「市街戦」
かつて亜人連合の襲撃や自然発生したリッチ率いるアンデット師団による攻撃など、数多の危機を乗り越えてきたバフースが誇る強固な城壁は、今まさに崩れ去ったのだった。
初弾から僅か数秒…たったの数秒で歴史ある城壁は、ただの石クズへと姿を変えた。
余りの事態に、その場にいた全ての人間が呆然とする中
「良いんですか?襲撃に備えなーくて?」
守備隊長の背後にいつの間にか現れた、奇妙な男の一声によって、確かな経験と実力を持った守備隊長は我に帰る。
「敵襲に備えよ!!切り込んで来るぞ!」
崩れた城壁から数え切れない程のスケルトンが流れ込んで来る。
「盾兵前に出ろ!隙間から剣や槍のえの部分で殴りつけるんだ!!スケルトンには斬撃は意味を成さない!!殴れ!殴りつけろ!!」
守備兵達は懸命にスケルトンに対峙してはいるが、数の暴力の前にその抵抗は虚しく散る。
次から次へと流れ込んで来るスケルトンに対し、個々の能力では数段上を行く帝国兵だが、数や消耗、スタミナといった面で次第に押されていき1人、また1人と倒れて行くのであった。
(不味い…今のままではジリ貧だ、いつか突破されてしまう。そうなってしまうと、市街まで敵が…)
そして守備隊長の不安を加速させる、さらなる事態が起きる。
「グォォオォォォォオオオオオ!!!」
崩れた城壁の上に立つ巨大な体躯の生き物が、聞いた者の全身を震わすような雄叫びをあげる。
「あれは…ミノタウルス?!?!何故あんな化け物が敵方に???…アンデットに強力な亜人…我々の敵は一体?」
「うーん…困りまーしたねぇ。このままでは2時間で陥落といった所でしょうか?」
守備隊長の背後には異様に背が高く、痩せ細った不気味な男がいつの間にか立っていた。
「なんだお前は?!敵の隠者か?!」
守備隊長はすかさず槍を構えるが
「おっとおっと。安心してください、私は帝国情報局の者でーすのでぇ」
「帝国情報局?!…ちょうど良かった!!見ての通り、このままだとここは落ちる。急いで救援を…」
守備隊長の言葉を遮るように、シャロウは自らの唇に指を当て、黙るように促す。
「たーいへん申し上げにくいのですがぁ…救援は来ません」
「…なんだと?!?!どういう事だ?!帝国の民を見捨てるのか!!!!」
守備隊長は槍に手を掛けようとするが
「やめて起きなさい…貴方では2秒も持ちませんよ?」
シャロウの背後には人の背丈の五倍はありそうなほど長く伸びた影が、守備隊長の影の首を掴んでいる。
「…や…め………ろ…………かはぁっ」
影が首を放し、守備隊長は解放される。
「まあ…これは決定事項でーすので。ちなみにあなた方には撤退も逃亡も自決も許されません。命の限り帝国の為に戦ってくださーいねぇ!逃げたりしたら…どうなるかわかりますよねぇ??」
不気味な笑顔でそう言い残すと、シャロウは自らの影の中へと消えて行った。
守備隊長は乱れた呼吸を整えながら、現状について考える。
敵は数で我々を圧倒している上に、個でも我々が束になってかかっても敵わないような強者もいる。
そして我々に援軍は来ず、撤退も逃亡も許されていない…
"詰み"だ。
どう考えても詰んでいる。あんな訳の分からない敵を相手にする事自体、そもそも無理な話だったのだ。
あんな化け物じみた強さの敵がいるならばはなから…
待てよ?
訳の分からない…化け物じみた敵…
情報もなく、不意に襲って来た…
そうか、我々はカナリアか。
鉱山のカナリアというわけか。
その為に戦いもしないのに帝国情報局の奴がいるのか…。
悔しいが、それならば我々の死は決して無駄という訳では無いのだろう。
帝国の為、帝国の未来の為に死ぬのだから…。
「お前たち!!帝国の為に今一度剣を掲げよ!!!帝国に仇を成す愚かな侵略者に今一度正義の鉄槌を…」
守備隊長は自らを奮い立たせるかのように、そう叫ぶが…
「グォォオオン!ウルサイゾ!!ヨワキモノヨ!!」
背後に現れたミノタウルスの巨大な斧の一振りによって、守備隊長はその命を落としたのだった。




