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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《忙しき日々に新たなり》

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82. 採取行の日々

 それからというもの、初夏の日々は目まぐるしく過ぎて行った。

 いつも通りに目を覚ます定刻の朝6時。毎回ベッドに侵入してきているユーリには、最早窘める言葉さえ思いつかない。最近になって『暑いのは嫌い』と半ば口癖のように言うようになった割に、ユーリがこれだけは辞めてくれないのがシグレには不思議だった。


 階下に降りてガドムさんか女将さんの朝食を堪能した後は、カグヤを誘って街の北門を出た先、〈アリム森林地帯〉に採取に出掛けることが多くなった。

 レベルが1にリセットされたユーリは、レベルを元の値に戻すために大量の材料を必要としている。シグレもまた、天恵ばかり矢鱈と多い関係で経験を積むためには材料が幾らあっても多すぎると言うことは無く、これに毎回のように同行していた。

 また、いつしか採取の際には必ずカグヤを誘うようにもなった。何かと危険の多い地下宮殿の探索に、カグヤを誘うことは未だに出来ないでいるが、シグレとしてもカグヤと共に何かをしたい気持ちはあるのだ。試しに誘ってみた所、『鉄華』を開店する前の時間ということもあり彼女としても都合が良いらしく、以来は常に同行してくれるようになっていた。


 初夏とはいえ、朝方の時間であればまだまだ涼しい時節であり、軽装であれば出歩くのもなかなか悪くない。新緑が眩くなっていくばかりの季節は歩いているだけでも清々しく、毎日地下に籠ることで気付かない内に荒んでいるかも知れない心をリフレッシュすることに一役買ってくれていた。

 〈アリム森林地帯〉で見かける素材に関してはユーリが大変に詳しいので、見かける度にシグレは彼女たちから学ばされるばかりである。お陰で森の植物資源には生態も含めて大分詳しくなったし、シグレが〈斥候〉の能力により記録している地図には、非常に多くの植物位置が登録されるようになった。

 また、探索中に遭遇する魔物に関してはカグヤがとても詳しく、お陰でシグレも彼女に教わることで知識を深めていくことが出来るのは有難いことだった。


 あくまでも採取がメインの道程ではあるが、最近では魔物の『ガルゼ』に関しては、ユーリの使い魔である八咫が手頃な個体数を発見したら、積極的に狩るようにもしていた。以前、初めて森を探索する際にカグヤから、繁殖力の強いガルゼが森内に増えすぎると、それを喰らう肉食の魔物が増加することになり森の危険度が上がってしまうという話を聞かされているからだ。

 渓流沿いを中心とした森全体は当に植物素材の宝庫であり、このエリアに厄介な魔物が増えることはなるべく避けなければならない。冒険者ギルドの常設依頼の対象として『ガルゼの討伐』は貼り出されているという話もカグヤから聞かされており、確認した所その依頼票はシグレも既に所持していた。

 また、ガルゼがドロップする肉を黒鉄はかなり気に入ったようで、シグレが採取に勤しんでいる間に黒鉄がふらっと居なくなったかと思えば、何も言わずに近くで勝手に狩りをしているようなことも多い。2体ぐらいまでであれば黒鉄ひとりでも余裕なようで、カグヤに作って貰った武器のうち、銀製ではない通常の懐剣を最近では巧みに操るようになっていた。

 森の魔物の生態環境を維持することが自分たちの益となり、肉を初めとしたドロップ品の素材が手に入り、ギルドから報酬も出るというのだから願ってもない。討伐の記録だけは毎日ギルドカードに着々と貯まっているので、そのうち纏めて報酬を貰うのが少し楽しみでもあった。


「そういえば昨日、雇っている店員さんと一緒に、乱雑になり過ぎてしまっている店内を少し整理しまして」

「整理に手が必要なのでしたら、色々と世話になっていますし、呼んで頂ければ自分もいつでも手伝わせて頂いたのですが……」

「い、いえ、こんなことでシグレさんの手を煩わせるのは……。え、えっとそれでですね、今回の整理作業で『鉄華』のカウンター脇に、このぐらいのサイズのテーブルひとつを丸々空きまして」


 両手をめいっぱいに広げて、カグヤがテーブルのサイズを示してみせる。

 その仕草が可愛らしくて、思わずシグレの顔が綻んだ。


「ですので宜しければうちのお店のそのテーブルひとつぶん、シグレさんとユーリさんが生産なさる商品を買い取らせて頂けませんか?」

「……大変有難い申し出ですが、宜しいのですか?」

「はい、勿論です。あれ以来、シグレさんとユーリさんから提供頂いています霊薬の売上が、正直を申し上げてかなり良くて。最近では霊薬目的で店に来て下さる方もいらっしゃいますし、霊薬を常用するような方はお金の払いが良く、武具店として見ても上客ばかりでして……」

「判りました、カグヤの店のお役に立てるのでしたら喜んで。自分にしてもユーリにしても、作るばかりで販売に関しては自信もありませんので、助かります」


 シグレが一瞥すると、ユーリもこくんと頷いて応える。

 こうして材料を拾い歩くことや、拾った材料を元手にあれこれ試行錯誤しながら霊薬を作ることは楽しいのだが、販売に関しては容易ではないのだ。カグヤと違って店を持っているわけではないし、かといって暑くなって来た昨今に露店を外で開くつもりにもなれないので、それを引き受けてくれるというのは正直かなり有難い。


「シグレさんとユーリさんのお二人は、既にお店を開いても良いレベルだと思うのですが……。そういう予定は無いんですか?」

「……お店、ですか。考えたこともありませんでした」


 作ることは楽しいし、そういうのも面白そうだと思わないでもないが。

 しかし店というものは実際にやってみれば、きっと苦労もまた多いのだろうな。


「そうですね……。〈ストレージ〉の中が売り物で一杯になったら、一度ぐらいは手を出してみることもあるかもしれません。カグヤのお陰で、お金には不自由しなくなりましたし」

「……あはは。私もお陰様で、儲かっております」


 シグレの言葉に、少しばつが悪そうな表情で応えるカグヤ。

 カグヤに売却した《固定化》されたベリーポーションは、ユーリと合計で既に500本にも達している。2回目からはカグヤが買取単価を5,000gita未満にすることを頑なに拒んだため、1回目に比べて1.5倍以上の金額がシグレの手元には転がり込んできた。

 シグレの所持金は7桁の大台に突入しており、ユーリもまた同じぐらいの金額を稼いでいる筈である。店を借りるのはともかくとして、そろそろ黒鉄も気兼ねなく一緒に入浴できるような温泉付きの家を借りることについては、シグレも多少考えていなくもなかった。




    ◇




「―――露天の温泉付きの家、でございますか」


 狩りを含めた採取行から帰還し、ガルゼを狩ることで貯まった肉や皮革を新鮮なうちに売却すべく、事前に念話を送った上で立ち寄った『バロック商会』にて。シグレが雑談の中でそのことについて訊ねると、ゼミスさんは少し思案するような素振りをしてみせた。


「温泉自体は別に珍しい物でもありませんし、露天温泉付きの家も探せば見つけることは難しくないでしょう……。そうですね、ここ〈陽都ホミス〉の中で探すのでしたら、郊外で月に8,000gita、中央部に近い辺りでしたら月に20,000gitaほど見て頂くのが宜しいかと思いますわ」

「……なるほど。思っていたよりは、随分安く済みそうです」

「そうですか? 宿暮らしの方の感覚からすれば、そうなのでしょうか」


 シグレは現在、1日に600gitaの宿泊料を宿に支払っている。これはシグレの分とユーリの分、そして各々の使い魔である黒鉄と八咫の分だ。ベッドが3台の部屋に泊まっていることもあり、八咫の分の料金は女将さんの好意でサービスして貰っているので、料金的には3人分に当たる。

 ユーリは自分の分は自分で払うと言っているのだが、霊薬の作成で稼げてしまっているのはそもそも彼女のお陰であり、また経緯はともかくとして彼女はシグレの保護下にある。3人分の料金をシグレが支払うのは当然のことであり、つまり今の時点でも月に18,000gitaほど宿代が掛かっていることになるわけで。

 そうすると、月に20,000gitaと聞かされても別段高いとは思わなかった。寧ろ共同浴場の利用料金が浮くことも考慮すれば、充分に元は取れると考えても良いだろう。


「お借りするのでしたら、もう少し踏み込んで月30,000gitaクラスの家になさると宜しいかも知れませんね」

「……それは、どうしてでしょう?」

「シグレさんとユーリさん、それに使い魔のお二方が一緒に住むだけであれば、20,000gitaクラスでも充分かと思われます。ですが、シグレさんとお風呂を共になさる方は、それだけではありませんよね?」

「む……。確かに、それは仰る通りです」


 毎日の宵の頃には。最近では陽が落ちるのが遅くなってきたこともあり、遅めの夕暮れの頃には、カエデやカグヤと共に共同浴場を利用することが慣行のものになっている。それは互いの情報交換の場にもなっている、大切な時間でもあった。

 温泉付きの家、というだけでそれなりのサイズではあるのだろうが。確かに一般の家屋に付随するような露店温泉であれば、六人が一度に入るのは少々無理が生じる場合の方が多いだろう。温泉だけが大きな家というのもあまり無いだろうから、温泉が大きな家を求めるのなら、自然と家屋自体のサイズも上がってしまうことになるわけか。


「更に申し上げるならば、月30,000gitaクラスの家にお住まいになるのでしたら、使用人の雇用はほぼ必須になると考えて頂いた方が宜しいと思いますわ。……冒険者の皆様に、適切な日々の家屋メンテナンスが出来るとは思えませんし」

「……それも、仰る通りだと思います」


 採取に狩りに生産に、遣りたいことが山積する日々はなかなかに忙しい。宿住まいの今だって、自室に帰るのは殆ど寝る為だけだったりするし、他にはせいぜい秘術書の写本を作る時ぐらいのものだ。

 宿であれば女将さんが部屋は掃除してくれるし、布団も清潔な状態を保ってくれる。有料だけれど食事は出してくれるし、頼めば洗濯物も引き受けてくれる。―――そういった厄介な作業を、家を借りれば当然ながら総て自分でこなさなければならなくなる。確かに、使用人でも雇わなければ無理というものだろう。


「……ありがとうございます。差し当たり、生半可な気持ちで家を借りてはならない、ということは良く判りました」

「ふふ、そうですか。……ですが、もし本気で家を借りたくなられた場合には私にも相談して下さいね。家を貸してくれそうな相手にも幾つか心当たりがありますし、使用人を紹介することも可能です。特に使用人に関しては、信頼できない相手を雇うのは怖いことですからね」


 それは確かに、その通りな気がする。


「ありがとうございます、その機会には是非頼らせて頂こうと思います」

「はい、では買取りのお話に戻しますが―――。今朝お持ち頂いた分のガルゼの肉は単価85、生革は単価80で買い取らせて頂こうと思いますが、構いませんか?」

「それは勿論、構いませんが。……宜しいのですか? 昨日よりも少し買取値が上がっているようですが?」

「最近、毎朝シグレさんが肉を持ってきて下さいますお陰で、うちで営業している飲食店が大喜びしておりまして。ガルゼの肉は美味しくて評判が良いので、私共も大変助かっております。そのお気持ちと考えて頂けましたら」


 確かに、黒鉄があまりに美味い美味いと言う物だから、それに触発される形で一度渓流沿いでガルゼの肉を焼いて食べてみたことがあるが、とても美味しかったのを覚えている。

 一緒に食べていたカグヤもまた、その美味しさに舌を巻いている様子だったし、確かにあの味の新鮮な肉が毎朝届くというのは、飲食店にとっては嬉しいことなのかもしれない。


「……そういうことでしたら、有難く頂戴致します。今後も当面は毎朝、こちらにお持ちする予定ですので」

「はい、お待ちしておりますわ。……もし採取の道中で山菜なども見かけるようでしたら、宜しければそちらも持ち込んだりしてみませんか?」

「む……。判りました、考えておきましょう。自分は生憎と山菜に関して全く知識がありませんが、カグヤやユーリが知っているかもしれませんし」

「ありがとうございます、よろしくお願い致しますわ。〈フェロン〉から新鮮なものを毎日仕入れてはいるのですが、取り揃えがいつも同じで代わり映えがありませんからね。シグレ様が持ち込んで下さるのであれば、なかなか面白そうですので」

「あまり期待はなさらないで下さいね……」


 採取のついでに、山菜採りか。

 こちらの世界では、山は誰の物ということもないようだし。素材のついでに少し拾うぐらいであれば、大した手間にもならないだろう。

 自分が拾って来た山菜や肉が然るべき店で調理されるというのは、気分的にもなかなか悪くない。折角だし、どうせなら食べる側としても味わってもみたい所だ。


「宜しければ、自分がそちらへ販売した肉などが使われる店を、教えて頂くことはできますか?」

「はい、勿論構いませんよ。纏めますので、暫くお待ち下さいな」


 ゼミスさんが手早く記してくれた、幾つかの店の簡単な地図付の用紙を、有難くシグレは〈インベントリ〉の中へと仕舞い込む。

 朝食は宿で摂り、昼食と夕食はバンガードで摂る。そのお決まりの内容に不満があるわけではないが、さすがに毎回同じ所ばかりで食事するというのも芸がないなとは常々思っていたことでもある。

 ゼミスさんの話に拠れば、使い魔を同伴させても問題無い店ばかりであるという話だし、食事の選択肢が増えるのは有難いことだった。

お読み下さり、有難う御座いました。


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文字数(空白・改行含む):5669字

文字数(空白・改行含まない):5521字

行数:105

400字詰め原稿用紙:約14枚

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