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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《涼を求めて》

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79. 〈秘術師〉の力

 〈ペルテバル地下宮殿〉の中央に位置する、最もサイズの大きい部屋。そのひとつ手前の小部屋にはスケルトンとゾンビドッグを中心とした6体の魔物が存在していたが、それを制圧することは容易かった。そもそも物理攻撃が通じるような相手であれば、例えシグレとユーリが後ろから何もしなくともカエデとユウジの二人だけで―――もとい、ユウジひとりでも殲滅には然程時間は掛からないだろう。

 問題はこの先だ。中央の大部屋には20体を超える魔物が詰めていて、この数を一度に相手取るのはさすがに厳しいものがある。何らかの手段で魔物の数を削ぎながら戦うのが最善手だが……《眠りの霧》はアンデッドにはやはり通じないようであるし、《目眩まし》がスケルトンにもゾンビドッグにも効果が無いことは、たった今の戦闘で確認した。レイスに対しては効果があるが、この手のスペルが何度も通じるというようなものでも無いだろうし、期待して良いのは最初の1回だけだろう。


「セオリーとしては、やはり敵集団に気付かれ次第、少し後退して廊下での戦闘に引き込むべきでしょうか」

「そうだね。囲まれたりしたら厄介だし」


 盾を使うユウジにしても、リーチの長い槍を駆使して敵を近寄らせないカエデにしても、敵を相手にする方向を限定できる廊下のほうが戦いやすいのは間違い無い。

 それに、廊下は案外幅が広い作りになってはいるものの、それでも魔物は前衛のユウジとカエデに対して、せいぜい一度に4~5体しか襲いかかることができなくなるだろう。その程度の個体数であれば、二人なら難なく相手をしてみせるに違いない。


「問題は、敵の遠距離戦力か。射手と術師は何体ずつ居る?」

「……スケルトン・アーチャーが3体に、レイス・マジシャンが1体ですね」


 《千里眼》で魔物の構成を調べながら、それを伝えてゆく。

 全体数が多いだけに、その個体数をカウントするのもなかなか難しい。


「レイス・マジシャンは《捕縛》を狙っても良いですが、成功しない場合もあるでしょうし……レイス・ウォリアー並にHPが低かったですから、最初にユーリと一緒に《軽傷治癒》を撃ち込んで、問答無用で倒した方が面倒が無いと思います」

「よし、それでいこう。下手にマジシャンから範囲魔法でも飛んできたら、カエデが大変なことになりかねんしな」

「そだね……。私も三人分ダメージを受けきれるかは、あんまり自信無いし」


 《庇護》によってシグレとユーリが護られるのは有難いが、その代わりにカエデが倒されてしまっては意味が無い。範囲攻撃を行う可能性がありそうなマジシャンは、敵の中で最も危険性が高いものとして、最優先で排除に当たるのが賢明だろう。

 治療魔法である《軽傷治癒》は、スペルの行使と同時に敵に効果を及ぼすし、回避される可能性が無いので確実性が高い。単発でもレイスのHPの半分以上を奪うことが可能なので、ユーリと重ねて行使すれば、1体のみであれば真っ先に倒すことができるだろう。


『それでは、飛び来る矢先は我が何とか致しましょう』


 横からそう告げたのは、ユーリの使い魔である八咫だ。

 調査に奔走する前には、戦闘ではあまり役に立てないようなことを言っていた八咫ではあるが。風を操る類の術なら、大鴉である八咫には幾つか覚えがあるらしい。それを駆使すれば相手の矢を逸らすことが出来ることを、八咫は皆に伝えてくれた。


『我の風の術を以てすれば、飛来する矢の悉くを徒矢とすることができましょう。……ただ、我はMP量が少ないですので長くは持ちません。持って60秒程度かと』

「それだけ持てば充分だ。な、そうだろうシグレ?」

「ええ。かなり余裕があると思います」


 ユウジの言葉に、シグレは即座に頷く。

 60秒あれば、シグレは攻撃魔法を撃つチャンスが60回はある。そして、おそらくそれはシグレに近しい天恵に再設定したユーリもあまり変わらないだろう。近接系の敵をユウジとカエデに任せて良いのなら、スケルトン・アーチャー3体を倒すぐらいであれば、60秒と言わずその4分の1の時間もあれば余裕だろう。


「では、マジシャンと射手を倒した後に、レイスは自分とユーリで倒しましょう。スケルトンの戦士と犬は、ユウジとカエデにお任せしても?」

「ん、大丈夫大丈夫。武器が通る相手なら、廊下に並ぶぐらいの数であれば何とかできると思う。―――ユウジが!」

「俺がかよ……」


 カエデの言葉に苦笑しながらも、満更ではないといった様子のユウジ。

 実際、それだけユウジは頼りになってしまうのだから。シグレもまた苦笑させられながらも、けれどカエデの意見には全く以て同意するほか無かった。




    ◇




「―――《軽傷治癒》!」

「……《軽傷治癒》!」


 こちらの存在に、大部屋の魔物達の何体かが反応を示したのを察して。先手必勝とばかりにシグレとユーリは共に治癒スペルをレイス・マジシャンへと撃ち込み、即座に光の粒子へと変化させる。

 まだレイス・マジシャンに何か行動をされたことが無いので、かの対象がどんなスペルを行使する魔術師であるのか、まだこちらの誰も把握していなかったりするのだが。杖を持った術師というだけでも厄介なのは間違い無いので、その脅威を知らずに済むのであればそのほうが良い。


「名も無き万象の荒ぶる力よ、炎熱となりて彼の武器へと宿れ―――《炎纏》!」


 シグレは続けざまに詠唱を経てスペルを行使し、ユウジの構える剣に炎を宿す。

 本当は《理力付与》のほうが安上がりで良いのだが、今回は敵の魔物の中にレイス・ウォリアーが混じっている。ユウジとカエデには、対処が難しいその敵を何としても食い止めて貰わなければならない。

 巨大な片手剣に《炎纏》を掛けても、その重さからあまりダメージを稼ぐ手段にはならないだろうけれど、それでも足止めしてくれる上で攻撃手段が有るか無いかの差は大きいだろう。シグレに僅かに遅れて、ユーリもまた詠唱を経てカエデの持つ槍の穂先に《炎纏》のスペルを付与した。


(次にすべきことは、3体のスケルトン・アーチャーを倒すこと……)


 矢を60秒間は八咫が退けてくれることになっているし、仮に多少の矢が届いてきたからといって《庇護》に護られている以上、それはシグレにとってもユーリにとっても致命傷には成り得ない。

 敵の数だけは無闇に多い、現在の戦況。この状況下でなら、おそらく最大限に有用であろうスペルをシグレは1つ持っている。それは、ちょうど昨日〝封印された秘術書〟を読み解く中で手に入れたスペルであった。

 本来であれば今回の探索で使う予定は無かった。消費MPが〝180〟と、シグレの持つスペルの中でも飛び抜けて高く、なんと《固定化》のスペルと同じだけのMPを消費してしまう。最大MPが192しかないシグレが行使すれば、本来であれば手持ちのMPの殆どを使い果たしてしまうことは避けられない筈であった。

 しかし、道中で〝練魔の笛籐〟を手に入れたことで、シグレの最大MPは192から230へと増加しており、状況が変化した今であれば使うのも不可能ではない。MPの回復効率も2割増しになったことだし、今なら多少の無茶はできるだろう。


「名も無き万象の荒ぶる力よ、紅蓮に燃ゆる総てを熔かす貴き炎熱よ―――」


 左手に〝練魔の笛籐〟を確と握りしめながら。〈インベントリ〉取り出した杖を右手に高く掲げ、シグレは詠唱の文言を紡いでいく。

 詠唱時間は20秒と、仮にソロであれば使うという考えさえ馬鹿馬鹿しいほどに長かったりもする。だが、頼もしい味方が前を固めてくれている今であれば、その長い詠唱も難なく続けることができる。


「集え、星辰が刹那の瞬き……! 《目眩まし》!」


 シグレが詠唱している最中に、斜め後ろのユーリが《目眩まし》のスペルを発動し、ユウジとカエデが対処に苦労しているレイス・ウォリアー達を一斉に怯ませる。

 時折、魔物達の背後から飛来してくる矢は的確にシグレやユーリに狙いを定めた物であるのだが。しかし、その矢が二人の元に届くことは無く、その矢筋を逸らさせられては廊下の左右の壁に弾かれていく。

 前衛を固めているユウジとカエデだけではない。ユーリと八咫にもまた護られながら、シグレはその詠唱の構築を完成させていく。


「炎こそが万物を統べ得る、絶対にして侵されざる力なり。その輝き持て、秘術の統べ手たる我に刃向かう総ての愚かなる者共を灼き尽くせ―――《業火》!」


 詠唱を開始した時点では、スペルを使えるだけのMPは無かったのだが。長い長い詠唱を紡ぎ終わる頃には、《業火》の消費MPである180を超えるほどに回復しているため、完成したスペルが問題無く発動し、一気に精神力が奪われる感覚と共にシグレの構える赤熱した杖から解き放たれると―――。

 文字通り、地下宮殿の廊下一帯は〝火の海〟と化した。床から壁面、天井に至るまで、総てが荒れ狂う炎の渦の中へと飲み込まれていく。なまじ広くはない場所で使ってしまっただけに逃げ場所はなく、その炎は前衛であるユウジやカエデ、そして後ろにいるシグレ達さえも呑み込んでしまう。

 だが、炎の熱さは微塵も感じられない。味方が発動したスペルが、パーティメンバーにダメージや状態異常を与えることが無いのは、既に過去の経験からシグレはちゃんと理解している。理解していればこそ、このスペルを躊躇わずに行使したのだが―――その炎が齎すあまりの惨状に、スペルを用いた本人であるシグレ自身さえ、さすがに閉口せざるを得なかった。

 視界の総てが紅蓮に呑み込まれ、目前に大量に群がっていた魔物達がどうなったのかさえ、目視することはできない。もしこれが魔法の炎でなかったなら、仮に炎自体からダメージを負わないとしても、酸素を失ったことで忽ち窒息してしまっていたのではないだろうか―――そんな怖い考えさえ、思わず浮かんでしまうほどの光景だった。




 ―――やがて、十数秒の後にようやく一面の炎が収まれば。

 そこに立っているのはシグレ達だけで。あれだけ数を揃えていた魔物達は、もうどこにもその姿を見ることは出来なかった。

 おそらくは総てが光の粒子となって消滅したのだろう、その痕には灰さえも残らない。ただ、魔物が正しく討伐された証として、シグレの〈インベントリ〉の中に大量のドロップアイテムが一気に増えていることだけが判ってしまった。

 目の前で、振り返ったカエデが大きな口をあんぐりを開きながら、シグレのほうを見つめている。おそらくはスペルを行使したシグレ自身さえ、同じ表情をしてしまっているような気がした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4385字

文字数(空白・改行含まない):4255字

行数:90

400字詰め原稿用紙:約11枚

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