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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《忙しき日々に新たなり》

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91. モルク・スコーネ

「―――あら、シグレ様」


 〈アリム森林地帯〉での採取行の後。要望頂いていた山菜とガルゼの素材を届けるために、ひとり訪ねたバロック商会にて。シグレが商会のドアを開けたことで、カランカランと鳴り響いたドアベルの音に気付いたゼミスさんが、そう声を掛けてくれた。

 ゼミスさんの対面には、ひとりの男性の姿があった。歳は、現実換算でなら50は過ぎているだろうか。威厳と風格あるぴしっと揃った服装から、少なくとも一介の従業員などで無いことはすぐに理解することができた。


(……もしかしてこの人が、バロック商会の代表の方なのだろうか)


 鋭い目つきと顔立ち、そして整った髭が何とも凛々しく見える、老紳士という単語がいかにも似合いそうな男性の姿を見て、シグレはそんな風に思う。

 ゼミスさんからは初めて会った時に商会の『副代表』だと自己紹介して貰っているが、幾度となく訪ねているにも拘わらず、未だにこの商会の代表者の方にはまだ会ったことがなかった。


「すみません……。先に念話を送ってから訪ねるべきでした。後ほど出直すことに致します」


 バロック商会の代表の方なのか、それとも外部の方なのかは判らないが。何にしても、ゼミスさんが他の方を応対している最中にも拘わらず訪問してしまったのは、どう考えてもシグレのほうが悪い。

 採取行から帰還した後にはその足でバロック商会を訪い、鮮度を落とさないうちに素材を植物売却して荷物を整理する。そのように、最近では毎日のようにバロック商会を訪問していることもあり、訪問前にゼミスさんに連絡を入れることについては、いつしかすっかり怠ってしまっていた。自分の不注意で二人の会話を遮ってしまったのだから、何とも申し訳ない限りだ。


「いや、私はもう帰る所だから然程時間は掛からないだろう。済まないが、少しだけ待って貰えるかな」

「……はい。ご迷惑をお掛けしました」

「何、気にする必要は無い。良くあることだ。―――む? ゼミス、いま君はこの少年を〝シグレ〟君と呼んだかね?」


 見知らぬ老紳士の口から、あたかも何か心当たりのある名前を確認するかのような口振りで自分の名前が紡がれたことに、シグレは少なからず驚かさせられる。

 ユウジのような高レベルの冒険者であれば、あるいは相応の知名度を持っていてもおかしくないのかもしれないが。まさか自分のような、まだ下級の冒険者に過ぎない人間の名前が、誰かに知られているとは考え難いからだ。


「確かに、シグレ様とお呼び致しましたが……?」

「もしかして、君は『鉄華』に霊薬を卸していないかね?」

「ああ―――」


 生産されたポーションなどの霊薬には、効果などに付随して生産者の名前を含む情報が刻まれることになる。

 この老紳士がカグヤの店でシグレの作った品を手にとっているのだとするなら、自分の名前を知っていても確かにおかしくない。


「心当たりがあるようだね。良い腕の〈錬金術師〉と会う機会が得られたのは、私も嬉しい。―――モルク・スコーネと言う。以後、よろしく頼みたい」

「冒険者をしています、シグレです。よろしくお願いします」

「こう見えて、私も冒険者ギルドには登録していてね。殆ど趣味のようなものではあるが……。君の作った霊薬も、少しだが買わせて貰った。本当はもっと欲しかったのだが、あまりカグヤの店で買い占めのような真似をするのも宜しくないかと思ってね」

「それは、ありがとうございます」


 自分の商品を購入してくれていることを知り、シグレはすぐに一礼する。

 その口調から、スコーネさんがカグヤと既に面識を持っていることもまた、窺うことができた。おそらくは『鉄華』の常連客か何かで、店を利用する折にシグレが置かせて貰っている品を目にする機会があったのだろう。

 『鉄華』に並べさせて貰っている霊薬類は、市場価格に合わせたせいでかなり高額なものになってしまっており、一体どんな人が買うのだろうと前々から疑問に思っていたのだが。……なんとなく、スコーネさんを見ると納得させられるものがあった。


「―――おっと、済まないね。色々と君とは話をしたい所だが……待たせてしまうのも悪いし、そういうことなら私は気にせず、商会を訪ねてきた用事を済ませてくれて構わないよ。私がこの場に居ない方が良いのであれば、席を外すが?」

「いえ、特に見られて困る物でもありませんので……。ゼミスさん、いつも通りガルゼ素材の買取りをお願いしていいですか? あと、ご要望を頂いていた山菜類についても採って参りましたので」

「ありがとうございます。お店の料理人も、さぞ喜ぶことでしょう」


 フレンドに登録しているゼミスさんには、〈インベントリ〉から直接アイテムを受け渡すことが出来る。一通りの山菜と素材をあちらに転送し、シグレがその旨を伝えると、ゼミスさんはすぐに品定めと買取金額の算出作業に没頭してみせた。


「ガルゼの素材、ということは〈アリム森林地帯〉にでも行ってきたのかね?」


 ゼミスさんの計算待ちの間、手持ち無沙汰になったシグレに再びスコーネさんがそう声を掛けてくる。


「はい。最近は毎朝、霊薬の素材を採る為に行っていますので」

「ほう……。昔の〈錬金術師〉達は、常にその日自ら採取した素材を中心に霊薬を作成していたという話を聞いたことがあるが。現在でもそれを実戦している職人が居るとは、なかなか感心な話だ」

「……え?」


 意外な言葉を聞かされたような気がして、シグレは少なからず戸惑いを覚えた。

 植物素材の多くは、その速さに差こそあれ収穫時点から品質が劣化し続けるものである。《防腐》などのスペルを掛けることで、劣化の進行速度をある程度抑えることはできるものの、完全に劣化を封じる手段というのはシグレもまだ知らない。《固定化》のスペルは、素材に使うと加工時に品質0扱いになるから論外だ。

 ならば品質が劣化してしまう前に、なるべく新鮮なうちに。即ち、採取した素材をその日のうちに加工してしまおうという程度のことは、《固定化》のスペルが無くとも誰だって考えそうなものだが。


「……あまり他の〈錬金術師〉の方は、自分の足で頻繁に素材を採りに行ったりしないものなのでしょうか?」


 もしかすると、そもそも自力で素材の調達に行くこと自体が珍しかったりするのだろうか。

 そう思いつつ、けれど一方では(さすがに有り得ないだろう)と思いながらスコーネさんにぶつけてみた質問であったが。シグレの内心とは裏腹に、その問いは即座の首肯を以て答えられてしまう。


「しないな。森に入れば魔物が出るし、時には盗賊にさえ出くわすこともある。職人自身が自らの身を護れるだけの強さを備えていれば良いが、そう言う者は稀だろう?」


 当たり前のことを諭すかのように、スコーネさんは続ける。


「森林に採取に行くのであれば、冒険者の護衛を雇う必要が生じる。森林というのは見通しが悪く、また囲まれる危険性もあるから、素人を一人護衛するには手練れが二人か三人は欲しい所だが。しかし、雇用する人数が多ければ多いほど多額の日当を支払わねばならなくなる。更に言えば、冒険者の雇用仲介をギルドに頼めば当然手数料も取られることになるな」

「……それは、高く付きそうですね」

「そうだ、高く付く。そして、どうせコストが色々と嵩むのであれば、初めから採取になど行かなければ良いと考える職人は多い。必要な素材を市場に求めたり、あるいは素材自体の回収を依頼として冒険者ギルドに貼り出すほうが、建設的というものだろう?」

「理解出来なくはないですが……。深い場所にまで踏み入らない限りは、森に棲む魔物もそう積極的にこちらを襲ってくるようなことはありません。盗賊にしても、行商の馬車以外を襲うのは割に合わないので、個人を襲撃の対象に取るようなことは滅多に無いと聞いていますが……」

「だが、有り得ぬことではない。人を襲わないことで知られる魔物も、気が立っていれば人間を能動的に襲うこともある。普段は奥地にしか姿を見せぬような獰猛な魔物を、林道を利用していた行商人や護衛の冒険者が目撃した例など珍しくもない。盗賊もそうだな―――金に困っていたり、あるいはそうでなくとも気分次第では個人を相手取って襲うこともあるだろう。まして、都合良くいかにも戦闘に不慣れそうな相手を見かければ尚更だ」

「………」


 確かに、スコーネさんの言葉は理に適っている。

 〈アリム森林地帯〉を探索していても、他に採取などを目的として森に入っている人と遭遇する機会が全く無いことについては、以前から少なからず不思議には思っていた。毎日のように森の中を探索しているにも拘わらず、林道沿い意外で他の誰かと遭遇したという経験は、後にも先にもユーリと初めて会った時のただ一回きりだった。

 〈陽都ホミス〉では〈フェロン〉と密に交流があることもあり、ただ森林素材を手に入れるだけならば苦労はしない。市場を少し探し回ればヒールベリーでもコナミントでも、〈フェロン〉から届けられた多くの素材を目にすることができるからだ。

 だが、シグレはそれらの品を見かけても購ったことはない。―――随分と品質が酷いものばかりだからだ。おそらくはこの先も購入する機会は無いだろう。


「市場に出回るような素材という物は、総じて品質があまり宜しくない。そんなものを掻き集めて霊薬を作った所で、中級の評を得る品さえ創り出すことは困難だろう。素材の質は完成品の質に直結し、品質はその性能に直接関わってくる―――などという話は、君には改めて言うまでも無いことかな」

「ええ、まあ……」


 シグレが中級というハードルを飛び越えて、容易く上級の評価を得られるだけのポーションを生産できているのは、完成品の品質の殆どが素材の品質に依存するものであり、職人の腕というものがあまり関係ないためだ。

 シグレが作成可能な霊薬は、実は僅かに3種類しかない。これはシグレの〈錬金術師〉としてのレベルが1しか無いためで、レベル2以上を必要とする生産のレシピには手を出すことができない為だ。故に、森林で様々な素材を採取してきているにも拘わらず、シグレは未だにベリーポーションとメロウポーションばかりを重点的に作成している。

 しかし、自分で作成可能な霊薬類であれば、シグレはプロ顔負けの逸品を作り出すことができる。それは〈錬金術師〉としての職人以前に冒険者であるシグレには、自らの足で素材を採取し、新鮮なままに用いることができるからだ。

 無論《固定化》による恩恵も極めて大きいことは言うまでも無く、また最近では聖泉水を用いることで完成品の品質を大幅に上げることができるというのも大きいのだが。―――《固定化》を使えることも、地下宮殿で聖泉水を採取して来られるのも、結局は自分が〝冒険者〟であるからだ。


「良ければ君に、提案したいことがひとつある」

「提案、ですか……? 何でしょう?」

「―――自分の店を、持ちたいとは思わないかね?」


 僅かに微笑みを零しながら、スコーネさんは真っ直ぐにそう提案してくる。

 その提案に全く魅力を感じないというわけではないのだが。バロック商会を訪ねに来る道中、〝店〟ではなく〝家〟を求めてゼミスさんに相談したい内容について考えていたシグレにとって、何だか随分と的外れな提案をされたように思えてならなかった。

お読み下さり、ありがとうございました。


投稿を4日間お休み致しました。申し訳ないです。

暫く前から調子が微妙に悪い実感はあったのですが、ただの夏バテだろうと油断していたら、拗らせてなかなか酷いコトになってしまいました。

皆様もどうぞご自愛下さい。夏風邪に発展すると非常に辛いです。(経験談)


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文字数(空白・改行含む):4693字

文字数(空白・改行含まない):4569字

行数:91

400字詰め原稿用紙:約12枚

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