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ゾット帝国騎士団カイトがゆく!~人を守る剣の受け継がれる思い~  作者: 裕P
異世界アルガスタ~異世界ユニフォンへ
16/28

第一話:攫われた王女ルエラ姫

真夜中。

 ルエラ姫の寝室のバルコニーで、オラとルエラ姫は手を繋いで満月を見上げていた。


 隣のルエラ姫は、黒いリボンカチューシャをつけ、胸までの金髪ストレートヘアで、寝間着姿のサンダルだった。

 ルエラ姫が髪を掻き上げる。


 オラはルエラ姫のボディガードなので、アルガスタ親衛隊の軍服を着ている。

 帽子を被り、マントを羽織り、防弾チョッキを着て、革手袋を嵌め、革靴を履いているので、さすがに窮屈だ。未だに軍服は着慣れない。

 ルエラ姫のボディガードは特別な任務なので、王家の紋章が記された腕章をつけている。

 肩掛けの鞘と、腰にホルスターを巻いて、オートマチック銃で武装している。

 射撃訓練は耳障りなだけで得意じゃない。剣じゃったら得意じゃがの。


 オラは帽子を被り直して、左腕を手摺りに置く。

 ルエラ姫は手摺に右手で頬杖を突いている。


 ルエラ姫のシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 オラはルエラ姫のシャンプーのいい匂いを嗅いでは、うっとりする。

 オラはアルガスタ親衛隊の隊長、ジン公認のルエラ姫のボディガードじゃ。

 ルエラ姫のボディガードになったきっかけは、お忍びで城下町に遊びに来ていたルエラ姫を盗賊から守ったことだった。

 まあ、幸い盗賊に盗られた物がお金や宝石で良かったわい。

 親衛隊の隊長ジンに、オラの剣の腕を認められ、オラはそのままルエラのボディガードになった。

 ルエラとは歳が近く、兵士たちにはルエラの女の子らしからぬ荒っぽさに参っていたらしい。

 兵士は愛想のいい人や、不愛想な奴、陰口を叩く奴もおる。

 オラは陰口が叩かれようがなんだろうが、そんなのは気にせん。

 おかげで毎月高い給金を貰い、オラの家庭はすっかり潤っている。

 家では、オラが大将じゃ。まあ、オラの給金はがっぽり持っていかれるがの。

 父ちゃんがアルガスタ親衛隊で、オラは父ちゃんに剣の稽古を習ってたのもあるじゃろ。

 それに、父ちゃんはジンと仲が良かったのもある。


 オラはルエラ姫から手を離す。


「ルエラ姫、今日は綺麗なお月さまじゃのう。昨日は、お月さまが雲で隠れとったわい。今日は満月じゃ。狼男が襲ってくるかもしれんで」

 オラは頭の後ろで手を組んで、満月を見上げて感嘆した。

 満月から眠気が発せられ、オラは欠伸が出る。


 しっかし、なんじゃ。

 こげに武装せんでもいいじゃろうに。

 動きにくくてしょうがないわい。

 それにじゃ。アルガスタは平和なんじゃぞ?

 今日は百年に一度の紅月じゃと、ルエラ姫が言っておったの。

 そげに警戒する必要もないじゃろ。どうせ何も起こらんわい。

 訓練する意味なんてあるんかいな。


 ルエラ姫が手摺に背もたれ、不機嫌そうにオラを睨み据えていた。

 ルエラ姫の眉の端がぴくぴくと動いている。


「カイト、なんで手を離したのよ? あたしと手を繋ぐのがそんなに嫌なわけ?」

 ルエラ姫が頬を膨らませて拳を振り上げて、牙を生やしオラに食ってかかる。


 オラは面倒そうにため息を零して、肩を竦めた。


「オラはルエラのボディガードじゃけえの。恋人でもあるまいし、手繋ぐなんて気色悪いわい」

 オレは鬱陶しそうに手をひらひらさせて、ルエラ姫に舌を出した。


「はあ!? じゃ、なんで手を繋いでたのよ!?」

 ルエラ姫は苛立って、腰に手を当ててオラの肩を人差指で小突いた。


「仕事じゃろが。お前のボディガードじゃけんのう。給金が高くてええわい」

 オラは勝ち誇ったように、腕を組んで嫌味な顔をルエラ姫に向けた。

 ルエラ姫に歯を見せて笑う。


「せっかく、ロマンチックなムードだったのに。カイトのせいで雰囲気ぶち壊しよ! せっかくカイトに告白しようと思ったのに。なによっ」

 ルエラ姫は頬を膨らませ、頬を紅く染めて、腕を組んでそっぽを向いた。


「大丈夫じゃ。オラが、ルエラ姫を守るけえ。安心せえ。剣の腕は、隊長のお墨付きじゃけえ」

 オラはルエラ姫の肩に手を置いて微笑んだ。


「カ、カイト……うん、ありがと。あたし、初めてカイトに会った時から、ずっとカイトのことが好きだった。だから、あたしのボディガード解雇しようと思ったけど、今ので撤回するっ。ありがたく思いなさいよ?」

 ルエラ姫が恥ずかしそうに俯いて、オラに想いを告げた。

 ルエラ姫が自分の肩に置かれたオラの手の甲に、自分の手を重ねる。


 オラはルエラ姫の告白が可笑しくて笑った。


「なんじゃ。お前もオラのことが好きじゃったんか? じゃったら、オラもお前が好きじゃ」

 片方の手で、ルエラ姫の背中を思いっきり叩いた。


 ルエラ姫はオラの手を振り払い、オラから離れた。


「ちょっと、ついでみたいに言わないでよ! 王女のあたしに告白させるなんて、恥ずかしくないわけ?」

 ルエラ姫は顔を真っ赤にして拳を振り上げ、腰に片手を当てる。

 振り上げた拳が震え、眉の端がぴくぴくと動いている。


「なに言うとんじゃ、自分が言うからじゃろう。せっかく、オラが言おうと思ったのにのう」

 オラは残念そうに肩を竦め、頭の後ろで手を組み、満月を見上げる。


 ルエラ姫は否定するように、額に手を当てて首を横に振る。

「嘘よ、絶対嘘。ああ、もう! あたしの告白を返せー! カイトのばかやろー!」

 悲鳴を上げて頭を掻きむしり、想いが爆発して中段蹴りが飛び出した。


 オラの脇腹にルエラ姫の中段蹴りが思いっきり入る。


「うっ」

 オラは痛みで思わず声が漏れて後退る。

 怒りが込み上げ、拳を振り上げる。


「や、やりおったな。オラの天生牙(てんせいが)で、ルエラ姫の髪を切ってやろうか? ちょうどええわい、ルエラ姫の髪を天生牙で切りたかったんじゃ」

 オラは肩掛けの鞘から天生牙を抜くと、天生牙を振り回した。


 天生牙は、ルエラ姫のボディガードになった時に、ルエラ姫から祝いで貰った剣じゃ。

 オラはお返しに、ルエラ姫の誕生日プレゼントに、ルエラ姫に黒いリボンカチューシャをあげた。


「ちょっと! 危ないじゃない! 天生牙、なおしなさいよ!」

「なにいうとんじゃ! そっちが仕掛けたんじゃろが!」

 バルコニーを回るように、オラとルエラ姫は追いかけっこをした。

 オラは、天生牙を振らないように気を付けながら。


 その時、バルコニーの手摺に一羽の大鷲が舞い降りてきた。

 大鷲は、バルコニーの手摺にとまった。


 オラとルエラ姫は、顔を見合わせた。

 食い入るようにバルコニーの手摺にとまった大鷲を見る。


 大鷲のおでこにはごっついゴーグルが装着してあり、大鷲の腰にホルスターが巻かれ、二丁のオートマチック銃が挿してある。


「くえっ、くえっ~」

 大鷲は大きな翼を広げた。

 大鷲の大きな羽が、バルコニーに落ちる。


「なんだよなんだよ。ぶちゅっとキスしろよ。なんなら、押し倒してもいいんだぜ? くえっ、くえっ~」

 手摺にとまった大鷲は急に人語を喋り出した。

 可笑しいという様にオラとルエラ姫を指さして、お腹を抱えて笑っている。


 オラは天生牙の刃先を、人語を喋る大鷲に向ける。


「お前、何もんじゃ?」

 オラはルエラ姫と手を繋いで、大鷲を睨み据える。


 ルエラ姫は、さっとオラの背中に隠れた。

 ルエラ姫はオラの肩に両手を置く。


「おっと、オレはお前と戦うつもりはねぇ。刀をなおしな。姫様に用がある。つっても、相棒のアスカが姫様に用があるんだけどよ」

 人語を喋る大鷲は、腕を組んだ。

 大鷲は、オラとルエラ姫を交互に見る。


「ねぇ、カイト。喋る鷲って見たことある?」

 ルエラ姫がオラの腕から身を乗り出し、人語を喋る大鷲を興味津々に見ている。

 ルエラ姫は眼をぱちくりさせている。


「あるわけないじゃろ。こいつ、どこから来たんじゃ?」

 オラは天生牙を鞘に納め、肩を竦めて顎に手を添え、まじまじと大鷲を見る。


「くえっ~、くえっ。おっと、お喋りはここまでよ。あんまり喋るとアスカに怒られちまう。まだ喋って欲しいって? じゃ、食いものよこせ。(いわし)二匹だ。ってのは冗談でい。あばよっ! せいぜい、姫様を守りな! くえっ、くえっ~」

 人語を喋る大鷲はまくしたてると、バルコニーの手摺から飛び立った。

 大鷲の大きな羽がバルコニーに舞い落ちる。


 オラとルエラ姫は、喋る大鷲を黙ったまま見送る。

 オラとルエラ姫は、大鷲が飛び去った空を見上げていた。

 ルエラ姫がため息を零して、オラの肩に顎を載せる。


「なんだったのよ。あの鷲。あいつのせいで興ざめよ。せっかくいい雰囲気だったのに。あ~あ、キスでもすればよかったなぁ」

 ルエラ姫がオラから離れて肩を落とし、ぶつぶつ文句を言いながら、バルコニーの手摺に両手で頬杖を突く。

 ルエラ姫はつまらなそうに、両手で頬杖を突いたまま満月を見上げている。


 オラは、ルエラ姫がキスしようとしていたことに驚き、一瞬動きが止まる。


「まあまあ、ルエラ。って、キスしようとしてたんか!? ほんまか!? それは、その、心の準備がいるけえ。なんじゃ、その……」

 オラは照れたように頭の後ろを掻いて咳払いし、恥ずかしそうにルエラ姫をちらちらと見た。


 ルエラ姫は手摺に両手で頬杖を突いたまま、満月を見上げてため息を零した。


「なに本気になってるのよ。冗談に決まってるでしょ! バッカみたい」

 ルエラ姫が不貞腐れて頬を膨らませ、オラに振り向き唸りながらオラを睨み据える。

 ルエラ姫は顔を赤らめ、オラに舌を出して顔を戻した。


 オラは怒りが込み上げ、拳を振り上げた。

 オラの振り上げた拳が震えている。


「なんじゃと! キスくらいええじゃろが。今度は怪我ではすまんで?」

 オラは天生牙を鞘から抜いて、八相の構えをして、ルエラ姫に不敵に笑った。


「なによっ!」

 ルエラ姫がオラに振り返って、牙をむき出す。

 オラに掴みかかろうとしたとき。


 ルエラ姫の寝室の扉が静かにノックされた。


「ルエラ姫、入っていいかな?」


 扉越しに響く、よく通る低い男の声だった。


 ルエラ姫がオラに襲い掛かるポーズのまま立ち止った。


「ほら見なさい。見張りの兵士に注意されちゃったじゃない」

 両手を腰に当てて、思わず小声になる。

 オラの責任だと言わんばかりに、ルエラ姫は目を細めてオラを睨み据える。


「すまんすまん。はしゃぎすぎたわい。オラが出るけえ」

 オラは片手で頭の後ろに手を当てて、手をひらひらさせて舌を出した。

 オラは天生牙を鞘に納めると、ルエラ姫の寝室の扉に向かった。


「行かないで、カイト。今日は百年に一度の紅月よ? 今日は朝からなんか胸騒ぎがして変なのよ……」

 ルエラ姫の心配そうな声が降って来て、ルエラがオラの軍服の裾を掴んだ。


 オラはルエラ姫に振り向いて、白い歯を見せてルエラに笑った。

 ルエラ姫はオラを見つめ、ルエラの眼がさざ波の様に揺れている。

 ルエラ姫は両手でオラの裾を掴んだ。

 オラはルエラ姫の手首を掴んで、ルエラ姫を抱き寄せた。

 ルエラ姫の頭を優しく撫でる。


「心配しすぎじゃろ。ルエラ姫は、オラが守るけえ。行ってくるで」

 オラはルエラ姫の額にキスをして、ルエラ姫の身体からそっと離れた。

 オラはルエラ姫に背中を向けて、手を上げて振った。


「絶対よ? 何があっても、あたしを守って……カイトは、あたしのボディガードなんだから……」


 オラの背中越しに、ルエラ姫の悲しい声が突き刺さる。

 また、ルエラ姫の寝室の扉がノックがされる。

 オラは、ルエラ姫の寝室の扉を静かに開けた。


「こんばんは。ルエラ姫はボクが攫うよ。ボディーガードくん」


 少女の凛とした声。

 少女は灰色のツインテール、右眼には精巧な眼帯をしている。

 眼帯からは紅いレーザーが伸び、眼帯のレンズが伸縮したりして、オラのデータを採っている。

 服は華やかな着物を着て、マントを羽織り、手には穴あきグローブを嵌め、両手の爪にはカラフルなマニュキュアが塗ってある。

 膝下からすらっと足が伸び、素足で草履を履いている。

 両足の爪にも、カラフルなマニキュアが塗ってある。


 オラのお腹に、オートマチック銃の銃口が向けられ、少女は不敵に笑った。

 引き金が引かれ、銃口から火を噴き、薬莢(やっきょう)が床に落ちる。

 そして、少女はオラに銃を撃った。


「ぐっ」

 オラは銃弾の衝撃波でオラの身体はくの字に曲がり、ルエラ姫のベッドまで吹っ飛んで仰向けに倒れる。


 オラの身体に青白い電気が走り回り、青白い電気が痛そうな音を立てている。

 オラの身体は痺れて動かない、オラの軍服のお腹に血が滲んでいる。

 オラはお腹を手で押さえ、なんとか止血した。


 防弾チョッキ、弾が貫通しおった。

 あの銃、特殊な銃じゃわい。


 少女がルエラ姫の寝室に足を踏み入れるのが見える。

 少女は真っ直ぐルエラ姫に向かって歩く。

 少女がオラに不敵に笑って、オラの横を通り過ぎる。


「お邪魔するよ。キミは痺れてしばらく動けないよ、ボディーガードくん。さあ、ルエラ姫。ボクと来てもらおう。抵抗するなら、話は変わってくる。どうする?」

 少女の冷たい声が聞こえる。


 オラは痺れる身体をやっと動かしてうつ伏せになり、少しずつ匍匐(ほふく)前進しながらルエラ姫を見る。


 ルエラ姫は見知らぬ人間を見て、バルコニーで尻餅を突いて後退りしている。

 ルエラ姫の右足のサンダルが脱げているのが見える。


「嫌、嫌よ。こ、来ないで。あ、あなた誰よ? 見張りの兵士はどうしたの? 何が起きてるの……」

 ルエラ姫は、恐怖で声が震えている。首を横に振るばかり。


「くえっ、くえっ~」

 さっきの人語を喋る大鷹が、開け放たれたルエラ姫の寝室の扉から侵入してきたらしく、人語を喋る大鷲はルエラ姫のベッドの手摺りにとまった。


「くえっ、くえっ~。事情も知らないで、攫われるのも面白くねぇよな! 姫様は、民衆の前で晒し首にされるのさ。その血は、魔王復活に捧げるってなもんよ。今宵、アルガスタの王族は攫われ、一週間後にアルガスタの王族は民衆の前で晒し首だ。傑作だね、こりゃ。アスカ、さっさと仕事を終わらせようぜ。オレは鰯が食いてぇんだ」

 人語を喋る大鷹が大きな翼を広げて、翼を折りたたんだ。

 人語を喋る大鷲がオラとルエラ姫を交互に見て、お腹を抱えて笑った。


「そうだね、ジェイ。今宵は、魔王復活の第一段階だ。魔物たちも紅月で不死身になる。余興を楽しませてもらうよ」

 少女が言い終わった後、少女は掌を広げた。

 少女の掌の上に載った小さな銀色の球。

 少女は掌を翻し、小さな銀色の球を床に落とした。

 床に落ちた銀色の球は閃光の後、煙が噴出された。


 け、煙玉か。

 オラは咳き込んだ。

 オラは煙の中で、怒鳴っているルエラ姫に手を伸ばす。


「放せっ! 魔王の生贄なんてごめんよ! カイトー! 絶対助けに来て! じゃないと、呪ってやるからねっ!」

 煙が充満する中。

 アスカがルエラ姫を肩に担いでオラの横を通り過ぎる影が見えた。


 オラは悔しくて、床を何度も叩いた。

、なにやっとんじゃ、オラは。

 このままだと、ルエラ姫は魔王の生贄になる。それでええんか?

 百年前に討伐隊によって封印された魔王。アルガスタで有名な話じゃ。


 天生牙、オラに力を貸してくれ。ルエラを守りたいんじゃ。

 オラは歯を食いしばって、天生牙を握り締め、天生牙を引き寄せる。

 オラの涙が、天生牙の刀身に沁みる。

 涙が一粒、天生牙の刀身に沁み。

 二粒、三粒、四粒、五粒と、天生牙の刀身に涙が沁みる。


 その時、オラの涙に反応したのか、天生牙が眩く青白く煌めく。

 天生牙?

 オラは天生牙を見つめた。オラに応えてくれたんか?

 それを合図にオラの身体を青白い光が包み込み、オラの身体が軽くなった。

 さすがにお腹の傷は治らんか。動くにはこれで充分じゃ。

 オラは天生牙を床に突き刺し、お腹を押さえて立ち上がった。


 オラはよろめきながら、ルエラ姫の寝室の扉を出た。

 床にオラの血が滴る。

 ルエラ姫の寝室を出た傍の壁に凭れ、左右を見る。

 ルエラ姫の姿が見当たらない。

 どこじゃ、ルエラ姫。今、行くで。


 その時、廊下の柱時計が午前0時を知らせる鐘が鳴る。

 窓ガラス越しに月を見上げる。

 さっきまで青白かった月がみるみる紅く染まっていく。


「これが……ルエラ姫が言っておった、百年に一度の紅月か。二人で見たかったのう。それにしても、不気味な月じゃわい」

 オラは窓ガラス越しに、紅月を見上げて鼻で笑う。


 その時、廊下の紅い絨毯の上に黒い魔法陣が現れ、魔法陣が紅く光る。

 魔法陣の中から、低級魔物が現れた。次々と魔法陣が現れる。

 野犬の様な魔物、烏の様な魔物、猿の様な魔物、鬼の様な魔物、大鎌を持った死神のような魔物。

 どの魔物も眼が紅く光り、獣は涎を垂らし低く唸り、武器を振り回している。


 こいつら、オラの血に寄ってきたんか?

 王族を攫う仕事をサボって、そげにオラと遊びたいんか?

 オラは天生牙を床に突き刺し、おもむろに立ち上がった。


「オラの最期の仕事じゃ。ルエラ姫、すまん。そっちに行けそうにないわい。思った以上に傷が深いで。じゃけえ、お前ら、行くでぇ!」

 オラは天生牙を握り締め、お腹からの出血に構わず、魔物に向かって駆け出した。


 天生牙一振りで、魔物の身体が一つの光の玉となって弾け飛んだ。

 これが、天生牙の本当の力なんか?

 天生牙の刀身が青白く光っている。

 魔物を倒す度に、傷が癒えるような気がする。


 オラは次々に魔法陣から現れる低級魔物を斬り倒しながら、廊下を駆けた。

 お腹の傷を押さえながら。意識が遠のいて倒れながらも。


 その時、窓ガラスから、火矢が窓ガラスを突き破り、火矢が壁に突き刺さる。

 魔王軍の奴ら、城を燃やす気か。


 オラは煙臭い廊下を口許を手で覆いながら進み、階段をよろけながら下りる。

 階段の踊り場で、階段を上がってくるジンと出くわした。


 ジンがオラの肩に手を置いた。


「カイト、まだいたのか。ここは危険だ。早く脱出するんだ。わたしは他に生存者がいないか、見回ってくる」

 ジンは上を見上げて、オラに注意を促す。


 ん?

 なんでシンがルエラ姫を担いどるんじゃ?


「おい、ジン。なんでルエラ姫を肩に担いどるんじゃ?」

 オラはジンの肩に担がれたルエラ姫を見て、オラは首を傾げた。


「廊下でルエラ姫が倒れてたんだ。他の兵士にルエラ姫を預けようにも、他の兵士が見当たらなくてな。恐らく魔物にやられたんだろ」

 ジンはルエラ姫を担ぎなおす。


 なんか変じゃのう。オラはまた首を傾げる。

 ルエラ姫は、あの女に攫われたはず。

 大事な生贄を、廊下に置き去りにするもんなんじゃろか?

 いや、それはないじゃろ。


 それに、こいつから殺気を感じるで。

 こいつ、オラの知っとるジンじゃない。

 誰かがジンに化けとるな。オラを油断させるために。


「カイト、こいつは偽物のジンよ!」

 ルエラ姫の大声が聞こえる。

 ルエラ姫が目を覚ましたのか、じたばたしている。


 ジンは何故かため息を零した。


「ボディーガードくんの知っている人間に化けても、殺気までは消せなかったか。ボクにしては上出来の変化だ」

 ジンは頷いてから、アスカに姿を変える。

 アスカの変身の様は、まるでカメレオンが姿を変える様だった。


 アスカの殺気が一気に解放された。

 オラはアスカの殺気で動けず、オラの眼はさざ波の様に揺らいでいる。

 オラの手から天生牙が滑り落ちた。

 階段の踊り場に落ちた天生牙が軽い音を立てる。


 アスカが顎に手を当てて、まじまじと床に落ちた天生牙を見つめる。


「天生牙か。面白いものを見せてもらったよ、ボディガードくん。余興はここまでにしよう。キミはここで死んでもらうよ」

 アスカは床に落ちた天生牙を拾うと一振りした。

 アスカは不敵に笑い、オラの胸に天生牙を突き刺し、天生牙を引き抜いた。

 アスカは天生牙の刀身についた血を眺めて、天生牙を投げ捨てた。


「カイト!? あんた、カイトになにしたのよ! 放しなさいよ!」

 ルエラ姫はオラに振り向くが、状況を呑み込めず、必死に抵抗している。


 オラはよろめいて、階段の踊り場の壁まで後退る。


「急所外しちゃったか。まあいいや。さて、ルエラ姫には絶望してもらおうかな。ボディーガードくんの最期を見届けなくちゃ」

 アスカが閃いたように指を弾いて鳴らし、アスカはホルスターからオートマチック銃を抜いて、オラに不敵に笑った。

 アスカはオラに銃口を向け、オートマチック銃は高い機械音を鳴らす。


「チャージショット」

 アスカは静かに言うと、躊躇せずオラを撃った。

 撃つ瞬間、銃口から火が噴いて、薬莢が床に落ちた。


「ぐっ」

 オラは口から血を吐いて、銃弾の衝撃波でくの字に吹っ飛んだ。

 さっきの銃弾より強力だった。

 銃弾の衝撃波により、階段の踊り場の壁を突き破った。

 オラは断崖絶壁に投げ出された。


 オラは階段の踊り場に、ぽっかり開いた穴を見る。


 アスカはホルスターに銃を収め、ルエラ姫を肩に担ぎなおす。

 アスカは踵を返して階段を下りてゆく。

 ルエラ姫が階段に吸い込まれてゆく。


「カイトぉぉぉぉぉー! イヤぁぁぁぁぁ!」

 ルエラ姫が叫んで、オラに手を伸ばす。


 オラは歯を見せて笑い、親指を突き出した。

 ルエラ姫の涙が風に運ばれ、オラの頬を優しく撫でる。


「くえっ、くえっ~。奈落の底へ真っ逆さまだな。さぞ、姫様が泣くことだろうよ。こりゃ傑作だぜ! くえっ、くえっ~」

 ジェイがオラの傍にやってきて、お腹を抱えて笑っている。

 くちばしに天生牙を銜えて。

 笑い過ぎて額のゴーグルがズレて、くちばしを開けて天生牙を落とした。


「ほらよ、お前さんの武器だろ。冥土の土産として持っていきな。短い時間、せいぜい楽しめや。くえっつ、くえっ~」

 ジェイは高笑いしながら、空高く羽ばたいた。

 ジェイの大きな羽が舞い落ちる。


 オラは落ちてくる天生牙の刀身を掴んだ。

 天生牙の刀身を掴んだので、オラの掌が切れて、血が手首を伝う。

 行くで、天生牙。最期までお前と一緒じゃ。


 オラは瞼を閉じた。


 ルエラ姫、すまん。

 最期にお前に会えてよかったわい。

 ルエラ姫の言う事を聞けばよかったんじゃ。

 なのに、オラは聞く耳を持たんかった。死ぬのが怖い、怖いんじゃ。

 オラは涙を流して、お腹の上で天生牙を抱き締めた。

 オラの身体が逆さまに、断崖絶壁に沈んでいく。

 風がオラの身体を、死への恐怖へと(いざな)うように撫でる。

 さよなら、アルガスタ。







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