いきなりボス登場。JK達、雪辱を誓う。その1。
その圧倒的な強さに彼女達、冒険者達3人は手も足も出せずにいた。
辺りには大した破壊の痕跡すら無い。
いや、周囲の環境といった意味で。
「ふむ。こんなものか。ベルトーグは一体何を以て敗北したのやら」
その者の右手にはカナミの首が握られ、身体は宙に浮いていた。
片手で高く持ち上げられた彼女には、既に意識はない。
砕かれた、業物であろう長剣は、大地に突っ伏したトールの得物であろう。
彼女も既に意識はない。
唯一、意識を保ち『それ』に弓矢を構えるヒナ。
彼女はほぼ無傷なのだが、それでも目前の相手に強気を見せるのが精一杯だ。
「……カナミを離しなさい……ッ!!」
カナミを盾にされてしまっている以上、下手に手出しは出来ない。
ヒナは震える両足を気合いで抑え込み、なけなしの殺気を放ち脅す。
「どうした。構わん。射て」
まるで動じた様子もない『それ』は左手の親指で自分の胸を示す。
筋骨粒々とした風でも無いが、美しく引き締まり精錬された肉体。
その身体の何処にも、これといった傷はない。
「グランヴィア様。お楽しみはその辺りで良いのでは……」
「グランヴィア様の御勇姿を鑑賞出来るなんて滅多に無いんだから……。バルテズールったら邪魔しないでよ。クククッ!」
「デルメト、口を控えよ。我等の目的は『竜の涙』だけでよいのだ」
今、ヒナの前には『悪魔』が2人に『ダークエルフ』というこの異世界に於ける恐るべき脅威が3つも揃っていたのだ。
時は少し遡る。
『魂の泉』にて漸く手に入れた宝玉『竜の涙』。
それを以て帰路に就こうとした2日目の事、それは音もなく堕ちてきた。
まだ陽も高く、白昼堂々に。
薄暗い鬱蒼とした場所でも、僅かな光さえ徹さない闇夜でも無い。
ただ独り、駄々っ広く爽やかな風が囁く草原に。
強烈な存在感を撒き散らす『悪魔』が顕れたのだ。
「ふむ。ベルトーグの気配が無くなったと思えば……貴様らか。」
その頭部には猛牛を彷彿させる漆黒の角と、背中には地獄で燃え盛る炎のような真紅の翼。
まさしく、それは『悪魔』。
彼が軽く発した言葉にすら、彼女達は気圧され身動きが出来ない。
「グランヴィア様、どうやら『竜の涙』の魔力をあの者から感じます」
続いて、それは影から顕れた。
漆黒の肌色とその服装。耳は長く美形なのだがその邪悪さは隠せない。
漆黒のエルフ『ダークエルフ』である。
「では……。手っ取り早く殺すとしますかね……クククッ!」
更に1人、それは上空から堕ちてきた。
山羊の王を彷彿させるような漆黒の角を持つ悪魔。
彼は、意気揚々と、グランヴィアの前に出ようとする。
「待て。デルメト。貴様らに問う。魔術師に喚ばれた『異邦人』だな?」
…………
「……だったら、どうだと言うのか」
ずいっと前に出たのは長剣を構えつつ既に殺気を放っていたトール。
会話でどうにかなる相手とは思えなかったらしい。
「ふむ。それなりには出来るようだな」
と言った刹那、グランヴィアと呼ばれた悪魔の右手にはトールの長剣が握り締められていた。
「だが。鈍い」
次の瞬間、真っ二つに長剣は砕けた。
ゆっくりと歩み寄った筈の悪魔・グランヴィアにトールは反応出来なかったのだ。
「ヒナ! 射って!!」
トールの掛け声に導かれるように、ヒナは弓を放つ。
トールが前に出たのは弓役のヒナの為に、悪魔に対して死角を作る為だった。
「ふむ。悪くはない」
放たれた弓矢は器用に、彼の左手…二本の指で挟まれていた。
ほぼ、トールの掛け声と併せて射た筈なのに。
「では。お返ししよう」
その短く告げられた声が終る間もなく、ヒナが射た速度に等しく弓矢が翻る。
正直、彼女は『死』を覚悟した。
「む。『防壁』の魔術か」
実はトールが前に出た時点でカナミはヒナに、残り少なかった『防壁』の護符を貼っていたのだ。
だが、それでも真っ直ぐに翻ってきた弓矢が額に当たった衝撃でヒナは頭部を激しく揺らし、蒼天を仰いだ。
「ならば。先に仕留めよう」
トールの目前から悪魔・グランヴィアが消える。
そして、カナミは何時しか吹き飛んでいた。
カナミ自身、自分にも『防壁』の護符を身に付けていたのが幸いしたが、その拳による強打は精神をも打ち砕いた。
意識の無くなった彼女が宙を舞う。
すかさず、トールは折れた刃を悪魔に蹴り飛ばす。
顔面を目掛けて飛来するその刃を、咄嗟に彼は歯で噛み砕く。
次弾を継いでいたヒナが、隙をついて再び悪魔に弓を放つ。
「くどい。俺に弓は効かぬ」
またしても、放たれた弓矢を2本の指で挟み、それを射返す。
再度、自分に還ってきた弓矢での衝撃は以前の倍の威力だった。
脳天を貫くような衝撃によりヒナは大地から浮かされ、その身を捩る。
まだ、宙を舞っていたカナミ。
悪魔が彼女の首を右手で掴みながら一瞬にしてトールの目前に戻る。
「ふむ。頃合いか」
悪魔・グランヴィアは左拳による強打を彼女の腹部に見舞う。
と同時に、握っていた剣はその手から離れ、彼女は崩れ落ちた。
「……アレを渡せば……。見逃してくれるかしら……」
絶望的な状況で、辛うじて立ち上がったヒナが問う。
「……だ……めよ……ヒナ……ちゃ……」
「ほう。意識を取り戻したか。手加減をしたつもりはなかったのだが、な」
首を掴まれたカナミが声を絞り出す。
『防壁』の護符を使っていた為、グランヴィアの打撃に耐えれたのだが、どうやら彼の打撃は相手の精神にもダメージを与えるらしく気絶させられていたのだ。
多分、倒れているトールもその効果によるものだろう。
「……どう考えても、アタシ達には勝てないもの……」
そう言うとヒナは鞄から布に包まれた『竜の涙』を差し出す。
と、同時に自分自身の涙も溢れてきたのであった。