漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め! その5。
少々、くどいかと?
(^_^;)
「母さん! 父さん!!」
先に母親を案ずる辺り、父への信用や愛情は薄いのだろうか。
門を開き、玄関のドアを開けるなり叫ぶ。
ヒナは一先ず憔悴しきったバレンシアをトールに渡し、家のなかを全力で走り回った。
それほど大きな家ではない。
全ての部屋を調べるに数刻も掛からないだろう。
果たして彼女が皆の元に帰ってくるもその表情は暗く、ヒナは唇をぎゅっと噛み締める。
「……ヒナちゃん……」
様子を見ていたカナミは沈痛な面持ちのヒナをそうっと抱き締めようとした。
やがて吸い込まれるようにして、ヒナはカナミの細やかな胸元へと顔を預ける。
「に、しても……まさか、これほどとは……」
家の付近は既に異形達に荒らされており、そこに到るまでにも幾度となく破壊の痕跡を目の当たりにしてきた。
引き締める頬を更にすぼめ、険しい表情でトールが言う。
「なんともまぁ、惨たらしいモノじゃのう…………うん?」
命を宿した手鏡。
妖怪と表すのが妥当か。
照魔鏡は何かに気付き探る。
元が鏡の化け物である。
光景を映し出す物体を伝い、支配するのは容易い。
次々と視点を移り渡り、彼はやがて襲いくる脅威を皆に告げた。
「むう。いかんぞい……奴さん達がきおったわい。その数……ひい、ふう、みい、よお……」
まるで悲壮感は感じられない。
あくまでも冷静に努め、やってくる異形の数を数え伝える照魔鏡。
だがその報告を待たずしてトールは腰に帯びた剣を鞘から抜く。
「ちょっと片付けてくる」
トールは真冬日の一匹の蚊を叩き落とすように言い残し、担いでいたバレンシアをヒナに預けた。
そして少し離れた大通りへと彼女は向かう。
普段であれば行き交う車により、灰色のガスが充満しているであろう。
今や全く機能していない三つのシグナルは鳴りを潜め、最早赤信号しか点灯していなかった。
国道のど真ん中で長剣を片手に立ち構える女子高生。
トールは、深く深く息を整える。
「すーはー……。 すーはー…… 」
あちらこちらから顕れては群がり、やがて大群と化す。
だだっ広い国道は死者によって埋め尽くされていたのだ。
「脳ミソをくれえええ……」
それは僅かに残った理性が告げさせていたのか。
または、本能が導きだしたのだろうか。
決して食欲だとは思いたくもない。
気づけば ── 。
所々には、脇骨や肋骨を露にした犬なども居た。
ぐるるると呻き、血が滴る牙が蠢く。
トールは気付いていなかったが、華麗なダンスを披露する死者も居たようだった。
彼の米国ミュージシャンを彷彿させている。 ポウッ。
「ぬうん!!」
吐き出される気合い。
準備が整ったらしい。
そこにはかつてのトールは居なかった。
ごうごうと燃え盛る女子高生。
字面の如く、全身に焔を纏いし剣士。
スラリと抜き身の刀は灼熱に包まれていた。
「はぁぁぁ…………」
長剣を横に構え、抜刀術のような体勢をとる。
双眸を閉じ、イメージを膨らませるトール。
従い、息吹きは熱量を増し、周囲にゆらゆらと蜃気楼のように湯気が踊る。
「焦げ、爆ぜよ……薙炎道!!」
放たれた焔。
それは ──
宙から襲い掛かってきた犬や、鋭くも汚物にまみれた爪先や歯で噛みつこうとしていた死者など。
全てを一瞬にして灰塵と化してしまったのだ。
「またつまらぬモノを焼いてしまった……」
何やらお気に入りの台詞らしい。
パチンと鞘に刀身を仕舞い、トールは渋い表情で格好付けていたようだった。
しかし、ふいに。
思いもよらなかった攻撃が見舞われ、大袈裟にも思える素振りでトールは身を翻す。
微かに仄めく褐色の太股。
ちらつく下衣の初々しさが、そこはかとなくエロスを漂わせていた。
「ほう……。 それを躱すとはな……」
固い地面に突き刺さる複数の短剣。
トールはその威力にただ者ではないと感じ取ったのだ。
遥か頭上、目線の先には ──
偉そうにふんぞり返り両腕を組む、漆黒の如き外套を靡かせて。
よく視てみれば、それは翼だった。
良いように捉えれば可愛らしい八重歯か。
だが瞳に宿る情熱は生半可なモノではない。
対峙したトールは思わず息を呑んでしまう。
彼の者に付き纏いし、矮小なるも夥しい数の生物がキィキィと鳴いている。
本来であれば夏の終わり頃に忙しなく羽虫を喰らう代名詞。
蝙蝠を携え、長く延びた舌を唇に這わせる中年。
渋味が漂い、オールバックの黒髪が艶かしくギラつく。
頚に噛みつき、処女の血を吸う伝説の怪物。
『吸血鬼』。
剣の道一筋であったトールでさえ、その存在は聞いたことがあった。
幼少の頃の記憶かもしれない。
宙に浮かぶ吸血鬼をもう一度確認して、トールは仕舞い込んだ長剣の束へと掌を運ぶ。
「ほう。 まだやるかね?」
余裕綽々な態度でトールを迎え撃とうとする吸血鬼。
彼は一切名乗りはしなかった。
その代わり、ぶつぶつと何かを唱え始める。
すると各指先に小さな暗闇が灯り、辺りに飛び交っていた蝙蝠はその漆黒に吸い込まれてしまったのである。
異様な気配を感じたトールは思わず身構える。
「バット……フィーバーッ!!」
闇は一点に集中し、光を吸い込み拡がっていった。
対象としたトールを中心にして、半径100メートルにも及ぶ暗黒が球体を描く。
「くははは! 吸い尽くしてくれよう! さぞ美味かろうな!!」
両手を眼下に翳したまま、吸血鬼は然も嬉しそうに悦ぶ。
頻りに溢れる涎を舌で拭う様が更に気持ち悪さに磨きをかけていた。
彼が放った技は徐々にその効果を発揮してゆく。
辺りに燃え広がる炎を喰らい、中央分離帯にて健やかに育まれていた季節の花びらは悄々と萎れる。
それは則ち、生命を喰らう禁じられた術式であった。
どうやら、直接首筋に牙を立てるまでもないらしい。
こくりこくりと喉を鳴らす吸血鬼は禍々しさを増す。
「ふはははは! これこそが甘美!! 嗚呼、素晴らしい…………んんっ!?」
己に酔う彼であったが異変に気付き、咄嗟に技を中断せざるを得なかったのだ。
焔の塊が今もなお増幅する暗黒の球体をものともせず、突撃してきた。
言わずもがな、それはトールである。
「どおりゃあああああっ!!」
一筋の焔は斯くも見事に貫いた。
伝承では浄められた杭を穿つことによって鎮められるとされる。
吸血鬼はポッカリと空いた穴を確認するまでもなく、相手を称えるのだ。
「み……見事なり……」
僅かに頬を緩ませつつ、偲び寄る死を実感する。
吸血鬼は業火に焼かれ消滅したのである。
「またもや、つまらぬモノを焼いてしまった……」
孤高の剣士を装う女子高生。
ポニーテールは虚しく棚引き、トールはゆっくりとその場をあとにしたのであった。
次回は2月12日辺りの予定です。




