漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その11。
行き交う人々。
宛ら襲い掛かってくる失望の闇から逃れるように。
躓く幼子を庇い、母親は覆い隠した。
わたしはどうなっても良い。
せめて、この子だけは助かりますように、と。
切なる想いは事もなげに踏み潰されてしまう。
何重にも折り重なる鋭い刃。
所々、紅き湿り気が見えたのは、それが生き物の成れの果てだという証し。
眼にした矢先から喰らい尽くす怪物。
超大型の鬼。
それは最早オーガなどと呼ばれる存在ではなかった。
歪であり、尚且つ凶悪な尖る角は漆黒に鈍み、手にした先から生き物を喰らい貪る。
その掌には普段家畜として、家族として育てられた命が悲痛な叫び声をあげていた。
犬、猫、または爬虫類など。
端から見るに悪食。
況してやヤツラはそれだけに飽きたらず、味わうことを忘れたブロイラー。
腹に入れてしまえば、どうということはなく、朽ちる満腹感だけが全てだった。
「いやぁぁぁ!! 助けてぇぇぇ!!」
「母さん! 母さんを放せっ!!」
孤軍奮闘っぷりがまるで歯が立たない。
鉄筋の如く見事に鍛え上げられた腹筋にポカポカと放ち叩き付けられる幼い拳。
母親を取り戻すべく精一杯の打撃であったのだが、意に介さない怪物。
元々は異世界大陸ファンタジスタに於いて、さほど脅威的な存在ではなかった鬼。
ゆっくりと、だが素早く片手は頭部へと忍び寄る。
哀れ、母親を助けようとした息子があっさりと捕らわれてしまった。
大きな南瓜すら一瞬で握り潰してしまう程の握力。
特筆すべきはその威力。
軽く力を籠めただけで幼子の頭部はミシミシと嫌な音を響かせた。
「いぎゃあああああっ!!」
「辞めて! 辞めてくださいっ!! どうか……。どうか息子だけは……っ!!」
言葉が通じないのだろうか。
いや、老獪に歪む表情からは最早愉しさしか見えない。
大鬼は一際嬉しそうに尖った歯をギラつかせていた。
「ぐわははははは!! 泣け!! 叫べ!! 喚け!!」
いわゆる公開リンチに近い。
一方的な暴力による愉悦感が辺りを支配していたのである。
しかし、思いも依らなかった者の登場は怪物達の視線を一点に受け付け、やがてため息をこぼす。
「まったく……どこにいってもアンタ達はヤることは変わんないねぇ……」
大鬼にも勝るとも劣らない巨身。
だが美貌はさることながら魅せつけんばかりの肉体美。
異世界に於いて巨人と人族との半族。
殺気を漂わせた彼女、レインシェスカ。
あくまでも『魔術師』を貫く姿勢の女戦士。
通称『レイン』は通常であれば長々と詠唱せねばならない術式を手短に済ませるのである。
「散れ。塵の如く」
辺りを灰色の焦気が取り巻く。
徐々にそれは異世界からの侵略者にのみ襲い掛かっていった。
たったひとつ指を弾いたに過ぎなかったのではあるが、その力はあまりにも強大であった。
「ぐわああああ……ッ!?」
そこかしこから漏れる悲鳴。
手にしていた獲物を放り出し、喉元を必死に押さえ付ける大鬼達。
それは断末魔にしかならない。
やがて訪れる静寂。
いったい、何が起こったのかと鑑みるも一同は皆、助かったことの歓喜に浸るのであった。
「ありがとうございます!!」
まるで神を崇めるかのようにレインシェスカを尊ぶ人達。
しかしながら、当人はそれどころではなかった。
肩に担いだ、目線も朧気な女子高生。
普段であれば皆を明るくさせる女の子。
傍らにいるツインテールの女の子は僅かに距離を取り、どこか羨ましげだった。
生気を失われた傀儡のように項垂れたヒナは、今や完全に一身をレインシェスカに預けていたようであった。
だらりと垂れ下がった両腕はレインシェスカが歩く度にしなる。
明らかに戦意喪失したヒナを右肩に担ぎつつ、尚も戦況を把握しながら突き進むのである。
付き添うカナミはあまり手荒く扱わないように心配していたようだが、切羽詰まった状況には抗えない。
そんなカナミの肩に優しく手を乗せる。
「のう、レインよ……。些か分が悪いのではないか?」
逆三角の富士山を彷彿させるような髭をなぞり、レインシェスカの身長の半分にも満たない老人が告げた。
彼はドワーフと呼ばれる異世界の住人であり、また『土の妖精』と呼ばれる。
屈強な体つきをした『神聖魔法』の使い手であった。
脇に聳えた白銀の斧が仄かな淡光を携え、近寄ってきた怪物を然も当然に一撃のもとに蹴散らしつつ、彼は言い放つ。
しかし、レインシェスカの言い分は違った。
「ガガっち。アタシ達、何のためにここに来たと思う?」
片眉が上がる。 然も嬉しげに。
次いで魔術は放たれる。
「風切断!」
真空の刃は半円を描き、襲い掛かってきた獣は一瞬にして分断された。
真っ二つになったそれを足蹴にしながら、まだ尚も猛々しく戦地を突き進むレインシェスカ。
流石は巨人と人間とのハーフではある。
彼女が一歩踏み出す度に大地に衝撃が放たれ、陥没してゆく。
「ふははははっ!! 流石はおぬしよ!! 奈落の果てまで付き合おうぞ!!」
大地を力強く踏み締めるドワーフ、神官戦士ガガドーザ。
彼は後ろ手に、弟子であり、愛娘のように可愛がるカナミを庇いつつ戦斧を勇ましく奮った。
しかし、甘んじてはいけないと感じたカナミは所々でフォローしていたようであった。
得た回復魔法は皆を勇気づける。
何せ、偉大なる魔術師と呼ばれ、異世界大陸ファンタジスタに於いては並ぶものなしとさえ言われた者の美しきその姿は今やボロ雑巾に近いのだ。
その光景が一層カナミの心をへし折ろうとするも、彼女は必死に心を奮い立たせた。
いつのまにやらいなくなってしまった最強の竜『光帝』。
上空では闇と光が凄まじい唸り声を挙げていた。
『光帝』は『暴虐』の悪魔との死闘を繰り広げていたようである。
その彼に一切恨みがましいなどとは思わない。
寧ろ、早く決着をつけて此方の窮地に駆け付けて欲しいほどだった。
ふと、カナミは思い出す。
心強い剣士、否、兄貴分のトールは何処に行ってしまったのかと。
ため息をつく間もなく、次から次へと襲い掛かってくる怪物を目にする毎に。
いつまでも続く地獄に、カナミは正直、ほとほと諦めつつあったのであった。
次回は3月26日です。




