漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その7。
異世界大陸ファンタジスタに於ける三大脅威。
悪魔、竜、そして残りひとつは吸血鬼である。
無論、死神なんてのも候補としてあるがそれは異世界でも架空の存在であり、対象としていない。
特に吸血鬼の上位種は厄介で不死者の軍団を率いていた。
その実力は上級の悪魔や竜、または大天使にも匹敵するほどで人族ではまるで太刀打ちできないのである。
今、地球に顕れたそれは最たる者であり、至高の存在。
世界を蹂躙している生きる死体 ── ゾンビやグールを意のままに操る彼。
『ロザリオン』と名乗る吸血鬼は思いしる限り、最大級の魔術を放ったのである。
唸り声は大気を渦巻き、酷く歪む顔が夥しく叫ぶ。
ぐるぐると漆黒の波に漂い、大勢のそれらは憎悪の坩堝へと変わり往く。
宛ら「命を寄越せ」と謂わんばかりに。
「闇よ、喰らい尽くせ!!」
追って、彼の赤き竜。
『炎帝』も自らの得意とする奥義を放つ。
見据えた目標、トールへと規則正しく建立された焔の柱が次第に凝縮されてゆき道を示す。
導かれるようにして口から吐き出された焔はやがて、上空から放たれた漆黒の波と混ざり合う。
「御門乃炎!!」
互いの技と技とが融合し、それは今までにない破壊力を秘めていた。
ごうごうとうねりを帯び混じる焔と闇。
煉極の焔はたったひとりの少女へと向かい、喰らい焼き尽くそうとしていたのであった。
「く……っ!!」
馬の尾が靡く。
せまい来る脅威を断ち切らんと構えた切っ先はガタガタと震え、鍛え上げられた筋力を以てして制御するのがやっとだった。
トールは奥歯を噛み締めながら、必死に堪え凌ぐ。
だが明らかに差があった。
ずるずると両足が ── 身体が後退してゆく。
辺りの風景はかつての日常を覆し、科学や文明を遥かに凌駕していた。
アスファルトは焦土と化し、放置された車両や、または信号機。
少し離れた位置にある高層住宅でさえもゆらゆらと揺れ、闇に呑み込まれつつあったのだ。
身を潜め、隠れていた住人達の何人かが闇に吸い込まれ、やがて焔の中へと捲き込まれてゆく。
大気はより歓声をあげ、その生命を更に破壊力へと換算しているようである。
膨れ上がる唸り。
焔と闇は最早、都市を破滅させるほどにまで成長しきっていた。
「ま……負けてたまる……かっ!!」
あくまでも視線は逸らさず。
闘志は萎えないながらも、だが決定的な戦力にかけていたのは自覚せざるを得なかった。
その身に纏う灼熱は決して途絶えることはなく。
トールはそれでも尚、勢いを増す。
しかし力の差が徐々に顕著となる。
疲れが見え始めたトール。
それは当たり前のことであった。
人間の力は無尽蔵ではない。
確かに年は盛んな頃合いで尤も勢いのある時期だろう。
高校二年生。
ある意味、今が人生のピークと言っても過言ではない。
有り余る体力や旺盛な好奇心。
況してや恋多き、多感な時期である。
大学受験を見据えるもよし、または夢を追い求めるもよし。
斯くして、剣道少女トールの場合は……。
「ぐ……う……っ!! こんな……トコで……終わって……たまるかぁぁぁっ!!」
脳裏に浮かんだのは ── 豪快に笑う暑苦しい漢であった。
今でこそ暗雲に覆われ一片足りとも見えていないが。
あの ── 瞬きすら赦さないほどの太陽の如き髪型。
『灼熱』の代名詞。
異世界で出会い、初めて恋心を覚えた彼。
その彼から学び、育んできた全ては未だ吐き出していない。
勿論ヒナ達のことは忘れてはいないが、今は愛する彼が最優先されていたあたり、トールらしい。
「んんん~? どうした、どうした~? ほうら、ほらほら~……早く味わせてくださいよ~♪」
「たかが小娘にしてはやりおるわい! くわははは!! だがいつまで堪えきれるものか?」
吸血鬼ロザリオンと焔の体現者。
赤き竜の『炎帝』は目前で粘り続けている、たった一人の女子高生に対して御満悦な表情を浮かべている。
それはまるで猫が鼠をいたぶっているかのように。
「おう、頑張ったな。あとは任せろ……」
突如、何処からともなく聞こえてきたくぐもるような渋くもアツい声。
トールは心がぎゅっと締め付けられるも瞳に温かい涙が滲む。
ドキドキと弾む胸。 キュンキュンするトキメキ。
「さぁて……俺っちの大切な弟子によくもここまでしやがったな?」
暑苦しいまでに歯茎から輝きは溢れ、ギラギラと迸る覇気は止めどなく撒き散らかれた。
心なしか、その背中はいつもより逞しく見えた。
その瞬間、トールはたったひとりの恋する乙女となり、その姿を眼に焼き付けるのだ。
「貴様は……まさか!? 灼熱!?」
思わず技を中断してまで驚きを隠せなかった吸血鬼ロザリオンは、決して手を出してはいけない者の名を叫ぶ。
「むう……噂には聞いていたが……貴様もきておったか……くわははは!! 面白い!!」
嬉しそうに尻尾を振り回す『炎帝』。
しかし即座に動きを止め、その異様な雰囲気に口を閉じてしまった。
「囀ずるな…… 今から手前らは…… 俺の敵だ!!!!」
たったひとりの漢を相手に黙りこくる吸血鬼と巨竜。
『天災』と呼ばれた漢、『灼熱』のジャニアース。
ゆっくりと戦斧を頭上に構え、それは始まりであり、終わりを告げる合図であった。
ようやくの出番(笑)
次回は2月21日辺りの予定です。




