漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その6。
前回からの続き。
相変わらずの茶番バトル回です(爆)
踵を返し、ヒナの家へと戻ろうとしたトールは微かに異変を感じて駆け足で焦る。
だが辿り着いた時には、既に皆の姿はなかった。
「え……。 そんな……」
口は開いたままで茫然としてしまい、戦いに身を投じていたという我が儘さに後悔せざるを得ない。
トールは歯を喰い縛り、近くにあった電柱に八つ当たりして殴り付けた。
拳の端々に、痛烈な血が滲む。
「……しかし……何か、おかしい……」
痛覚は遮断。 視線は、さ迷う。
右から左。 左から右へと。
辺りを隈無く窺うトール。
そして床に掌を添えた後に、彼女はお決まりの台詞を告げた。
「……まだ、あたたかい……」
仄かに残った温もりが、つい先程までヒナ達が居た事を証明していたのだ。
「と、なれば……まさか……」
何処か思い当たる節があるのか。
トールは宙へと見上げる。
こんな事をしている場合では、ない。
すかさず、両脚は大地を蹴り交差する。
尋常ではない速度で。
映え替わる景色に酔うことなく、辿り着いた場所。
煌々と光輝く、真紅の鉄塔。
トーキョーの代名詞。
周辺は炎に包まれていた。
一切合切を赦さぬように。
塵芥のように寝転がる戦車は夥しく、その死傷者は計り知れない。
正しく地獄絵図。
炎の爆ぜる音に混じり、阿鼻叫喚の有り様だった。
何もかもが焼き焦げ。
かつての大戦争を彷彿とさせていた。
生理的に受け付けない焦げ臭さ。
トールは自然とやってくる吐き気をグッと堪えた。
生き物の焼け具合などとは、斯くも惨たらしいモノなのである。
受け入れ難い現実を突き付けられ、トールは思わず口を抑える。
パチパチと音を発てる肉塊は決して美味しそうではなかった。
緩やかに頬を伝う哀しみがやがて大地へと墜ちる。
ぽたり、ぽたりと小雨のような水滴。
涙は嗚咽を誘う。
だがそれでも諦めきれず、頭脳をフル回転させて考えに考えるしかなかった。
業火の余波がトールに襲い掛かる。
しかし「焔」を纏える異能力が、どうやら功を成したのか。
全く意に介さず、トールはヒナ達の動向を探るのであった。
「……何処に行ったんだ……」
灼熱のスクランブル交差点。
映像が流れていない巨大モニターを見上げ途方にくれる。
悲嘆にくれようとしたその時。
上空から大きな羽音と共に、影が辺り周辺を覆い尽くす。
「ほほう……我が力に屈せぬか……」
強風がたったひとりの女子高生を薙ぎ飛ばそうとするも、あくまでも立ち向かう。
辺り一帯の焔と共に寝転がる戦車をも吹き飛ばし、彼の紅き竜。
『炎帝』は嬉しそうに、トールを褒め称えていたようであった。
「……何だ? アンタは……」
馬の尻尾よろしく、ポニーテールが一切風もないのに猛々しく揺らぐ。
ただでさえ、目付きは鋭く可愛い気はない。
なのに一層目尻はつり上がり、鬼気迫る表情でトールは『炎帝』を睨み付けたのだ。
募る想いは情熱の彼方へと。
眼差しだけで全てを葬りさるまでの殺気がそこにあった。
「ふむ……どうやら我が力に汲み入る者よ。 我に闘いを挑むか? 」
「何を言っているのか分からないが……この所業は貴様か?」
「 ? だとしたらどうというのかね? 」
偉そうにふんぞり返る『炎帝』。
刹那、一閃の煌めきが頬を掠め、瞬時にして片方の翼が斬り落とされた。
「ぬぐわぁぁぁっ!?」
堪らず溢れる悲鳴。
『炎帝』は今までに感じたことのない恐怖を覚える。
── 茶番に付き合うも甚だしい ──
怒りに充ち溢れたトールは、荒々しくも端的に唾を吐く。
その態度には最早、通り越した憤りしかなかったのだ。
いわゆる「邪魔だ」と。
長剣は鈍い焔を纏い、人を凌駕した力を宿していた。
『炎帝』はその有り様に堪らず身を震わせ、かつてないまでの ── いや。
感じたことのない殺意に心が浸食され、時が止まったかのように動きを止めてしまう。
「アタシの邪魔をするな」
たった一言。
トールは剣の束を握り締めながら冷淡に言い放つ。
『炎帝』の、丸みの帯びた背中に立ち聳える彼女は、ゆっくりと携えていた長剣を振りかぶる。
次の瞬間、胴体とオサラバしようとする頚許。
しかしそれは思いもよらなかった第三者により阻れてしまった。
「ダメですよ? お嬢さん……」
禍々しい笑みを浮かべるその者は、つい先程仕留めた吸血鬼に酷似していたのだ。
だがその身なりと漂う気配からは逸脱する。
比べようもない実力はトールに僅かではあるものの、額に汗を滲ませたのである。
「申し遅れました。私は大悪魔グランヴィア様に仕えしは最上級吸血鬼。ロザリオンと申します……」
付け加えられた単語を耳にしてしまい、トールは一瞬ではあるが身を強ばらせてしまった。
記憶は鮮明に蘇り、敗北感が心を締め付ける。
かつて、異世界大陸ファンタジスタに於いて何をしても勝てる気のしなかった ── 初めての大敵。
よく「敵は己である」とはいうが、それは間違いだと思う。
今生きていることが奇跡。
そして……いつか乗り越えなければならない。
トールは眉を引き締め、今、目の前にしている吸血鬼を見定めようとした。
そんな彼女の心中など察せずに、深々と頭を垂れるロザリオン。
視るに、その風貌は悪魔に近い。
漆黒の翼は鮮烈に尖り、額からは凶暴なまでの角が三本生えていた。
捻りあげた帯に、爽やかに棚引くサラサラの黒髪がまとわりつく。
口許から溢れる八重歯は血に塗れ、既に何十 ── 否。
何百もの命を吸い尽くし、それは明らかに到底トール一人だけでは太刀打ちできないようであったのだ。
況してや、最強を謳う竜『炎帝』との強力タッグである。
果たして ── 私一人で何とかなるのだろうか……
後悔する暇などはなかった。
噛み締めた唇に血が滲む。
だが溢れるを赦さない。
深淵の支配者は術式を紡ぐ。
と、同時に『炎帝』は連携すべくして技を放った。
視界が埋め尽くされる程の。
闇と焔が組み合わさり。
大気は震え、歪む。
覚悟していたハズ……。
トールは剣を構えたまま思わず双眸を閉じ、耐え凌ぐしかなかったのであった。
あれ?
シリアスさん、何処に行った(爆)
次回は2月16日辺りの予定です。




