92. 束ね撃ちの騎士
「……ふむ、どうやら困らせてしまったようだ」
わざとらしく溜息を吐く仕草と共に、スコーネさんは残念そうに肩を竦めてみせる。その提案自体は有難いと思うし、少なからず自分を買ってくれてのものであるだろうから、嬉しくも思うのだけれど。
幾ら何でも唐突すぎるし、それに自分が欲しいのは〝家〟であって〝店〟ではない。スコーネさんの提案に、実際シグレは単純に困惑させられるばかりであった。
「シグレ様はいま、お店よりも家をお探しなのですよ。それも温泉付きの、大きな邸宅を求めていらっしゃるのです」
「む、そうなのか?」
助け船を出してくれたゼミスさんの言葉に、シグレは頷く。
店は店で、いつかは―――と思う気持ちも無いではなかったが。少なくとも生産職のレベルが1に過ぎない人間が考えることでは無い。ユーリがそれを求めるのであれば別だが、シグレ自身が望むことがあるとするなら、それはずっと先の話になるだろう。
「自分には、黒鉄という名の魔犬の使い魔がいるのですが」
「―――ほう。使い魔というと、君は〈召喚術師〉なのか」
「はい、それだけではありませんが……。ともかく、この黒鉄が大変な温泉好きでして。しかし生憎と、共同浴場では使い魔を直接湯に入らせることは禁じられていますので……。自分や仲間と共に使い魔が入れるような、温泉を備えた家を探しております」
「ふむ……。店よりもまず家、か。なんとも商人らしからぬ―――いや、そもそも君は商人では無かったな。これは失礼」
稼ぎとしては冒険者としてのものよりも、生産品を販売することのほうが何倍も大きかったりするので……。正直、否定しづらい部分はあったりもするが。
そもそも、店などと言われても並べるほどの商品を生成できるわけではない。採取の際にはひとつひとつ《防腐》のスペルを掛け、ベリーポーションやメロウポーションを生産する時にはMPを大量に消費する《固定化》のスペルを掛けなければならないから、シグレにしてもユーリにしても生産速度が早いとは言えないのだ。
それに、レベル1のシグレにはそもそも作れる霊薬の種類があまり無い。ユーリのレベルがこの先上がれば彼女の商品を置くという意味では店を持つのも悪くないかも知れないが、彼女とてレベルが初期化されてしまった以上は、本来と同じだけのレベルに戻るまでには時間を要するだろう。
「店舗もそうだが、邸宅も余っている。私が貸しても良いが?」
「……えっ?」
「実を言えば、最近は私が所有している店舗や邸宅などに、少々空きが増えすぎてしまってな……。空きの店舗や邸宅が増えれば、それだけ管理する為の費用も嵩む。それで少々困って、今日はゼミスへ相談に乗って貰っていた所だったのだ」
「うちの商会は規模こそ然程大きくありませんが、飲食店の開業と経営については一日の長が御座いますからね。少しはスコーネさんのお役にも、立つことができるかと思っております」
―――店舗や邸宅が余っている、って。
シグレがカグヤの店に預けている、安くない霊薬を購入してくれていることから察しても、それなりに裕福な人なのだとは思っていたが。一体、どれほどの資産家ならそういう状況に陥るのか。
「このご時世だ。売るにしても貸すにしても、なかなか相手を見つけるのには難儀してな……。私は商人では無いから交渉事も得意ではないし」
「な、なるほど……」
確かに、シグレの知るような不動産会社が乱立する現実世界とは異なり、こちらでは土地と建物を誰かに売ったり貸したりすることは、案外簡単では無いのかもしれない。
「温泉付きの邸宅など、無駄に空けていては管理費が嵩むばかりの最たる物です。シグレ様の人柄は私が保証致しますので、スコーネ様の方から安く貸し出して差し上げてはいかがでしょうか?」
「……確かに、ゼミスの言う通りだな。どうだろう、金額については可能な限り相談に乗るから、是非私の物を借りては貰えないかね? ゼミスが保障する相手であれば私も安心できるし、また君とは初対面ではあるが、私のことについてもゼミスが保障してくれよう」
「それは、勿論です。―――尤もうちの商会程度では、名立たるスコーネの家門を保障するには、役者不足に過ぎるというものですが」
店舗や邸宅を多数有していて、しかも〝家門〟ときたものだ。
さすがにそこまで情報が揃えば、相手のことについても多少は察せられる。
「有難い話ですが……。もしかして、スコーネさんは貴族か何かなのですか?」
「うむ、そうだ。今では領こそ持たないが、これでも歴史が古い家柄なのだよ?」
そう言って、首肯してみせてから。スコーネさんは腰に帯剣していた件を外し、その鞘と柄に刻まれた紋章をシグレに見せてくれた。
―――長弓の弦に、一度に番えられた4本の火矢。
どこかで見た覚えのあるその紋様に、シグレは一瞬頭を捻らせてから。
やがて、それが少し以前に大聖堂のライズさんに見せて貰った、短刀に刻まれていた紋様と全く同じ物であることを思い出した。
「これはまさか、旧王家の紋章……?」
「―――ほう。まさか今時、これを識っている者が居るとは」
〈ペルテバル地下宮殿〉を探索するにあたり、司教のライズさんからは地下宮殿の中で〝旧王家の遺品〟を見つけることがあれば、回収して届けて欲しいと頼まれている。
あの時ライズさんから参考に見せて貰った、短刀に刻まれていた紋様。それこそが旧王家の品で有ることを示す紋様であり、それと同じものをスコーネさんが持っている。
「昔の話だ。今となっては私の家も無駄に名ばかりが有名で、紋章の知名度さえ無いような一介の貴族家に過ぎぬ。……君が〈束ね撃ちの騎士〉を識っていたのは、正直意外だったがね」
〈束ね撃ちの騎士〉というのは、その紋章のことを指しているのだろう。
長弓に4本も同時に矢を番えている紋様というのは、なかなか変わっているなあとは思っていたが。なるほど、こういうのを束ね撃ちと言うのか。
「自分はいま、〈ペルテバル地下宮殿〉を探索していますから」
「ああ、なるほどなあ―――」
何がおかしいのか、くくっとスコーネさんは声を漏らして笑ってみせる。
だが、笑いながらもその目はどこか悲しそうに見えた。
「あれこそ当に、スコーネ家凋落の象徴のようなもの。当時、世界最高峰の技術を以て作られた巨大な地下宮殿が、今やアンデッド共の巣窟になっているというのだからな」
「ああ……」
確かにそれは、家の血を継いでいる人間からすれば、最早自虐的に笑うしかないことなのかもしれなかった。
「だが、当家が遺した負の遺産―――その尻拭いを、冒険者である君がしてくれているというのは、私としても何とも奇妙な運命を感じずにはいられないな」
「自分はただ、自らの目的の為に地下宮殿で狩りをさせて頂いているだけですが」
「それでもだよ。私はこういう〝数奇な縁〟というものが大好きでね」
シグレの視界内に、突如としてひとつのウィンドウが表示される。
いかにもシステム的な無機質な文字列で。そこには、『モルクにフレンド登録を要請されました、許可しますか?』と書かれている。
「貴族に知己を得るというのは、職人としても冒険者としても、時には役立つことがあろう。―――君さえ良ければ、私は君と個人的に懇意になりたいものだが」
「……自分に、それだけの価値があるとは思えないのですけどね」
とはいえ、フレンドが増えるのは有難いことであり、相手からそれを望んでくれたことも素直に嬉しいことでもある。表示されているウィンドウに、シグレはしぐに承諾の意思を以て応えた。
「今後とも宜しく頼む。先程も言ったが、私も一応冒険者ギルドにも登録しているからな。何なら狩りの手勢が足りない時に、呼び出してくれても構わんぞ?」
「そ、それはちょっと……」
貴族を。それも旧とはいえ、王家に連なる人間をこちらの都合で呼び出す事というのは、さすがに躊躇われることでもある。
(……レベル高っ!?)
スコーネさんのステータス欄に刻まれる『〈傭兵〉Lv.22』の文字。
貴族なのに〈傭兵〉という天恵も突っ込みどころ満載な気がするが、それを脇に置いてもユウジと同クラスのレベルを持つ人というのは見るのが初めてで、シグレはただただ驚かさせられるばかりだ。
「―――ははっ! 何だこの天恵は!」
「ふふ、シグレ様の天恵は素晴らしいでしょう?」
尤も、ステータス画面を見て驚かさせられたのは、シグレだけではなくスコーネさんのほうもまた同じであるらしいが。
お読み下さり、ありがとうございました。
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