83. 生産の日々
「おはようございます、ワフスさん」
「―――やあ、シグレ君、いらっしゃい。ユーリ君はもう来ているよ」
「ええ、存じています。霊薬用の瓶の購入をお願いできますか?」
バロック商会で素材を売却したあと、次に訊ねたのは錬金ギルド。
シグレが商会で売却交渉をしている間に、ユーリが先に来て用具の準備を済ませてくれる手筈になっていた。
「幾つ入り用かね? 1本5gitaになるが」
「100本……いえ、200本ぶんお願いします。色は赤と青の瓶を100ずつ下さい。お代はこれで宜しいでしょうか?」
「うん、1,000gita確かに。じゃあ瓶の方はこれだね」
「ありがとうございます」
霊薬用の小瓶には結構な種類の配色があり、購入時に自由に選ぶことができるのだと知ったのは、つい最近のことだった。どの色を選んでも、値段が1本5gitaであることは変わらない。
ワフスさんから霊薬用の小瓶が100本入った木箱を2つ受け取り、工房へと入る。
〈イヴェリナ〉に冷房ような電気器具は存在しないが、こちらの世界には導具というそれに近い物が存在する。これは電気の代わりに導具にセットする魔力の結晶を消費することで動作し、錬金ギルドの工房の中には空気を循環させる導具が設置されているらしく、工房の中は案外涼しいのが嬉しい。
お陰で、暑いのがシグレ以上に苦手なユーリはバロック商会まで暑い中を歩くことを良しとせず、早々に準備という名目で工房へと避難してしまっているわけだが。工房の中には他にも生産そっちのけでソファーに座り駄弁ったりしている、涼むのが目的と思われる大人の先客の姿が何人か見られた。
『……とりあえず、私は今日も聖泉水と格闘してみようと思う』
「自分は鉄華に納品するものを今日は作ろうと思います。ベリーポーションの補充が100個と……あとは折角ですし、メロウポーションを100個作ってみようかと」
『ん、いいと思う。……じゃあ、先にシグレの分を作ろう? 私も《固定化》を手伝うから』
「はい、お願いします」
今朝もぎ取ってきたばかりのヒールベリーは大変瑞々しく、総て採取した直後に《防腐》のスペルを掛けてあるから品質値もかなり高い。最終的には品質値が1違うだけでも結構な差となって顕れるから、ベース用いる素材の品質についてはシグレも結構気にするようになっていた。
ユーリが用意してくれていたビーカー類を用いて、手始めに後ほど添加に用いる『混合ゼル』を製作する。材料は渓流沿いで採取したコナミントが10個に、ユーリの植栽地から分けて貰ったエピレフが10個。
これを総て纏めてビーカーの中に入れて錬金台の上に設置し、錬金特性を引き出そうと〝意識〟することで溶解させ、最後に混ぜ合わせれば完成である。溶けるのに少し時間が掛かるとはいえ、作業自体は楽なものだ。
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混合ゼル/品質74
錬金特性が引き出された素材の混合物。
エピレフが10個、コナミントが10個混ざっている。
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ユーリが植栽地で育てているエピレフは、量産には成功しているものの品質値が50弱程度と低い。本来であればエピレフは森林の奥地にしか生息しないものであり、それを別の環境で育てているのだから、これはある程度致し方無いことだろう。
それでも今日はコナミントの品質値が割合良いものを拾えたため、出来上がった混合ゼルの品質値もなかなか悪くない。添加材料の品質は元々完成品にそれほど影響しないし、74もあれば上出来だろう。
別のビーカーを錬金台に設置し、ヒールベリーを10個投入。錬金特性を引き出すことで溶解させていき、完全に溶けきった段階で先程製作した混合ゼルを10分の1だけ添加する。
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水袋 - ミヒル渓流水(20個)/品質105-106
【時間経過で品質劣化|(小)】
ミヒル渓谷を流れる谷川の水。
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水袋 - 聖泉水(20個)/品質41-42
ペルテバル地下宮殿で採水した聖泉の水。
強い生命の力が感じられる。
主に薬や錬金などの材料に用いる。
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更に別のビーカーを錬金台の脇に準備し、こちらには今朝渓流から採水してきた『ミヒル渓流水』を半分だけ投入。残り半分には昨日〈ペルテバル地下宮殿〉で水袋に汲んできた『聖泉水』を投入する。
何故なのかは判らないが『聖泉水』は単品で霊薬の溶媒として使用しようとしても、あまり良い結果にはならない事が多い。但し、他の水素材などと1対1で混合させて溶媒として用いると、その品質を大きく高めることができた。
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混合聖泉水(20個)/品質148-150
【時間経過で品質劣化|(小)】
聖泉水とミヒル渓流水の混合物。
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混ぜ合わせるだけで、見ての通り溶媒の品質値が跳ね上がる。
聖泉水は〈ペルテバル地下宮殿〉で容易く大量に手に入れられることもあり、この材料のお陰でシグレやユーリの製作する霊薬の最終品質は、確実に一段上のものへと仕上げることができた。
ただ、残念ながら『聖水』のように、飲用ではなく薬を振り掛けることで回復効果を発揮できるようなものは現時点ではまだ製作できてはいない。おそらくは聖泉水と何を混ぜ合わせるのかが重要なのだろうけれど……さすがにこれは、大聖堂のライズさんに訊いても教えてはくれないだろうし、自力で色々と試すことで何とか探し当てるしかないのだろう。
溶媒を加えて小瓶の中にひとつずつ中身を詰めてやれば完成である。赤色の小瓶を〈インベントリ〉から取り出し、ひとつひとつ中身を充填させていく。
製作する作業自体は別に時間が掛かるものではない。寧ろ、ここから完成品に対してひとつひとつ《固定化》のスペルを掛けていくのが大変なのだ。
「《固定化》」
工房内に響かないよう、潜めた声でスペルの名前を呟く。
MPの最大値を増加させ、引いてはMPの自然回復速度を向上させるために『練魔の笛籐』を装備することも忘れない。工房の中で弓を取り出している光景というのは何とも間抜けではあるが、これを片手に持ってるかどうかでMP回復速度が2割も変わってしまうから仕方ない。
ユーリもまた、シグレの隣で同じように小さな声で《固定化》の作業を手伝ってくれる。MPの回復を待つ手持ち無沙汰な時間も、ユーリと歓談しながら過ごす時間だと思えば悪く無いものだ。
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ベリーポーション(1個)/品質130
【品質固定化 - このアイテムは品質が自然に変化しない】
飲用することで487程度のHPを回復する。
ヒールベリーを主要素材として作成した霊薬。
錬金術師〝シグレ〟の製作品。
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完成したベリーポーションは、今までで一番の出来をしていた。
良い物が出来上がること自体は、作っているシグレとしても無論嬉しいことではあるのだが。……ひとつ問題があるとすれば、これを『鉄華』に幾らで並べるのかということである。
『……もう、4桁の値段では売れないものになってると思う』
「ですよね……」
三日前に『鉄華』へ補充する為のベリーポーションを作った時、完成品の回復量はおよそ400程度になった。最初はこれをカグヤは店頭に単価8,400gitaで並べていたのだが、すぐに値段を知った知り合いらしき霊薬店から念話が届き、単価は9,800gitaに改められてしまった。
その時のものよりも、今回作ってしまったポーションの回復量は、更に2割ほど高いものになってしまっているわけで。単価が10,000を余裕で超えてしまうであろうことは、商売に疎いシグレやユーリにも容易に想像できてしまうだけに恐ろしかった。
「そんな値段でも買う人が居るのが凄いですよね……」
『世の中にはお金持ちがいっぱいいる……』
さすがは中央都市のひとつ、と言うべきなのだろうか。レベルが高い熟練の方々も多いようで、そういった手合にはシグレやユーリの作るポーション類も躊躇無く売れていく。
そのお陰で稼げているわけではあるのだけれど。案外冒険者以外の稼業の方が多いようにも見える、単価が8,000以上のポーションを10本単位で平然と纏めて購入していくような人達は、一体日々の中でどれほどのお金を稼いでいるのだろうか……。
『……メロウポーションも作る、んでしょ?』
「そうでした」
10本ずつ製作しては《固定化》を繰り返す、やや単調でけれど時間だけは掛かるような作業も、ユーリと談笑しながらであれば全く苦ではない。気づけば予定であるベリーポーション100本分の作業も終えて、次の製作をユーリから促されてしまう。
ベリーポーションがHPを回復させる物であるように、メロウポーションは飲用者のMPを回復させる効果がある霊薬だ。シグレやユーリのように魔法職の天恵ばかりで固めて、MPの自然回復力が高い人間にとってはあまり必要ではない代物だが。逆に言えば、魔法職の天恵を有しない人はしっかりとした休息を取らない限りMPを自然回復させることが出来ないため、これはこれで貴重な霊薬であった。
こちらの材料には、ヒールベリーの代わりにプルームという紫の果実を用いる。卵形の果実で果皮が割合厚く、果肉は口にした最初だけ仄かに苦いが、すぐに甘味が感じられるようになる。種が大きいので食べられる容積があまり多くないが、渓流沿いではそこそこの頻度で見かけることができ、そうでなくとも夜間に雨が降った翌朝であれば森林中のそこかしこで目にすることができる。
昨日の夜から降り始めた雨のお陰か、今朝は新鮮で質の良いプルームを容易く大量に採取することができた。メロウポーションもベリーポーションと同様に時間経過で質が低下してしまう霊薬ではあるのだが、《固定化》のスペルさえあれば関係ない。『鉄華』に並べて需要がある霊薬なのかどうかは判らないが、折角の機会であるし、今回沢山作ってしまおうと思ったのだ。
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プルーム(1個)/品質128
【時間経過で品質劣化|(小)】
薬効の強い果実。夜が明けた翌朝に豊富に採れる。
主に薬や錬金、調理の材料などに用いる。
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夜中の雨に育まれたプルームは、思わず感嘆の息が漏れるほどに質が良い。この素材をなるべく活かした霊薬に仕上げたい所だ。
メロウポーションの製作手順はベリーポーションを作るのと殆ど変わらないが、錬金台の上で溶解させる前に果実から種を取り除く必要があるため、少しだけ面倒な一手間が増えてしまう。
金属製の匙を使って器用に種を取り除くユーリに倣おうと思うのだが、シグレにとってはなかなか難しい作業であり、ユーリの半分ぐらいの速度でしか処理することができない。この辺の作業は慣れの部分も大きいようだし、数をこなすことで上達するしかないのだろう。
エピレフとコナミントを混ぜて作る、混合ゼル。品質の劣化速度が大幅に上がってしまう代わりに霊薬の効果量を飛躍的に高めるという、まさに《固定化》する為にあるような添加材料ではあるが、こちらはHPの回復量にだけ効果を示す物であるらしく、メロウポーションに用いても何の効果も齎さない。
代わりにリブシンとセダルムという、どちらも渓流沿いから採取可能な素材を用いる。リブシンとセダルムから作成した混合ゼルは、霊薬に対して漸次回復―――つまり、徐々に回復させるような効果を追加することができる。これは本来の効果とは別個に発生させることができるため、最終的な回復量は倍近くまで引き上げることができる。
材料がお手軽な割に効果が侮れず、また徐々に回復させるというのはMP回復の霊薬とは相性が良い。HPを回復させる霊薬の場合にも有効ではあるのだが、そちらの場合は悠長に回復させるよりも、一気に纏めてより多量のHPを回復させることが有用な場合が多いだろう。
最初にリブシンとセダルムによる混合ゼルを錬金台で溶解させ、製作する。
リブシンは青色の細長い針状の葉が束になった植物で、セダルムは藤色の柔らかな葉を持つ植物である。特に意識して揃えたわけではないが、こうしてみるとメロウポーションの材料というのは青系統の素材ばかりだったりもする。
MP回復ポーションは青の小瓶で良いか―――と、霊薬用の瓶の配色を選んだ時に何となくシグレは思ったものだが。それは単に素材の色味に感化されたせいかもしれない。
種を取り除いたプルームを錬金台で溶解させ、それにいま作ったばかりの混合ゼルを添加する。希釈する溶媒はベリーポーションと変わらず、ミヒル渓流水と聖泉水を混ぜ合わせたものである。溶媒に関しても、時間を見つけて他の液体を色々と試してみたい所ではあるのだが、他に研究したい部分も多くなかなか手を伸ばすことが出来ないでいる。
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メロウポーション(1個)/品質133
【時間経過で品質劣化|(小)】
飲用することで199程度のMPを回復させ、
更に秒間1点のMP回復効果を199秒間持続させる。
プルームを主要素材として作成した霊薬。
錬金術師〝シグレ〟の製作品。
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あとは《固定化》のスペルを掛けてやれば出来上がりである。
プルームの質が良いお陰で予想以上に良い回復量のものに仕上がったし、全部を販売に回さず幾つかは自分用に取っておくのもいいかもしれない。《業火》などでMPを一気に使い果たした直後に不意の連戦になってしまった場合などには、MPを取り戻すためにきっと役立つことだろう。
お読み下さり、ありがとうございました。
引越作業は無事完了しました。
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400字詰め原稿用紙:約15枚




