漕ぎ出そう。新たな未来へ、突き進め。その1。
舞台は日本です。
朝露に ── 濡れた桜の花びらか。
溢れ落ちては、夢に散るらむ。
雀の鳴き声が僅かに聴こえる朝早く。
麗らかな春の朝陽は爽やかな1日を告げようとしていた。
だが、今朝は違っていた。
── 騒々しい音が強風を撒き散らかす ──
「皆さん。こちらの光景を御覧ください! 果たして、このような事があっていいのでしょうか!?」
ヘリコプターに乗る女性レポーター。
額に玉のような汗を滲ませ、さらさらの黒髪を風に靡かせながら、必死にカメラは視聴者へと訴えかける。
その模様は地上のあらゆるメディアで放送されていた。
突撃レポーターとして名を馳せる美人は、身を乗り出しながら現場を実況中継する。
象徴すべき鉄塔。
全長333メートルの真紅に群がる異形。
虚ろな目付きであったが貪欲に餌を求めて、目にしたモノに集る。
「「「 脳ミソをくれぇぇぇ 」」」
「やめろ! 離せ!!」
「ぎゃあああ!! 痛い!! 痛い!!」
「俺に構わず、逃げろ!! さあ!!」
「退けよ! ジャマなんだよ!!」
「なんなの!? コレ……マジワケ分かんないんだけどぉ!!」
「うわあああん!! おがあざ~ん!!」
「クソガキ!! さっさと落ちやがれ!!」
「ちょっと! アンタ何してんのよ!! ってか、お前が落ちろ!!」
「んだぁ!? やんのか手前!?」
「痛い痛いっ! 髪引っ張らないでよ!!」
「はっ! ザマァ!! おらぁぁぁッ!!」
「きゃあああああッ!!」
── ばりばり、ぼきぼき、むしゃむしゃ、ごくん。
哀れ、麗若き女性は階下から攻め寄せてきたそれらに貪り尽くされてしまった。
ほっと安堵する耳ピアスとタトゥーが目立つ輩。
だが、突如飛来してきた異形に一瞬にして呑み込まれ、味わう事もなくその胃袋に収まる。
思わず目を背けたくなる光景に、果たして映像を流して良いものだろうかと鑑みるも。
仕事の利益 ── 否。
視聴率の為である。
決して危うきに近寄らずして、人気レポーターの彼女は更に実況中継を続けるのだ。
ヘリコプターが襲われないのは、もしかしたら同族に思われているのかもしれない。
飛来し続ける異形。
飛竜は悠然と、東京タワーを取り囲む死霊を後にして翔び去っていった。
今や、日本随一の大都市は異世界の住人によって蹂躙の一途を辿っていたのだ。
少し視点をズラしてみる ── 。
他の国々からの臨時情報だろうか。
巨大なモニターにはところ狭しとテロップが表示されており、ここ日本の中心部で繰り広げられている惨劇と何ら変わらない様子であった。
宇宙から見た誰かが言った。
『地球は青かった』と。
それは間違いではなかったと思う。
しかし、過去の話だ。
全てが真っ赤に染まってゆく。
今や全世界において混沌が充ち溢れ、死傷者は数を数えるに価せず。
有り体に言えば、まさしく地獄が顕現され地球の住人達は悲嘆にくれるしかなかった。
某UFOかUMA、または聖書に記されし伝説の怪物達は軒を連ね、欲望のままに目にしたモノを喰らい尽くす。
── それこそ、血の一滴も残さずに。
実況中継しているヘリコプターの階下── 地上では。
何処からともなく出現した怪物達が徘徊しては目についた対象を餌として認識し、やがて己の食欲を満たしていた。
しかし、よく見れば殺伐とした雰囲気のなか、状況が分からず右往左往する者達もいたようだ。
所謂、異世界の住人。
耳が長く延びた妖精・エルフや屈強な体つきで長い髭が目立つドワーフ、などなど彼方で暮らしていた人族も狼狽えていた。
彼らは皆一様にして戸惑うも、幾らかのグループを組み、地球の住人達を助けるべく実力を行使する。
「氷の投槍!!」
頭上に顕現された数十本の氷の塊は槍と化し、尖端が目標を見定め放たれた。
やがて醜い悲鳴をあげて地に臥す者達は辺りを朱に染め凍り付く。
氷の最大級魔法を行使できるあたり、かなり高位の魔術師だろう。
また、視線をずらせば、別のグループが各々の武器を片手にして、荒ぶる大型の異形と勇ましく健闘していた。
『バオオオオオオオオッ!!』
猛々しく咆哮を挙げる四足の獣か。
長い尻尾の先には鋭い尖端がぎらりと鈍い輝きを放ち立ち上がる。
傷付き捥られた翼に構わず、風切り音とともに大きく円を描く。
「ぐわあああっ!!」
振るわれた尻尾による衝撃を受け幾人かの戦士達が薙ぎ、吹き飛ばされてしまう。
しかし、隙をついて俊敏に対象の背中を駆け登り、禍々しい光を灯した大剣がその頚を刈り落とすべく降り下ろされた。
「大刹斬ッ!!」
盛大に鮮血を撒き散らかしながら豪快に横たわり、やがて飛竜は絶命した。
「……ここ、東京だよね……」
端から傍観に徹していた地球の住人達は皆一様にしてあり得ない光景を目の当たりにしてしまい呆然と立ち尽くすしかなかった。
一部の者達はスマホやデジカメを片手に興奮しては、某らのサイトにUPしているようであったが。
ふと周りを見回すと、どうやら幸いにも状況は好転し、様々な勝鬨を挙げていたようだった。
一頻り落ち着きを見せる東京タワー周辺。
老若男女、助かった地球人達は皆、彼等と同じようにして勝利に浸っていた。
その安寧は束の間 ──
訪れたのは地獄の業火だった。
放射される炎が辺り一面に充ち溢れ、宛らかつての戦争を彷彿させる。
沿線上の車両内にて時の往き来を一切鑑みない通勤途中、ないし、帰宅途中の者達は瞬時にして生命を絶たれ燃え途絶える。
片手にするスマホに暢気に携わるも、車内で愚かしくも滑稽にお喋りに夢中になる若者も皆。
一声たりとも悲鳴をあげる隙もなく。
レール上にはただ燃え盛る業火が迸り、環状線は地獄と化していたのだ。
その階下を見下ろしながら。
上空に浮かぶ巨体は、さも嬉しそうに口角を吊り上げ、微笑みを溢す。
雄々しい翼を羽ばたかせ、高みの見物を装う巨竜。
口許から微かに漂う炎は白煙を帯び、だが少しつまらない様子でもあった。
灼熱を体現した巨躯がその者の存在を語る。
── 『炎帝』 ──
異世界大陸ファンタジスタに於いて、天災且つ正義の使者として忌み畏れられている存在。
彼は物珍しい現代は地球の風景を眺めながら、まだかまだかと何かを期待していたようであった。
待つまでもなく、それはやってきた。
轟音を放ち、祝砲のようにして穿たれた弾が僅かに巨躯を掠める。
大地に唸り声を響かせ渡るは、粉塵をその身に染め上げた。
夥しい数の戦車がうねりをあげ、赤い鉄塔を陣取る『炎帝』へと片っ端から砲弾を叩き込むのだ。
耳をつんざくらう程の爆音が鳴り響き、思わずその衝撃で上空でレポートに徹していたヘリコプターは揺らぐ。
「これ以上は危険です! 撤退しましょう!!」
「何を言ってるの!? 今でしょ!!」
彼の教授を彷彿させるようにして両手でジェスチャーする彼女。
美人レポーターは己れの欲求を満たさんとして操縦主に興奮を突き付けている。
だが、そんな彼女の恍惚の一時は一瞬にして消え去った。
鬱陶しさを炎にして吐き出した一息はヘリコプターを灰塵と化す。
地上へ墜ち、配信されていた映像はプツリと途絶えてしまう。
「ふふふ……。ふはははははは!! 良いぞ!! もっと……もっと我を愉しませてみせろ!!」
心ここにあらず。
燃え盛る竜。
『炎帝』は、遥か彼方から攻めいろうとしている航空機を、細めた瞳で嬉しそうに睨み付けていたのであった。
次回は1月25日辺りの予定です。




