エピソード1.3【賭場の狼】
ポリッと1本。ぶっこんでいくんで世露死苦ゥ!!
カラカラカラカラカラカラ…………
だんっ!!
「さあ!! 張った張ったぁッ!!」
「半!」「いや、丁だ!」「俺も半!」「いーや、あの音は丁だッ!」「馬ッ鹿! あの『振り』視てなかったのかよ? さっきと違えだろが。ッてぇ事はあれ? どっちだっけ……」
喧騒豊かな暗い密室に集まる輩は酒を片手に一点を睨み付ける。
畳の床には小さめの茶碗坪が逆さに置かれている。
「丁半出揃いました……イチサンの『丁』ッ!!」
「っかー! やられた!」「ンだよ。イカサマじゃあねぇのか?」「うひゃひゃひゃ! 儲け儲け!」「あざーッス! あざーッス!!」
そう。ここは賭場である。
だが、もうひとつの名もあった。
『盗賊ギルド』。
異世界大陸ファンタジスタでは基本的にこのように隠れ蓑として賭博場を使う場合が多いようであった。
ちなみに『盗賊ギルド』とは、冒険者として活躍する『盗賊』を統括している団体である。
たまに『野良盗賊』なんてのも居るが、基本的にはギルドに認めなければ登録しなければ活動はできないのだ。
新参を鍛えたり、または余所者を排除したり、稀に『暗殺』等の非合法的な依頼も承っている。
『狼人』パッカード=ウルフラドはそんな賭博場で今回の儲けを数えては笑みが止まらないようだ。
そんな彼の元へ、ちょび髭だが、幾つもの傷跡を顔に刻んでいる強面のオヤジが近付く。
「よう、パッカード。羽振りが良いじゃあねえか?」
「おう! 調子が好すぎて怖いぐらいだぜ!……ッてぇ……何だ。グレイの旦那かよ」
「何だとは何だ。全く……お前ぐらいのモンだ。ギルドマスターのワシに対して不遜な態度をとる奴ァ……」
「ハッ! 聞いて呆れンぜ。旦那……まァた別の女に手ぇ出してンだろ?」
「ギクッ。て、手前……何処でそれを……かみさんには内緒にしてくれよな……」
懐からごく自然に小袋がパッカードの裾へと滑らせる。
中々の重さと感触に思わずいやらしい笑みを浮かべる。
「で。何の用だ? 旦那が俺ッちに近付いてくる時なンざロクな事ァ無えからなァ……」
過去、何度もギルドマスターのグレイ氏に騙された事か。
だが、その都度、美味しい思いもさせて貰ったりもしていたのであまり考えないようにしていた。
薮蛇突っつく事勿れ。
「いやな?聞いたとこによるとお前さん、厄介な奴とつるんでるらしいじゃあねぇか。で、だなぁ……」
「おっと。ぼちぼち……。勝ち逃げさせて貰わァな」
ぱちん、と指の弾く音が響くと同時に賭場の客、全員がパッカードを取り囲んだ。
各々の得物が的確に彼の急所に狙いを済ましている。
「ち……嵌めやがッたな……」
ギリリと歯を噛み締めギルドマスターを睨む彼。
生憎と、賭博場のルールに於いて参加する前には武器を預けなければいけないので、パッカードの手元には今の状況に抗う事は出来なかったのだ。
「いや、すまんな。お前さんには世話になってるンだが……」
そう言う彼には全く謝罪の意を感じられない素振りなのだが。
と、その時。閉めきられていた奥の間へのカーテンが開いた。
「いやぁ、本当に申し訳無い。パッカードさん」
そこに姿を表したのは漆黒の鎧を身に纏った騎士だった。
傍には同じ様に黒装束を着飾るドワーフと、見るからにそのドワーフと反発しそうな闇色を見せびらかせる耳長の美男子・ダークエルフが居た。
いつも騎士に付きまとっていた艶かしい魔女はこの場には居ないようだ。
「若。本当に宜しいので?」
「ああ。彼が一番適役なので、ね?」
「ならば致し方ありませんな。ですが、あまりこういった場には出過ぎませんように……」
少なくとも、その騎士には見覚えがある。
パッカードは彼に素直に疑問をぶつけた。
「手前……ジャンのツレだろうが。いったい俺ッちに何の用だァ?」
カリカリと額を掻き、あからさまに敵意を剥き出しにして彼に不満を愚痴る。
折角、博打で気持ちよく勝っていたのに、全てが『おじゃん』だ。
仕組まれた事に対して、自分が強運だと自惚れていた事に対して、それは腹が立つだろう。
「いやぁ。君に協力して欲しくて、ね。話だけでも聞いてくれないだろうか……?」
「あ? ンだ手前ェ……喧嘩売ってンのか??」
何処と無く胡散臭さを感じたパッカードは殺意を彼に抱く。
というのも、たとえ手元に己の得物が無かろうが、彼の体術は人一人殺す事など容易い。
素手による暗殺術にも秀でているのだ。
それは例え一流の騎士や武闘家であってさえも凌ぐ。
普段はチャラけた風に見える彼だが、ギルドマスターでさえ認めざるを得ない実力を保っているのだ。
「待ってくれたまえよ。僕は、なにも君に敵意を抱いちゃいないさ。寧ろ、協力して欲しいって言ってるんだ」
両の掌を上に向け、その態度と姿勢を表す騎士なのだが…付き添いのふたりはあまり好ましくない態度である。
常に殺気を撒き散らし、パッカードから視線を逸らさないでいる。
「君も良くご存じだろ?……僕に付きまとう厄介者の魔女を。彼女を見張って……場合によっては始末して欲しいんだよ」
「……。急に来やがったから、なァんかおかしいとは思ってたが……まさかそうくるたァな……」
漆黒の鎧の騎士・ソード率いる冒険者グループ『黒の外套』はかなり有名な実力者の集団である。
ひっきりなしに依頼が舞い込む彼等が暇を弄ぶなどそうはない。
それがただ単に馴染みの連れに会いに来てはヒナ達の訓練に付き合うなどあり得ない事なのだ。
「で、報酬は?」
意外にも乗ってきたパッカード。というか断るにも今の状況ではどうしようもない。
どちらかと言えば面白そうだと彼は嗤う。
じゃらり、と机の上に様々な宝石の類いが並べられた。
換算するに金貨100枚ぐらいではないだろうか。ごくり。
そのあまりもの大金を目の当たりにして事の重大さに気付く。
「……俺ッちで良いのかよ……他にも優秀な奴らはごろごろしてッぞ?」
「……君じゃないと困るんだ。何せ……あの天災『灼熱』を味方につけているのだから、ね?」
「はァ? ……ンだよ、それ……手前ェ……ジャンを利用しろッて……そう、言ってンのか、ごるァァァッ!!」
怒りを顕にした彼はギルドメンバーの包囲網をいとも容易くすり抜ける。
そして、騎士ソードの首もとに鋭い爪を突き付けた。緊張がその場を制圧する。
「流石だね。『閃光の狼』と呼ばれていただけの事はある」
盗賊でもあり、一流の狩人でもある彼パッカードはその世界に於いて有名な実力者なのだ。
ついた渾名が『閃光の狼』。
『戦場の』ではない。
ただし、同じ冒険者グループ『紅の蜃気楼』の面子には、誰にも自分が盗賊として活動していた頃の話は殆どしていなかった。
というか、その頃の彼は常に殺気を放っていて気に入らない奴は誰彼問わず即座に始末する程の凶悪犯だった。
だが、そんな彼は初めて敗北を喫する。
あまりにも暑苦しい漢『灼熱のジャニアース』その人だった。
彼はパッカードの攻撃、闇に紛れた襲撃(暗殺)を屁ともせず、たったの一撃で返り討ちにしていたのだ。
しかも殺されようとしていたのに彼は言った。
「面白ぇ奴だな! 俺と一緒に組まねぇか!」
……この世の中には、こんな奴が居るのか、と。
パッカードは初めて心底自分を見つめ直した。
何せ…逆に滅殺されてもおかしくない実力差をまざまざと見せ付けられたのだから。
暫くしてパッカードは、その執拗に暑苦しい勧誘に怯えるようになり渋々仲間入りしたのだが。
今ではすっかりマブダチなのだ。
「そう怒らないで欲しいなぁ。僕だって彼とは幼い頃からの友人だ。こんな手は出来れば使いたくなかったよ……」
「だったら他を当たンな。俺ァやらねぇ……だが、俺ひとりでなら承けてやっても良いが」
???
一同は彼が何を言っているのかさっぱり理解できないでいた。俺も。
「つまり……『紅の蜃気楼』としてではなく、一個人として『閃光の狼』としてなら承けてくれるって事かな?」
あぁ、成る程。
そう言うことか。理解した。
ウンウンと一同は頷く。俺も。
「あぁ。だから俺のツレに手ぇ出すンじゃあねぇぞ!」
何それ……惚れてまうやろ……
そう言う決め台詞は片想いの意中の異性に使うべきだと思うのです。
フラレたって良いじゃないか。
カッコ悪いフラレ方、2度と君に会わないから。
というか然り気無く幾つか宝石を懐に仕舞っているのはとても好印象を受ける。
流石だね。マサルさん。
手癖が悪いのは当時から相変わらず治っていませんねぇ、パッカードさん?
「しようがないか。なら、それで頼むよ。期限は……そうだな。何か分かったら連絡してください。その時にまた追加で御依頼しますので」
ソードはそう言うと強引に彼の手を掴み握手をする。
痛い痛い。もう。優しく、してぇ。
一応、交渉は成立した?という事らしい。
「とりあえず……そういうこった。宜しく頼むわ」
賭場を去る面々を余所に、 にやりと不適な笑みを浮かべるパッカード。
どうやら新規の顧客を捕まえたようで何よりです。
「さて……忙しくなりそうだぜッと♪」
今話の続きは本編にて絡んでいきます。
あぁ。いよいよ…第3章を始めねばならぬのか…
エピソードで遊び過ぎた事を後悔してみる。
ざぶーん。ざぶーん。




