78. 快進
視界内にマップを開き直して確認する度に、その調査範囲が確実に拡がっている八咫から送られてくる地図情報を元に、シグレ達は以降も探索を継続する。
〈ペルテバル地下宮殿〉自体が長らく探索されていなかったこともあり、魔物の多さ自体もさることながら、宝箱のほうも相応の数を八咫が発見してくれるのは嬉しいことだった。ルート上の魔物を討伐しながら、ひとつひとつ〈迷宮地〉ならではの報酬であるそれを回収していく。
生憎と、シグレの弓以外にそれほど有用なものは見つからなかったが、宝石類や素材類などをある程度纏まった数量で手に入れることができたので、探索の成果としては充分過ぎる量だろう。〈ペルテバル地下宮殿〉内での魔物討伐は冒険者ギルドの依頼内容とは被らないため、現金収入などは初めから期待していなかったのだが。それだけに、不意に齎された相応金額に匹敵する宝石収入は、誰にとっても嬉しいものだった。
弓を貰ってしまった都合上、以降に発見される宝箱の開封作業自体は行っても、発見されたアイテムの分配を悉く辞退していた為、シグレにとって現金収入は無いも同然であったが。貰った弓である〝練魔の笛籐〟が、実際に使ってみると思いのほか自分にとって有用であったため、正直このアイテムひとつだけでも、自分が少々得をしすぎているなあとシグレは思うばかりであった。
〝練魔の笛籐〟は、装備品としてのオプションに〔最大MP+20%〕を有している。シグレのMPは1分間で最大MPの50%を回復することができるから、最大MPが20%増加すると言うことは、MPの回復速度自体も20%向上することに等しく。元々、使っても使ってもかなりの速度で補填されていくMP回復量に対して、更なるブーストが掛かるというのは体感としてもかなり大きかった。
唯一、難点を挙げるならば〝練魔の笛籐〟の装備オプションは、当たり前だが弓そのものを装備している最中にしか効果を発揮しないことだろう。この為〈伝承術師〉や〈秘術師〉のような、杖を持っているときしか行使できない類のスペルを使うときには、左手に弓を持ち、右手に杖を持つというなかなか妙なスタイルになってしまうのが、シグレ自身に取っても少々変な気分だった。
ただ、弓は元より左手に持つものであるため、弓を持ったまま右手だけ装備を切り替える行為に慣れるまでには、それほど掛からなかったことが幸いと言えば幸いかもしれない。必要ないときには杖を常に〈インベントリ〉へ収納しておくことにさえ慣れれば、片手に空きが必要なスペルも右手で問題無く行使できるし、《破魔矢》のような射弓スペルもスムーズに行使することが出来た。
肝心の戦闘も、特に苦戦させられるような事もなかった。長らく探索されていなかった〈ペルテバル地下宮殿〉は、かなり広域なマップであるにも拘わらず魔物の数だけは多く、一部屋に10体以上の魔物が詰めていることも珍しくはなかったが、それ程の数を相手にしてもユウジやカエデのHPがどちらも半分を切るようなことは無かった。
何度となく戦闘を繰り返していく内に、ユウジとカエデなりに魔物の分担などが自然と出来たらしく、二人は互いに何も言わずとも息を合わせて魔物の総てを押し留めてしまう。後衛であるシグレとユーリは魔物の危険に晒されることさえなく、安全に護られた後方から適切なスペルを撃ち込んでいけば良いだけなのだから、何とも楽なことだった。
戦闘が完全に安定してしまう頃にはカエデのレベルが6から7へと上がり、単独行動をしていた八咫が地下一階の地図を総て埋め終わり、主であるユーリの元へと戻ってきて間もない頃には、天恵をリセットしたばかりのユーリのレベルが早くも2へと上がっていた。
シグレのレベルに追い付かれてしまった形になるが、シグレのレベルはまだ2のままで、経験値のバーもようやく6割ほど貯まったかといった程度である。レベル3へ辿り着くためには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
「そういえば、八咫に地下二階の調査を頼むことは出来ないのか?」
戦闘を繰り返した後、少し戻った小部屋の中に設置されていた、テーブル傍の椅子に腰掛けて小休止しながら。ユウジがユーリの肩に停まっている八咫にそう問いかける。
『絶対に無理と言うことはありませんが、難しいですね。無論、姐様や大旦那様が指示下さいましたら、行って参りますが。使い魔というものは主人と同じエリアに居る間にしか、その力を存分に発揮することができません。隠形を使うことも出来なくなってしまいますので、おそらく満足な成果は上げられないかと』
「なるほど……。つまり八咫に調査を頼むなら、俺達も地下二階に降りた後のほうが良いってことか」
『はい。取り急ぎ事前に調査する必要が無いのでしたら、そのほうが宜しいかと思います』
八咫のその言葉は、シグレに取っても未だ知らないでいた事だった。
しかし、確かにその程度の制限は設けなければ―――例えば自分は街に滞在したままで、使い魔を街の外へと狩りに行かせるようなことも問題無くできてしまうだろうから、当然と言えば当然であるのかもしれない。使い魔の頭が良く、狩り自体の性能も決して人間に劣るものではないだけに、効率よく酷使するような事も、おそらくはやろうと思えば出来てしまうのだろう。
「この後は、どうしよう? そろそろ地下に潜って三時間ぐらいになるけど」
「もうそんなに経つのか……。まだ地下一階の2割も回れてないんじゃないか?」
ユウジとカエデが、中空を見つめながら。―――おそらくは視界内に表示させたマップの情報を見ながら、そう漏らし合う。
八咫の手によって完成された地下一階の地図は、大部屋小部屋を合わせて全部で100部屋はあろうかというかなり広大なものである。全体を俯瞰すれば大きな「十字型」のような部屋の配置になっており、南側にはシグレ達が入ってきた迷宮の入り口が、北側と東西の三面には地下二階へ続く階段があるようだ。
かなりの数の魔物を討伐してきたシグレ達ではあったが。それでも回ることができたのは、「十字型」に配置された部屋の内の南側に位置する一角のみである。魔物が存在しない部屋というものがなく、時には廊下で魔物に遭遇する機会さえあり、その数も多いのだから。これでは探索が遅々として進まないのも、無理からぬことだった。
「地上の王宮や大聖堂、修道院などの建物。どうやら、その総てを合わせたぐらいの広さがありそうですね……」
「夏場は当分籠るつもりでいるから、〈迷宮地〉自体が広い分には却って有難いかもしれんがな。広ければそれだけ、全体では魔物自体の湧きも多いだろうし」
「……それは確かに、言えてますね」
〈迷宮地〉の魔物は自然に増加するが、それでも大聖堂の貢献度目的で毎日のように狩りをすれば、中に蔓延る魔物は数を顕著に減らしていってしまうだろう。
前回のように黒鉄と二人だけで潜ったりするようなことも今後あるかもしれないし、そうした場合には戦力的に地下一階の魔物を狩り尽くしたからと言って、地下二階に潜るのも難しいだろう。そういう意味では、確かに〈迷宮地〉自体が広く、沸きの総量が多いほうが有難い。
『……真ん中に、行ってみたい』
三人が三人とも地図を見つめながら思い思いの思索に耽っていたところ。不意にユーリが、念話でそんな風に呟いてみせた。
「真ん中、ですか? 地下一階のちょうど中央部の部屋に?」
『……うん。ここからなら遠くないし、ちょっと見てみたい』
確かに、現在シグレ達が居る位置から、あと北に二部屋ほど進めば地下一階のちょうど中央に位置する大部屋に―――。「十字型」に配置されたマップの中央を飾る、最も大きな面積のフロアに辿り着くことができる。
部屋の巨大さに準じて、そこに詰めている魔物の数もまた多く、八咫の情報に拠れば20体を超える魔物がその部屋の中には存在しているらしいが……。残念ながら宝箱などは確認されていないようなので、敵の数が多いだけで無理に探索するメリットは無いように思えるのだが。
『……地上で、王宮や大聖堂の建物に囲まれた真ん中に。何があるのか、シグレは知ってる?』
「いえ……。存じませんね。何かあるのですか?」
『噂に拠れば、水源があるらしい。……それがどういう形で在るのか、詳しくは知らない。噴水のようなものかもしれないし、井戸のようなものかもしれない。でも、噂に拠れば大聖堂は、聖水を造る際にその水源から採水したものを使っている、らしい』
「聖水……」
大聖堂の、貢献度と引き換えに受領することが可能な報奨品のリスト。その中に〝聖水〟というアイテムも記されていたのをシグレは覚えている。
アイテムの効果は確か、HPを120程度回復させるという物であったはずだ。効果自体はギリギリで中級として扱える程度のポーションと変わらない程度ではあるのだが、聖水にはポーションには無い最大の利点があった。
それは、飲用しなくて良いということだ。聖水は頭や身体に振り掛けさえすれば、その効果を発揮する。服や鎧の上からでも効果があるし、効果を発揮した聖水はすぐに揮発するらしく、服などを濡らしてしまう心配も殆ど無い。
何より、飲用しなければならないポーション類よりも戦闘の中で使用しやすく、連続した服用にも障りが無いというのが大きい。距離さえ近ければ自分以外の他人に対して使用することが出来るというのも、地味ながら無視できない利点であるようだ。
「つまり……地上に水源があるってことは、それより地下にあるこの迷宮内でも、同じ水が採水できるかもしれないってことかな?」
「そして、同じ水源の水さえ手に入れば、あるいは聖水を自作することができるかもしれない―――ってことか?」
『……それは、試してみないと判らない』
「試してみたいんですね?」
シグレが問うと、ユーリはこくりと頷いて応える。
そういう事情があれば、シグレとしても興味が無いわけではない。
『……確か、その部屋の中央には確か、奇妙な柱がありました』
主人であるユーリの言葉を受けて、八咫が小さく漏らす。
「柱?」
『ええ。何か、不思議な柱です。半透明で、後ろが透けて見えるような……』
「ほほう」
八咫の言葉に、ユウジもまた興味深そうに頷く。
不審なものがあれば、見てみたいというのもまた当然の真理だろう。
「折角ですし、行ってみたいですね。魔物の数が多いのでリスクは高そうですが」
「ま、この面子であれば無茶もできるしな。俺は構わんぞ」
「私も、もちろんオッケー! ポーションのお礼も出来てないしね」
『……ありがとう』
ぺこりと、ユーリが皆に小さく頭を下げて一礼してみせる。
この面子なら、多勢の魔物相手でもシグレには負ける気がしなかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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