漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その8。
遅れがちですみませんっ。
(´。・д人)゛
漢は背中で語るのだ。
余計な言葉は不要だと。
恋する乙女はときめいて
── 押し寄せる波よ、いざ届け。
ずうっと会いたくて仕方がなかった。
トールはモジモジするのをぐっと堪える。
「し……師匠……」
何を言って良いか分からぬ程で、ただそれっぽく敬う。
『灼熱』の雄大な背中は語る。
あとは任せろと、身勝手に。
その迫力に圧され、トールは思わず半歩引き下がってしまった。
「他の嬢ちゃん達なら無事だ。なんせアイツらが一緒だかンな」
かつての恋敵が真っ先に思い浮かんでしまった。
しかし先に手を付けたのは私だと、トールは内心ほくそ笑む。
「だから……ここは任せて。 家に帰ンな……」
その声に感情は無かったのだが、放たれる闘志がトールに訴えかけていた。
いや、それは彼女の本能が告げていたのかもしれない。
危険信号が激しく点滅し、よく見てみると両足は小刻みに震えていた。
どうやら完全に竦み上がってしまったトール。
彼女は長剣を構えたまま、全く身動きができず、唾を飲むことさえ禁じられていたのである。
「格好つけるのも良いですが……我らを前にして、人ひとり、庇えるとお思いですか?」
宙に浮かぶ吸血鬼、ロザリオン。
彼はイヤらしい笑みを浮かべ、その口許に鋭い八重歯が輝く。
「おい、一緒にするな……だが正しく。最強の竜を相手にして勝てると思うなよ若造!!」
燃え盛る体躯の竜『炎帝』。
言葉を放つと同時に焔の塊を解き放つ。
その大きさは尋常ではなく、一地域を賄えるガスタンクに等しい。
それでも『炎帝』にとってはただ息を吐き出した程度のモノであった。
「おやおや。興醒めですねぇ……。 いきなり勝負がついてしまうとは……」
宙にて両腕を組み「やれやれ」といった風に首を横に振るロザリオン。
しかし次の瞬間には衝撃の光景を目の当たりにして、己の甘さを悔いる。
辺り全てを焼き尽くすハズであった巨大な火球は一瞬にしてゴクリと飲み干されてしまったのだ。
「な……んだと……!?」
宙で言葉を失ってしまった彼に代わり、『炎帝』が驚嘆の声をぽつりと溢す。
僅かに滲む汗。
最大級の技を放ったワケではないにしろ、たった一瞬で火球が消滅してしまったのだ。
生物学上、自分に敵うモノなどは人属には居まいと高を括っていた。
まさかの立ち位置。
最強の存在として謳われた『炎帝』であったが、突き付けられた暑苦しい視線に思わず戸惑い、その身を強張らせてしまう。
「……ぷはーーー……ごっそさん」
気のせいか、ただでさえ巨漢であったのが更に倍増した。
辺りに放たれる灼熱の闘気。
決して常人では片手で持ち上げるなど出来ない重量の戦斧を肩に乗せ、漢ジャニアースは満足そうに首を傾げた。
コキコキと軽快な音が戦場に鳴り響く。
「……そんな……これほどまでとは……」
ようやく実力差をその身に感じたロザリオン。
垣間見た現象は彼の本能に「逃亡」の二文字を刻み付け、共闘すべきであった『炎帝』を軽く裏切ろうとする。
漆黒の翼に魔力を促し、その場から離脱しようとする ── 矢先。
それら全ては消え失せ、その矛先はたったひとりの漢へと注がれる。
ジャニアース=シャイニング。
『灼熱』の代名詞とさえ謂われる彼ではあるが、それは焔だけに留まらない。
何故に彼が異世界大陸ファンタジスタに於いて天災として畏れられているのか。
それは ── 凡てを喰らう者なのだから。
吸血鬼ロザリオンが籠めれば籠めるほど、片っ端から魔力が吸い込まれてゆく。
その都度、肌艶は褐色を帯び、煌々と焔は燃え上がるのだ。
冒険者達の中でも、軍隊の中でも並ぶものは無いとさえ謂われた経歴が物語る。
『全てを焼き尽くす者』。
太陽の体現者、それがジャニアース=シャイニングであるのだ。
メラメラと迸るフレアのような髪型が風も無いのに揺れる。
瞳の奥には業火が燃えたぎり、本来、呼吸をするには必要不可欠であろう「吐く、吸う」といった態度をとることは一切なかった。
ただひたすらに息を吐く……。
「はーーー……はーーー……はーーー……」
気が付けば辺り一面に蜃気楼が漂いアスファルトや、今や唯の鉄の塊でしかない自動車の類いからは熱気が全く感じられなかった。
命を宿していない無機質でさえ、影響下から逃れられる事は出来ない。
勝手我が儘に熱を喰らい尽くすジャニアース。
程無くして彼は準備万端に整ったのか、目前のふたつへと眼を投げやる。
後ろで立ち竦んでしまったトールを片手で制しながら。
「……覚悟は完了したか……?」
酒などは一切呑んでいない。
だのに据わった目付きからは朧気ではない。
他の随従を絶対に許さないまでの覇気がロザリオンと『炎帝』に叩き付けられていたのだ。
ゆっくりと頭上、高々と振り上げられる戦斧。
槍と斧が合体したかのようなポールウェポンと呼ばれる得物に焔が灯される。
熱の温度にしてマグマを超える。
凶悪な焔による一閃。
斯くして、瞬きを許さないほどの斬撃が吸血鬼ロザリオンを一刀両断。
散り逝く断末魔などは一文字たりとも発せられる事はなかった。
放たれた極悪な爆発音。
いったいぜんたい、何が起こったのか理解出来ない『炎帝』。
だがそれはトールも同じであった。
唯ひとつ違うとするならば、恋心を抱く者と、戦闘能力を素直に認めざるを得なかった敵としての差異か。
やはり、師匠は最強であり唯一無二にして絶対的な存在。
トールは正直、心から賞賛したかった。
だが焔の竜である『炎帝』としては憎らしく、認めるワケにはいかなかったのであろう。
「……ふむ。よかろう……邪魔者がひとり消え去っただけのこと。ここからが本番であろうよ!!」
息巻く『炎帝』。
巨駆の隅々にまで行き届いた焔が全身に充たされてゆき、興奮ぎみに前肢を大地に叩き付ける。
「ふーーー……。 俺は言ったな? 覚悟は完了したかって……な?」
対峙する灼熱は目前の巨竜に事も無げに言い放つ。
それこそが最後の降伏勧告であった。
にもかかわらず、食って掛かろうとする『炎帝』。
彼の竜は無理矢理にも近いが孤軍奮闘してなけなしの気迫を伴い、大地に堕ちた太陽の如く。
全身全霊を以て、天を貫くほどにけたたましい咆哮をあげるのだ。
次第に膨れ上がり、暗雲で埋め尽くされた上空に途方もない赤口が帯びる。
雷鳴は轟き、だが鳴りを潜めていた。
たった寸刻 ── 皆は息を止め成り行きを見守る。
刹那、どちらからかともなく勝敗を決するべく技は放たれた。
……………………
「……み……見事……だ……」
大きな音を立てて地に突っ伏す『炎帝』。
仰ぐ天を見上げ、だが何処か満足げだった。
徐々にその身は燐粉と化し、己を葬った漢、『灼熱』のジャニアースへと注ぎ込まれてゆく。
その様子に決して傲れる素振りは見せず、彼は『炎帝』へと握手を求めた。
強敵として認めた証しなのか、または彼自身の自己満足なのか。
「ふふふ……これも一興……我は、お主の一部と成り……生涯を……共に尽くそう……」
極僅かに残された生命力を遣いきり、遺言を託す『炎帝』。
力なく、尻尾が大地に項垂れる。
「おう! あとは任せ……な……ッ!?」
突如として、極限まで鍛え上げられた胸元にはポッカリと空洞が開いていた。
憎らしげに漂う白煙。
口許に携えられた煙草が燻る。
「はっはーーー……。 もう、お前には出番は無えよ?」
耳たぶに光輝くリングが忌々しげに揺れ、チャラく軽々しい声が放たれた。
次いで、告げられた言葉に皮肉らしさが混じる。
「ご退場、願います……か? ぎゃははははははははは!!」
異世界転移の先駆者。
ひっそりと物語を窺っていた彼は、完璧なまでに狂喜乱舞していたようであった。
ようやくメインに入った……。
ここから少し長いかもです。
次回は3月2日頃の予定です。




