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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
6章 - 《遠き世界のエトランゼ》

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99. 夏中

 いつの間にかすっかり夏が本格化している〈イヴェリナ〉では、最近は昼間に外に出るとそれだけで体力の消耗を感じるようになってきた。石畳の街路に、石造りの家々。照り返す陽射しを受けるばかりの街並みには、自然が少なく暑気を凌ぐ場所がない。

 湿っぽく蒸し暑い日本の夏に比べれば、これでも随分と過ごしやすい―――カエデやユウジはそう口を揃えて言っては来るのだが。こと現実世界に於いて冷房の効いた場所から殆ど出ることがない生活を送っているシグレにとっては、それでも充分に辛いものであった。

 特に、朝起きた時に全身に汗を掻いている不快感は如何ともし難く、とうとう昨日になって中央街の導具店を回り〝冷房器〟なるものを購入してきた。三つの盃が連なるような重ね盃に近い形状を、一回りか二回りほどそのまま大きくしたような導具である。部屋に設置することで、文字通り冷房と同じく周囲の気温を下げる効果が期待できるとのことだった。

 導入してみた効果は覿面で、このお陰で今朝は普段よりもずっと涼しげな気持ちで目を覚ますことができた。相変わらずシグレのベッドには眠っている間にユーリが進入してきているのだが、目覚める傍から人の体温に触れていても、それを不快さを感じない程度には部屋も充分に涼しく、期待以上の効果が得られたのは嬉しいことだった。

 但し、電化製品を稼働させるのに電気が必要なように、導具を動かすためには中に魔力が充填されたマナストーンを挿入しておかねばならず、この値段が1個あたりおよそ2,000gita程度と安くないのが難点でもある。

 店員の話では24時間連続稼働させた場合でも、およそ3日程度は使えるということだったが。結構な財産を有している今となっても貧乏性な考え方を捨てることはできず。暫くの間は夜間のみの使用に留めたいとシグレは思っていた。

 〈導具職人〉の天恵があれば、マナストーンは素材を自ら集めて来て製作することも可能なのだと、買い物の際に付き合ってくれたカグヤは教えてくれた。生産職の天恵を網羅しているシグレは、無論例外なく〈導具職人〉の天恵も有しているので、余裕があれば道具職人のギルドを訊ねて教えを受けてみるのも良いかなとは思っている。おそらく自作することができれば、そのコストもより安く済ませることができるだろうからだ。


(とはいえ、その余裕があるのかどうかは……)


 森林での採取行、そしてギルドでの生産。更に報奨目当ての地下宮殿での狩り。シグレの日常には既に多様な行程が組まれているし、最近では森林内で霊薬の材料とともに薬の材料が多数採取できてしまうこともあって、ユーリとナナキと共に〈薬師ギルド〉の方へも通い始めてしまった。

 天恵に恵まれているとはいえ、これ以上新たに別の生産に手を出す余裕があるかは正直疑わしく、結局は思うだけで行動に移さず終わってしまいそうに思える。少し前までの一日に暇が有り触れていた頃を思い出すと、まだ然程日が経っているわけでもないのに随分と懐かしいことのようにも思う。日々が充実している今の生活が、シグレはとても気に入っていた。




    ◇




 店と家を借りる件については、有難く受けることで既に話が付いていた。

 先日、ゼミスさんに話を聞かされた場では即答こそしなかったものの。周囲に皆が居る状況で話を振られてしまったことで、シグレ一人で可否を判断して良い案件では無くなった時点で勝負はついていたのだろう。


 実際に邸宅と家を皆で見に行ってみたのだが、歴史ある邸宅を思わせる家のほうにはカエデが強い関心を寄せ、広い温泉には黒鉄が一目で心を奪われてしまった。地下には冷蔵室として使われていた部屋と、その為の導具も揃っており、こちらにはユーリやシノが強い関心を示した。導具を稼働させるコストは掛かるだろうが、霊薬や調理に用いる素材を冷蔵室で保管できるというのは、二人にとっては大変に有益なものであるからだろう。

 広すぎる邸宅ではあるし、初めからシグレやユーリだけで使うつもりは毛頭ない。借りる場合どうせ部屋は余るのだから、皆が使ってくれるならそのほうが有難かった。

 店の方はといえば、街の中心街の一等地、それも警邏隊の中央詰所すぐ傍という最上級の治安が提供されている場所であることもあり、こちらはカグヤが惚れ込んでしまう。話を聞くと、中央通りから少し小径に入った場所に在る今の『鉄華』では、店の立地上なかなか高級品というものは並べにくいらしく、陳列できずに持て余している商品というものが幾つも貯まっているとのことだった。

 カグヤから、こちらの店を使い始めたらそういった商品を預かって欲しいという話を振られ、シグレはすぐに快諾した。立地が良いとはいえ保障ができるわけではないので、あまり多くを一度に並べることはできないかもしれないが、目の届く範囲で数点ずつであれば預かることもできるだろう。スコーネさんに念話で訊ねてみた所、別に霊薬の専門店にする必要は無いとの回答も貰えたので、他の商品を同時に扱うのも問題無いだろう。


 斯くして、実際に邸宅と店を見に行った時点でシグレ本人よりも周囲の皆が乗り気になってしまっており、最早断るという選択肢は早々に消されてしまったのだ。

 敢えてシグレが一人でバロック商会を訊ねる時に話をするのではなく、皆が一緒に居る夕食の際に立ち寄ってゼミスさんが家と店を貸す話を振ってきたのは、初めからこれが狙いだったのだろう。してやられた感はあったが、皆が喜んでくれるのだから結果としては良かっただろうか。

 邸宅と店舗は現在改装中であり、シグレ達も現時点ではまだ宿暮らしである。改装には一月も掛からないという話だったので、終わり次第皆で邸宅のほうには引っ越す予定になっている。シグレ達やカエデやユウジは宿住まいだから初めから引っ越すのに抵抗はないし、『鉄華』の二階に住んでいるカグヤも居住スペースを空ければその分を倉庫に使えることもあり、シグレが誘うと嬉しそうに快諾してくれた。

 店の方はゼミスさんがバロック商会の中で空いている人を一人派遣してくれることで話が決まり、その人に店番を任せることになった。勿論給料はシグレが払わなければならないが、ゼミスさんの太鼓判付きで信用できる人が雇えるのは有難い。

 一応、邸宅の賃料代わりに皆が暇な時に店番をしてくれることになっているので、固定の店員さんは一人でもやっていけるだろうと考えている。この辺は実際に店として動かしてみなければ判らないので、厳しいようだったら別途店員さんを募集したりする必要があるかもしれない。

 目下の問題は、店員さんのことよりも店のスペースが結構広いことのほうだった。現在、急ピッチでユーリやナナキと共に霊薬や薬の在庫を生産してはいるものの、多くの棚が設置された店内は三人の手持ちの霊薬と薬を総て並べたとしても、そのスペースの半分も埋めることはできないだろう。カグヤから預かる商品を置いたとしても、まだまだスペースは露骨に余るはずだ。

 ……もう、正直この辺は最初は妥協するしか無いかとも思っていたりする。商品数を一気に増やして対応するよりは、いまあるラインナップだけを並べて、あとは衝立を立てるなりして店舗面積を縮小して営業を開始するほうが建設的だろう。

 店を動かしてみたとして、実際にどの程度商品が売れるものかも全く予想が付かないわけだし、無理に商品を増やすことはリスクが少々大きすぎる。毎月任意の霊薬を霊薬20本納品すれば良いとするスコーネさんが提示した破格の賃料のこともあり、稼ぎの目標も定めずに無難な規模から開始しても問題無いことが有難かった。




    ◇




「おはようございます、シグレ様」

「おはよう、シノ」


 朝食の為に宿の階下に降りた際に宿の主であるガドムさんとヘルサさんの夫妻ではなく、真っ先にシノの挨拶が掛けられるのも最近ではすっかり慣れてしまった。

 最近になってシノは朝から昼食時までの間、泊まっている宿でバイトのようなものを始めた。バイトとは言っても給料らしい給料は殆ど出ていないようだが、目的はお金ではなく宿の夫妻から料理を教わることにあるらしい。

 おそらくはここの食事をとても気に入っていることを、シグレが幾度となく一緒に朝食を摂る傍らでシノに告げてしまったせいだろう。改装が終わり、邸宅に引っ越すまでにあとどの程度の期間があるのかは判らないが、シノはそれまでに夫妻から調理法を教わりマスターするつもりでいるようだ。

 宿暮らし自体に未練は無いものの、ここの食事が美味しすぎることもあり、多少後ろ髪を引かれる気持ちがシグレとしても無かったわけではない。相変わらず自分の意志よりもシグレのことを優先してしまうシノの性分にはついては多少思う所もあるが、彼女がその味を再現できるようになってくれるのなら、やはりシグレにとって嬉しいことでもあった。


「最近は採取にご同行できず、申し訳ありません」


 シグレ達の前に朝食を並べながら、シノが軽く頭を下げてそう告げてくる。

 自分の為にしてくれているのだろうから。無論、それはシグレにとって感謝すべきことでしかないのだが。


「ここで作る料理の方には、もう慣れた?」

「はい。ガドム様もヘルサ様も、大変丁寧に教えて下さいますから」

「なら良かった。じゃあ、引越し後にシノの作る朝食も楽しみにしてる」

「……ありがとうございます、シグレ様」


 目を伏せるようにしながら、シノがその白い頬を薄く染める。

 きっとシノが作ってくれたのであろう若鶏の香草焼きは、宿の夫妻が作る物と寸分変わらない美味しさで、朝からシグレに活力を与えてくれるような気がした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4000字

文字数(空白・改行含まない):3900字

行数:62

400字詰め原稿用紙:約10枚

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