むりやり喚ばれて、冒険者にされたJK達。その4。
空を僅かに澱ませた雲が雨を降らせ大地に染み込む。
時には激しく穿つ雨は、大地を削り災害をもたらす。
だが、実に単純に、全ての生物がその恩恵に尊きを学ぶ。
地上に落ちた雨水はやがて湖となり滝となり川へと流れを任せ、いずれは大海へと悠久の想いを馳せるかのように、神秘を奏でる。
そんなごく当たり前の自然の摂理に反してその『水』は狂喜乱舞していた。
無論、幻想世界・ファンタジスタ大陸に於いてはあまり珍しい現象ではない。
ただ、違うのは、その動く『水』は自我を有した美少女だという事。
ウンディーネと呼ばれる『水の精霊』であった。
「ちょっと……。数が多過ぎるんだけど!」
「って言ったって~……どうしようもないじゃな~い」
「私は剣だから良いけど、弓矢だと弾数が厳しくなるな」
『魂の泉』と呼ばれる湖の上を、自転車で乗り回しながら…ヒナ達3人は大勢のウンディーネと戦っていた。
【偉大なる魔術師・バレンシア】から予め渡されていた『呪符』の効果である。
『水に浮かぶ』という魔力が籠められており、対象を水に沈めないようにする。
その御札を各々の自転車に貼り付けていたのであった。
他にも『呪符』は準備されており、彼女達それぞれが装備している武器に付与されている。
というのも『精霊』の類いには通常の武器が効かないのだ。
『精霊』にダメージを与えるには魔力を付与された武器か、純粋な攻撃魔法のみ。
ちなみに、ヒナの手にする弓には『魔力付与』の御札が貼り付けられていた。
そこから放たれた弓矢に魔力を付与する事が出来るらしい。
最初は弓矢1本1本にその御札を貼り付けようとしていたのだが、カナミの提案で、弓そのものに御札を貼り付けてみたところ、それが功を奏したのだ。
ただし、放たれた弓矢に付与された魔力も程無くして消えるのだが。
トールの場合は、彼女が愛用している剣である。
所謂、ロングソードと呼ばれる形状の剣の柄に御札を貼り付けていた。
「大体……。狂った精霊がこんな大量に居る事自体おかしいんだよね~」
自転車を漕ぎウンディーネから逃げ回りながらも
自分の額に『御札』を貼り付けているカナミが疑問に思う。
……遊んでいる訳ではない。
カナミは戦闘能力が皆無に近い。
なので『防護壁』の魔力を付与された御札を自身に貼り付けているのだ。
その他、頭脳班として2人をサポートする役目でもある。
班といっても1人だが。
籠められた魔力を攻撃のエネルギーとして解放する御札もあるのだが、それはまだ、使用は控えている。
まだ本来の目的地には辿り着いていないので温存しているのだ。
通常、精霊は滅多な事では姿を見せたり襲い掛かってくる事はない。
だが、今、彼女達が相手にしている『それら』は違っていた。
暗黒に限り無く近い鈍さをその眼に宿した水の精霊。
それは明らかに破壊衝動の顕れであり、自らの仲間すら攻撃の対象として認識する『狂った精霊』と呼ばれた。
清らか且つ、恩恵に携わる万物に生命をもたらすと伝えられている湖『魂の泉』。
水の精霊ウンディーネを始め、他の精霊や生き物達は決して荒ぶる事はなく、『魂の泉』に立ち寄った村人や冒険者に危害を加える事もなかった。
寧ろ助言を与えてくれたり、傷付いた者がいれば癒してくれる尊き存在。
しかし、今だけは状況は違っていた。
至る所で混沌に犯された精霊が群舞している。
精霊同士で戦っているのも見掛けられる。
「頑張るしかないね、目的地の洞窟まではあと少しだから」
まるで、本棚に僅かに積もった埃でも払うかのように剣を振り、後方から或いは周囲から放たれる水の弾丸を、そして精霊本体を薙ぎ払うトール。
両手離しでの自転車操縦はその身体能力、もとい、精神力の高さを現していた。
「もうじき、呪符の効果も切れそうだし……アタシも切れそう~……」
ひらひらと、自分の額に見放された呪符が空を舞う。
ついでに、自転車を漕ぐ脚力も空回りし始める。
『魂の泉』と呼ばれるその湖は、かなり広い。
面積にして凡そ700㎞はあるのではないだろうか。
その中で精霊達の攻撃を避けつつ、自転車で走り回っているのだから、元々体力の無いカナミには相当辛いだろう。
それでも、ヒナとトールの2人が善戦してくれているお陰でカナミには傷ひとつ付いていない。
いつもすまないね~と口に出したら、いいから漕げ!と叱られた。
自転車を漕ぎながら、弓矢を放っては確実に獲物を仕留めていくヒナに。
トールに負けず劣らず、凄い身体能力だ。
「愚痴は良いから! もうちょいナンだから!」
実はそれなりにヒナも疲れているのだが、何とか気合いでカバーする。
やっと見えた。近づいた。
彼女達の目前には……
湖のほぼ中心に位置する浮島があり、その目線の先にはおそらく目的の、宝珠【真竜の涙】が隠されているであろう祠と洞窟らしいものがあった。
「みんな、走って!!」
追ってくる精霊を無視して、振り向きもせず、3人は一斉に自転車を漕ぐ!漕ぐ!
ずっしゃあああああッ!!
ガシャン、ズダダンッ!!
……激しく転倒したのは言うまでもなくカナミである。
彼女達は本来の任務を遂行すべく、ようやく浮島へと辿り着いたのであった。
浮島に着いた彼女達に、狂った精霊達が攻めてこないのが不思議だが。
2人は、激しく転倒したカナミを起こして介抱してあげる。
「……ちょっと、休ませて~……」
3人は一先ず、揃って仲良く倒れこんだのだった。
「所詮、貴様らは駒にしか過ぎんのだがな……」
その遥か上空にいた混沌の元凶はそう呟いたが、彼女達の耳には届く由もなかった。。。