「オベロン王国」
議会は踊る、されど進まず。
オベロン王国の最高意思決定機関である"王貴院"は紛糾していた。
王貴院とは、世襲制で代々受け継がれる王位に就く現国王、オスカー・ネル・オベロンと王国内で力を持つ貴族による議会である。
議題は国境付近で小競り合いが続く"帝国"についてだ。近年急激に力をつけて来た帝国は遂にその矛先を王国へと向けて来た。
本日の議会ではその対策について議論していたのだが…
「じゃからお前らも早く所有する騎士団を国境へ向かわせろと言っておるだろうが!」
「簡単に言わないでいただきたい!!我らの領地はあのデスデモーナ大森林と接する故、簡単に騎士団を動かすわけにはいかないのだ!!」
「ルシュコール公を見習うが良い!!彼の領地はその大部分を大森林と接しているが、ナオス騎士団は真っ先に国境へと向かったぞ?」
「ふんっ!王と密約でも交わしたか?」
「貴様!!言葉には気をつけろ!!!王の前でそのような…」
「議会での発言の自由を認めたのは王その人ではないか」
「自由を履き違えるなと言っているのだ!!言っていいことと悪いことの区別も…」
議会は自分の領地から騎士団、あるいは私兵を動かしたくない貴族とそれを認めない貴族との間で対立が生まれ、議論は平行線を辿っている。
「やれやれ…」
現国王オスカーは深い溜息をつく。今のままでは帝国になすすべも無く飲み込まれてしまうだろう。
本来であれば王家が主導で強引に各貴族に命令を発することが出来れば良いのだが、それが出来ない理由があるのだ…。
干ばつや魔物の大量発生。それに亜人連合の襲撃などで王家は持てる財を使い尽くして国を維持した。その結果王家の力が弱まり、黙って事の成り行きを見守っていた貴族の力が強まってしまった訳だ。
そして貴族の強い要求による王貴院などという議会の設立を許し、貴族の政治参加を容認してしまった訳だ。
しかしそれは致し方ない事…もし要求を拒否して帝国へ裏切られでもしたら、王国が内部から崩壊するところだった。
それからというもの、オスカー王は胃を痛める日々を送っている。
現状を打破するには、劇薬のような何かが必要か…。
そこでオスカーはふと、旧知の仲でもある冒険者組合の長、ボリスが言っていたことを思い出した。
「静粛に!!!!そういえば皆の耳に入れておきたい面白い情報があったのだ。ボリス!!皆に聴かせるがよい」
「はっ!!冒険者組合の組合長ボリスでございます。皆様にお伝えするのは、先日報告があった事なのですが…。ルシュコール公の領地でありますウタヤ村からケルベアーの討伐依頼がありまして…」
「なんと!!」
「ケルベアーだと?!?!」
「何故ケルベアーが人里に?」
貴族達は驚きに満ちた反応を見せる。
「金等級冒険者"銀翼の鷲"が討伐に向かったのですが…消息を絶ちまして」
「それは…金等級では厳しいだろう」
「残念だがな」
「後日、リーダーのキースという男だけが救助依頼を受けた冒険者によって救助されたのですが…この男が言うには、なんとケルベアーを使役していた男がいたとか」
「ケッ、ケルベアーを使役だと?!」
「馬鹿な!!ありえん!でっち上げに決まってる!!」
「そうだ!討伐に失敗した汚名を誤魔化すためのでまかせだろう!」
貴族達は声を荒げてボリスに野次を飛ばす。
しかしボリスは得意げな表情を見せ
「そう言われると思い、キースをここに呼んでおります。キース!」
キースは恐る恐る議場に入ってきた。
「キースには嘘が言えなくなる魔法…幻術をかけて質問に答えてもらいます。なので嘘偽りがないことを証明できるかと」
「と、とにかくやってみるしかないか」
「そうであるな」
キースは魔法をかけられ、それまでの経緯を貴族達に説明した。
「うーん、どうやら本当にそのような魔獣使いは存在するらしいな」
「ケルベアーだけでなくヴェノムボアまでとは一体…その者は本当に人間なのだろうか?」
貴族達が戦々恐々していると、王国でも指折りの大貴族の1人であるモルガン公が声を上げる。
「聞いていて少し疑問に思った点があったのだが…いいかねボリス君」
「もちろんですモルガン公」
「キース君が森で出会った騎士見習いの少女はどこの誰と言っていたのかな?」
「キース!」
「はい、その少女は確かナオス騎士団のリアと言っていました」
全員の視線が1人の貴族…ルシュコール公へと集まる。
「という訳らしいのだがルシュコール公。ナオス騎士団はその魔獣使いとやらの情報を知ってて隠していた…と言うわけではないだろうね??」
「ナオス騎士団の秘密兵器か何かか?」
「いや、ケルベアーのような強力な魔獣を飼いならす技術でもあるのでないか?」
貴族達が疑惑の目でルシュコール公を見るが、当の本人は…
「知らん!」
と一言。
「だけどルシュコール公、その少女は確かにナオス騎士団の者と名乗ったそうではないか?どういうことなのかね??」
「モルガン公、しかしその少女は同時にこうも言った筈だ…"見習い騎士"であると。一介の騎士見習いにそのように重要な情報を伝えているのはおかしくないか?」
「たっ、確かに…」
「言われてみれば…」
「くっ…!」
モルガン公は悔しそうな素振りを見せる。
「人を貶めようとするよりも、共に王国について考えようではないか皆よ」
「お、おう!そうであるな」
「流石はルシュコール公!」
「それと、そのケルベアーを従えるという魔獣使い…上手いこと使えれば帝国への威圧になるな」
「ほう?それはどうやってかねルシュコール公」
「それはですねオスカー王!まずは…」
オスカー王は自分の機転で話し合いが進展した事に満足しながら、他の貴族と共にルシュコール公の話を興味深く聞くのだった。