93. 7人PT
今日の地下宮殿での探索は、いつもより1時間半遅らせてからの開始となった。
バロック商会で話し込みすぎて時間を消費してしまったことで、錬金ギルドで生産を開始するのが遅くなってしまい、ずれこんでしまったこと。それと昨日の探索でレベルが3に上がったことで、新たに聖職者のスペルで覚えたいものが増えていたためだ。
―――つまり、完全にシグレの都合による変更であり申し訳なくも思ったが、念話でそのことを頼むと皆すぐに快諾してくれるのが有難かった。
「その新しいスペルってのは、どうしても地下に潜る前に覚えたかったんだろ?」
地下宮殿の入口前でユウジにそう訊かれて、シグレは頷く。
「へえー、どんなスペルなの?」
「《帰還》というスペルです。効果は名前からイメージして頂く通りのもので合っていると思います。街の外で使うことで、最後に出た街の門前まで戻ることができるというスペルですね」
「ほう、それは便利だなあ……」
《帰還》は聖職者レベル3が必要なスペルになる。詠唱時間がかなり長いのが難点だが、安全を確保した状況で使えば狩りや採取の目的地から戻る為に非常に役立つものなのは間違い無く、効果対象が自分だけでは無く近くのパーティメンバーにも及ぶのも有難かった。
《帰還》の修得のために〈聖職者〉のスペルスロットを4から5に上げたので、今までに蓄積した大聖堂への貢献度は250だけ消費してしまったが悔いは無い。
「……それは、ダンジョンのような地下でも使えるのか?」
「大丈夫でした。実は先程、少し試してみたんですが」
衛兵のグロウツさんに地下宮殿にひとり通して貰い、入って最初の部屋で試しに《帰還》のスペルを行使してみると、同行していた黒金と共に即座に衛兵の二人が詰めているこの部屋に戻ることができた。
以前〈ゴブリンの巣〉で倒され、復活した時の位置が街の門前であったことから察するに、おそらく《帰還》のスペルには、〝羽持ち〟が死亡した時に戻される地点と同じ場所にまで、パーティ全員で戻る効果があるのではないかと考えている。
「ここの地下宮殿は広いしなあ……。いつでも即座に帰れるというのは便利だし、それなら確かに多少待ち合わせ時間を遅らせてでも探索前に覚えてくれたのは俺らとしても有難い」
「ええ、自分もそう思いまして。帰りに要する時間を考えずに済めば、それだけ探索を進めることに時間を充てられますしね」
できれば地下二階の中央の部屋、つまり地下一階で聖泉水を回収出来る部屋と同じ位置までは早めに探索を進めてしまいたいとシグレは考えていた。
理由は勿論、もし地下一階のものよりも少しでも品質の高い聖泉水が、地下二階で回収出来ればその恩恵が計り知れないからだ。今のところシグレが生産可能な霊薬レシピの中に聖泉水を活用できないものは存在しないため、質の良い聖泉水が手に入れられればそれだけで総ての完成品の品質を上げることができる。霊薬の効果量は品質に比例したものになるから、その重要性が高いのは言うまでも無い。
「ところで、今日はゲスト参加がひとり居るという話だが。それ自体は勿論構わないし、歓迎なんだが……その人はまだ来ないのか?」
「もう少し待って来ないようでしたら、念話を送って訊ねてみようと思っていますが……。あ、いらっしゃったみたいですね」
地上の大聖堂から続く階段に現われたその人影に、シグレは軽く一礼する。戦闘用のものに着替えてきたのだろう、先程とは少し違った装いのスコーネさんの姿が、そこにはあった。
〈ペルテバル地下宮殿〉を今日も探索するのかと。先程バロック商会にて訊ねられた時に肯定したシグレに、スコーネさんは同行を申し出てきたのだ。正直言えば、かなりのレベル差ががあることで自分が足を引っ張ってしまいそうなこと、そして社会的地位が高い方を死の危険がある場所に連れて行くことには抵抗があったのだけれど―――〈ペルテバル地下宮殿〉はスコーネさんにとって縁のある場所であることは察せられているし、シグレには拒むことができなかった。
「す、スコーネ卿! お疲れ様です!」
「ラバン。……あとはグロウツもか。二人は相変わらず地下勤めなのかね?」
「ええ、代わり映えのせぬ仕事ではありますが。サボっても咎めてくる相手が居ないもんだから、ラバン共々カードの腕ばかり上手くなっちまって困ってますよ。―――卿は、本日は実家にご帰省ですか?」
「そちらのシグレ君と少々縁があってね。ここもなかなか縁遠い場所に実家になってしまったし、偶にはゆるりと骨休めもいいかと思ってね」
「骸骨共と一緒にですかい。そりゃあ洒落てますな」
スコーネさんを前に緊張しきりといった様子のラバンさんとは対照的に、グロウツさんは昔馴染みと語らうかのような落ち着いた調子でスコーネさんと話し込んでいる。
スコーネさんの事についてあまり詳しく説明していなかったせいで、その様子を見てカエデやユーリはただ状況が理解出来ずに首を傾げている様子だったけれど。一方でユウジだけが、いつも通りの表情でスコーネさんのほうを見つめていた。
「なんだ、スコーネじゃねえか。本日のゲストってお前さんかい」
「ユウジか。まさか君が、シグレ君の仲間だったとはな」
「シグレも俺も同じ〝羽持ち〟だし、面識があるとは考えなかったのか?」
「む―――シグレ君が〝羽持ち〟であることを今知った。〝羽持ち〟同士が群れやすい事情は理解しているから、知っていれば察していたと思うがな」
〝羽持ち〟であることはギルドカードには刻まれるが、ステータス画面にその旨が表示されるわけではない。フレンドに登録し、それによりシグレのステータスを確認しただけのスコーネさんが知らないのも当然の話だった。
にしても、ユウジとは既に面識が有ったのか……。レベルがかなり高い二人のことだから、きっと自分などには当分辿り着けそうにない狩場に行ったりとかしているのだろうか。
「なんだか騒がしくして済まないな。―――私はモルク・スコーネと言う。シグレ君と少々縁があり、本日は無理を言って同行させて貰うことにした」
「カエデです、よろしくお願いします。えっと……先程、衛兵の方々から〝卿〟と呼ばれているようでしたが?」
「なあに、気にしないでくれて結構。お嬢さんは私のことを、たまたま爵位を有していて少しばかり資産家なだけの、ただ冒険者のおじさんと思ってくれればいい」
「い、いやいや、それ明らかに普通じゃないから……」
苦笑しながらも、カエデはスコーネさんから差し出されてきた手を握り返す。
爵位を有する貴族であるという割に、スコーネさんが話しやすい人柄であることも相俟って、皆への紹介は比較的スムーズに済ませることができた。
人見知りしがちなユーリだけは、少し距離を取るような感じでシグレの後ろに隠れてしまっているが。今までがそうであったように、きっと時間が解決してくれることだろう。
◇
本日の探索行は、気付けば7人と大所帯のパーティである。使い魔である黒鉄と八咫も加えれば合計9人にも達し、ひとたび大部屋で多数の魔物とかち合えば、部屋中でかなりの人数がぶつかりあう壮観な戦闘が繰り広げられることとなった。
前衛に非常にレベルの高いユウジとスコーネさん。更にレベルこそ二人には劣るものの、どちらも〈騎士〉の天恵を持ち高い防御能力を有するカエデとナナキ。背が低く機動力の高い黒鉄と、姿を隠してからの不意打ちを得意とするシノが前衛の4人の影から敵に攻撃を加え、最後方からシグレとユーリが様々な魔法を駆使して味方を補佐する。
ユウジとカエデが魔物のタゲを集めるため、スコーネさんとナナキは殆ど防御を考える必要さえ無く、巧みな連撃で魔物達を瞬く間に封殺していく。火力が高いものだから戦闘時間がかなり短縮され、これによりユウジとカエデの被弾機会も低くなり、《生命吸収》を活かせない狩場であるにも拘わらず地下一回程度では治療スペルを使う必要は全く無かった。ユウジとカエデの二人のHPの自然回復量が、被ダメージを上回ってしまっているからだ。
シグレとユーリは《理力付与》や《炎纏》といった味方を強化するバフスペルだけを掛けていればよく、攻撃に参加する必要があるのはレイスが出現した時ぐらいだった。
味方の戦力が過剰すぎて、もはや地下一階では相手にもならない。今回初めて組む仲間が多いから、暫くは地下一階で手慣らしをしよう―――探索を開始する際にそう提案していたユウジが、前言を撤回するまでには然程の時間も掛からなかった。
「この人数じゃ貢献度も稼げないしな。さっさと二階に降りるか」
「ん、了解。さすがに一階じゃ余裕すぎちゃうねー」
大聖堂の貢献度は人数割りになってしまうから、使い魔をカウントしないでいいとはいえ、地下一階では7体倒してようやく1ポイント貯められることになる。いくら殲滅速度が速いとはいえ、それでは確かに効率が悪すぎるというものだ。
よりレベルが高い魔物が出現する地下二階の方が稼げるだろうし、このパーティであれば問題無いだろう。スペルスロットの拡張に貢献度を使ってしまったシグレとしても、消費した分を早めに取り返したい気持ちはあった。
お読み下さり、ありがとうございました。
-
文字数(空白・改行含む):3826字
文字数(空白・改行含まない):3720字
行数:76
400字詰め原稿用紙:約10枚




