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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
〔 tailpiece. 〕

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81. 賭け

「これが、シグレさんの作った武器……」


 鍛冶ギルド内に設置された工房。その主舞台である24時間火が絶えることのない炉の傍で、カグヤは今しがた黒鉄さんから受け取った一本の懐剣を見つめながら、そう呟く。ちょうど他に利用客が居ないので、誰に気兼ねする必要も無いのは有難かった。

 九寸五分の懐剣。銀で出来たそれは、シグレさんが銀術師のスペルによって製作したものであるという。打ち音の悪さで、銀の純度がそれほど高く無いことはすぐに判った。1ギータ銀貨を材料に作ったという話なのだから、当然と言えるだろう。


「主人は粗悪品呼ばわりしているが、我はその一品を案外気に入っていてな。カグヤ殿のような熟達した鍛冶師から見れば、どう見えるものであろうか?」

「……初めての上に急造で。これを作ったのでしたら、かなりのものです」


 黒鉄さんの問いに、カグヤは思ったことを正直にそのまま伝える。

 シグレさんの作った物だから―――という贔屓目を完全に抜きにしても、武器の製作やその手伝いなどに一切携わった経験の無い人間が、短時間の一発仕上げで作った物には到底見えなかった。


「だが、主人には申し訳ないが、威力などの性能はあまり高く無いようだが」

「ああ―――性能面では、もちろんそうです。銀術師のスペルで成形なさったとのことですが、良くも悪くも形だけを整えた品という印象ですね。鍛造されたわけではありませんし、切れ味もいまいち。普通の魔物相手に用いれば、すぐに形は歪んで悪くなるでしょうね」


 でも、それは〝鍛冶〟という行程を経ずに作った物であるのだから、当然と言えばあまりに当然のものだ。


「では、カグヤ殿は先程、何を評価なさったのだ?」

「えっと……そうですね。実物を見て頂いた方が、早いですよね」


 カグヤは〈インベントリ〉から一振りの懐剣を取り出し、合口拵のそれから鞘を抜き取った上で、黒鉄さんにそれを見せる。

 打刀や脇差を常時持ち歩くカグヤにとって、懐剣は護身武器という意味では必ずしも必要ではないのだが。扱い勝手の良い短刀は、戦闘とは全く別のちょっとした作業などで用いる機会がそれなりにあるため、一応常々より持ち歩くことにしていた。


「……この匕首(あいくち)は、主人の作った物と全く同じ形状ではないか」

「あ、判りますか」


 シグレさんの作った側は柄の部分までもが残らず銀で出来ているため、案外実物を並べて比較しても判りづらいかと思ったのだけれど。黒鉄さんには一発で見抜かれてしまった。

 カグヤの私物である、数ヶ月前に自作した匕首のうちの一本。それは、シグレさんの作った銀の懐剣と全く同じフォルムをしている。


「こうした懐剣というのは、冒険者にとっては便利なものですので。お店に置いておくと、割と安定して売れるんですよね。なので、作るときには二十本ぐらい纏めて作っちゃったりするんですが」

「……そういえば、ここに来る前にカグヤ殿の店の中でも、主の作ったポーションの横辺りに並べてあった気がするな」

「はい。目に付く位置に置いておいた方が、お客さんについでの一品として購入して頂ける場合が多いですから。カウンターの上や脇に置いている場合が多いですね」


 今はシグレさんから卸して貰ったポーションを優先しているために、少し脇に追い遣られているが。元々カウンターの一角は懐剣やピッケル、小型ハンマーにランタンといった、冒険者にとって地味に便利な商品を並べておく定位置になっていた。


「私のこの匕首は、販売用に量産したうちの一本ですね。なので、これとほぼ同じ形をしたものを、お店の方では暫く前からずっと並べてあったのですが」

「ああ、なるほど。カグヤ殿の店で実際に手に触れた商品を覚えていて、主人がそれを真似て作ったということか」

「おそらくは、そうなのだと思います。シグレさんはまだ鍛冶を学んだ経験が無いので、実際に目にした私の作を真似なさったのでしょうけれど―――。正直を申し上げて、驚くほど良く出来過ぎていますね。普通であれば、もっと不格好になって当たり前なのですが……」


 無論、実用品として販売できる類の物ではないけれど。形だけで言えば実用品のそれと遜色ないものに仕上がっている。

 寧ろ銀で出来ていることから、こういった調度品なのだとして然るべき店に並べれば、相応の値が付くかもしれないとさえ思えた。


「……我には、よく判らぬが。こういう懐剣ぐらいであれば、誰が適当に作っても相応の形になる物ではないのか?」

「いえ、逆にこういう小さくてシンプルな武器ほど、少し歪な箇所があるだけで得てして全体が歪んで見えたりするものでして。記憶にある(かたぎ)のみを頼りに、これだけ精緻に拵えることができるというのは、素直に賞賛するしかないレベルですね」

「む、むう……そういうものなのか?」

「そういうものです。ちゃんとした立体を形作るのって、案外難しいんですよ?」


 立体は平面に比べて、記憶することも、再現することも、どちらも飛躍的に難易度が跳ね上がる。銀術師のスペルによって成形したというのだから、ある程度形状は思う儘に変化させることができたのかもしれないけれど……。

 それでも、例え目の前に自分の思うが儘に成形可能な粘土があったとしても、素人には懐剣の一本を模造することさえ難しいものなのだ。例え見本となる品が目の前にあったとしても、多少の慣れがなければ容易なことではない。

 シグレさんの場合は、立体を把握・認識することが得意なのか、あるいは記憶力が優れているのか―――そうした部分の特異な才という物は、後から経験や技術を培うことによって補うことが難しい。単純に手先が器用であることよりも、職人としてはずっと価値がある武器になり得る物だ。


「何にしても、主人に〈鍛冶職人〉として秀でた物がありそうなのであれば、喜ぶべき事なのだろうな。―――尤も当の本人は、暫くは錬金のほうに専念することになると思うと言っていたが」

「それはそれで、私としては有難かったりもするのですけれどね……」

「そういえば先程、カグヤ殿の店から移動する前に我もちらりと確認したが、主が店に置いている霊薬は順調に売れている様子であったな?」

「正直ちょっと売れすぎまして……。とうとう昨日には、知人の霊薬店主から売価に関して変更の要求を頂戴してしまいました……」


 シグレさんから買い取った霊薬を、当初は単価4,300で並べていた。カグヤからしてみれば、適正な相場価格で並べていたつもりだったのだが―――回復量が300を超過するような上級のポーションともなれば相場など有って無い物であるらしく、相手の店では回復量がちょうど300を超える程度のものを、単価7,500で並べている最中だったらしい。

 単価8,000で並べても買う人は少なくないし、仮に10,000で並べても必要な人なら買うことを躊躇しない。霊薬店主からの話に拠ればそういうものであるらしく、それを単価4,300で、それも100個などという纏まった数を売られては商売にならないと早々に苦情を頂戴してしまったのである。

 ご近所さんと険悪になりたいわけでもないので、すぐに売価は訂正した。シグレさんから預かったポーションは回復量が352もあり、先の店よりも性能が2割弱ほど上回ることになるから、価値を低く見られがちなベリーポーションであることも考慮し、昨日の昼からは単価8,000で並べている。それでも昨日は午後だけで、30本以上を売り上げた。

 シグレさんから買い取った単価は3,200の為、掛率は僅かに40。儲かっていることは商売人として喜ぶべきことなのかもしれないが、採取の道中でカグヤがシグレさんに店にベリーポーションを置くことを提案したのは、何事から始めるにしても最初は何かと苦労の多い生産について、シグレさんを応援したいという多分に好意による気持ちからであった。

 だというのに法外な利益を出してしまっている現状は、何だかカグヤ自身にとって素直に喜べないものがある。自分の利を考えて申し出たつもりでは無かったのだ。


「カグヤ殿の利益になるのであれば、主人は単に喜ぶと思うが?」

「それは、そうなのですが……」


 黒金さんはあっさりそう言い切ってみせる。シグレさんは優しい人だから、実際その通りなのだろうけれど……。

 何がどうこうではなく、何となく嫌なものがあるのだ。別にシグレさんを支援することで、感謝をされたかったわけではない。でも、なんというかこう、シグレさんに何かしたかっただけなのに、思いもよらず自分が利益を手にし過ぎてしまうと言うのは……。


「―――ああ、なるほど。カグヤ殿には、思い人を金儲けに利用したくないという思いがあるのだな。何とも誠実であることだ」

「おもいびっ……!?」


 自分でも形容できなかった気持ちを言い当てられて、カグヤはたじろぐ。


「何だ、違うのか? もし我の早合点というのであれば、済まない」

「………………違いません、けど。……どうして、知ってるんですか?」

「カグヤ殿は見ていて判りやすい。判らぬ方が、どうかしている」

「そう、ですか……」


 ばっさりと言い切られてしまっては、カグヤにはもう返す言葉も無かった。

 自分なりに、勝手に心に募らせ、秘めていた筈の思いだったのだけれど。そんなに私は判りやすいのだろうか―――。


「ま、待って下さい。……そんなに私、判りやすいってことは、もしかして……」

「無論、主人も気付いていると思うぞ? あれで主人は存外に、色恋というものに鈍からぬ所があるようだしな」

「―――ちょおおおお!?」


 いっそ伝えてしまいたいと希う気持ちもあるから、別に伝わってしまっても不都合があるわけではないけれど。

 ―――いや、不都合はある。あるに決まってる。こんな気持ちを知られてしまったら、明日から一体どんな顔をしてシグレさんに会えばいいと言うのだ。


「とはいえ、主人は少々自分を過小評価する所があるというか……悪く言えば卑屈な部分があるからな。気づきはしても、おそらくカグヤ殿が直接口にしない限りは、知らぬ振りで通すとは思うが」

「そ、そうですか……」


 それはそれで、ほっとするような、残念なような……。


「これは我の余計な節介かもしれぬが。……主人に対して何か行動しようというのであれば、早めの方が良いと思うぞ? 主人は分別があるし、理性的でもあるが。それでも夜な夜な特定の異性に同衾されていれば、男としては揺れる心が生まれるのも無理からぬことであろうしな」

「……え? 同衾、って、誰にですか?」

「それは無論ユーリ殿だが。主人が寝静まったあと、毎晩ベッドに侵入しているな」


 ユーリさんが、シグレさんのベッドに、同衾。

 それも、毎晩。


「な、なな、何て羨ましい……!」

「カグヤ殿も主人の血を飲み、既成事実を作ってしまえば同じ立場になれるぞ?」

「ゆ、誘惑しないで下さいよ……。あっさり陥落しそうなので……」

「ふふ、それは残念。カグヤ殿のような〈侍〉が主人の僕となってくれれば、我としても頼もしいことであるのだがな」


 ……正直、そういうのもいいかな、とも思うけれど。

 でも、ユーリさんに勝手に血を飲まれてしまった後の。シグレさんの本当に困った顔を見てしまっているから。黒金さんにそう言われた所で、自分には到底同じことはできないだろう。魅力的なことだとは思いながらも、シグレさんを困らせると判っていて手を伸ばせるとは思えなかった。


「―――シグレさんの傍で戦えたらいいのに、とは思うのですけれどね」


 シグレさんは命が失われることを恐れて、危険な場にカグヤを同道しようとはしてくれない。

 けれどカグヤからしてみれば、危険な場であればこそシグレさんに同行したいという気持ちが強かった。折角の〈侍〉という天恵を持っていて、シグレさんを護ることが出来る立場にあるのに。だというのに―――気付けばカグヤのほうが護られてばかりだ。

 いつぞやの〈ゴブリンの巣〉でのことが思い出される。あの時、シグレさんに迷惑を掛けてしまった自分のことを、幾度となくカグヤは慚愧に堪えぬ思いと共に振り返っていた。なればこそ、また迷惑を掛けてしまうことが怖くて、無理にシグレさんに同行するようなこともできなくて―――。


「カグヤ殿のその不安は、きっと間もなく解消されることだろう」

「へ? ……そうなんですか?」

「そうだな―――我の〝予言〟ということにでもしておこうか。当たるも八卦、当たらぬも八卦。世にも珍しい魔犬による予言ということで」

「……ふふっ。なんですか、それ」


 きっと、私を慰めようとして言ってくれているのだろう。

 黒鉄さんの好意が嬉しくて、くすりとカグヤは微笑んでしまう。


一月(ひとつき)は難しいかもしれないが……。そうだな、二月(ふたつき)のうちには、きっとカグヤ殿も何を遠慮することも無く、主人に同行することができるようになるだろう」

「あはっ。……信じちゃいますよ?」

「そうだな、ついでにもうひとつ予言しておくとしようか。同じく二月のうちに、きっとカグヤ殿は主人から指輪を贈られる機会があるだろう」

「指輪ですか、いいですねー。………………え? 指輪、ですか……?」


 ―――男性から贈られる指輪、って。

 それはやっぱり、そういうアレなのだろうか。


「何ですか、その荒唐無稽で、私が嬉しすぎる予言……。さすがに有り得ません」

「ははっ。ではもし、予言が当たるようなことがあれば。我に一本、上等な打刀を拵えては貰えぬかな。長い刀を扱うのにも、多少の興味があってな」

「いいですよー。当たったらの話ですけどね!」


 予言がもし当たるというのなら、その程度のお礼はお安い御用というものだ。

 あるいは、そんな予言が当たる未来を多少なりに期待できる程、シグレさんとの関係が進展していたなら。私もどれほど幸せだっただろうか。

お読み下さり、ありがとうございました。


友人の引越手伝いが難航しており、週末の休みぐらいまで長引きそうです。

一時的に投稿が不安定になりがちかと思われますが、申し訳ないです。


一昨年の10月に自分も引越作業を手伝って頂いておりまして、

その恩があります関係で、何卒容赦頂けましたら。


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文字数(空白・改行含む):5765字

文字数(空白・改行含まない):5584字

行数:135

400字詰め原稿用紙:約14枚

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