6.
女の子は僕の目の前まで来ると、いきなりしゃがみ込んだ。
あどけなさの残る可愛らしい顔がぐっと近づいてきて、僕は思わずどきどきしてしまった。肩までの長さの、わずかに茶色がかったさらさらの髪の毛からフローラルなシャンプーの香りまで漂ってきて、僕の心拍数は跳ね上がる。彼女はそんな僕の心の中などお構いなしに、最上級の笑顔を僕に向けてくる。
「君、こんなところで何してるの? 首輪してないから、ノラ君かな?」
口紅もつけていない薄桃色の唇を開いて、女の子はそんなことを言った。そう言えばこの唇が開かれてるところを見たのも初めてだ。わずかに覗く八重歯がチャーミング。
彼女はよほど猫が好きなのだろう、僕に向けて紡いだ言葉の響きはまるで恋人への囁きのように甘くって、僕は頭がくらくらしてしまった。これまでの人生でこんなに甘い言葉を囁かれたことが、僕にもあったっけ?
「君、おなかすいてる?」
ちょこん、と可愛く首を傾げて彼女が僕に尋ねる。
われながら現金なことに、その言葉を聞いた途端僕は激しい空腹を思い出して、思わず答えてしまっていた。
「うん、ぺっこぺこ」
「あらあら、ずいぶんとおなかすいてるみたいね。あんまりタイミングがいいから、返事したのかと思っちゃった」
かみ合わない彼女の言葉に僕は、なるほど、僕の声は彼女には「にゃあ」としか聞こえていないのだな、と理解する。でも意味は通じたみたいでよかった。もしかしたら食べ物にありつけるかもしれない。そんな期待が、僕の頭をよぎる。
彼女はつぶらな瞳で僕を見つめ、それから警戒するようにあたりを見回した。
「本当はこのアパート、部屋に動物を入れちゃいけないんだけど……誰も見てないから、今回だけね」
そう言って彼女はいたずらっぽく笑うと(その表情は彼女によく似合っていて最高に魅力的だった)、突然、僕のことをその両腕で抱えあげた。
ちょっ、きゅ、急に抱きしめるなんて、その、こ、心の準備が……!
慌てた僕の抗議も、にゃあにゃあという鳴き声にしかならない。
「こらこら、暴れちゃダメだよ。いじめたりしないからさ」
そんなふうに言って、彼女はいっそう強く、僕のことを抱きしめる。柔らかい感触と、あったかいぬくもりが僕の体に伝わってきて――い、いかん、ぼうっとしてきた。
「お、よしよし、おとなしくなったね。しかし君、本当にかわいいなぁ。えへへ、ひとめぼれしちゃったよ」
心の底からうれしそうな彼女の笑顔。
うーん、これは。
猫ってば、最高。
にゃあ。




