはっははっ。さては寝ぼけてるね?」
葛城は背中で、オラを馬鹿にした声が聞こえた。
夢ならえんじゃがの。
オラはため息を零した。
客間はこじんまりとした和室で、真ん中に丸テーブルが置かれ、壁際に棚が置いてあった。
壁には花の掛け軸が飾っている。掛け軸の傍に刀架があり、刀架に一本刀が掛けてある。
「栞。兄ちゃんと一緒にいる」
オラが部屋を見回していると、背後で栞の声が聞こえた。
オラは栞に振り向いた。
「そうか。じゃ、二人で仲良くしてるんだぞ? 僕は栞の好きな饅頭を持ってくるからね」
葛城が屈み込んで栞の頭を撫でた。
「うんっ!」
栞は嬉しそうに頷いた。
オラは初めて栞の嬉しそうな顔を見て、思わず栞に振り返った。
この子、口数が少ない子じゃと思ったが、ちゃんと感情表現できるんじゃな。
「カイトくん。妹の栞と仲良くしててくれ。なあに、新しい妹ができたと思えばいいさ。こっちの暮らしも悪くないよ? そうそう、自己紹介が遅れたけど、僕はカイトくんの父親なんだ。まあ、カイトくんは私の先祖だから、ややこしいけど。すぐ慣れるよ。なんなら、父さんって呼んでもいいからねっ」
葛城はちゃっかり皮肉を言いのけて立ち上がり、去り際にウインクして手を振って廊下の奥に消えた。
オラは腕を組んだ。
オラは葛城の先祖じゃろ?
葛城は、オラの父親でもなんでもないじゃろが。
なんじゃい、偉そうに。
栞と眼が合う。
オラは栞と二人きりになった。
栞は黙って、オラを見上げている。
オラは重たい空気に耐えられなくなり、頭の後ろを掻く。
「そ、その、なんじゃ。さっきは怖がらせて、わ、悪かったの。し、栞」
オラは栞の痛い視線に負けて、人差指で頬を掻いて、栞から顔を背けた。
栞は急に右手を上げて、オラに強く指を差した。
「栞の知ってる兄ちゃん、カイトが来て死んだ。兄ちゃんを返して」
栞の言葉は強く、栞は今にも泣きそうな眼をして、オラを見上げている。
栞の眼に涙が滲んで、手で涙を拭い、洟をすする。
「!? し、栞……」
オラは思わず、栞に振り向く。
オラの眼は動揺で、さざ波の様に揺らいでいた。
そうか。
オラに似た奴は、栞の兄ちゃんじゃったんか。
どうなったかはわからんが、栞の兄ちゃんとオラの身体が入れ替わり、栞の兄ちゃんが死んだちゅうことか?
オラは俯いて首を横に振る。
妹、か。
オラの妹のシオンは可愛いが、生意気で、オラとロクに口も聞かん年頃の女じゃ。
オラがシオンに近づけば、なにかと暴力を振るう。手に負えん。
それに比べて、栞は口数が少ないが、いい子じゃ。じゃが、オラは栞を悲しませてしまった。
まだ状況はわからんが、栞を悲しませたのは事実じゃ。
オラは栞の兄を亡くした罪悪感が込み上がり、屈み込んで栞に抱き付いた。
「栞、すまん。オラにもわからんのじゃ……許してくれ、栞。オラは、栞の兄ちゃんじゃないんじゃ。オラにも、妹がいるけえ。オラの妹、シオンちゅうんじゃ。シオンは生意気での、オラとロクに口も聞かん仲じゃ。オラが近づけば、シオンはオラに暴力を振るうんじゃ、信じられんじゃろ? オラの妹の話をしても面白くなかったの。栞、すまん……栞の兄ちゃんとオラの身体が入れ替わった時、栞の兄ちゃんに会ったんじゃ。栞の兄ちゃんは言っておった、妹の栞を頼むと。栞の兄ちゃんは……天国に逝ったんじゃ。オラが栞の兄ちゃんを殺したんじゃ。栞、オラを好きなだけ恨んでもええ。栞が望むなら、オラは今すぐ出て行くけえ。二度とこの家には戻ってこんけえ」
オラは栞の背中で馬鹿みたいに嗚咽して、訳がわからずに自分の妹の話をして、栞の頭を一生懸命に撫でる。
「兄ちゃん、苦しい」
栞は声を小さく漏らした。
いつの間にか、オラは栞を抱き締めていたらしい。
オラは思わず、栞から離れる。
「すまん、栞。どこも痛くないか? 気分は悪くないか?」
オラは栞の両肩に手を置いて、栞の顔を覗き込む。
「……栞の兄ちゃん言ってた。兄ちゃんが死んだら、新しい兄ちゃんと仲良くするんだぞって」
栞は俯いて、悲しそうに言葉を紡ぐ。
お腹の上で組んだ指を、寂しそうに絡ませている。
オラは栞を抱き締めた。
「!? し、栞……すまん。オラはうつけ者じゃ。こんな兄ちゃんでええんか? 栞が怒った時は殴ってもええけえ」
オラは栞の背中で泣いていた。いつまでも。
「うん……栞、新しい兄ちゃんと仲良くする。でも……」
栞の元気がない声が聞こえる。
「栞? どうしたんじゃ?」
オラは栞から離れて、俯いた栞の顔を覗き込んだ。
「お腹空いた」
栞が俯いたまま、お腹の虫が鳴った。
それに答えるように、オラのお腹の虫も鳴った。
「オラも腹が減ったわい。茶菓子はまだなんか? 栞、待ってられんわい。台所に行ってつまみ食いでもするか?」
オラは栞の頭を撫でると、立ち上がって栞と手を繋いだ。
「うんっ」
栞は顔を上げて、眼を輝かせている。
オラと栞は手を繋いで廊下に出たところで、廊下の奥からお盆を持った葛城が現れた。
「随分、仲が良さそうじゃないか。栞は少し、新しいお兄ちゃんに打ち解けたかな? それとも。待ちきれなくて、つまみ食いでもするつもりだったかな?」
葛城は笑いながら、客間に入って行った。
オラと栞は顔を見合わせた。
葛城の奴、わかったような口を言いおって。
「葛城、はようせえ。待ちくたびれたわい。オラと栞はの、腹が減ったんじゃ。のう栞」
オラと栞は踵を返して、オラと栞は小走りに客間に入った。
オラは丸テーブルの前に胡坐をかいた。
栞はオラの隣に、ちょこんと正座した。
「今、用意するから。もう少し待っててね、おじいちゃんと栞」
葛城は茶菓子が盛られた小皿をオラと栞の前に置いて、お盆から湯呑を取り出し、オラと栞の前に湯呑を置く。
葛城はお盆から急須を持って、オラと栞の湯呑に茶を注いでいく。
「葛城。誰がおじいちゃんじゃ! オラは葛城の先祖とは認めんけえの! のう栞」
オラは隣に座った栞の頭にぽんと手を置いて、栞の顔を覗き込む。
葛城は急須をオラと栞の間の丸テーブルに置いて、オラの向かいに胡坐をかいて腕を組んだ。
葛城は丸テーブルの上に巻物を置いた。
栞は手を合わせて、お行儀よく饅頭をほうばる。
「これが、我が家の家系図だよ。ちゃんとカイトくんと僕の名前が載ってる。じっくり見るといいよ」
葛城はテーブルの上に巻物を置くと腕を組んで、ニコニコ笑っている。
オラは鼻を鳴らして巻物をひったくり、丸テーブルの上に巻物を広げて顎に手を当てて唸った。
オラは茶菓子が盛られた小皿に手を伸ばして、三色団子をほうばる。
栞も饅頭をほうばりながら、興味津々に巻物を覗き込んでいる。
「さて。何から話そうか……うーん。僕が思うに、カイトくんに何らかの力が働いて、ユニフォンに来たんだと思う……カイトくんがユニフォンに転生した紅月の日、魔王教団はアルガスタの王族を攫い、その一週間後に民衆の前で晒し首にした。王族の血は魔王復活に捧げられたけど、どうやら魔王復活の血が足りなかったんだ。つまり、逃げ延びた王族がいるってことになるんだ。それは、こっち(ユニフォン)に来たかもしれないし、アルガスタで生き延びているかもしれない。こっちに逃げ延びた王族なら情報が入っているよ。僕は、こう見えて王族を守る秘密結社の一員でもあるからね。あっ、王族の情報はね、遊郭十六夜で仕入れてるんだ。十六夜を拠点にしている隠密集の梓ちゃんは優秀だよ。神楽さんなんか魔法が使えるんだよ? すごいだろ? って、僕の話聞いてる?」
そうか。
オラは天生牙の力で、ユニフォンに来たんじゃ。
天生牙が消えたのも納得がいくで。
ルエラ姫に貰った天生牙じゃったのにのう。
オラは茶を啜りながら、黙って頷いて手をひらひらさせ、葛城の話を聞いているアピールをした。
「なんじゃ。オラは、ユニフォンちゅう世界に来たちゅうことか。じゃったら、ルビナ姫は生きているかもしれんちゅうことじゃな? さすが、アルガスタの未来人じゃ、歴史に詳しいのう。葛城、王族を守る秘密結社なんじゃろ? なんかないんか? 王族を見つける道具とかあるじゃろ? 十六夜に行けば、何かわかるかもしれんの」
オラは巻物から顔を上げずに家系図を指でなぞり、自分の名前と葛城の名前を見つけて、巻物を丸テーブルの上に放り投げた。
オラは畳の上で大の字になり、頭の後ろで腕を組んで天井を見上げた。
「ちょ、ちょっと。家系図、大事な物なんだからっ。王族を見つける道具? あることはあるけど、僕には使えないんだ。歴史が変わりつつあって、時空も歪みつつある。だから、秘密結社としての僕の力が弱まってるのかもしれない。カイトくんなら使えるかも。あっ、そうそう。僕の家には立派な道場があるんだよ。お爺さんの代で道場は潰れちゃったけど。こっちは住みやすくていいよ? もう長いこと、こっちで暮らしてるよ。けっこう多いよ、未来のアルガスタからこっちに越してきた人」
葛城は腕を組んで、まくしたてた。
「な、なんじゃと!? 王族を見つける道具、あるならはよう出さんか! どこでアルガスタの歴史が変わったんじゃ!? 未来のアルガスタは平和なんじゃろな!? 魔王はどうなったんじゃ!?」
オラは起き上がって丸テーブルを叩いて、身を乗り出した。
起き上がる勢いで膝を丸テーブルにぶつけて、膝がじんと痛んだ。
隣の栞が驚いて、眼をぱちくりさせている。
栞の饅頭を食べる手が止まっている。
「お、落ち着いて。未来のアルガスタは平和だよ。少なくとも、歴史が変わらない限りね……百年前の紅月、魔王は討伐隊によって処刑されるはずだったんだ。だけど、討伐隊の中に裏切者がいたんだよ。そいつが魔王を手引きして、魔王をアルガスタの地下深くに封印した。噂じゃこっちに魔王が転生して、影で暗躍しているみたいだね。魔王次第で、歴史が変わるといっても過言じゃない。つまり、僕たちの存在が消える可能性だってある。恐らく、魔王の目的はこっちの世界で紅月を作ること。そして、紅月の力でアルガスタへのゲートを完成させ、アルガスタとユニフォンを一つの世界にして、世界を支配すること。僕がこっちに来る前に、お婆のお告げがあった。選ばれし者がアルガスタから転生してくる時、運命は廻り始めると。それが、カイトくんだよ。お婆は最後のお告げをして亡くなった。百年に一度の紅月、その度に魔族と戦争が起きる。これを百年戦争と呼んでいるんだ。古い歴史だと、悪しき者が呪いで神と死神に転生させ、アルガスタを支配していた時代もあるんだ。うちの蔵に、神の魂を封じた勾玉があるよ。どうやら、その悪しき者が紅月を造ったっていう噂もあるけど、僕にはわからない。なにせ、古い歴史でね」
葛城はまくしたてると、お手上げだという感じで頭の後ろを掻いた。
「そんなことはどうでもええんじゃ。葛城、はようルエラ姫を見つける道具を出さんか! そげにいっぺんに言われてもわかるわけないじゃろうが。オラが葛城の先祖ちゅうのは、よおわかったで。今は、それだけわかれば充分じゃ」
オラは丸テーブルで打った膝を両手で擦りながら、葛城に怒鳴った。
「はいはい。こっちに逃げ延びた王族は、魔王も狙ってるからね。今は、王族の問題解決が先だよね。長話ばっかでごめんごめん」
葛城は頭の後ろを掻いて、懐からメガネケースを取り出し、黒ぶちメガネのフレームを広げて、黒ぶちメガネを丸テーブルの上に置いた。
「なんじゃ? ただのメガネにしか見えんで?」
オラは黒ぶちメガネをひったくって、黒ぶちメガネをまじまじと見る。
栞は身を乗り出して、興味津々に黒ぶちメガネを覗き込む。
黒ぶちメガネのレンズに、饅頭を手に持った栞が映り込む。
葛城は勝ち誇ったように腕を組み鼻で笑った。
「ただのメガネじゃないよ? そのメガネを掛ければ、王族がこっちに来る前の姿が見えるんだ。つまり、アルガスタでの姿が見えるってこと。もちろん、アルガスタからこっに来た他の人も、アルガスタでの姿が見える。秘密結社で作られた特殊なメガネなんだけど、僕が掛けても普通のメガネなんだよね……カイト君。試しに掛けてみてよ、僕のアルガスタでの姿が見えるはずだから。ダメなら、他に方法を考えよう」
葛城は人差指を小さく振って、面白そうに自分を指さした。
オラは葛城を一瞥して、葛城に騙された気がしてため息を零した。
「一回だけじゃぞ?」
オラは文句を言いつつ、黒ぶちメガネを掛けてみた。
そして、改めて葛城を見る。
葛城は、作務衣を着ているのは同じだったが、頭がプラチナのドレッドヘアだった。
「か、葛城。お前、なんじゃその頭は!?」
オラは思わず声を上げて、葛城の頭を指を差した。
栞はオラの隣で小首を傾げている。
これが、このメガネの力なんか?
オラはメガネを外して葛城を見る。葛城は、ちょっと頑固などこにでもいる刀鍛冶職人じゃのう。
また黒ぶちメガネを掛け直し、葛城を改めて見る。頭が変な刀鍛冶職人にしか見えんで。
オラは拳を振り上げて、ガッツポーズをした。
これで、ルビナ姫を探せるで。ルビナ姫がこっちに来てることを祈るしかないがの。
栞は、ガッツポーズをするオラを不思議そうに見て小首を傾げ、饅頭をほうばった。
葛城は恥ずかしそうに、頭の後ろを掻いた。
「ええっと……アルガスタでは、若者の間でドレッドヘアが流行ってたんだ。こっちじゃドレッドヘアは目立つから、黒髪にしたんだよね。どうやら、カイトくんはそのメガネ使えそうだね。これで、こっちに逃げ延びた王族探しはなんとかなりそうだね。実は、梓ちゃんも王族探しはお手上げみたいでね。王族の情報を集めるのがやっとだったんだよね。梓ちゃん、メガネ使えないし。神楽さんの魔法の力を借りてなんとかなってたけど。でも、悪いことにこの町に千春と二コルがやって来てる。千春と二コルの目的は、特別な生贄を探してるみたいだ。詳しいことは僕にはわからないけど、こっちに逃げ延びた王族が狙われる可能性がある。充分気を付けてね。それと、この町の上空には瘴気が覆ってる。まだ瘴気は弱いけど、身体が弱い人は体調を崩しやすい。この町の医者は大忙しで、手に負えないみたいだよ。なんとかしないとねぇ。どうやら、瘴気の原因は千春と二コルみたいだけど」
葛城は腕を組んで、表情を曇らせてまくしたてた。
葛城は考え込むように唸り、その後黙り込んだ。
オラは丸テーブルを叩いて立ち上がった。
待っとれよ、ルビナ姫。オラは拳を振り上げる。
「こうしちゃおれんで。オラ、ルビナ姫を探してくるけえ。葛城、このメガネ借りるで」
オラは、腕を組んで考え込んでいる葛城に言うと、廊下を駆けた。
葛城の声がしたが、オラは立ち止らなかった。




