08. 優しき〈騎士〉カエデ
「こちらがシグレさんのギルドカードになります。お受け取り下さい」
カウンターの上に差し出された、渋い銀色に光る一枚のカード。
そこには『シグレ』という名前と種族名である『銀術師』、ランクが『初等冒険者』であることが刻まれ、さらに戦闘職・生産職の天恵がずらりと並んでいる。
「先程も少し申し上げましたが、こちらのギルドカードはシグレさんが冒険者ギルドに所属なさっているという証明となり、延いては身分証明のような役割を果たします。『初等冒険者』のままですとあまり意味がありませんが、そうですね―――『准五等』以上ぐらいのランクであれば、一定以上のギルド貢献及び功績が認められる者として大抵の街の門を簡単にパスすることが可能になるでしょう。どの街でもちゃんと仕事をする冒険者の需要は高いですからね」
「……逆に言えば、准五等ぐらいになるまではあまり他の街には行かない方がいいですかね?」
「必ずしもこのランクが必要というわけではありませんが、殆ど活動していないようなランクの冒険者というのはつまり、『定職に就いていないゴロツキ』同様と見られても仕方ない面も有りますから……。ましてや実戦が可能なほど腕が立つと見られるだけに性質が悪く、潜在的な危険性が高い人物と判断されがちでもあります。ですので、どうしても衛兵の方などからはそれなりに警戒の眼差しで見られることになると思いますね。違う街に入ろうとすれば門で衛兵に厳しく来訪理由などを詰問されることになると思いますので、その覚悟がないようでしたらお止めになる方がよろしいでしょう」
「それは―――嫌ですね、確かに」
「どうしても他の街に行きたい場合はギルドに来る小隊の護衛依頼などに付随する形であれば、大都市間の移動であればスムーズに入れるかと思います。ですが、『初等冒険者』のままでは、そうした護衛依頼を受けるのも難しいでしょうし……」
何となくそれは察しがついていたので、クローネさんの言葉にシグレも苦笑する。
実績がない『初等冒険者』のランクには、即ち信用が伴わない。そのままのランクでは護衛依頼などといった、信用を必要とするような依頼が受けられよう筈もないのだ。
「先ずは地道にランクを上げる所から、ですね」
「ええ、応援していますので頑張って下さいね。受注ランクが『初等冒険者』の依頼を5~20回程度達成しますと『准六等冒険者』にランクを上げることが出来ます。採取系の依頼よりも魔物討伐の依頼の方が評価が高く、討伐はパーティを組んでのものよりもソロのほうが評価されます。また依頼達成量に余剰がありましたら、その追加達成分もちゃんと評価対象となりますので、採取や討伐依頼の場合などでは余裕があれば達成目標ラインよりも高めを狙ってみるのも良いでしょう」
「判りました、頑張ってみます。……親切な方に『常設』の依頼票は勝手に貰って良いと伺いましたので、一通り剥がして頂戴しましたが構いませんか?」
「はい、興味がある依頼票はどんどん剥がして下さって結構です。但し『常設』以外のものは依頼の受注に手続きが必要ですので、必ず窓口まで持ってきて下さいね」
そういえば、依頼票には主に『採取』と『討伐』の2種類があったようだが、現品で提出する『採取』はともかくとして『討伐』のほうはどうやって魔物を倒したことを証明すればいいのだろう。
シグレがその疑問について率直に訪ねると、クローネさんはまだカウンターの上に置かれているシグレのギルドカードを指し示しながら説明してくれた。
「ギルドカードには必ず《自動記録》の機能が備わっておりまして、これを所持している状態で魔物を討伐しますと、そのことが逐一カードに記録されます。その際にカードはポケットやバッグに入れていても、あるいは〈インベントリ〉などに収納していても大丈夫です。また、誰かとパーティを組んでいればそのことも記録されますし、依頼達成の処理をギルドで行ったときにも記録も付きます。なので他の街の初めて訪ねた冒険者ギルドであっても、シグレさんのカードをチェックすれば過去にどの程度ギルドで仕事をなさったかのかは一目瞭然になりますね」
「なるほど。地味に高機能なのですね、このカード」
「ええ、凄いんです。……凄いので、紛失されたりしますと再発行は結構大変でして、それなりの手数料を頂戴することになるかと思いますし、記録内容の復旧に1週間近い日数も掛かります。再発行待ちの間はギルドの依頼達成処理なども当然できなくなってしまいますし、かなり不便でしょうから……。失くさないよう必要な時以外は常に〈インベントリ〉に入れておく癖を付けておくと良いですよ」
「なるほど、そうしてみます」
クローネさんの教えに従い、頂いたカードをすぐ〈インベントリ〉へ仕舞う。
紛失する危険がない収納を常時持ち歩けるというのは、本当に便利だ。
「それでは二階のほうに参りましょうか。よろしいですか?」
「はい、お願いします」
◇
クローネさんの後をついてギルド窓口の脇にある階段を上がる。段をひとつ上がる度に、聞こえてくる陽気な喧騒が鮮明になり、その楽しげな雰囲気がシグレにも伝わってきた。
一階に居るときには男性の豪快な大声ばかりが漏れ聞こえていたけれど、意外に女性の声も多数聞こえてくるようだ。冒険者は危険な生業であるのだろうけれど、女性でもなる人は多いのだろうか。
二階に着くと、そこはシグレが泊まっている宿の一階によく似ていた。カウンター席が10ばかりと、それに沢山のテーブル席。ただ宿のほうほど整然とはしておらず、テーブルの配置は少し乱雑なように思う。おそらくここで過ごす冒険者の人達が勝手にテーブルを動かし、並べて宴会などをするせいだろうか。
利用している客は全部で二十名弱といった程度で、ちょうど男性と女性が半々といったところか。単独での利用者も複数人の利用者も、どちらも総ての客がテーブル席を利用している所から察するに、カウンター席はあまり人気がないのかもしれない。
「こちらはギルド内の食事処と酒場を兼ねたお店『バンガード』と申します。食事とお酒をお安めに提供していますので、依頼達成後の打ち上げなどは勿論、他にも宜しければお暇な時には是非こちらでお過ごし下さい。冒険者ギルドは終日開いていますので、こちらのお店も終日営業しております。深夜に食事ができる場所というのは、案外貴重だったりもするんですよ?」
「なるほど、覚えておきます」
〝バンガード〟―――確か『前衛』や『先陣』という意味だっただろうか。
なるほど、冒険者ギルド自体に備わる施設らしい名前ではある。打ち上げなどで夜が明けるまで騒いでみる、というのは結構魅力的なことだとシグレには思えた。普段、厳格な消灯時間に管理された生活をしている身だから尚更だ。
とはいえ、ゲームを始める前に『日付が変わる頃からは眠くなる仕様』だと聞かされているわけだし、深夜はなるべく眠気に抗わず、宿の自室で眠って過ごすべきなのだろうなとも思う。
終日の営業が問題無くできているということは、おそらくこの仕様はプレイヤーだけのもので、バンガードを営業しているNPCの人達には関係ないのだろうか。
「カエデさん」
バンガードのやや奥まった場所にある一席、そこで独り本を読みながら座っている少女にクローネさんは声を掛ける。
並び立つようにシグレも座席に近づくと、鼻腔をふわっとした独特の良い匂いがくすぐる。珈琲の香りだ。
クローネさんに呼びかけられて振り向いた女性は、幼い顔立ちの中に利発な瞳を備えていた。年齢はおそらくシグレと同程度だろうか。また、随分と姿勢が良い座姿からもシグレと同じぐらいの背丈があることが伺え、おそらく女性にしては随分と身長が高いほうなのではないだろうか。
シグレのような不健康な痩せ方をしておらず、健康的な痩身という印象を受ける。腰まではありそうな綺麗な黒髪を左右でツーテールに束ねた彼女は、クローネさんの姿を認めると目尻を緩めて優しそうに微笑んだ。
「別に〝さん〟は要らないわよ。どうしたの?」
「ふふ、失礼しました。お暇でしたら初心者の方の手伝いを頼めませんか? ギルドに先程登録されたばかりの方なのですが、カエデと同じ綺麗な黒髪をしていらっしゃるので……折角ですしあなたにお願いできないかと思いまして」
「ん、オッケー。ってことはクローネの隣の人、だよね?」
カエデと呼ばれた彼女が、ちらりとシグレのほうを一瞥する。
シグレもそれに、小さく頭を下げて応えた。
「シグレと申します。カエデさんとお呼びしても?」
「呼び捨てでいいわ、こっちも『シグレ』って呼ぶから。私もまだギルドに登録して一月ぐらいしか経ってない初心者みたいなものだし、仲良くしてくれると嬉しいな」
すっ、とカエデから差し出されてきた手のひらを、シグレはすぐに握りしめる。
シグレにとっても、同じ冒険者の知り合いが増えるのは願ってもないことだ。
「こちらこそ是非宜しくお願いします。色々と判らないことだらけで、迷惑を掛けてしまうと思いますが」
「迷惑ぐらい幾らでも歓迎するから、気にせずどんなことでも頼ってよね? 私ね、自分からクローネに『初心者の手伝いとか喜んでする』って言ってるの。まだこのギルドに知り合いが数える程しか居ないから、シグレみたいな初心者の知り合いを増やしたくってさ」
「そうなのですか? では遠慮せず頼ってしまいますが」
「ん、どんどん頼っちゃってね! 私で手伝えるようなことなんて限られちゃうとは思うけどさっ」
目を細めて明るい笑顔を振る舞うカエデに釣られて、自然とシグレも笑顔になる。
どこからともなく現れた一本の大きな槍が、カエデの右手に握られた。
「私は『騎士』と『槍士』のマルチクラスで、主に敵に突撃して引きつける前衛役ができるわ。シグレは?」
「えっと、自分は……」
数が多いだけに、どれから説明したものか迷う。
「たぶんギルドカードを直接見せた方が、早いと思いますよ?」
「―――ああ、それもそうですね」
クローネさんにそう言われて、シグレも頷く。
確かに10種類の『戦闘職』を全部口頭で説明してしまうより、天恵がずらっと記載されたギルドカードを直接見せる方が早い。
「えっと、こんな感じになるのですが……」
「ふむふむ、どれどれ?」
シグレからカードを受け取り、まじまじと見つめるカエデ。
その彼女の唇の端が引きつるまでには、数秒と掛からなかった。
「こりゃまた、随分と派手な天恵だね……」
「らしいですね。自分としてはあまり意識してなかったんですが」
「……苦労すると思うよ?」
「それも良いと思っていますよ」
他人の100倍の努力さえ楽しみたい、それは違いなくシグレの本心でもある。
こういうゲームにハマってしまうと、どうしてもレベル上げ作業に躍起になってしまいがちな自分の性格よく判っているだけに。いっそこのぐらいの重いペナルティを背負い、レベルを上げようと思っても上がらないぐらいのほうがマイペースに楽しめていいとさえ思っているのだ。
お読み下さり、ありがとうございました。
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