94. 炎術師
移動中の数戦を経て、辿り着いた地下二階。何度目かの《発光》をユウジの盾などに掛け直してから、シグレは改めて気を引き締める。前回の経験から、地下二階の難易度が上階のそれとは格段に違っていることを学んでいるからだ。
八咫による隠形探索と《気配探知》スキルで魔物の存在を探りながら進むが、地下二階に降りて間もない辺りにはあまり魔物の存在が感じられなかった。この辺りの区域は全階の探索で掃討してしまったからなのだろうが、地下一階に比べて魔物自体もあまり移動を好まない部分があったりもするのだろうか。
気を引き締めるとはいっても、《気配探知》が敵の存在を捉えるまでは無闇に警戒心を強めることもない。普段から気を張らせすぎていては、却って疲れてしまうというものだ。
「―――君達は、全員が〝死〟を免れられるというのは本当かね?」
不意に隣を歩くスコーネさんにそう問われて、シグレは頷く。
パーティを組んだことで全員のステータスを自由に閲覧することができるようになったスコーネさんが、まだレベル1であるナナキやシノを見て。〈迷宮地〉に同行するのは些か早く、危険すぎるのではないか―――といった内容の会話を二人と先程交わしていたようだったから。おそらくはその回答として、二人からそう聞かされたのだろう。
「ええ。ユーリ以外は全員が〝羽持ち〟ですし、ユーリは自分と契約した〝銀梢〟ですので、どちらも死に至ることはありませんね」
「〝銀梢〟か―――珍しい単語を聞いたが、そういえば君は銀術師だったか。その若さで、契約した従者を引き連れているというのも末恐ろしいものがあるな。それに、そちらのメイドのお嬢さんもまた、君には忠誠を誓っているように見える」
「当然で御座います。シグレ様は、私のご主人様なのですから」
スコーネさんの言葉に、さも当然のようにシノは頷いてみせる。
こちらの世界でまで主従関係に拘らなくとも良いのだけれど……服装もメイド服で揃えてしまっているわけだし、これがシノなりの楽しみ方ということなのだろうか。
「何にしても恐るべきことだな。これ程の能力を持つ集団が決して死ぬことも無いとなれば、かなり積極的な運用が―――っと、いかんな。戦争基準で戦力を評価したがるのは、自分たちの悪い癖か」
「……〈イヴェリナ〉では、戦争があるのですか?」
「小競り合い程度であれば起きることもある。私も今は領を持たぬから、そういう意味では他人事ではあるがな」
―――戦争、か。
ゲームとして管理される〝街〟であれば、ゲーム内のイベントとしてでも無い限りは絶対に起き得ないものであるのだろうけれど。この世界では、少なくとも小規模のものに限れば有り得ることなのか。
とはいえ大規模のものが起これば、こちらの世界を純粋に楽しむというわけにもいかなくなる。さすがにカピノス社の人も何らかの形で介入することになるのだろうから、そこは安心して良さそうだけれど。
「そうそう。一応、自分も死ぬことは無いので安心して欲しい。とはいえ、君達ほどノーリスクというわけでもないので、なるべくなら回避したくはあるが」
「そうなのですか……? どうやって死を回避しているのでしょう?」
「〝身代わり人形〟というものがあってな。所有者が死んだ時に人形が破損してしまうのだが、その代わりに人形の設置地点で一度だけ復活することができるという特別なアイテムだ。これを自宅に設置してあるので、仮に私に何かあっても気にしなくて構わない。……高価なものなので、できれば消費したくはないのだがね」
いわゆる、〝スケープドール〟と呼ばれる類のものなのだろう。
定番という程ではないが、その手のアイテムが登場するゲームは多い。
「―――それは凄い。お幾らぐらいするものなのですか?」
金額次第では、市場で探してカグヤにプレゼントするのも良いかもしれない。
地下宮殿で貢献度を貯めて〝連繋の指輪〟をプレゼントする意味がやや薄れてしまうが、指輪は指輪で何度でも使用できる利点があるのだから問題無いだろう。
指輪を交換するのに必要な貢献度4,000は、このペースで貢献度を貯めればそれほど遠くはない。しかし効率を優先してソロで地下迷宮に没頭したりでもしない限りは、まだ幾らか時間が必要だろう。
「貴重品なので価格は安定しない。安ければ50万gitaぐらいだが、高ければ100万を超えることもある。時折〈迷宮地〉の宝箱などから発掘された物がオークションなどに出回るので、欲しいなら適宜参加してみるといいかもしれないな」
「……オークション、ですか?」
「興味があるかね? なら、次回は君も誘ってみることにしよう」
最近は『鉄華』への商品補充を欠かさず行っており、また霊薬の価格自体もかなり高いこともあり、シグレの〈インベントリ〉には既に7桁に達したgitaが詰まっている。
消耗品に100万と言われれば、かなり無茶な金額と言わざるを得ないが。それでも、決して手が出せない金額ではない。温泉付きの家を借りるのは少々遠のいてしまいそうだが、カグヤの安全が買えるのであればそれだけの価値があるだろう。
「是非、お願い致します」
「判った。では詳しいことはまた別の機会に話すとしよう。―――今はまず、目の前の魔物を殲滅することにしようか」
「そうですね、了解です」
八咫が最新の情報に更新してくれた地図により魔物の位置は完全に掴めている。目の前の大部屋に詰める、厄介な2体のハッグを含めた総勢10体を超える魔物達は、初戦の相手としては少々手強すぎる気もするが。
―――だが、この面子なら問題無く勝つことができるとも信じられた。
『ハッグが居ますので、こちらから打って出ましょう。敵の術師はハッグが2体にレイス・マジシャンが1体。術師は自分とユーリ、シノが封じ込めますので、敵の前衛をお願いします』
『応っ! レイス・ウォリアーも2体居るのか、ちょっと面倒だな……』
『《炎纏》をスコーネさんとナナキに掛けますので、可能ならレイスのタゲだけはユウジとカエデから引き剥がしてやって下さい。普通の敵と混ざると相手しにくいでしょうから。それと堅いホロウが4体も居ますので、術師を何とかしたら自分は《業火》を詠唱しようと思います』
『……ん。詠唱中のサポートは、私に任せて』
敵にハッグが混じっていれば突撃し、居なければこちらの有利位置に誘い込む。基本戦術は昨日と変わらないが、前衛が増えている分だけより安定した戦い方をすることができるだろう。
スコーネさんとナナキは手数に優れるため、攻撃に追加ダメージを付与する《炎纏》とは相性が良い。銀の武器を備えている黒鉄と共にレイス・ウォリアーを引きつけることができれば、あとはユウジとカエデが問題無く食い止めてくれる筈だ。
「名も無き万象の荒ぶる力よ、炎熱となりて彼の武器へと宿れ―――《炎纏》!」
シグレが《炎纏》のスペルをスコーネさんの持つ長剣に掛けると、同じくユーリがナナキのほうへ《炎纏》を付与してくれる。二人の武器に炎が宿ったのを確認してから、ユウジとカエデの二人は真っ先に正面の部屋へと突撃していく。
金属鎧の音は迷宮内で派手に響く。魔物達がこちらに気付くのにも然程時間は掛からず、老婆姿の魔物である2体のハッグが揃って杖を掲げてスペルの詠唱を開始したのが《千里眼》を通してシグレには視認できた。
『シノ、向かって左のハッグの詠唱を止められる?』
『―――お任せ下さい、シグレ様』
ハッグが詠唱しているスペルが、電撃を用いた攻撃スペルであることは既に昨日の経験から判っている。その詠唱時間はおよそ6秒から7秒といった所だろう。シノの機動力と隠密性をもってすれば、それだけの猶予時間があれば相手の後衛に直接一撃を加えることは充分に可能だと思えた。
廊下を抜けて部屋の中に飛び込み、《千里眼》ではなく直接2体のハッグを視認する。相手の魔物達からもまたこちらが視認される状況となったため、レイス・マジシャンが詠唱を開始したのを確認することができた。
「魔力を支配する〝銀〟よ―――」
「……《衝撃波》!」
何のスペルを使ってくるのか読めているハッグよりも、読めないレイス・マジシャンのほうがある意味では恐ろしい部分もある。それを封じるべくシグレが詠唱を開始するのとほぼ同時に、ユーリが《衝撃波》のスペルを行使して向かって右側のハッグを弾き飛ばし、その詠唱を中断させた。
「―――彼の魔物を捕えよ、《捕縛》!」
現われた銀のロープが、掲げる杖ごとレイス・マジシャンを絡め取る。《捕縛》自体が元々成功率の高いスペルではあるが、やはりアンデッドには効きが良いらしく今回も問題無くレイス・マジシャンを封じ込めることができた。
一方でシグレとユーリの対象から逃れたハッグもまた、その詠唱を続けていることは出来なくなる。詠唱中の無防備な身体を刺し穿つ、姿を隠した上で回り込んでからの鮮やかなバックスタブ。
シノが加えた致命的な一撃は、即座にハッグのHPバーごと蒸発させて、その姿を光の粒子へと書き換える。隙を晒す詠唱中の相手にだからこそできる芸当なのかもしれないが、術師の命を一撃の元に刈り取るその光景は、殺められたハッグが敵ながら憐れに思えてしまうほどだった。
「名も無き万象の荒ぶる力よ、紅蓮に燃ゆる総てを熔かす貴き炎熱よ―――」
あとの術師対策は、シノとユーリに任せてしまって問題無いだろう。そう考えてシグレは《業火》のスペルの詠唱を開始する。
レベルが3に上がり、詠唱時間を2割短縮することができる《高速詠唱》というパッシブスキルを昨日新しく獲得しているのだが。それでも本来の詠唱が20秒と長すぎる《業火》のスペルには、やはりかなりの時間を要してしまう。
その間、他の一切の行動を行うことができず無防備な隙を晒し続けるシグレを、信頼を寄せる仲間達が護り、支えてくれる。
「―――我に刃向かう総ての愚かなる者共を灼き尽くせ、《業火》!」
仲間達の信頼にシグレもまた応えるべく、自らの持つ最大のスペルを行使する。
シグレのMPがごっそり奪われるのと同時に。大部屋を埋め尽くす程の炎の波が、対峙する魔物の群れを悉く呑み込んでいった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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