「正体」
「"元帥"様、第2軍から第4軍までが壊滅致しました」
「………そうか」
石造りやレンガ造りが主流のオベロン王国とは異なり、ガラスや鉄がふんだんに用いられた近代的な建物が多く立ち並ぶコーデシア帝国の"帝都"において、一際目立つ巨大な塔が建っている。
その塔の最上階では、帝国を事実上支配している男…"元帥"はそばに控える秘書から帝国民なら誰もが驚くような情報を伝えられるも、その表情に変化は無い。
「ラモンとヒリエが陣地に戻ると、兵も馬も王国軍も跡形もなく消えていたそうです。なんでも周囲数キロに渡って更地になっていたとか」
高価な魔道具である眼鏡をかけた、スタイルの良さもさることながら見るからに博学で優秀そうな秘書ルーベンの言葉を聞いてもなお、元帥の表情は相変わらず無表情のままだ。
「ラモンとヒリエの報告によると…デスデモーナ大森林内に大規模な武装集団がいたとか。コーカスはその集団に捕縛されたようです、なんでも"アケチリオ"という人間が亜人を多数従えているようです」
「…アケチリオ?」
この世界ではあまり聞き慣れない名前に、元帥は初めて反応を見せた。
「はい。最近王国の首都を騒がせた"リオ・アケチ"と同一人物だと考えて間違いないでしょう」
「アケチ…リオ…か」
元帥は虚空を見つめ、何かを懐かしんでいるような素振りを見せる。
「如何されますか?」
ルーベンの言葉に対して、元帥はしばらくの間無言で考え込む。
やがて、非常に寂しそうな表情で言葉を発した。
「…帝国に仇をなす者には容赦するな」
「かしこまりました」
ルーベンはそう言い残して部屋を出て行く。
1人になった元帥は窓際に立ち、帝都全体を見渡す。
眼下には街を行き交う多くの人々。ここ数年の帝国の発展に伴って、帝都も大きく発展した。
帝都からは至る所から活気のある声や子供達の笑い声が聞こえ、人々は希望に満ちた生活を送れているのが分かる。
しかし、帝国がこうなったのもここ数年の話だ。
元帥はまだ帝国が亜人の脅威に脅えていた小国であった頃を思い出す。
あの頃は頻繁に行われる亜人の襲撃や魔獣の出現に、人々は日々脅えながら生活していた。
私が出会った頃の帝国だ。
…民がより安全に、より幸せに生きる為には帝国が強くなる必要があった。
人間同士で団結をして、国力を付けて、国を大きくするためには何が必要か…当時の私は色々と考えた。
幸い、私の"能力"で人々が力を手にすることは出来たのだが…
更なる人間の団結を促す為には"明確な敵"が必要だった。
そう、それが亜人達だ。
人間至上主義を掲げ、亜人達を徹底的に排斥することによって帝国は少しずつ、そして確実に強大化していった。
それが眼下に広がるこの光景に繋がったのだ。
私はすべき事をしただけだ。
そう、すべき事を…。
「アケチリオか…」
元帥は一人、おもむろに口を開いた。
亜人をまとめあげて何をしようとしている?
お前は人類の敵か?味方か?
元帥はこの世界に於いて初めて聞いた、故郷にあった名前に似ている人物に対して複雑な感情を抱く。
「…この世界で初めて聞いた"日本人"が、よりによって亜人の王とはな」
元帥の視線の先には、帝都を元気に走り回る人間の子供達の姿があった。




