漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その10。
舞台は一転。
─── 時を少し遡る ───
慌てふためくヒナ。
短髪が激しく燃え盛る。
両親は不在。 共働きではない。
いつもなら「おかえり」の一言があった。
父親はそこそこ有名で、超一流ではないもののとある企業に支えている。
決してお給金には恵まれていないが、それでも一家三人を養える余裕はあった。
平社員でも、細やかな日常を築くぐらいは稼いでいたものだ。
況してや一人娘。
兄弟などは一切存在せず、箱入り娘とはまさしく彼女のことだろう。
いつも影から見守ってきた。
それは父親としての債務なのだろう。
母親は「放っておけ」と皿を磨き、家事に専念していた。
飛び散る水飛沫からは冷淡さが滲む。
所作の随意には最早、父親に対する愚痴などは皆無であり、それが当たり前だと告げているようだった。
軽く食事を済ませ、手元にあった新聞紙を掴む。
穏やかな湯気。 ほうじ茶をゆっくりと口に含み遠巻きに瞳を細めく。
寄る年波には叶わない。
斯くして、傍らにあった銀縁眼鏡を片手にしてピントを合わせる。
老眼なのか、はたまた近視か遠視か。
混じる白髪を掻き毟りつつ、じっくりと文字を眺めるのである。
……一時。
尊き時間は春の小川のように清廉に流れた。
言葉は掛けられていなかったが、自然と添えられたコーヒーカップ。
丁度良い頃合い。 適温。
人差し指を通し、口許に含ませたその時 ── ぐらぐらと大地は揺れ、思いもよらなかった現象に失いかけた想いが互いを引き寄せた。
いったい、いつぶりだろうか。
息が頬に吹きかかる程の距離。
年相応にして滲む皺。
今まで気づきやしなかった。
お互い、年を取ったものだ。
皺の数を数えたくもなかったが、瞳の奥底から訴えてくる慟哭は胸を揺さぶり、その昂りは隠しきれない。
天変地異にも等しき轟音。
かつての大震災など目でもなかった。
男として、いや女として譲れない部分はあったのだろう。
口を閉ざしたまま、相容れないふたり。
ヒナの両親はくだらない誇りにすがり付いていたようであった。
それは冷えきった家庭環境を意味している。
当人、ヒナはあまりというか殆ど気にしていなかったが、年を経るにつれてそれは顕著と成っていた。
冷たい空気が漂う夕食刻。
そんなのは日常茶飯事であり。全く気にするまでもない。
しかし愛情が無かったといえば、そうではない。
何せ産み育ててくれた神にも等しき存在だ。
ようやく帰ってきた温かみに触れるべくして玄関の扉を開き、当たり前のようにヒナは掛け声を発する。
「ただいま~!!」
滲む鼓動をひた隠し、ヒナは元気良く帰還を告げた。
だが鎮まり返った気配がすべてを却下したのである。
辺りに飛び散る臭気が籠める破片。
燃え盛る家具は鳴りを潜め、焔は終息を迎えようとしていた。
一頻り屋内を見渡し、途方にくれる。
「大丈夫?」
心配してくれる声などは一切心に届かなかった。
虚ろな目線で床に崩れ落ちる。
異変を感じた同級生、その場をカナミに委せるトールを無視したままで。
やがてゴロンと年下の幼馴染みに膝枕を強要したヒナ。
彼女は視点も定まらず、空虚に身を委せきっていた。
偉大なる魔術師・バレンシアでさえ疲労の色は濃く、冷たい床に突っ伏している。
多分、常日頃からプラス思考であったカナミですら可愛げなツインテールに悲しみが帯びていた。
一筋の涙が溢れ落ち、愛しい者へと投げ掛ける。
「こんなのって……無いよ……」
その場に居ない剣道少女の存在感が大きかったのか。
カナミは凍え震えるヒナを抱き締め、冷えきった額に優しく唇を添えた。
家族とも等しい欠けがえの無い存在である。
共に青春時代を分かち合い励まし、時には激しくぶつかり合った。
カナミにとってヒナは唯一無二の、大切な……大好きなひと、その者であったのだ。
歪んだ感情かもしれないが、それは否めない。
同性愛。
他の誰にもとやかく言われたくはない。
疲れきった髪を優しく撫でながら、カナミはぽろぽろと情哭を散らしてしまう。
霞みきった頬にしがらみが伴い、全てを包み込んでしまいたかったのだろうか。
しかし、そんな一時に厳しい現実が突きつけられる。
はたとして、面をあげたカナミ。
突きつけられた視線は厳しく、凶悪な眼差しが心の臓を締め付けたのである。
この世の全てを掌握したかのような殺意。
過去、まるで歯が立たなかった悪魔が腕を組み畏怖堂々と聳え立っていた。
ほどなくして、ヤツは告げる。
「貴様らの光を寄越せ」
縮み上がった身体を擲ち、だがカナミは座ったまま言い放つ。
「……させない……」
ふんぞり返る傲慢、且つ凶悪な眼差しに懸命に抵抗するのだ。
勝率は1%にも満たない。
あくまでもそれは意地なのだろうか。
しかし、たぎる闘志は本物だった。
遮る悪魔 『暴虐』のグランヴィアに対して一歩も引かす、カナミは甚だしい殺意を顕にする。
「ふむ。致し方ない」
時を越えた一撃。
絶大なる拳が添えられようとした。
ただ添えるだけで全てを刈り取る掌打が忍び寄る。
覚悟を決めたその一瞬 ── 光りは世界を覆い尽くさんばかりに注がれ、茶目っ気たっぷりな愛嬌が時を紡いだのである。
「そうは……させませんぜぇ……?」
光を司る竜。
『光帝』は立ちはだかる。
それはまるで愛しき者を守る勇者のように。
蒼然と光輝く竜は、極悪な、邪悪な意志を断ち切るべくして拳を握りしめるのだ。
ようやく出番がきたのかと。
勇ましいようであったのだが、果たして、結果は如何に。
「ほう、面白い……最強を謳うモノよ、かかってこい……!!」
なんとも嬉しそうな表情を浮かべ、相対する『暴虐』と『光帝』。
今ここに於いて……最強の看板を賭けた闘いが開幕されたのである。
夥しい余波に捲き込まれまいとするカナミ。
彼女は最早、天に祈るしかなかった。
願いが聞き入れられるかは、別として ──
遅れがちですみません……!
(´。・д人)゛
次回は3月23日です。




