漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その9。
かなり……ヤバいネタあり。
|д゜)ジー
計八本の腕が忙しなく蠢いていた。
そしてその全てに滴る返り血。
極限まで鍛え上げられた屈強な体躯を貫くほど、激しく燃え盛る焔を意に介さないほどの威力を秘めていたのである。
「ぎゃははははははははははは!!」
未だ鳴り止まぬ笑い声。
外れんばかりに大きく開かれた両顎。
最早それは絶叫に近く、閑散とした公道を狂気に染めてゆく。
風も吹かないのに揺れる金髪。
やがてその頭からは、にょきにょきと、何十本もの鋭く尖る角が生える。
背中からは、か抜きを彷彿させるような艶かしい漆黒の翼。
そして尾てい骨辺りからは特有の三角を先端に持つ尻尾が生えていた。
つい先程までの人間らしい姿は完全に変貌を遂げ、そこには悪魔が立っていた。
異世界転移の先駆者 ── 『残虐』の悪魔、ナロウバ。
彼は相変わらずありとあらゆる感情が混じり合わさったかのような狂気に富んだ笑い声をあげているのだが、よく見てみると目尻の端々から憂いを帯びた水滴を垂らしていた。
ナロウバは、かつての、遠い昔を思い出して浸る ──……
異世界大陸ファンタジスタで初めて産声をあげたナロウバ。
無論そのような名などは当時、無い。
辺りは異様な雰囲気と喧騒が混じり合い、鼻も摘まむ程の臭気が漂っていた。
産まれた場所は人族が蔓延る大都市。
その中でも特に荒みきった場所。
道端では、あり得ない髪型をした者達が店先や、ところ構わず至る所で胡座をかき、一般には出回っていない何やら怪しいクスリを嗜んでいたようだった。
いわゆるスラム街である。
混沌と狂気に溢れる場所。
そこに愛があるかといえば定かではない。
世紀末救世主などは居ない。
「俺の名を言ってみろぉぉぉ~?」
「んんん~~? 間違えたかなぁ~?」
「みかんっ」
……最後のはよくわからない。
流行りの台詞なのだろうか。
荒みきったスラム街には最早、法や秩序などは一切存在していなかった。
産まれたばかりの赤子 ── 悪魔っ子は廃棄されたゴミ箱。
それも蛆虫が賑わう中で生誕したのである。
頭の中に様々な、醜悪な感情が流れ込む。
泣き声を発する前に、堪らず口許からは盛大に何かが吐き出された。
確認するまでもない。
いまだ何も食していないというのに、絶え間無く続く嘔吐。
いったい自分は何のために産まれたのか。
前世で何か非道をしつくした罰なのだろうか。
悪魔ではあるが生を受けたばかり。
僅か数㎝にも満たない赤子が心底そう思い、己を憎み、恨む。
なけなしの力を振り絞り、放たれた大地の冷たさ。
泥にまみれ、汚水にまみれ。
それでも1歩ずつ踏み出した。
と ── 同時に踏み潰された。
醜い悲鳴は決して誰の耳にも届かない。
更に、相手は全く気にする素振りなど見せず、露出が甚だしい女性に声を掛けていたようであった。
数刻経たずしてその場をあとにする若者。
犯した罪などはまるで省みずに。
生きていたことは奇跡的に。
更に己を焚き付けた。
ずるずると這いつくばり、執拗に求めた。
── この世を滅ぼしてやる ──
煌々と照らされるスラム街の一角。
悪魔は全てを滅ぼさんと誓う。
一頻りの慟哭が解き放たれた。
地獄行きなど知ったことか。
神になど愛されようものか。
祝福など知ったことか。
わたしが生きていることが全てだ。
数年の月日が経ち ── かつて混沌と狂気に満ち溢れていたスラム街はひっそりと鳴りを潜めていた。
何故ならば、たったひとりの悪魔によって完璧に支配されていたからである。
玉座よろしく、華々しく、豪華絢爛に施された椅子に座し片手にした安酒ではあるが一級品を嗜むひとの姿をした悪魔。
「ナロウバ様、いかがいたしましょう。 国軍が動き出しましたが……」
いつの間にかスラム街の王となった悪魔はどこか虚ろげだった。
口に含んだものをゆっくりと流し込むと溜め息を漏らし、空いたグラスを力なく床へ転がす。
「違う……こんな……こんなモンじゃあ満たされない……」
「え……あの……ナロウバ様?」
戸惑う部下を放っておき、だが酔った様子ではなかった。
表情は暗く、双眸には全く何も宿っていないかのようで生気そのものが感じとれない。
膝掛けをずるりと滑らせやがて床に伏し、喧しく鳴り響く服飾品の数々。
もうどうでもよくなったのか、ナロウバはぽつりと力なく呟いた。
「……俺が望んだのはこんなことじゃあない……」
その途端 ── 目の前に突如それは顕現した。
唸り声が渦巻き、ぽっかりと空いた闇。
うっすらと見えたのは此処では無い何処か。
恐る恐る、いや、自然と手は促されるを伴い差し出された。
それこそ、求め続け、恋い焦がれた何かにすがるように。
次の瞬間 ── ナロウバは異世界大陸ファンタジスタから姿を消した。
「…………。 ここは……?」
目の前の光景には異世界の雰囲気が微かに漂っていた。
片手にした剣や弓矢を扱い、漆色の装いが軍勢を成す。
突き付けられた長槍、明らかに下っぱらしき兵士は悪魔、ナロウバにがなり気味に問う。
「貴様! 何者か!! 奇っ怪な格好をしおってから……にっ!?」
咄嗟に得物を掴み、絶対に放そうとしない。
傘のような頭巾をした兵士はその膂力に唖然となる。
「…………くっ…………くくくく…………くわかかかかかッ!!」
「ええいっ! 放さぬか!!」
焦り戸惑う兵士。
だが次の瞬間には空高くへと舞い上がる。
すんなり着地出来たのかはどうでも良かった。
そのような光景が次々と映し出される。
やがて辿り着いた先には……
返り血にまみれたナロウバの姿を見ても決して驚きも、たじろぎもしない畏怖堂々とした者がいた。
漆黒の、尋常ではない大きさの馬に跨がる男。
彼は鋭い眼光をナロウバに叩き付けるも、口許に興味深さが先ず示される。
彼の第六天魔王は愉しげに言い放った。
「ワシと共に来んか?」
「……御意に……」
後に仏寺で焼身したとされたが定かではない。
何故ならば、悪魔ナロウバの異能力によって異世界へと渡ったのだから。
だが結論は同じであろう。
彼方に於いても、御仁はやることに変わりはない。
斯くして、彼。
悪魔、ナロウバは元であった世界から異世界で暗躍することとなる。
長い年月を共にし、順応していった悪魔。
かつての渇望などはより洗練に磨かれて、科学の発展と共に一層真理に辿り着く。
やるだけのことはやった。
あとは期を待つだけだ。
虚化なる天災を元居た世界。
異世界大陸ファンタジスタにばら蒔いた。
更には自身の異能力を限界まで突き詰め、分身をも放り込んだ。
幾十をも、幾百をも、幾千をも。
何度も何度も試行錯誤した実がようやく結ばれるのである。
努力とは決して報われるモノではない。 だが才能を凌駕する。
運命とは、己の手で切り開くことが可能なのだと、今ここに於いて証明されるのだ。
長い年月を思い返し、やっと現実へと戻ってきた悪魔ナロウバ。
追い求め続けた答えがここにある。
そう感じさせるような熱い眼差しが目前のふたりへと注がれる。
「ああ……生きとし生ける者よ……新たなる時代の幕開けを……」
そう言った矢先、残虐の悪魔は ── 自らの頚を斬り落とす。
刹那……闇は盛大に巻き起こり、宙にはもうひとつの巨星が沸いていた。
月などではない。
太陽でもない。
現代では観たことも、観測されたこともない新星。
灼熱の代名詞、ジャニアースを滅ぼすと共に儚く散る命。
『残虐』の悪魔は、してやったりと満足げに逝ったのであった。
断末魔ではない。
宿願を口にしながら。
「あとは任せた……暴虐……よ……」
果たして……
まかりとおるだろうか……
ちなみに「か抜き」とはゴキの事です。
次回は3月8日辺りの予定ですっ。
≡3 シュッ




