「歯車」
「報告します。首脳部を壊滅させられた帝国軍第2軍から7軍は、"戦争奴隷"を盾にした大規模な亜人の軍の奇襲を受けて壊滅した模様です」
秘書のルーベンは感情のこもっていない、機械的な声で続ける
「"魔導"装備の大半が鹵獲され、残りは破壊された模様です。そして兵士およそ3万人が戦死…2万人が捕虜になったそうです」
「そうか…」
元帥の返事もいたって形式的な…感情のないものだった。
「敵の軍勢は見たこともない"兵器"に、人間を盾にした軍勢…それに魔獣に騎乗した部隊などもいたとか。バフースは現在、完全に亜人たちの手に落ちているそうです」
「分かった…もう良い。下がれ」
「…はい」
ルーベンは顔色ひとつ変えることなく退室して行った。
元帥は1人になった部屋で、卓上の花瓶を殴りつける。
「クソッ!!!」
帝国の進んだ技術によって精巧に作られた花瓶は割れ、床には水が飛び散る。
まるで機械のように感情を内にしまい込んでいた元帥だったが、その内は穏やかでは無かったのだ。
「何故だ…何故私の邪魔をする?…アケチリオ…」
窓辺に向かった元帥の眼下には、無邪気に走り回っている帝国の子供達の姿。
ふとした拍子に、その子供達を亜人が切りつけ連行する様子が元帥の頭の中に浮かぶ。
それはやけに鮮明であり、生々しいものだったが…
元帥はすぐさま頭を振り、嫌な"想像"を振り払う。
「…魔王か」
元帥の頭には"かつての"魔王軍の姿が思い出されていた。
前代の魔王が名を馳せていた頃…千年程前か?
「時の流れは早いものだ…。だが、、、流石に考え過ぎだろう」
バフースが陥落し、帝国軍の半数以上を失ったことでナーバスになっていたのかもしれない。
現時点で帝国の最強戦力はかけること無く揃っているし…最悪、他国の支援も取り付けられる。
状況は悪化こそすれど、最悪という訳では無い。
要らぬ心配をする必要は全く無いのだ。
脳裏に"かつての帝国"の姿が思い出されたのは、気のせいに違いない。
"最悪の時代"が再び訪れることなど…あり得ないのだから。
元帥は帝都全体が見渡せる、帝都中央部にある巨大な塔の、最上階にあるテラスに立った。
「明智か…明知か…。まあ、どちらでも良いか」
古い記憶のそのまた奥にある記憶…。元帥は昔を懐かしむような目を一瞬だけ見せると、直ぐに普段通りの無機質な目へと戻すのだった。
「一度会ってみないとな。敵対勢力の長として…そして、同じ"日本人"としても」




