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2.

 どうやらこの姿では、しゃべることはできないみたいだった。試しに「おはよう」と言ってみようかと思ったけど、口から出てきたのは「にゃあ」という可愛らしい鳴き声だった。まぁ、猫なんだから当たり前か。大人の男の声でしゃべる猫だなんてまったくもってかわいくない。そんなの猫として許せない。

 しゃべれないからと言って特にかまいはしなかった。独身の男一人の部屋に、会話なんてものは意味がない。確かにたまに独り言を口にしてしまうのは一人暮らしのさがというやつだが、別に独り言が「にゃあ」に変わったからと言って何一つ問題はないのだった。

 ただ、これでは会社に電話することもできない。この時点で僕の無断欠勤は決定だった。真面目だけが取り柄の(そしてそれは時に「融通が利かない」と評される)僕は、無断欠勤など生まれてこの方初めてだった。

 だけど意外にもその事実は僕を、ことさらに慌てさせはしなかった。一度の遅刻にもひどく怯えて、毎朝必要以上に早く起きてしまうような僕が、驚くほどに冷静なのだ。

 僕が感じていたのは焦りではなくて、ほっとしたような奇妙な気持ちだった。ひょっとしたら僕は求めていたのかもしれない。僕にはどうしようもない力によって、僕の日常が崩されるのを。いつの間にやら築かれてしまった僕という人間の虚像が殺される日を。

 たった一度の無断欠勤によって、僕のイメージはたやすく書き換えられるだろう。「不器用で要領は悪いが、真面目だけが取り柄なやつ」から、「仕事を無断でサボったりする、いい加減なやつ」へと。もはやそれは決定してしまった。いくら足掻いたところで、変えることはできなそうだ。だって今僕は、まぎれもなく猫なのだから。

 「決まってしまったことは仕方ない、次にどうするか考えよう」なんてことを思えるのは、その事実の原因が自分にないときだけだ。自分が原因だったら、後悔と自己嫌悪と先への不安で身動きがとれなくなるだろう。

 だから僕は、猫になったことを心のどこかで歓迎していたんだ。壊したくてしょうがなくて、でも壊すという行為に怯えて手を出すことが出来なかったものが自分から壊れてくれたのだから。

「にゃあ」

 なるべく可愛らしく聞こえるように鳴き声をあげてみた。

 うーん、われながら思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。自分を抱きしめることができないのが残念だ。なんだか、極度のナルシストになった気分だ。

 特にやることも思いつかなかった僕は、とりあえず猫らしく丸くなって寝ることにした。ほんのりと暖かいベッドの布団の中にもぐりこむ。

 何も気にせずに心安らかに眠れるのは、ひどく久しぶりな気がした。

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