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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《忙しき日々に新たなり》

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87. 日常を穿つもの

 初戦でかなりの苦戦をさせられたこともあり、以降の地下二階での探索はかなり慎重に、かつ大胆に事を運ぶようになっていた。

 基本的には八咫から伝わってくる情報を元に、魔物の構成を的確に把握した上で挑む―――という基本戦術は変わらないのだが、地下二階の魔物はレベルが高いだけあり[反応]の能力値が優れているのか、そうそうこちらに先手を打たせてはくれない。

 接近中に、敵に気付かれてしまう場合が多いのだ。敵がこちらを認識したことに気付いた場合には、敵の構成の中にハッグが含まれていれば直ちに突撃を仕掛ける必要がある。ハッグの電撃は壁を反射するから、こちらと直接視線が繋がっていない位置からでも遠慮無くスペルを撃ち込んでくるので、さっさと部屋の中に突入して詠唱の妨害を考慮した方が状況的には優位を握りやすい。

 逆に、ハッグが含まれていない場合には、こちらが有利な状況に誘い込むほうが良い。廊下に引き込めば、ユウジとカエデは魔物に回り込まれる心配が減り、かなり戦いやすい状況を作ることが出来る。敵の攻撃を盾で防ぎやすい状況を作れば、そのぶんユウジが発揮する火力も高くなり戦闘の時間も抑えることができるのだから、この重要性は案外低くない。

 術師系の魔物はハッグだけではなく、地下一階と同じでレイス・マジシャンも出現するのだが、こちらは視線が通っている状況でしか詠唱を開始してこないようだし、アンデッドであるので《破魔矢》や治療スペルなどで手軽に大ダメージを与えることができる。銀に弱いこともあり《捕縛》の成功率も極めて高く、ハッグに比べれば随分与し易い相手であると言えた。


「結局、数が少なくて楽なほうを選んだつもりが、地味にキツい敵を最初から選んじゃったってことなのかもねー……」


 カエデの言葉に、シグレもユウジも苦笑するしか無い。ハッグが二体居る北側から行こうと最初に口にしたのはユウジであり、それをすぐに了承したのはシグレであるからだ。

 けれど最初に痛い目を見たのは、却って良かったのかもしれなかった。地下二階という場所を決して侮ることなく、緊張感を持って戦うことができ、その結果として以降の戦闘は安定したものになっていた。

 衛兵の方から厄介と聞いていた動く甲冑ことホロウの集団とも、何戦目かで対峙する機会があった。重い甲冑である筈なのに意外なほど動きが機敏で、威力の高い両手剣をぶんぶんと間断なく振り回してくる。ユウジやカエデの武器では殆ど傷を付けることができず、かといってシグレやユーリの攻撃スペルでも単発で1割程度しかHPバーを削れないという、恐るべきタフさを備えた魔物だった。

 ただ、単調な近接攻撃しかしてこないのでユウジとカエデの二人が前で食い止めてくれること自体は問題無く、《業火》のような詠唱が長いスペルも問題なく行使可能であるのは幸いだった。

 とはいえ、威力が非常に高い《業火》であっても半分ちょっとしかHPバーを削れない辺りが苦しく、できれば火力の高いスペルに関してももう1種類ぐらいは欲しいと思うようになった。もしくは魔法職の個数と装備の差により、シグレよりも最大MPが少ないユーリのレベルがあとひとつ上がれば、二人で《業火》を共に行使することで焼き払うことができるようになるだろう。


「ゆっくりとしか進めないが、やれないことは無いな」

「そうですね……。中央の部屋に辿り着けるのは、まだ遠そうですが」


 地下一階では聖泉水を得ることができる、〈ペルテバル地下宮殿〉中央の部屋。

 聖泉水自体は生産に非常に有用なことが確認できたし、それを安定して採取することができるのは嬉しくはあるのだが―――惜しむらくは、地下一階で採水できる聖泉水の品質が40強程度と、あまり高くは無いことが挙げられる。

 だが、聖泉水が地下から沸いているものだと考えるならば。より源泉に近しいであろう場所からは、これよりも品質が高い聖泉水を獲得できる可能性があるかもしれない。シグレはそのように考えており、ユーリに話した所、これは彼女からも同意見を得ることができた。


「ま、無理して進めるものでもないだろうし、ゆっくりやっていくしかないねー。暫くは水を採るのも、地下一階で我慢して貰うしかないかな」

「ええ、承知しています。どのみち採取するポイントは通り道ですしね」

『……潤沢に使えるだけ、有難い』


 聖泉水のお陰で、何の霊薬を生産するにしてもその品質を飛躍的に高めることができている。カエデやユウジが毎日のように地下探索に付き合ってくれているお陰で、その採取に全く困らないというのは、ユーリ共々霊薬を生産する側としては有難い限りであった。


「とりあえず、どうする? 帰りを考えるとあと数戦ぐらいで引き上げるか?」

「そだね。もう三時半ぐらいになっちゃってるし、そのぐらいで帰っちゃおうか。暑いのが嫌とはいえ、昼間を地下に籠ってばかりで過ごすっていうのも、何か色々と感覚が狂っちゃいそうだしねえ……」


 確かに、地下から戻った時に既に夜になっているというのは、あまり健康的に宜しくない気もする。

 二人の会話にシグレも同意の言葉を発しようとした、その瞬間。


『―――すみません、いまお話し出来ますでしょうか?』


 シグレの頭の中に、不意に誰かの念話の声が届いた。

 この場の誰の声でもないことと、聞き覚えのある声であることはすぐに判ったのだが。顔を見ることが出来ず、声だけでとなると案外誰から届いた声なのか判らないものだ。


『すみません……声に聞き覚えはあるのですが、どちら様でしたでしょうか』


 呼びかけられた声に応えるだけであれば、相手の顔や名前を思い出すことができなくとも、返信を意識すれば相手に届けることはできる。

 その聞き覚えのある女性らしい声に。喉元まで出掛かってはいるのだが、けれど誰なのかどうしても思い出すことができなかった。


『えっと、クローネです。冒険者ギルドで務めております』

『ああ―――。すみません、少々お待ち頂いても宜しいですか?』

『はい、申し訳ありません』


 そうだ、クローネさんの声だ。言われてみれば、はっきりと判る。綺麗な亜麻色の髪が印象的な方なので、どうしても外見的なイメージのほうが強いこともあり、思い出すことができなかったのだろう。


「すみません、冒険者ギルドのクローネさんから念話が来ましたので、ここで少し休憩にして頂いても宜しいですか?」

「おっと、了解。別に急ぐわけじゃなし、ゆっくりで構わんぜ」

「クローネかあ……最近会ってないなあ」


 確かにシグレも最近はあまり会っていないような気がする。いや、昼食を摂りに冒険者ギルド二階の『バンガード』へ行く際に、まだ窓口で働いている彼女の姿自体はよく見るのだが、クローネさんと会話をするような機会はめっきり無くなってしまっていた。

 というのも最近は地下に籠るばかりの日々であり、冒険者ギルドの依頼というのを全くこなしていないからだ。唯一〈アリム森林地帯〉で採取する際に常設依頼の討伐対象であるガルゼを狩ることにしても、討伐記録をギルドカードに蓄積するだけであり、報告処理などをギルドで行ってはいない。お金に困っているわけではないので、報酬を貰うのをいつでもいいと考えてしまっているせいだ。


『失礼致しました、もう大丈夫です。何かギルドのご用件でしょうか?』

『えっと、ギルド自体から何か用事が、というわけではないのですが……』


 ギルドの窓口として日々の務めをこなし、何事もはきはきと喋るクローネさんにしては珍しく、歯切れの悪い言葉が届く。


『……その。五日ほど前から、シグレさんに会いたいという方がギルドにいらしておられまして』

『五日、ですか? それはまた……別にいつでも呼び出して下さって構わなかったのですが。自分に会いたいというのも珍しい話ですが、その方は一体どのような御用なのでしょうか?』

『シグレさんと面識のある方だと仰っておられました。〝羽持ち〟ならではの面識である―――とも』


 〝羽持ち〟ならではの面識。

 それはつまり、現実世界での面識ということなのだろう。

 だが、シグレは現実世界では誰にも〈リバーステイル・オンライン〉のことについては他言していない。他言無用のルールというものがあるのだから、当然だ。病院の人にも、同じ入院患者の人にも、話しては居ない。

 それどころか、実の妹や志乃にさえ話すようなことはしていないのだ。

 ……少なくとも、自分の口からは。


『相手の名前をお伺いしたいのですが』

『……事情があって、お会いする前に名前を言うことは避けたいとのことでした。ただ、絶対に話しては駄目ということも無いそうですので、シグレさんがどうしても事前に知りたいようでしたら、一応お話しすることは可能です』

『……いえ、そういうことでしたら結構です。正直、相手については概ね察しが付いてしまいました……。二人組、ですよね?』

『え、ええ……』


 はあ、とシグレは溜息をひとつ吐く。

 盗聴か、あるいは盗撮か。妹と志乃の二人が、何かしらの手段を自分に対して講じていることは知っていたし、それが自分の為を思っての行動であることも知っていたから、とやかく言うつもりは無かったのだが。

 あの二人のことだ。自分がこうして〈リバーステイル・オンライン〉という世界に身を投じていることを知れば、何らかのアクションを起こすであろう事は、推して知るべしであったのかもしれない。……カピノス社のスタッフの方に、迷惑が掛かっていないと良いのだけれど。


『判りました、お会いします。時間の指定はありますか?』

『いえ、シグレさんの都合に合わせるとのことです。元々、シグレさんが冒険者ギルドを訪ねてこられた折にでも紹介して貰えればいい、という話でお二人とも二階の店内にて毎日待機しておられたのですが。……その、シグレさんがギルドに全くいらっしゃらないもので、さすがに私の方が申し訳なくなりまして』

『ああ……。なるほど、色々とお気遣い頂いて、すみません』


 ギルドには毎日顔を出しているのだから、自分もクローネさんに声を掛けるぐらいはすれば良かったのかもしれない。

 ただ、最近は本格的な熱さになるまえに金を稼ごうという人が多くなったのか、ギルドも結構混んできているようだから、やっぱりそんな余裕は無かっただろうか。


『では、一時間後に冒険者ギルドに伺います、ということでお伝え下さい。……但し、こちらは現在〈迷宮地〉におりますので、多少遅れる場合があるかもしれませんが』

『承知しました。……お忙しい中、すみません』

『いえ、こちらこそ面倒をお掛けして申し訳ありません』


 見えない相手に頭を下げながら、別れの言葉と共に念話を終える。

 妹が迷惑を掛けているのだとしたら、こちらこそ申し訳なかった。


「……何か、随分と妙な表情してたけど、大丈夫?」


 念話を終えたことを察したのか、カエデがそう言葉を掛けてきてくれる。

 あまり表情を隠すのが得意な方ではないので、顔に出てしまっていたかも知れない。―――きっと自分は、とても複雑な表情をしていたのだろうな。


「大丈夫、ですが……少々面倒があるかもしれません。ひとまず一時間後に冒険者ギルドへ行くことになりましたので、申し訳ありませんが先程の話通り、あと数戦したら地上に戻る方針で宜しいでしょうか?」

「おう、構わんさ。元からそのつもりなんだしな」


 現在、シグレの経験値バーは99%を示している。

 事情が事情なので一刻も早く地上に戻りたい気もしたが、歯切れの悪いこの状態のままというのも落ち着かない。予定通りあと数戦程度は戦って、レベルを3に上げてから狩りを終えたかった。


「―――そうだ、ユウジ。今夜は、風呂や夕食にユウジも来られますか?」

「うん? 他に用事があるわけでもないし、それは構わんぞ? ……最も、女性と一緒の風呂というのは落ち着かなくて苦手だがな……」


 数日前に、初めて風呂にユウジを巻き込むことに成功したのだが、随分と居心地が悪そうにしていたのを覚えている。……自分も以前はそうだった筈なのだが、最近ではさすがに慣れてきてしまっている。

 風呂の際にバスタオルを身につけてくれないユーリにだけは、どうしても慣れることはできそうに無いのだが。ユウジが風呂に同行してくれると、恥ずかしいのかユーリがタオルを身体に巻いてくれるので、シグレとしては非常に助かる所ではあった。

 とはいえ、今回の用件はそれではない。


「自分の知っている人が、こちらの世界に来てしまったかもしれません……。そうだった場合には皆に紹介したいので、是非来て頂けませんか?」

「……もしかして、それは〝羽持ち〟なのか?」

「はい……」


 他言無用のルールがあるので、通常であれば有り得ないことだ。


「判った、それ自体は了解したが……。何だかお前さんにも、色々と複雑な事情がありそうだなあ……」

「ええ、本当に……。大変複雑な事情がありまして……」


 妹に実生活を監視されていまして。

 ―――とは、さすがにシグレも言えなかった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):5421字

文字数(空白・改行含まない):5249字

行数:123

400字詰め原稿用紙:約14枚

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