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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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09. フィアナの加護

「シグレの種族って銀術師なんだ? 天恵が後衛職ばかりな上に種族補正が掛かって、HPが大変なことになってるみたいだけど……」


 やっぱり、HPが『8』っていうのは〝大変なこと〟なのだなあ……。

 しみじみとそんなことを思っていると、シグレが答えるよりも先に隣のクローネさんが「ええ」とカエデの言葉に応じた。


「そうなんですよ、だからカエデにお願いしようと思いまして」

「あ、なるほどね。確かに私と一緒なら確実に安全だ」

「……?」


 どうして彼女と一緒なら安全が確実なのだろう?

 そうした内心の疑問に応えるかのように、シグレの視界に突如『カエデさんからパーティに誘われています、加入しますか?』という表示が現れた。僅かに逡巡しながらも、もちろんシグレも『承諾』で応じる。


「パーティを組むと、仲間のステータスが見えるんだ。〝意識〟してみて?」

「判りました」



----------------------------------------

 カエデ/人間


   戦闘職Lv.4:騎士、槍士

   生産職Lv.1:調理師


   最大HP:244 / 最大MP:90


   筋力:52 強靱:70 敏捷:47 反応:40

   知恵:20 意志:25 魅力:20 加護:45

----------------------------------------



 指示された通りに意識してみると、すぐにカエデのステータスが表示される。

 HPの値がシグレの30倍以上ある辺りは、さすが〈騎士〉といった所だろうか。一方でレベルが4というのは、シグレが予想していたよりも随分と低い値だった。

 彼女はつい先程、ギルドに登録してまだ一ヶ月程度だと言っていた。2職だけのマルチクラスの彼女が一月掛けてレベル4までしか上がらないとするなら、このゲームは相当にレベルアップが厳しく設定されていると覚悟した方が良いかもしれない。

 ―――とも一瞬考えたものの。珈琲片手にまったり読書をしていた先程までの彼女の様子から察するに、それほどレベル上げなどには拘らないスタンスなのかもしれない。それなら尚更、シグレは彼女に対して好感が持てる気がした。


「ステータスに記載されてる戦闘職に注目すれば修得してるスキルとかの詳細も見ることができるんだけど、知ってた?」

「……いえ、全く存じませんでした」

「じゃあ試しに〈騎士〉の詳細をちょっと見てみて?」


 騎士というと、やはり馬に乗って―――戦うわけではさすがに無いだろうか。

 だとすると騎士のスキルってどんなものだろう。一般的なオンラインゲームなどで〈騎士〉と言えば、敵のタゲを取って耐えるような盾役のことだろうか?



----------------------------------------

  《威嚇》 - 消費 0:周囲の敵を、自分に引きつける。

  《庇護》 - 消費10:10分間、指定した味方へ与えられるダメージを自分が代わりに受ける。


 《騎士の恩寵》 - [常時] 聖職者スペルにより自身のHPが回復される時、MPも一緒に回復する。

 《騎士の清廉》 - [常時] 状態異常を20%確率で無効化する。

  《騎士道Ⅰ》 - [常時] 強靱+20%、全身体能力値+5%、HP回復率+5

----------------------------------------



 どうやら、その認識で合っているようだ。能動的に用いる『アクティブスキル』は、どちらも味方を護る用途に特化したもののようだった。


「……これは本当に、カエデさんに頼る機会が増えてしまいそうだ」


 思わず、苦笑しながらシグレはそう零してしまっていた。

 先程カエデが「確実に安全」と言っていたのも頷ける。ダメージを身代わりできる《庇護》のスキルがあれば、些細なダメージでさえ致命傷になりかねない脆弱なシグレも安心して戦うことができる。

 そもそも、魔法職ばかりを積載した後衛型のシグレにとって、敵を安定して引きつけてくれる盾役ほど有難いものはない。防御面を考えないで良いのなら、それだけで随分と戦いやすくなることだろう。


「頼ってくれるのは嬉しいけど、〝さん〟はやめてねー?」

「おっと……すみません、カエデ」

「その敬語も、やめてくれていいんだけど?」


 敬語に関しては、シグレも苦笑するだけで明確な返事をしなかった。無意識に敬語が混じるのは、長年の入院生活から染みついた、自分でもどうにもならない癖のひとつだと理解しているからだ。

 入院しているとどうしても、医者や看護師の方、あるいは年長者といった目上の人達としか接する機会が無くなってしまうのだ。砕けた口調をしてくれるカエデに対して、シグレも敬語で返す必要は無いと理解してはいるのだが、なかなか習慣化した癖というものは容易に抑えられるものではない。


「それでは是非、私からもシグレさんのことをよろしくお願いします。ギルドに所属下さったのは有難いのですが、シグレさんのHPではソロで依頼や狩りなどに取り組まれますと、事故で命を失うこともありそうですので」

「え? それはないんじゃない?」

「……えっ?」


 カエデに即否定されて、クローネさんは驚く。

 シグレから受け取ったままだったギルドカードを、カエデはクローネさんに渡してみせた。


「このカード、作った後にちゃんとチェックした? 主に名前の横にあるマークとか」

「―――!? き、気付いてませんでした……」

「だめだよー、ここ重要なんだからちゃんと見とかないと」


 二人の会話の意味がわからなくて、シグレは首を傾げる。

 その様子を見て「あのね」とカエデは説明してくれた。


「ギルドカードの、シグレの名前の横に羽のマークが付いてるでしょ?」


 慌ててクローネさんの手にある自分のカードを横から確認してみる。


「確かに、付いていますね」

「これって誰にでも付いてるわけじゃないんだ。この羽のマークを『フィアナの加護』と言ってね、この加護を持ってる人は戦闘で倒されたりしても大聖堂で復活できるんだ。それだけじゃなく、天恵を〝開始時〟に自由に選ぶことができたり、大聖堂に行けば、レベルは初期化されちゃうけれど天恵を再設定できたりもするかな」

「それって―――」


 要するに〝プレイヤー〟のことなのだろうか?

 視線で問うと、カエデは頷きで答えてくれた。


「こっちが私のカードね。〝シグレ〟って名前を聞いた時、その響きですぐに、もしかしたら私と同じなんじゃないかなって思ったんだ。で、ギルドカードを確認してみたら案の定だった」

「ああ、そういえば―――確かに〝カエデ〟って名前も、そうですよね」


 〝カエデ

 明らかに日本語な名前だし、ファンタジー世界のNPCにはあまり付けられる名前では無いだろう。カエデというのはおそらく本名から付けられた名前なのだろうし、言われて見ればすぐにプレイヤーだと気付いていてもおかしくなかったのだ。

 彼女のカードの名前の隣にも、羽の紋様が確かに刻まれている。


「……すみません、私は階下したでシグレさんの登録書類を修正して参ります。そのまま窓口業務に戻りますので、あとの諸々の説明とかはカエデにお願いしても?」

「ん、了解。といっても大したコトは教えられないけどね」

「カエデにお願いすれば間違い無いと思ってますので、そこは心配していませんよ。―――そうそう、武器を購入されたいとのことですので、後ほど武具店にも案内して差し上げて下さいな」


 シグレの側を向き直って、クローネさんがコホンと小さく咳払いをする。


「シグレさんにもすみませんでした、本当は私が登録後すぐに気付くべきでしたのに……。」

「いえ、自分も色々と無知な自覚がありますから……気にしないで下さい」

「何にしても、シグレさんが〝加護持ち〟でいらっしゃったのなら、それ自体は大変嬉しいことです。さすがにHPが8というのは心配でしたので……。とはいえ、死の危険がないとはいえ無茶はなさらないで下さいね」


 そう告げてから、クローネさんは階下へと戻っていった。

 クローネさんが本気で心配してくれていたので、却ってシグレの方が申し訳ない気持ちになった。プレイヤーである自分に『死』が有り得ないことは、何となく感覚的に察せていただけに。ちゃんと自分の側からそう言っていれば、クローネさんだって気付くことができていただろうから。


「……とりあえず、いつまでも立ったままというのも何だし。何か飲み物を注文して、シグレも座ったら?」

「おっと、それもそうですね」


 促されて、シグレは苦笑する。確かに突っ立ったまま続ける話でもない。

 カウンターで珈琲を注文し、カエデの向かいに座る。ほどなく席へ運ばれてきた淹れたての珈琲は、カエデのものと同じ芳香を立てていた。


(インスタントでは出せない香りだな)


 考えてみれば、インスタントコーヒーは19世紀の技術である。ファンタジー風の世界観をしている以上、無い方が当然とも言えるだろうか。

 僅かに口に含んで、どこか懐かしい味覚にほっとする。入院生活中は味気ない缶コーヒーしか飲めなかったから、ゲームの中でこれが味わえるというのは嬉しい。


「少し酸味があって、味はモカに似ていますね?」

「おお、判るんだ? これはね、この街の特産の〝コピ・ルアク〟って名前の豆で」

「―――やめてくださいよ」


 冗談だと判るので、苦笑混じりにシグレはそう告げた。

 〝コピ・ルアク〟というのは主にインドネシア産の豆で、コーヒーノキの果実を餌として食べたジャコウネコの糞から採られた、未消化のコーヒー豆のことである。

 一度くらいは飲んでみたい気もするのだけれど、生憎と高価なので手を出したことがない。何しろ、世界一高い珈琲豆として有名だったりもするのだ。


「ま、この美味しさのがゲームで飲めるんだから嬉しいよねえ。現実だと最近高いし」

「そうですね、ここの値段もかなり安いようですし」


 先程カウンターで注文したとき、お店の人は値段を8gitaだと言っていた。

 朝食が40gitaだったので、その僅か5分の1と破格の安さだ。おそらくは冒険者に二階へ滞在して貰うために、飲み物の値段に関しては特にギルドの側で配慮してあるのだろう。


「ところで、カエデさんのことをフレンドに登録しても構いませんか? ……やり方は知らないのですが」

「おー、シグレはあれかい? 女の子には取り敢えず粉を掛けるほう?」

「違いますよ、そういうのでは無いです」


 本当に、そういうのではなく。

 ただ、このギルドで知り合った初めての冒険者仲間である彼女と。そして初めてパーティを組んだ相手であり、このゲーム中に初めて出会った同じ〝プレイヤー〟の仲間でもある彼女と、親しくなりたいと思っただけだ。


「あははっ。ま、シグレが言ってくれなきゃ私からお願いしてただろうけどね。自分から申請したことがまだ無いから、フレンド登録のやり方は私も知らなかったりするんだけど……たぶん、いつも通りじゃないかな?」

「ああ、それもそうですね。やってみます」


 彼女をフレンドに登録しようと〝意識〟してみる。

 すると『フレンド登録申請中です』というウィンドウがシグレの視界内に表示されて、そして数秒と立たずに『カエデがフレンドに登録されました!』という文字列に書き換わった。


「宜しくお願いします。私のこれは本名ですが、〝カエデ〟という名前も?」

「うん、たぶんシグレが〝カエデ〟って単語から最初に想像する漢字そのままの名前かな。木(ヘン)に風と書いて〝楓〟だね。―――ね、〝シグレ〟はどんな字?」

「自分もそのままですよ。冬の季語の〝時雨〟ですね」

「なるほど。……うん、シグレの雰囲気によく合った名前だと思う。こちらこそ宜しくね、シグレ」


 口角を上げて嬉しそうに笑みながら、片手を差し出してきた彼女の手を、シグレのほうからも握り返す。

 自分のことは良く判らないが、〝カエデ〟という名前こそ彼女の雰囲気にはよく合った名前だとシグレには思えた。こうして幾つかの会話を交わすだけでも、彼女が身に纏う気風と、錦の華とを感じることができる。

 独特な凛々しさと柔和さを併せ持つカエデが纏う雰囲気を、シグレは純粋な気持ちから美しいと思った。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):5119字

文字数(空白・改行含まない):4864字

行数:158

400字詰め原稿用紙:約13枚

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