表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6.

 女の子は僕の目の前まで来ると、いきなりしゃがみ込んだ。

 あどけなさの残る可愛らしい顔がぐっと近づいてきて、僕は思わずどきどきしてしまった。肩までの長さの、わずかに茶色がかったさらさらの髪の毛からフローラルなシャンプーの香りまで漂ってきて、僕の心拍数は跳ね上がる。彼女はそんな僕の心の中などお構いなしに、最上級の笑顔を僕に向けてくる。

「君、こんなところで何してるの? 首輪してないから、ノラ君かな?」

 口紅もつけていない薄桃色の唇を開いて、女の子はそんなことを言った。そう言えばこの唇が開かれてるところを見たのも初めてだ。わずかに覗く八重歯がチャーミング。

 彼女はよほど猫が好きなのだろう、僕に向けて紡いだ言葉の響きはまるで恋人への囁きのように甘くって、僕は頭がくらくらしてしまった。これまでの人生でこんなに甘い言葉を囁かれたことが、僕にもあったっけ?

「君、おなかすいてる?」

 ちょこん、と可愛く首を傾げて彼女が僕に尋ねる。

 われながら現金なことに、その言葉を聞いた途端僕は激しい空腹を思い出して、思わず答えてしまっていた。

「うん、ぺっこぺこ」

「あらあら、ずいぶんとおなかすいてるみたいね。あんまりタイミングがいいから、返事したのかと思っちゃった」

 かみ合わない彼女の言葉に僕は、なるほど、僕の声は彼女には「にゃあ」としか聞こえていないのだな、と理解する。でも意味は通じたみたいでよかった。もしかしたら食べ物にありつけるかもしれない。そんな期待が、僕の頭をよぎる。

 彼女はつぶらな瞳で僕を見つめ、それから警戒するようにあたりを見回した。

「本当はこのアパート、部屋に動物を入れちゃいけないんだけど……誰も見てないから、今回だけね」

 そう言って彼女はいたずらっぽく笑うと(その表情は彼女によく似合っていて最高に魅力的だった)、突然、僕のことをその両腕で抱えあげた。

 ちょっ、きゅ、急に抱きしめるなんて、その、こ、心の準備が……!

 慌てた僕の抗議も、にゃあにゃあという鳴き声にしかならない。

「こらこら、暴れちゃダメだよ。いじめたりしないからさ」

 そんなふうに言って、彼女はいっそう強く、僕のことを抱きしめる。柔らかい感触と、あったかいぬくもりが僕の体に伝わってきて――い、いかん、ぼうっとしてきた。

「お、よしよし、おとなしくなったね。しかし君、本当にかわいいなぁ。えへへ、ひとめぼれしちゃったよ」

 心の底からうれしそうな彼女の笑顔。

 うーん、これは。

 猫ってば、最高。

 にゃあ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ