84. 地下に潜る日々
「―――ほう、では今日は地下二階に行かれるわけですか」
「ええ、昨日仲間と、そういう話をしています」
ペルテバル大聖堂の地下。カエデとユウジの到着を待つ間、すっかり顔なじみになってしまった地下宮殿の入口前に務める衛兵の方々、グロウツさんとラバンさんのお二人と話し込む。気さくな衛兵のお二人とは、シグレとしても話していて楽しい部分が多い。
衛兵のお二人の話に拠れば、シグレ達の他にここ最近は地下宮殿を利用している人も居ないという話だし、あちらとしても足繁く毎日訪ねてくる冒険者の来客は歓待したい気分なのだろう。待ち合わせの場所に使われても嫌な顔ひとつせず、いつもシグレやユーリに飲み物などを振る舞ってくれた。
ユーリはまだ二人に人見知りしている部分があるようで、じっと静かに耳を傾けているだけで、シグレ達の会話に参加することは滅多に無いが。衛兵のお二人が出してくれる、幾許かの甘味を孕んだ少し変わったお茶については少し興味を持ったらしく、購入先などについてラバンさんに訊いていたりもしていた。
「地下二階の魔物について、何かご存じのことがあれば教えて頂けませんか?」
「ふむ……済みませんが、自分らも直接中を探索した経験があるわけではないですからね。知っていることと言えば、こうして冒険者の方と話すことで得た知識だけですので、大したコトは知らないんですよ」
「そうですか……。変なことを訊いて、すみません」
「いやいや、気になる気持ちも判りますし、こちらとしても答えられるものなら答えて差し上げたいんですがね。ああ、でも―――そういえば以前に、甲冑のような魔物が出ると聞いたことはありますな。何でも、中身がない甲冑が大変厄介だと」
「甲冑、ですか」
それも中身がない甲冑か。独りでに〝動く甲冑〟というのは、ファンタジー物のRPGなどでは割合定番として挙げられる魔物かもしれないが。
しかし、こういうリアリティのあるVR-MMOで出るとなると、その厄介性は高いようにも思えた。何しろ甲冑の魔物であるのだから防御力の高さは折り紙付きであろうし、中身がないのであれば鎧の隙間を縫うような攻撃も出来はしない。
かといって堅い甲冑を幾度となく刃などで直接打ち据えれば、武器のほうもまた無事では済まないだろう。メイスやハンマーといった鈍器であれば有利に戦える気もするが、生憎とカエデもユウジもそうした武器を使っている所は見たことが無い。
(となると、主に自分とユーリが対処すべき魔物なのかもしれない)
斬撃よりも衝撃によるダメージのほうが有用そうな印象を受けるから、その名の通りの《衝撃波》や、精霊をぶつけて衝撃ダメージを与える《霊撃》などは役立つかも知れない。もし炎などの属性ダメージが通るようであれば、《狐火》を使ってみたり味方の武器に《炎纏》を付与するのも有効だろう。
「ふむ……。いやはや、大したものですな、冒険者の方々というのは。この程度の情報であっても、何かしら察する所があったと見えますが」
「―――っと、これは失礼を致しました」
グロウツさんの話を聞くや否や、その場で考え込んでしまっていたことに今更ながら気付かされ、シグレはすぐにそのことを詫びる。
冒険者だからというよりも、他のゲームなどで得ている知識を参照しているだけなので、そんな大層なことではないのだが。それをグロウツさんに説明するのは難しいので、シグレとしては苦笑して誤魔化すしか無かった。
「やっほー、シグレ」
「済まないな、遅くなってしまった」
間の良いタイミングで来てくれたカエデとユウジの二人と合流し、地下に潜る準備を整える。といっても、シグレがすることと言えば、せいぜい〈インベントリ〉から弓を取り出すことぐらいだ。
シグレとユーリの二人が待っている間に、カエデとユウジの二人は〈インベントリ〉から取り出した金属鎧を身につけていく。地下にある程度潜ってさえしまえば結構涼しかったりもするのだが、まだ地上に近いここでは熱気が籠っており、いかにも暑苦しい格好に身を包む二人の表情は晴れない。
「さ、さっさと行こう?」
「了解です」
ユウジに比べればまだ軽装ではあるものの、早くも弱音を挙げてきたカエデの言葉に、シグレも頷いて応じる。シグレとユーリは二人とも普段着と変わらない軽装ではあるが、それでも前衛の二人を見ていると気分的に暑くなるように思えてくるものがあった。
◇
「そういえばシグレは昨日、あのあと結局行ったのか?」
地下迷宮の最初の部屋に辿り着くまでの道中で、不意にユウジにそう問いかけられる。どこに、という目的が示されていない問いなので少々判りにくいが、ユウジが言っているのは〈巫覡術師〉の天恵に特化された施設、即ち〝巫覡術師ギルド〟のことだ。
シグレが装備している弓、〝練魔の笛籐〟には〈巫覡術師〉の射弓スペルの誘導性に強いボーナスを得られる効果が付随している。昨日の地下迷宮探索の際に、どうせなら地下迷宮では出番に乏しい《金縛り》などのスペルを忘却し、代わりに射弓スペルを充実させた方が良いのかもしれない―――そういう話を、狩りの合間の小休憩中にシグレが話す機会があった。
その折に、ユウジから〝巫覡術師ギルド〟が街の中心から程近い場所に在り、傍目から見てとても判りやすく、特徴のある外観をしていて面白いから、だったら一度行ってみるといいと強く勧められたのだ。
「……ええ、ユーリと一緒に行ってみました」
「どうだった? 愉快な建物だったろう」
「ええ、まあ……まさか、こちらの世界で鳥居を潜ることができるとは思いませんでしたよ……」
「―――は? 鳥居?
シグレの言葉に、今度はカエデが反応して訝しげな声を上げた。
巫覡術師ギルド。それはつまり、シグレ達の世界で言う所の〝神社〟そのものであった。敷地の入り口には真っ赤な鳥居が聳え立ち、そこから続く参道の脇にはしっかりと手水舎まで配置されていて―――。神社として何一つ不足の無い施設であるだけに、周囲の景観との落差が酷かった。
そのことをカエデに説明すると、彼女は可笑しそうに笑んでみせる。
「なになに、巫女さんとかも居たの?」
「居ましたね……売店を兼ねた社務所で売り子をしておられました。折角ですのでお守りを買ったりもしましたし」
「……うっわー、ホントにお守りだ……」
装備中の朱色の小袋形をしているお守りをシグレが見せると、カエデに軽く引かれてしまう。しかし、100gitaという安価で購うことが出来た割に、[加護]の能力値が+2されたりと芸が細かい。まだ装飾品を何一つ装備していないシグレには、地味に有難い一品でもあった。
「他には、どんなのが売ってたの?」
「そうですね、他には御札とか絵馬とか、あとはお神籤なども引けましたね……。装備品ですと《破魔矢》を強化して撃ち出す破魔弓とか、あとは神事用の服なども売っているようでした」
「神事用の服って……巫女服とか?」
「いえ、女性用ですと千早、男性用ですと浄衣などのことですね。……巫女装束もそれはそれで売ってはありましたが」
巫女装束は、どちらかと言えば神社に勤める上での制服に近い。
巫女装束の売価は1,400gita程度と思いのほか安く、また防具としての性能が意外なほど高かったため、普段から和装を着こなしている心当たりが一人居ることもあり、お土産にどうか―――などと、商品を前に一瞬考えたりもしたものだが。女性に巫女装束をプレゼントするというのは、客観的に見れば他意がありそうな行為にしか見えないと気づき、慌てて止めたりもしたものだ。
「巫女服はともかくとして、あそこで売ってる防具の性能は案外良かっただろう? 買ったりはしなかったのか?」
「……迷いましたが、やめました。確かに性能は魅力的だったのですけれどね」
[魅力]と[加護]の能力値に補正が掛かり、〈巫覡術師〉のスペルの再使用時間を削減してくれる効果を持つ防具である〝浄衣〟の性能は、客観的に見てもかなり優秀であるように思われた。およそ80,000gitaと、値段のほうもかなり張るものではあったが、現在の所持金ならそれほど購入を躊躇う金額でもない。
性能に惹かれながらも買わなかったのは、偏に〝それを身につけて歩く自分〟の姿が酷く滑稽であるように思えたからだ。こちらの世界的には身につけていても問題無いのかもしれないが……シグレからしてみれば、自分のような人間が神職の方が着るような服を身につけるというのは、感覚的には完全にコスプレのそれである。
―――他に防具の選択肢が無ければ、やむを得ないが。然るべき店などで色々と防具を見て回った上で、他に良さそうな選択肢があれば、こちらを避けてそちらを選びたい。浄衣自体は巫覡術師ギルドに行けば常時販売しているようなので、あくまでも最後の選択肢として残すことができるのは、幸いなのかどうなのか―――。
「ふうん。……シグレに和装っていうのも、似合いそうなのに」
「そうでしょうか……」
似合いそうと言われるのも、それはそれで少々複雑な気分ではあった。
自分が手にしている、この立派な和弓には合うのかもしれないけれど……。
お読み下さり、ありがとうございました。
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