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閑話.山野英三の場合

チーム「no name」の彼です。

 俺の名前は山野英三。

 普通の高校生だ。

 俺は他人より少し頭の回転が速く、それを妬んだ連中が嫌がらせしてくるせいで、クラスでは孤立しているが、名誉ある孤立という奴だから、気にしていない。

 4月にはクラスの風紀委員に立候補したが、クソ真面目な佐伯が邪魔したせいでなれなかったり、5月の徒競走では、クラスのTシャツを作って団結する事を提案したが、ケチクソ委員長の青柳が却下した。

 どいつもこいつも、俺の足を引っ張る事しか考えない凡骨どもで、俺は何時も苦労している。

 そして、6月の中間テストはちょっと調子が悪くて、あまり成績が良くなかったが、これは出題範囲をきちんと教えない教師が悪いのだ。

 まあ、俺は非常時に活躍するタイプだし、本気になればすぐにでも成績なんて挽回できる。

 そもそも、学校の成績なんてものは、社会に出たら何の役にも立たないのだから、気にする必要が無いのだ。

 平凡で退屈な日常が、あと10か月も続くと思うとうんざりするが、2年の専門選択でクラス替えすれば、スカした大津とか佐伯とかウザい連中とも離れるので、それまでの我慢だと思っていた。

 そんな平凡な一日は、唐突に終わりを告げた。

 現国Ⅰの授業中、白い白い謎空間にクラスメイト達と一緒に居る事に気が付いたのだ。

「あなた達は、異世界に勇者召喚されました。

 我らが神は慈悲深くも、あなた達が向こうの世界に行っても困らないよう、

 幾つかの特別な力を選んで習得できるこの場を設けました」

 と、女の声が聞こえてくる。

 非常時に強い俺の脳は、この状況を一瞬で理解できた。

 異世界転移って奴だ。

 神の野郎がミスしたのか、異世界で勇者召喚されたのかは知らないが、チートを貰え、異世界で無双出来る小説を沢山読んだ俺には、この後の展開なんて予想できる物でしかなく、周囲の女がグチャグチャ騒ぎ出したが、俺は気にせず、

「ステータスオープン!」

 と言ってやった。

 …何も起きない、何だよ、このクソインターフェース!!

 イライラしている所に、女の説明が耳に入った。

「…向こうの世界で死ねば、あちらの世界での記憶は失われます…」

 あ゛あ゛っ?

 それじゃ、こっちの世界に帰ってきて無双出来ないじゃないか!

「何それっ、向こうでチートを授かっても、持ち帰れないって事かよ!!」

 思わず大声で質問した。

 すると女は、

「はい、与えられる特別な力は、あくまでも向こうの世界でだけ使えるもの。

 向こうの世界で神に匹敵する力を身につけたとしても、こちらの世界に持ち帰る事は出来ません」

 くそっ、異世界を満喫したら、リアルワールドに戻って無双する計画が使えなくなったぞ。

 いや、絶対に抜け道とか、裏技とかある筈だ。

 俺が読んだ小説だと、最初が肝心で、ここで神の野郎を騙したり、システムの不備をついてチートになるのが定番だ。

 チートスキルが早い者勝ちだったりするパターンもあるから、少しでも早くスキル設定の場面にたどり着きたい。

「ステータス! オープン! 開け! スキルリストっ!」

 小声で、思いつく限りのコマンドを言ってみたが、何の反応も無い。

 気が付くと、なにやら班決めが必要になったらしく、クラスメイトどもが6人組を作る為に話し合いを始めたようだ。

 まずスカした大津が、彼女である新垣と脳筋の小沢、そして取り巻きで6人組を作り、続いてクソ真面目クンの佐伯が、幼馴染である及川と友人で6人組を作った。

 良く見ると、他の連中も友人同士で組んで、一人だけなのは俺と、変人女の宮島だけのようだった。

 見ていると、宮島にはキモオタ3人組とか、委員長とかが声を掛けていたが、断っている様子だった。

 俺と組む為に断ってるのか? だとしたらなかなか見る目がある奴だ、誘ってやるか。

「おい、宮島!俺が組んでやるから、感謝しろよ」

 と声を掛けてやる。

 すると、宮島は

「やだ!わたしはひとりでいくのよ」

 と断ってきやがった。

 俺がわざわざ声を掛けてやったのに、断るなんてクソビッチめ。

 そうしている内に、班決めが終わったらしく、女は説明を再開したようだ。

 まあ、異世界転生でハブられたキャラがチートを貰って復讐するってのは、定番である。

 奴隷を手に入れて、仲間にするのだ。

 異世界転移主人公の王道だからな、俺に相応しいスタートだろう。

「皆さんには、まずランダムで初期スキルと初期ポイントが与えられます。

 その後、ボーナスポイントの5000ポイントを加えて、

 このスキル表から、各人に必要なスキルを選んでいただきます」

 ふん、スキル表に裏技があるに違いない。

 もしかしたら、ポイントが無限に貰えるバグがあるかもしれない。

 俺は、説明の続きに耳を澄ませた。

「スキル、とはその職業に必要な技術一般を内包した知識と経験の結実であり、初期スキルを集中して伸ばせば、レベル3から4に達する事が出来るでしょう。

 レベル1は、その職業における基本的な知識を身につけた見習い程度。

 レベル2は、初心者として一通りが出来るぐらい

 レベル3は、専門家としてようやく一人前、

 レベル4なら、熟練者と言ったところでしょうか。

 逆に、広く浅く低レベルのスキルを取る事も出来ますが、レベルも上げるのが難しくなり、

 器用貧乏になりがちなので、あまりお勧めは出来ません。

 詳しくは、ヘルプボタンから説明を読んでくださいね」

 ヘルプボタン! 定番の裏技スポットだから、じっくり確認しないとな。

 ここでようやく、空中に、ステータスらしき文字が掛かれた白い紙が浮かんだ。

 これこれ!これを待ってたんだよ!

 空中に浮かぶ白い紙には、自分の正面写真と名前、生年月日、年齢、性別といった個人情報に加えて、器用、敏捷、知力、筋力、幸運、HP、MPと定番のパラメーターが並んでいる。

 各項目の隣に、小さな?マークが書いてある。

 片っ端から?マークを押して、説明を読んでいきながら、端の方をタップしたり引っ張ったりしてみたが、裏情報とかバグとかはなさそうだった。

「さて、皆さん。目の前にある2つのサイコロを振って、初期スキルを決めてください」

 女が言うと、目の前に、白いサイコロが2つ出現し、空中に浮かんだ。

 スカした大津が

「勇者みたいな職業はあるのか?」

 と質問すると女は、

「いいえ、勇者と言うスキルはありません。しかし、勇者を選定する精霊の剣は、戦士スキルで扱うので、あえて言うなら戦士スキルが、勇者必須のスキルと言えるでしょう」

 と答える。

 そうか、聖剣を使う為には、戦士スキルが必須、覚えた!

 初期職業表と書かれた紙には、2から12までの数字と共に、スキル名と数字が書かれている。

「なんか、スキル少なくない?」とキモオタが呟いたが、確かにスキルが少ない。

 見る限り、戦闘職3つ、魔法職3つ、補助職3つの9つの職業スキルに、一般職スキルと呼ばれるカススキルが混じる程度しかない。

 紙の文字をあちこち叩いたり引っ張ったり、裏ヘルプが無いかといろいろ試してみたのだが、何の反応も無い。

 クソッ、裏スキルリストとか、バグとか、隠しパラメーターとか無いのかよ!

 聖剣の為に戦士(ウォーリアー)スキルは鉄板として、魔法職も一つは欲しい。しかし、女が言うとおり、多くのスキルを取れば器用貧乏で弱くなってしまうだろう。

 俺が良く読む小説でも、「極振り」が強いと書かれている。

 ならば、魔法職の前提スキルである戦士と知恵者(アンサー)スキルが貰える12番が「当たり」だろう。

 サイコロを振れと言うが、馬鹿正直に振る必要なんてない、6の面を上にして握りこみ、台の上に握ったまま叩きつけて手を開けば、必ず12になる。

 俺の様に頭の回転が良い奴は、こうやって上手く立ち回れるのだ。

 そして、サイコロを地面にたたきつけて、手を放した瞬間、ブブーッという音がして、脳天から地面にたたきつけられるような衝撃と全身に痺れるような痛みが走った。

「サイコロは、振ってくださいね」

 女が、ムカツク無表情でこちらに言い放った。

 クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソがっ!

 体の痛みはすぐに消えたが、頭の痛みだけはズキズキと残っていた。したか無く、サイコロを振ると、2と3が出た。

「あなたの初期職業は吟遊詩人(ミンストレル)です。

 楽器と詩を諳んじて歌い、各地を旅して回る職業です。

 希望する楽器の演奏技術と、歌にまつわる伝承知識、

 そして召喚された土地の言葉に加えて、基本共通語の会話が出来るようになります」

 脳裏にメッセージが流れ、空中の白い紙の「総ポイント」の所に3000と表示される。

 よりによって、吟遊詩人が初期スキルとなる。ハズレ枠だった。

 スキル枠の「吟遊詩人」が点滅し、「楽器を設定してください」という脳内メッセージが流れた。

 開いてみると、聞いた事も無い楽器がずらりと並んでいる。

 不親切な事に、楽器の名前と「弦楽器です」とか「打楽器です」という簡易な説明だけで、どんな楽器かの詳しい説明が無い。

 数も異常に多く、軽く数百はある。

 とりあえず、弦楽器と打楽器が異様に多い中で、管楽器と打弦楽器というのはあまり数が多くなかった。

 もしかすると、レアなのかもしれない。

 弦楽器と打楽器の合体技のような、打弦楽器なら、強いに違いない。

 と言う訳で、打弦楽器の「アーキテルティア」というのを選ぶ。名前がカッコイイ。

 選んだ瞬間、脳内に打弦楽器の「アーキテルティア」の弾き方や、様々な曲と詩が脳の中に流れ込んでくる。

 打弦楽器って、ピアノか!!

 アーキテルティアは巨大で音楽ホールに据え付けられるような打弦楽器で、3色243個の鍵盤と、3つのペダルを使った貴族向けの宮廷楽団で使われる巨大楽器であった。

 吟遊詩人スキルは、楽器ごとに呪文詩と呼ばれる、音楽で補助効果を得られる古代魔術が使えるのだが、アーキテルティアで使える呪文詩はただ一つ「俺の詩を聴け!」という、注目集中の補助効果があるものだけだった。

 …使えない。

「追加ポイントが付与されました」

 チャリーンという音がして、「総ポイント」の表示が8000へと変化する。

 気を取り直して、自分で選択できるスキルを選ぶ事にしよう。

 最初から躓いてしまったが、まだまだ挽回は可能だろう。

 まずは、8000ポイントで何が出来るのか、スキル表をじっくりと確認する。

 戦士スキルだが、7500ポイントで、レベル4まで上げられる。

 魔法職は総じて取得ポイントが高く設定されており、魔術師(ウィザード)ならレベル2で5000、レベル3で9000ポイントが必要だから、今のポイントではレベル2までしか上げられない。

 精霊使(エレメンタラー)ならレベル3で6500ポイントも掛かってしまう。

 魔法職で最も低ポイントで取得できるのは神官(プリースト)スキルで、戦士スキルと同じ7500ポイントで、レベル4まで上げられる。

 しかし、神官は信仰する神を選ぶ必要があり、色々と戒律があったり、収入の何割かを教団へのお布施として支払う必要があるなど、面倒な縛りもある。

 回復魔法は魅力だが、無いなら無いで、薬草や回復ポーションがある事はヘルプで確認済みだから、無理に拘る必要はないだろう。

 となると、戦士スキルをレベル3まで取って、残りの3500ポイント。

 魔術師スキルで2000ポイント、残りはレベルアップ用に確保しよう、と決め…無かった。

 魔術師スキルを取ると、鎧が着れない事に気が付いたのだ。

 あぶねー、こんな所に罠とか、クソ神のデストラップかよ!

 精霊使も本来なら、金属鎧は着れないのだが、銀だけは例外と書かれているのに気付き、ニヤリと笑う。

 丁度、精霊使レベル2に必要なポイントは、3500で、ピッタリポイントを使い切れるのも良い。

 決めた、とスキルポイントを振り分けると、こうなった。

 戦士3、精霊使2、吟遊詩人1。

 剣も魔法も使える汎用で、レベルも高い。

 吟遊詩人だけは不要だが、伸ばす気も無いので、無視すればいいだろう。

 ここで、改めて自分のステータスを見る。

 人間の能力値は、最低が4、最大が24で、勇者の平均は11だが、一般人の平均は9らしい。

 俺のステータスは知力以外は、軒並み9とか10とかが並んで居た。

 絶対にバグってるに違いない。

 と、ステータスらしき文字が掛かれた白い紙の数字を触ってみると…動いた。

 やった、コレは裏技に違いない!!

 色々と弄ってみると、HPまたはMPを1下げると、ポイントが750貰える。

 それ以外の能力値を1下げると、ポイントが1500貰える。

 HPまたはMPを、元の値より1上げる為には、1500ポイント必要で、以外の能力値を元の値より1上げる為には、3000ポイント必要になる。

 最低値は4、最大値は…手持ちのポイントでは24以上にならないのでわからない。

 キタキターーーチート、キターーー!!!

 色々な作品で、能力極振りが最強なのは、確定的に明らかだ。

 そして、俺が読んだデスゲームなオンラインゲームの話では、スピードイズパワー、速度極振りこそが至高!

 敵の攻撃が当たらなければ、HPが低くても困らないし、不器用でも手数が多ければ当てられる、非力でダメージが1ポイントでも、数多く当てれば良い。

 いいぞいいぞ!

 器用、知力、筋力、HPを全て4まで下げると、27750ポイントと言う莫大なポイントが手に入った。

 これで、速度である敏捷が9も上がる!

 元々10だった敏捷が19まで上昇する、ほぼ元の数字の倍だ。

 中途半端に余った750ポイントは、HPに戻して、HPを5にした。

 ふひひっ。

 余りに隙の無いシステムだったが、俺の手にかかればこんなものだ。

 気が付くと、他の連中もスキルを取り終ったらしい。

「さて、皆さん。スキルも取り終って、後は異世界に行くばかりです。

 詳しい説明は、向こうで受けられるとは思いますが…。

 あなた方は彼らの都合で無理やり呼び出された、拉致被害者です…なんて事はありません。

 何故なら、あなた方は、向こうの世界の神と我が神との約定に基づいて送り出されたモノだからです。

 彼らにとって召喚勇者は神からの恩寵なのです。

 向こうでそんな事を言えば、背教者、魔族として即座に殺されてしまうでしょう。

 彼らの奴隷になれ、などと言うつもりはございませんが、協力的な態度を取らない召喚勇者は、

 相応の対応を取られますので、ご注意をしてください。

 もちろん、もう一つの人生を楽しむなんて面倒だから、即座に殺されたい場合は構いません」

 ふん、誘拐犯の癖に偉そうに。

 勇者なんだから、当然の要求として、色々と優遇して貰わねばなるまい。

「それでは良い、もう一つの人生を」

 女がそう言うと、急速に視界が白い霧に覆われていく。

 どよめくクライメイトどもの声も、どんどん遠ざかって行く。

 俺は意識を失った。


 意識が浮上する。

 目を開けてみれば、とてつもなく高い石の天井が、ぼんやりと見えた。

「知らない天井だ」

 これは、異世界転移したら、一度は言わなければならないお約束だという。

 とりあえず、床の上に横になっていた体を起して、周囲を確認した。

 すると、奥の方の扉の前に、鎧を着た兵士とローブを着た老人が立っている。

 顔を見ると、意外な物を見た、と言う驚きの表情があった。

「ようこそおいでくださいました、異世界の勇者様。このような場で詳しいお話をするのは失礼と思います。宜しければ、別室までご同行いただけませぬか?」

 老人は、隠しきれない歓喜に満ちた表情で、言ってきた。

 俺は、ふんと一瞥をくれて立ち上がった後、顎をしゃくって案内するように促したのである。


 連れていかれた場所は、テンプレらしく王様との謁見の間と言う奴で、これまたテンプレらしく王様と王族、騎士たちが立ち並ぶ中で、現状に対する説明を受けた。

 細かく描写すると、長くなるので纏めると、こんな感じになる。

 ここは南方の大帝国レナルディン。

 その帝都であるレナルディアの帝城である。

 この世界は、ターラースと呼ばれる世界で、西に魔族が住む魔大陸、東に人や亜人が住む人大陸、そして無数の小さな島々で構成されている。

 人大陸は、中央5国とレナルディンを合せた6大国と無数の都市国家で構成されており、大きな魔の領域を持たない中央5国は軟弱で、南側を魔の大領域と接する大帝国レナルディンは、尚武の気質に富んだ優等国家であること。

 魔大陸は魔王を頂点とした中央集権国家として統一されており、平時は小規模ながら交易をしたりもしているが、好戦的な魔王が立つと、しばしば攻めてくる事もあり、人大陸の西側の都市国家が奪われていた時代も過去にはあった事もあるが、今は一応の平和が保たれている。

 …では、倒すべき魔王も居ないのに、なんで勇者召喚しているのか。

 実は、この世界では4年に1度という頻度で、定期的に勇者召喚を行っており、神からの恩寵である勇者の力で魔の領域を解放する事業を推進しているのだという。

 神は勇者召喚にチートを与えて降臨させ、この世界に揺らぎと発展を期待する。

 人族は召喚勇者に高待遇と名誉を約束して魔の領域を解放して貰ったり、様々な技術を得て発展する。

 召喚勇者は神からはチートを、人から高待遇と名誉を得て、命を懸けて闘う代わりに、元の世界では得られない波乱万丈な人生を楽しむ。死んでも元の世界に帰るだけだから、リスクは無い。

 こうして3者に利益があるように調整して、世界をより良い方向に進める為のシステムが、勇者召喚なのだ。

 しかし、神の恩寵を独占する中央5国は必ず勇者が複数人降臨するが、レナルディンを始めとする周辺国は、なかなか勇者が降臨せず、降臨しても一人か二人と少ないため、レナルディンが前回勇者を迎えたのは、16年前であり、当時召喚された女勇者は、故郷に帰る事を強く望み、さっさと自殺してしまったらしい。

 レナルディン各地でダンジョンが氾濫を起こし、民草は苦難に震えている。

 勇者様には一日も早く成長してもらい、魔の領域の開放や、ダンジョン討伐をして欲しい、と言うのが皇帝の話だった。

 ふん、どうせ都合の良い事しか伝えず、俺を利用する気に違いない。

 しかし、利用できるところは利用してやるのが、賢いやり方と言う物だ。

 話を聞いてやった結果、勇者と言っても「成長しやすい」「成長補正が高い」「成長上限が無い」という部分以外は、普通の人族と余り変わらず、召喚されたばかりの勇者は、2年ほどは身分を隠して冒険者として経験を積むのが基本(おやくそく)だという。

 まずは、支度金と身分証を貰い、冒険者ギルドに登録する。

 そして大体2年で、冒険者としては一流と呼ばれる5から7レベルに達し、3から5年で人間としては最高レベルの10レベルに達するので、その時点で叙爵され、帝国の貴族として迷宮討伐の任に就くらしい。

 …育成も自力でさせる癖に、成果だけタダ取りかよ。

 貴族の身分には興味があるが、人間として最高レベルの強者が、なんで皇帝なんかの下につかなければならないのか、意味わかんねぇ。

 装備に関しては、有名な国民的RPGと異なり、100Gとひのきのぼう、というアレな事は無く、一応支給してくれるらしい。

 なのだが、俺の筋力ではロングソードは持てないし、ショートソードも最も小さい、ほとんどナイフと変わらないような最低限のものしか持てないと言う。

 更には、金属鎧が着れるように精霊使を選んだと言うのに、俺の筋力では金属鎧はもちろん、まともな皮鎧も重すぎて着れないのだ。

 …くそっ、筋力はもう少し残しておくべきだったか。

 鑑定スキルで俺のステータスを見た、筆頭宮廷魔導師を名乗るジジイが、「こんなひどい能力の勇者は初めて見た」と失礼千万な事をほざき、指導を兼ねた、ベテラン冒険者を付ける事も出来るとか言っていたが、足手まといなんざいらねぇから断った。

 装備を整えたので、冒険者ギルドでの登録だ。

 テンプレ通り、頭の悪そうなチンピラ冒険者が絡んできたので、「くせぇ口を開くなよ」と返してやると、いきなり殴り掛かってきた。

 俺の極振り敏捷が火を噴いて、ヘナチョコパンチを悠々と躱してやる。

「ハエが止まるぜ」

 と吐き捨ててやると、激高したチンピラABCが暴れ出しそうになったが、ゴリマッチョな先輩冒険者(かませいぬ)(プゲラ)が出てきて、場を収めてしまった。

 余計な事をしやがって。

 最初の神託(クエスト)は、定番のゴブリン退治だ。

 ソロだから、最初は薬草採取が良いだろうと言われたが、そんなお使いイベントなんて、俺にはふさわしくない。

 帝都レナルディアから2日ほど離れた村へ乗合馬車で移動し、村で情報を集めてからゴブリンの潜む森へと進む。

 大帝国レナルディンには、領内に魔の領域が点在しており、そこから溢れたゴブリンやコボルド、オークと言った定番の下級魔物が各地に広がって、被害を出すのだと言う。

 そんな状況なので、村人でも武装して数匹程度なら自力で狩ってしまうと言うのだから、なかなか逞しい話だ。

 逆に言うと、冒険者ギルドに依頼が出ると言うのは、村人では手に負えない規模の数が居るからであり、今回の依頼では、最低30匹は要るだろうと言われている。

 しかし、勇者にとってゴブリンなんて雑魚中の雑魚であり、何匹いようが関係ない。

 森に入ると、すぐに3匹のゴブリンに遭遇した。

 1匹は俺を見るなり恐れをなして逃げ出したが、残る2匹が汚い小剣を振りかざして襲い掛かってきた。

 距離があるうちに、精霊使の魔法で一撃…と思ったが、火の矢の呪文には、火炎の精霊が近くにいないと使えない事に気が付き、舌打ち。

 陽光の精霊をぶつける光玉の呪文を使えばよかった事に気が付いたのは、接敵する直前だった。

仕方なく、こちらも小剣を抜いて迎え撃つ。

 戦士3レベルに、敏捷極振りの俺にとって、ゴブリンの攻撃なんかは、大失敗でもしない限り当たらない。

 華麗に避けて、こちらの攻撃は…当たらない。

 どうやら、下げ過ぎた器用の悪影響で、ゴブリン相手にも拘らず、俺の剣は2回に1回も当たらないのだ。

 更に不味い事に、こちらの筋力とチャチな小剣では、ゴブリンの固い皮膚を通してダメージを与えられるのが、やはり2回に1回程度なのだ。

 これがゲームなら、相手の攻撃が当たらないので、粘り勝ちできたかもしれない。

 しかし、この現実世界では、攻撃したり、回避したりすれば、確実に体力を消耗するし、疲れれば、本来回避できるような攻撃でも、食らってしまう。

 そう、食らってしまったのだ。

 貧弱なゴブリンの攻撃だろうが、貧弱な皮鎧で止められるダメージなんてたかが知れており、俺のHPは5しかない。

 たった1撃貰っただけで、俺のHPは残り3になっていた。

 不味い、と撤退を考えた時、少し離れた場所から、更に5匹のゴブリンが顔を出した。

 どうやら、最初に逃げた1匹が、仲間を連れて来たらしい。

 痛みと恐怖で混乱した俺は、剣を放り投げて逃げ出した。

 敏捷極振りだから、絶対に逃げられる。

 と思って居たのだが、増援ゴブリンの中に、魔法を使うゴブリンが混じっていた。

 背中に激痛が走り、俺の意識は闇の中へと急速に落ちていく。

「…こんなクソゲー、止められてせいせいする、現実に戻ったら…」

 そう呟いたつもりだったが、実際に口から出たのは、血と苦痛のうめき声だけだった。


 次に気が付いたのは、例の白い空間だった。

「やはり、最初に脱落したのは、貴方でしたか」

 白い空間で会った、女が言った。

「おい、さっさと俺を元の世界に帰せよ。なんなんだよ、このクソゲー、全然チートじゃないじゃないか、ふざけんなよ」

 俺は怒りをぶつけてみたが、女は表情も変えず、無機質な瞳で見てきた。

「何とか言えよ!」

 怒鳴りつけて、譲歩や救済が得られれば、ラッキーだし、こんなクソゲーに巻き込んだ責任と言う物を、取らせてやるのは、当然だろう。

 しかし、女は怯える事も無く、言った。

「コピー元である、元の世界の貴方は、今も教室で<突然現れたテロリストに敢然と立ち向かう>妄想中ですから、安心して消えてください。何の成果も無くあの世界で死んだ貴方は、この世界の輪廻に組み込まれる事も無く、ただ虚空に散華します」

 何を言ってるのか、理解できない。

「はぁ!?わけわかんねぇよ、さっさと元の世界に帰せよ!」

 そこで女は、初めて感情を動かした。

 とても嫌そうな表情だった。

「今、あの方より、伝言がありました。

 『ねぇねぇ今どんな気持ち?どんな気持ち?』」

 全く感情のこもらない、平坦な煽り言葉。

「以上です。」

 女は、そう言い残すと、踵を返して、文字通り、透き通るようにして消えた。

「ふざけんなぁぁぁぁ!!」

 何も無くなった白い空間で、俺は叫ぶ。

 そして、気付く。

 自分と言う存在の輪郭が、どんどん崩れ、拡散していくのを。

「おい、嘘だろ、なぁ!」

 消滅、死、といった言葉が脳裏で点滅する。

「死にたくない!!、何でだよ!」

 そう言葉にしたつもりだったが、急速に崩れる自分の存在は、最期まで持たず、ただ虚空に散華した。


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