漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その13。
ようやく合流を果たした一行。
状況がまるで把握出来ない者もいたのだが、今一つ言えることは危機的状況だということ。
遥か上空に渦巻く漆黒の星。
自然環境の均衡は最早著しく乱れ、大気が激しく震えていた。
ゆっくりと、だが確実に忍び寄る異質な破壊力。
否、それは生物、皆が目を奪われ感嘆の吐息を漏らすことすら許さない。
既に唯の骸でしかない巨躯を冷たい床へと下ろす。
トールは血も混じった涙と共に最愛のひとを優しく放り出すのだ。
閉じたままの瞼には『灼熱』の欠片など一切感じられ無かった。
かつて『天災』とまで言われ畏れられた逞しすぎる、暑苦しい漢。
ジャニアース=グランデ。
最強の称号は地に落ちピクリともせず、それは世界の終末を告げていたかのようだった。
トールはやっと合流出来た彼等などや頭上の脅威になど目を向けれず、朧気に満ちた視線を一点に投げやる。
二度目の接吻。
ジャニアースの唇とトールの唇が重なりあい、潤いが頬を伝い口内へと注がれた。
「……師匠……愛しています」
初めて口にした本心か。
皆が見ている前で、いや、誰にも憚ることなく愛を告げた。
トールは今まで以上に想いを寄せて接吻したのである。
「え……ちょっと、トール!?」
異世界からの住人などはまるで意に介さず、ツインテールが揺さぶる。
微かに紅潮した頬で、だが何処と無く好奇心や突っ込みどころが満載だった。
力無く横たわるヒナを他所に預けたカナミであったが、トールの切なる想いに思わず突っ込まざるを得なかった。
それは一瞬にして数刻。
重なりあった唇は今だ健在であったのだ。
ほどなく ── 足下からは、そして手先からはその全てが消失してゆき、塵へと化してゆく。
最後のひとときまで唇を繋いだままで……灼熱の漢、ジャニアースはゆっくりと儚げに散っていったのであった。
静寂が辺りを埋め尽くす。
被災地での、ごくありふれた日常なのであろうか。
しかし、弔いなどは全く無意味であり、少しの間にやってくる切なる結果だけが全てだった。
些細ではある。
極、限られた物語の結末。
しかしそこに決して忘れてはならない思い出はあったのかもしれない ──……
泣いている暇などは、ない。
眉間に皺を寄せ、トールは歯を強く食い縛り、背負っていた長剣を素早く鞘から抜いた。
スラリと延びた刀は今まで以上に鈍みを増し、それは上空で聳える新星ではなく、虚ろげなままでいたヒナに向けられたのである。
「おい……いつまで、そうしている……」
真剣な眼差しがヒナへと叩き付けられた。
たった今、最愛のひとを失ったばかりだと言うのに、微塵も感じさせない程の圧力を放つ。
まさか幼馴染みであり、味方であるはずのヒナを切り刻んでしまうのではなかろうか。
他の追従を許さぬほどに圧倒する殺気 ── それは確かに閉じ籠ったままのヒナの扉を抉じ開けたのだ。
── ぴくり。
指先が震える。
血走った眼を突き付け、尚もトールは焚き付けた。
「ヒナ!! アンタはそんなモンじゃあないだろう!!」
頚下に長剣の鋭い切っ先を宛がう。
滲む微かな血潮。
痛みなど感じないのだろうか、相変わらずその身を委せっきりなヒナは項垂れつつ惚けていた。
まるで覇気など存在しない。
生気すら感じないほどに、されるがまま。
宛ら糸が切れた操り人形のように激しく揺さぶられ、彼女を心配しているカナミですら唯見守ることしかできなかった。
非情な有り様ではある。
しかし、それはヒナを考慮してのことだ。
幼い頃からの憧れであり、決して叶うことのなかった存在。
喧嘩なんて幾度もしてきた。
仲直りだって幾度も。
況してや切っても切れない縁 ── 幼馴染みなのである。
端からみれば冷酷に脅しているようにも見えるが、トールにしてみればそれが精一杯の愛情であり、友情であった。
自分はたったひとりの愛すべき相手を失ったばかりだというのに……。
それでも彼女は決死たらんと ── 勇猛にヒナを奮い立たせようとしているようであった。
「おいッ! いつまでそうして……呆けているつもりだ!?」
怒声に近い覇気がつんざき、ギョッとした周囲の目線などには全く意に介さない。
ブンブンと激しく揺さぶる頚か、身体を大きく揺さぶられつつ、ようやくうっすらとその双眸は開かれた。
「トー……ル……? …………」
半ば強引に現実へと引き摺り戻されたヒナは、そのだらしなく開いた口許から涎を滴しつつ視点が定まらないようであった。
被災地宛らにして周囲から漏れる悲鳴や啜り泣く声が彼女の心を徐々に現実へと引き戻す……。
咄嗟にその身を起き上がらせたヒナはトールに突き付けられ、微かに滲んだ血になど構わず雄々しく立ち上がった。
「……ここ……何処よ!? アタシ、いったい何してたの!?」
最早、その瞳には僅かな暗闇すら灯っていなかった。
凛とした立ち振舞いは、いや、その格好良さだけが彼女の取り柄だったのかもしれない。
「ヒナちゃん……。 おかえりなさいぃ~!!」
艶やかさを失いかけたツインテールを振り乱しながら、カナミが思いっきり飛び付く。
そのハグを深く味わうこともなくして、ヒナは現状を把握しようと目の前の剣士 ── トールへと話を切りだそうとした。
「……かいつまんで話し込んでいる場合じゃあないんだ……」
トールはヒナの片腕を取り、否応なく勢いだけで引き摺っていった。
講堂から外へと駆け出たふたりは、辺りの想像を絶する光景に開いた口が塞がらない……。
遥か上空は彼方にて、いままで一度も目にしたこともない ── 教科書などでも決して学んだこともない事象が今か今かと渦巻き、咄嗟に耳を塞ぎたくなるような唸り声が漂っていたのであった。
怯むことなく、ヒナは告げた。
つい先程までの失態を取り戻そうとしていたワケではない。
「なんとかしなくちゃ……。 いや! 皆でやるのよ!!」
その眼差しには最早、一切の曇りは無い。
突き付けられたヒナの一言に対して、トールも深く頷き、カナミも同じようにして拳を固めてガッツポーズ。
一見、唯の女子高生達ではあるが、その実、竜すら屠る彼女達である。
本気になった彼女達3人組は全てを覆すべくして立ち上がったのであった。
「先ずは……アレを何とかしなくちゃ……ね……」
遥か空高くで、ひっきりなしに飛び交う闇と光。
異世界大陸ファンタジスタにて最強と謳われた竜・『光帝』と最凶と謳われし悪魔・暴虐。
その余波で高層ビルはおろか、地形すら変えていくのではないだろうか。
これ以上は黙っていられない。
ヒナ達は傍観するまでもなく、そして『光帝』に加勢するべくして全身に気合いを入れた。
「私達の世界で……好き勝手させないっての……!!」
次回は4月4日の予定です。




